命は夜中に、ここ最近としては珍しく普段の武道着などではなく、袴を着てとある場所へ向かっている。その場所は常に少しだけ薄暗く、陰惨とした気が満ちている。そこには、一つの石から削り出された角錐型の柱で出来ている、死者を弔う墓場が創りだされて安置されている。
命が立ち止った墓場は、命の父である素戔嗚と、母親が静かに眠っている。本来神である二人は死ぬ事はない。本来なら。だが、とある事情で二人は死んだ。その命日が、この日なのだ。
「久方ぶりに会いに来ました。父上、母上。それと櫛名田、お前にも逢いに来た」
命は静かに呟き、持ってきたお神酒を墓の前に置く。どこかさびしそうにしながら、命は輝く星空を眺める。
「ああ、星がきれいだな」
人がたくさんいる村の中で、命は一つ困りごとが有った。歳を取らない命は最近、特に若い周りの村人たちとの間に溝が出来てしまってきている。何とかそれを無くそうとしているのだが、上手くいっていない。現状命ができる策は、もはや一つ。長い時を経て、人に慣れてもらう。それしかない。そう考えているのだが、時間が掛かりすぎる。
命としても、今の状態を長く過ごしたいとは思えないのだ。しかし、如何仕様もないという事も事実。そう考える事で、何とかほのかな寂しさを耐えることにした。だが、それでも辛い事には変わりない。
「なら、少し私に付き合ってくれないかしら?」
「一応、貴様との付き合いがあるから、人々は私を避けているというのもあるのだがな」
後ろから急に出てきた紫を命は無視して、しかし周りの村人は驚愕して腰を抜かす者もいれば、慌てて走って逃げる者もいる。村人たちをそんな状態にさせる妖怪と会話できる。それだけで、命は周りから避けられるには十分だ。
「まあ、良いじゃない」
「ふん。で、私は何処に付き合えば良いのだ?」
「あら、聞き分けが良いわね。……冥界よ」
「なっ!!?」
ぐわっ、と命を巻き込んで空間が裂ける。そこには幾つもの目が並んでおり、見ている人物に不快感を与えるような空間が広がっている。そんな中に落とされた命は、しかし落ち着き払って空間の中を落ちていく。
命が落ちている空間がまた裂けることによって、命は見たこともない場所に落とされた。しかしそこはこの男。常識外の筋力で身体をコントロールして――頭から落ちていたのを修正して、地面に静かに着地する。
落ちた先は広々として、見事な枯山水に、生命を感じられない庭が広がっていた。その庭の真ん中に落とされた命は、ぽつりと呟かずにいられなかった。
「やれやれ、彼奴は何をさせたいのだか」
「申し訳ござらんが、儂にはさっぱりで。何せ、あの方は妖怪。私たち人間程度ではその内を図ることなど出来ますまい」
「それを言うのであれば、貴方も半分は人間ではないだろうに。気配が死んでいる。……半霊か」
「おや、儂の種族を見もせず当てられるとは。久方ぶりですな、そこまで博識で実力あるお方と会うのは」
命の後ろに、現れたのは一人の老人だ。緑色の陣羽織を羽織って、大太刀を腰に提げている。顔は長い時の中で磨き抜かれたのか、どことなく刀を思わせ、さらに精悍で力強い瞳をしている。また、他の特徴としては、長く立派な白いあごひげも蓄えている。背筋もきちんと伸びており、とても老人とは思えないほど気力に満ち満ちているようだ。
「さて、貴方様が素戔命様ですね? 儂は魂魄妖忌。この白玉楼の庭師兼指南役をしております」
「ほう。ここの当主は運が良いな。貴方ほどの実力者に教えを乞えるというのは」
「はっはっは。さてはて如何でしょう」
「何?」
「まあ、見てもらえばわかります。それと、今から案内する場所にあの方もいます」
「あの方……か」
「如何かなされまして?」
「いや、何。只単に、私が彼奴を嫌っているだけだ」
命にしては珍しく、拒絶するようなことを言っておきながら、静かに妖忌の後を大人しくついていく。その中で、唐突に妖忌は命に話しかけた。
「老骨に鞭打って、ここまで来た甲斐がありました。本当なら孫娘を向かわせるつもりだったのですが」
「孫娘か。……」
「可愛い時期ですよ。しかし、これからすぐにあの子は、剣客となるでしょう」
「……この気配から考えると、未だ武器に頼っている所があるな」
「ええ。それが心配で。爺莫迦ということはわかっておりますが、それでもついつい心配になってしまうのです」
「それは仕方がないだろう。私も、孫に当たる娘はいたが、大人しいというより活発ではらはらしたものだ」
「それはそれは」
何処までも朗らかな会話を楽しみながら、素戔命(推定一億歳以上)と魂魄妖忌(推定八百歳以上)は、孫に対しての会話を白玉楼の縁側に到着するまで弾ませ続けるのであった。