月夜見は今、自分の家の裏庭にて拘束されていた。
「いやいやいや! いきなり呼び出されたかと思えば何で拘束されているの!?」
それを表現するのなら、何らかの絡繰りに鎖で必要以上に動けないように縛ってあるのだ。さらに、
「では、そろそろ動かすか」
「何を動かすの!?」
動けるとはいえ、自由に動ける状態ではない月夜見をよそに、命は絡繰りを動かし始める。
ギギギと油の切れた音を響かせながら、ぎしぎしと絡繰りが動き始める。月夜見が鎖によって行動を制限されている場所を中心に、周りに三体の木でできた人形が現れる。
「う……そ? 嘘でしょ! お願い! 本当に嘘でも良いから嘘って言って!」
その木で出来た人形たちの手には、様々なタイプの武器が持たされている。
「嘘よね、命!? というか、何で剣だけじゃなく、斧や弓矢も!?」
「一種類よりこちらの方がより緊張感を増すだろう?」
「緊張感じゃなくて、危機感が増すだけだ!」
月夜見の叫びも無視して、命は絡繰りをさらに起動させる。
「まずは、“強”から」
「何でいきなり!? 普通弱からじゃ!?」
「これの一番弱いのが強だからな」
鋼の鈍い光を月夜見は、一生忘れないと誓ったそうだ。
鬼の住処にて、命は多くの鬼に好かれた。
鬼という種族は強いものを尊ぶ。山の四天王の一人、勇儀を倒した命は一躍鬼達の間で有名になった。さらに、本人は口下手ながらも誠実な人間である点も加わり、多くの鬼から好かれるようになったのだ。
だがそんな彼も人間だ。悩みもすれば、弱さを見せる時がある。
「如何した? こんな所に一人でいて」
「少しな」
月が辺りを照らす中、命は木陰に寝ころび月をじっと見ている。その様子を偶々見た一本角の鬼、勇儀はその様子が気になり命に話しかけたのだ。
「月が気になるのかい?」
「……そうだな。月が気にならないといえば嘘になる。アレは私の罪の証らしいからな」
「罪?」
勇儀は自身が聞いた事とはいえ、返答が信じられなかった。目の前の男は何か罪を犯すような人間ではない。それは他の鬼も肯定するだろう。何せ目の前の男、欲望というものがそうそうない。あったとしてもそれは武術に対する欲位だ。
実際怪我が癒えていないというのに、目覚めた次の日に命は修行をしようとして、大勢の鬼に鎮圧された。
勇儀、いや鬼にとっても目の前の男が、間違っても犯罪に手を出すとは到底思えないのだ。
「それは如何いう事か聞いても?」
「悪いがあまり話したくはない。これは私がおいてしまった過去の罪であり、背負わなければならない事なのだ」
「……ふうん、そうかい」
言葉では納得したような言い方だが、口調や顔を見れば勇儀はその言葉に納得していないという事に簡単に気が付ける。それは当然最も近いところにいる命には丸わかりという事だ。
「納得いかないのか?」
「まあね。悪いけど、アンタが罪を犯したって言うのがまず信じられなくてね」
「……私だってただの人間だ。罪などいくらでも犯す。それが私自身が分からなかったことなら、なおさらだ」
「分からなかったこと?」
「そうだ。お前にも無いか? 知らずの内に他者を傷つけていた経験は?」
「そりゃあるさ。誰にだってあるだろう?」
「それが私の最大の罪だ。酷い仲たがい、いや、仲たがいとは少し違うか。だがまあ、喧嘩をしてな。それ以来、その者とは会ってはいない。会う方法が無くなってしまったとも言えるが。しかし、彼女自身は私に会おうとしているようだが……」
何となく、本当に何となくだが勇儀は今の会話で何かが引っ掛かった。それが何かは勇儀は分からないが、さきを促す。
「それで?」
「さあな。このまま逃げ続けるしかないだろう。会う方法が無く、それでいながら彼女のいる場所に行くわけにはいかない」
「逃げる? 何故?」
「ふむ。説明していなかったか。まあ、彼女たちとは袂を分かってな。それで会うわけにはいかなくなったのだ」
「ふうん」
「結局ほとんどしゃべってしまったな」
自嘲ぎみに笑い、命はそのまま話を進めていく。
「会うわけにはいかないが、彼女はありとあらゆる手で私を探しているようだ。それは間違いない」
「で、それの何が問題なんだ?」
「言っただろう? 会うわけにはいかない。だから逃げるしかない。だが、逃げるにしても永遠と逃げ続けることは不可能だ」
そう。命の力では月の探索をいつまでも逃げ切るのは不可能だ。時間はかかるがいつか見つかってしまう。
「それなら、私が手助けいたしましょうか?」
「!!?」
唐突に、この場に新しい声が入った。今の今まで、命と勇儀しかいなかったはずのこの場に。
「ぅぐう!」
「お、おい!」
とっさに反応した命だが、その体は完全には癒えていない。隠れていた傷によって、命の動きは阻害されてしまう。
思わず命が漏した声に、勇儀は反応してその体を支える。
「何の用だい? 紫」
勇儀はその人物を知っていた。自身の友人が友人として扱う珍しい妖怪だからだ。その為に興味を持っていて覚えていた。
紫と呼ばれた人物は、木陰の中に入り、その姿をさらした。
まるで月を思わせる色合いの金髪を棚引かせ、男を魅了する大人の色気をまき散らせながら、少女のような笑いを浮かべている。ただし、その笑顔は何かをたくらんでいるような笑みですらあったが。
「貴様は」
「私ですか? 私は八雲紫。しがない妖怪です。三貴子の血を引く貴方とは違い」
「!!?」
紫の言った言葉に最も反応したのは勇儀だ。
「三貴子!!?」
「ええ、そうですわ。彼は素戔嗚の正真正銘唯一の一人息子にして、
三貴子。古事記において、それは天照、月夜見、素戔嗚尊を指す。伊弉諾尊が死の世界、黄泉の国から帰り、身を清めた際に生まれたこの三柱を特別な存在としたのだ。
彼らは実際、世界を支配する力を持っていた。天照は太陽を。月夜見は月を。素戔嗚は大海を。その力は大成すれば、国、いや世界を狂わせられるほどの力を。
「だけれども、貴方はその力を受け継がなかった。いいえ、受け継ぐ事が出来なかった。生れ落ちて、貴方は人となった。神と神の間に生まれながら、貴方は如何仕様もないほどに人間だった。だからあなたはこの地に残り、月夜見は月を目指した」
「貴様は何を知っている」
冷たい声とともに、命の覇気が強くなっていく。その覇気は屈強な鬼達すら気を失わせるほどに強く。
実際鬼達の住処では、殆どの鬼が倒れていた。命の覇気だけで。
「ふふふ。心配なさらずとも、私が知っていることはこれ位ですわ。それ以上の事は知りもしないし、知ろうとも
私は唯提案しに来ただけです」
「……提案?」
「ええ。提案です。貴方が逃げ出す必要はなくなり、私は目的を果たせる。その為の案を」
「悪いが断る」
「あら、どうしてですか?」
「お前の力ではあの子には敵わん。お前に如何にかできるとは思えない」
「確かに単純な力ではそうでしょう。ですが、認識をずらす事では私の右を出る者はいませんわ」
「認識をずらす?」
「こいつの能力だよ。ありとあらゆる境界を操る事が出来る」
それがどれだけ異常なのか、命にはすぐにわかった。
「有り得ないと言いたいが、鬼である勇儀が言ったのだ事実だろう」
「それでどうします?」
「……仕方があるまい。お前の提案とは何だ? その内容によっては協力しよう」
「私の提案は貴方の境界をずらすことで、月の民たちにばれないように手助けしましょう。その代わり一つお願いがあるのです」
「願い?」
「ええ。貴方には人里の守護神になって貰いたい」
笑みを消して、紫は目の前の武神に全てを賭けた。