東方武神録   作:koth3

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武神の神話

 男は広い都市を走り続ける。その速度は異常で、到底人間に出せるとは言えないだろう。だが、現に男はその速度で走り続けていた。

 走っている道のその先に、一柱の神がいた。流れる水のように、太陽の光を反射させた水色の髪。纏う服は河原に咲く柔らかな葦のような色合いで、今でいう洋服のような形状だ。

 そしてその一柱の女神、いや堕ちた神は手当たり次第、高天原を破壊していた。その力はまさしく神というにふさわしいだろう。低俗な神、或いは戦や戦いという神格を持たない神は、圧倒的な暴力の前に何もできず、ただ吹き飛ばされていた。

 本来、高天原では外敵が訪れた時は、軍神や武神が出てきて戦う。そのはずなのだが、実際は上手くその規則が機能していない。だが、今の高天原の政治の場では、だれを派遣するべきかと、争いが起きている。上手く自分の知り合いを推薦しようとする神や、政治基盤を強くしようと、お互いが足を引っ張り合いをして、話が全く進まず、武神たちも動くに動けないのだ。

 

 「来たか」

 

 暴れていた神がぽつりと漏らすと同時に、命は暴れていた神と対峙する。

 

 「何故だ? 何故貴方のような神が」

 「お前には分かるまい」

 「それは、それは私が理由だからか? 貴方が堕ちた理由は」

 「違う。お前の所為など一つもない。そして、お前に悪い点など一つもない」

 

 命の目の前の神は、ほかに決して向けない優しげな笑みを浮かべる。

 

 「そう。お前に責はないのだ。わが弟よ」

 

 

 

 唯、二人の人影は立ち尽くしている。片方は困惑を浮かべて。もう片方ははかなげな笑みを浮かべて。

 

 「ならば、ならば――」

 「これ以上の問答は無意味だ、命」

 「っつ!!?」

 

 躊躇いもなく繰り出された、喉を狙った貫手を命は腕で受けてそらすと、悪寒を感じた。咄嗟に後ろへ飛びのいて、その悪寒から遠ざかる。

 

 「透水瀑布!」

 

 命が今までいた地点の上空から、降り注ぐ膨大な水の塊。高々水の塊と侮ってはならない。その量は、まるで大海と思わんばかりの量であり、さらにそれが高所から落とされたことによって、水単体の破壊力はすさまじい事になっている。それに、それだけではない。その水は純度が100%の恐ろしい水だ。

 水は純度が高くなればなるほど、物を溶かす力が強くなる。人体すらも容易に溶かせるだけの力があるのだ。この水には。だが、純度が100%の水など普通有り得ない。が、彼の女神ならできる。なぜなら、

 

 「っく! 何故だ! 何故なのだ! 歌雅(かが)姉さま!」

 「答えるつもりはない!」

 

 九つの竜とも呼ばれる彼女の力。その力は川を支配する力。そして川を支配するという事は、水をも支配する。

 だから、自然界には存在しない水すら創りだせたのだ。

 

 「氷結刺突槍!」

 

 落ちてきた水は凍り、鋭い槍となって命を襲う。

 

 「っち! 破!」

 

 呼気と共に、幾つもの拳が乱れ飛び、氷の槍を討ち砕いていく。

 

 「翻子八閃打!」

 

 砕け散った氷の中を、命は前に出る。

 

 「ぬっ!」

 

 それを察知した歌雅は、それを防ぐために命めがけて突きを放つ。その突きは速く、生半可な実力では避けるどころか、見る事すら敵わないだろう速度だ。

 しかしそれを命は見抜き、的確に捌く。一度受けきった突き手の関節を固めて、小手返しをかけて投げる。投げ飛ばした九頭竜を、命はすぐさま関節を取り、寝技に持ち込もうとするが、すぐさま手を放し一気に飛び退く。

 あのまま技をかけ続けていたら、頭上から落ちてきた水に溶かしつくされていただろう。先ほど砕いたはずの氷が水となって、命のいた場所に降り注いだのだ。

 一旦引いた命は、すぐさま前進していく。しかしそれも、

 

 「させると思うか!」

 

 また凍らせた氷の槍を掴んだ歌雅に阻害される。

 

 「気息奄々斬首の陣!」

 

 いくつもの突きが放たれる。しかし、前に進むことはできない。刺突を避けて前へ進めば、その瞬間、その槍は突きから翻り、斬首となり、首を斬り落とされる。それこそがこの攻撃の真の意味だ。

 命は迫りくる槍を手刀で捌き、化勁でそらして、時には体捌きを利用して避けきる。それは異常なまでの技の冴え。他の武神ですらここまでの動きはできないだろう。いや、そもそもほかの神なら避けずに、力任せの突破を試みて首を斬り落とされているだろう。絶対の自信を持つが故の、愚行。それこそが神がしてしまう弱点の一つだ。だが彼は神ではない。唯の人間であるがゆえに、何処までも慎重に闘う。

 

 「甘い!」

 

 そして、その技を捌ききった命は、一転攻撃を仕掛ける。

 

 「螺旋仙者飛撃(クリョールーシーハーン)!」

 

 命は回転しながら、歌雅が作り出した氷の槍を右手で掴む事で逸らし、逆の突きを放つ。しかしそれもまた、防がれる。

 

 「っつ!」

 

 ジュウという音ともに、命の皮膚は焼け爛れる。歌雅は、命が繰り出した一撃を、水でできた盾で防いだのだ。その結果、酸といっても過言ではない水に皮膚を焼かれてしまった。

 

 「如何した!? お前の力はその程度ではないだろうが!」

 「っく!」

 

 先ほどから命は押されっぱなしだ。無理もない。実の姉が堕ちた(・・・)のだ。精神的な影響は計り知れない。さらに、実の姉と戦うという事で拳は鈍り続けている。

 一撃一撃ごとに困惑が体を覆い、動きを鈍らせる。動揺が判断を濁らせる。ありとあらゆる動きに悪影響を与えられて、命の動きは少しづつ、少しづつ鈍っていく。

 

 「その程度かと聞いている!!」

 「がっ!!?」

 

 唐突に、槍が変化した。今までは唯の一本槍だったのが、一瞬で十文字槍へと変わった。その所為で命は完全に捌く事が出来ず、脇腹を切り裂かれてしう。

 

 「まだだ!」

 

 切り裂かれた瞬間、槍は回転し始める。しかもまた元の一本槍に変わって。

 渦を巻くように円を描く槍は、その穂先にあるものすべてを捻じり切り、破壊していく。高天原の道路は跡形もなく粉砕され、消え去る。

 

 「終わりではないぞ!」

 

 さらには一度放たれた槍が高速で引かれ、また突き出されていく。それが幾つも、幾つも。余りの速さに、残像が実態を持ったかのように見える。それがどんどんと加速していく。そして、

 

 「千本槍地獄!」

 

 その槍が止まるころには、道路は血で染められていた。命の血液によって。

 その量は、既に成人男性でも致死量と言えるほどの量だ。その血の跡をたどると、体中ボロボロになった命が地面に横たわっている。その体は切り裂かれた傷が殆どで、最後に放たれた突きの山はギリギリ避けれたのだ。だがそれでも、かならのダメージを負っている事には違いない。

 

 「それで、それで終わりなのか!? お前の力は、お前の武は、お前の努力はこんなものではないだろう!!!」

 

 まるで、まるで命が立ち上がるのを望んでいるかのように、歌雅は叫ぶ。

 その声に呼応するかのように、震える、弱り切った体で命は立ち上がる。

 

 「それでこそ命、お前だ」

 

 それを見た歌雅は、もう一度優しく笑い、槍を変形させていく。それは後の世で、大陸のとある武将が使った長柄の武器。方天画戟とよばれた長柄だ。

 

 「さあ、行くぞ! わが弟よ!」

 「……、き……つ、……合一」

 

 また、両者は戦闘を始める。命は姉を止めるために。姉は命と戦うために。




武神の幕間の続きです。
姉の名前を九頭竜から歌雅へ変更しました。
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