東方武神録   作:koth3

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月夜見との出会いです。
2013年11月9日改正しました。


恨みと後悔が募る別れ

 薄靄のかかった命の頭の中で、懐かしい記憶が揺り動く。記憶の奥底に沈み、今となってはそう簡単に思い出せないほど懐かしい、光り輝く玉のような思い出が。初めて月夜見と出会った時の事を、命は瞼の裏側に映し見ていた。

 

 

 

高天原の中央、そこには一つの神社があった。とても立派で大きく、高天原の持てる技術総てを費やして作られた社は、見るものを屈服させるほど神々しい。多くの神々が頭を下げ、近づくことすら忌避する社を、命は訪れていた。

 広々とした空間は汚れひとつなく、澄んだ空気をしている。おそらくは、どんな病人でもこの場所に来ればたちどころに癒えるくらいに。そんな世界を作り出している大本の神が、社の奥、鏡の前に行儀よく座って命に微笑みかけていた。それを見た命はすぐにその場に座り、頭を床にこすり付けるほど深々と礼をする。目の前にいる神が、どれほど尊いのかを知っていたからだ。

 

「よく来てくださいました。我が甥、素戔命」

「いえ、それよりも私をお呼びになられて何用でしょうか?」

 

 その社の中にいるのは太陽を司る、天津神の頂点とも言える天照大御神だ。命は天照大御神によって呼び出されていた。

 

「貴方に頼みたいことがあるのです。私の妹、月夜見の子守を頼めないでしょうか?」

「私に……ですか? 私のような粗忽な者よりも、もっと気品ある優れた神などいくらでもいるのでは? それこそ、子守をするのに慣れている神だっているはずです。豊受大御神様などはいかがでしょう?」

「それではいけないのです。妹を妹として扱ってくれる存在こそが必要なのです。豊受大御神では、おそらく私の妹としか受け取らないでしょう。それでは意味がありません。貴方しかいないのです。こうして頼めるのは」

「……分かりました。どうなるかは分かりません。それでもよろしいのならばですが」

「大丈夫ですよ、貴方なら。私は貴方を信頼しています」

 

 そのまま礼をして、命は社から出た。社から出る命の姿は酷く目立った。それは近くを通りかかった神に見られるという事と同義だ。

 

「おい、あれって」

「ああ。蛭子だ」

 

蛭子。伊弉諾と伊弉冉の間に生まれた不完全な子供。命は父神が素戔嗚であるというのに、生まれ持って肉体に包まれ、神としての力を持てなかった。そのせいで、ほかの神からは陰でこのように言われていた。だがいくら笑われようとも命は気にしなかった。そんなこと、命自身が一番よく知っているのだから。ひっそりといつまでも消えない笑い声を背に、命は教えられた家を目指して歩を進めた。

しばらく歩いている内に、段々と都市の中でも高位神が住む場所に入った。大きな社や、社ではないとしても山一つが住処など、まさしく神が住む桁違いの住居の中に、その家はあった。

 

「ここか」

 

 命の見る先には、大きくはないし山や川などではない、一般的な家があった。小ぢんまりとしているが、全体的に綺麗にされており、地面に足を付けた生活の跡が窺える。その家の扉の前で命は一息吸い、中にいるはずの誰かに語りかけた。

 

「すまない、天照様から頼まれた者だが。どなたかいらっしゃるか?」

「はいはい、今開けますので少々お待ちください」

 

 扉をあけて出てきたのは一人の老婆だった。しかしたとえ老婆の姿であっても、その力は侮れない。それどころか、誰かが化けているかもしれないのだ。

実際、久延毘古という神がいるが、この神は全知の神ではあるが、案山子の姿を好んでとっている。本神が気に入っているからなのだが、そんな姿でも知識が無くなるわけではない。神にとって見た目など重要ではないのだ。

 老婆は少し面白そうに笑い、命に笑顔を向けた。

 

「今度は貴方でしょうか? もしそうならがんばってくださいね」

「今度ということは分からんが、天照様に頼まれてここには来た」

 

 

 

「このふすまの奥です」

 

 老婆に案内されたのは、一室だった。特に他と変わったところはないが、何故か太陽が当たらないという訳でもないのに、陰鬱とした空気がふすまの奥からあふれている。

 

「そうか、すまないな。案内をしていただき」

 

 しかしここに子守をしてほしいと頼まれた相手がいるのだ。黙って立っているわけにもいかない。案内を快く引き受けてくれた老婆へ感謝を述べ、命はふすまの先にいる神へ許可を取ろうとした。

 

「入るがよろしいか?」

「どうぞ」

 

 可愛らしい、幼く高い声が返ってきた。その返答を聞いた命はふすまを開け、部屋の中へ入る。部屋の中にいたのは美しい少女だった。さらさらと天の川を溶かし込んだかのように流れる金髪に、誰からも愛されるであろう造りの顔。大人になれば絶世の美女になることは今からでも約束されたものだと分かる。華奢な体つきの少女に、窓枠から取り込まれた日が降りかかる姿は、幻想的な光景だった。

 

「素戔命と申します」

「あっ、そう。言っとくけど無駄よ。私に取り入っても、姉さまは恩義なんてはからないわよ」

 

 いきなり挨拶の代わりに語られた言葉を理解できず、命は固まってしまう。それを見た少女は嫌らしい笑み浮かべて、さらに畳み掛けて毒を吐く。

 

「どうせ、私を利用して政治的に有利になろうとしているんでしょうけど無駄よ。私は利用価値なんてないイタイ!」

 

 そこまで言った瞬間、命は少女の頭頂部に拳骨をかましていた。もともと気が長いとは言えない命は、少女の言葉に堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。

 

「何をするの!」

「名前は」

 

 鋭い怒りの声は、しかし重苦しく威圧感すら籠っている命の声に消されてしまう。

 

「へ?」

「自己紹介されたのなら、自己紹介をしろ。挨拶されたのなら、挨拶をしろ。それは付き合いの基本だ。それに子供が価値が無いなど決して口にするものではない」

 

 静かに命が目を向けながら発した言葉に、少女は混乱した。今まで彼女の面倒を見ようとした相手は一度も少女を怒ったことはなかったから。少女がやることなすことに、とりあえず賛成し、機嫌を取ろうとするばかりで、本当の意味で見守ろうとはしなかった。そもそも少女の子守を引き受けたほかの神は、天照大御神の覚えを良くし、少しでも神格を高めようと画策していたような神ばかりだったのだから。

 言ってしまえば月夜見は甘やかされて育ってきていた。そんな子供が突然厳しくされたのなら、困惑してしまうのも仕方がない。

 

「な、何を!」

 

 涙を流しながら命を強く睨みつける少女だったが、それを異にせず命は言葉を返す。

 

「名前は」

「う、うう。月夜見朔よ。これでいいでしょう!!」

「挨拶だ」

「おはよう!!」

 

 命のしたことに怒った少女だが、命の目を見ると何故だか従ってしまう。それにイラつき、悔しさで涙目になりながら、言われたとおりに叫んだ。

 

「そうか、月夜見というのか。私は天照様から頼まれてお前の面倒を見ることになった。これからよろしく頼む」

「ふん」

 

 命がぎょろりと一睨みすると月夜見は慌てて、

 

「わ、分かったわよ。よろしく。これでいいんでしょう!!」

 

 この時点で命と月夜見の上下関係が出来上がっていた。

 

 

 

 人の手が入っていない山の中で、一人の男が目を覚ました。その男はしばらく呆けていたが、ため息を漏らしてぽつりと口から漏らした。

 

「懐かしい夢を見たな」

 

 それは高天原にいるはずの素戔命だ。

 命は大きな、樹齢千年近い大樹の枝の上でまどろんでいた。本来ならいくらでも行動を続けられる体力を持つのだが、慣れない作業をこなした事と不慣れな環境にいるという精神的な疲れからか、いつの間にか意識が遠のいていた。

 

「私も莫迦になったものだ。しかし、こうでもしないと月夜見のことだ。私を強制的にでも月に連れて行こうとするからな。これも仕方がないだろう」

 

 命は月夜見の暴走を予想して、辞表だけ残して都市を出た。今頃高天原ではハチの巣をつついた大騒ぎになっている事だろう。そう思いながら彼はしばらく横になったまま考え事をしていた。

 

「そろそろか」

 

木々の隙間からは、満月がのぞいている。どこかさびしそうな顔をしながら、命は満月を見上げ続けている。だが、いつまでもそうしているわけにはいかず、彼は地上まで百メートルもあるというのに、無造作に飛び降りた。そして着地してすぐに大きくはないが、辺り一帯に聞こえる程度の声量で何かに話しかけた。

 

「隠れている者達よ、出てこい」

 

 命の口から飛び出してきた言葉に反応して、木々の陰から多くの武装した人間が出て、命の周りを取り囲む。その動きはとてもなめらかで、明らかにこういった荒事になれているという事を証明していた。そしてそれは当然だった。何せ、彼らは命が鍛え上げた精鋭部隊なのだから。

 その中で一人だけ明らかに気色の違う人物がいた。他のものが銃器を基本的に装備している中、その少女だけは太刀も差している。少女が重苦しそうに口を開く。

 

「命様、考え直していただけませんか。私たちからもお願いいたします。どうか月へ一緒に来ていただけないでしょうか」

 

 命に対して挨拶などはせず、ただ用件だけを悲しそうな声色で語り懇願した。この部隊の長である少女は命を尊敬していた。少しの間だけとはいえ、愛弟子として厳しく鍛えられており、それ自体とても光栄なことだと部隊長は思っていた。それなのに。その思いばかりが先行していた。

 

「断る」

 

 だからこそ、その言葉に少女は思わず泣きそうになった。

 

「……仕方がありません。月夜見様からはどんなことをしてでも連れてくるように言われているので。お恨みになさらぬように」

 

 強ばった顔で、部隊長は手を振った。それに反応し一斉に兵たちが銃を構え発砲する。当たれば成人男性ですら一日はまともに動けなくなるスタンガン内蔵型の鎮圧兵器を。一分間で数千発という異常な程の連射力から吐き出される弾丸は、空間を埋め尽くし命に殺到する。だがそれでも部隊長の顔色は悪かった。

 

「っふ!」

 

 瞬間、呼気が聞こえたとともにこの場にいた全ての兵が吹き飛ばされる。何が起きたかも理解できないまま、ほとんどの兵は崩れ落ちた。その後を追うように、カランと連続して金属が落ちる音が響く。空からはスタンガン内臓の弾丸がぱらぱらと落ちてくる。

 命がしたのは単純なことだった。四方八方から降り注ぐ弾に対し、拳圧だけでその勢いを相殺し、続く一撃で上空へ打ち上げて、最後に周りを取り囲む兵士たちに一発ずつ最低限まで弱めた攻撃を放っただけ。

 しかしそれがどれだけ無茶なことか。確かに彼らが撃った弾丸はスタンガンを入れるために普通の弾丸より幾らか大きい。風圧も受けやすくはなるだろう。それでも1が1.1になっただけで、力がほとんど加わらないのは変わらない。それを命は的確な、最低限の力だけで勢いを止めて、そのまま部隊までも粉砕したのだ。

 

「やはりこの程度ではだめでしたか」

「ああ。ほかならばまだしも、私には通用せん」

 

 ただ一人、命の一撃を受け切った部隊長は、腰に下げていた刀を抜く。月光にきらめく刃は、表情のない命の顔を映していた。

 

「お前はここで倒しても、納得はしないだろう」

「いいえ。例えどんなことが起きようと、納得しません。納得できるはずがありません。貴方にとって、私はその程度の存在だったのですか?」

 

 しばらく沈黙が続いた。お互いただ相手を見るだけで何も語らず、反応もしなかった。

 少女の脳裏には、今までの事が浮かんでは消えていた。子供のころからの憧れだった命に少しでも近寄りたく、防衛部隊へ入隊した。厳しく苛酷な訓練を乗り越え、高天原において精鋭部隊であるとされているこの部隊に配属された時などは、少女は姉を巻き込んで大騒ぎするほど喜んだ。そんな少女の才を命は見抜き、目にかけ育て続け、その甲斐あってか少女はすぐに精鋭部隊でも隊長となる事が出来た。それがうれしくないはずがない。憧れだった人に様々なことを襲われるのだから。

辛いこともあって逃げ出したいと思う日があって、それでも命のために。それを考えて鍛え続け、その期待を背負い達成してきた少女は、どうしても諦めきれなかった。信じられなかった。命が自分を捨てるはずがないと。

 

「……そうだ」

 

 だからこそ命の口から洩れた言葉は、少女の心を砕くには十分すぎた。

 

「ぁあああああ‼」

 

 叫び声とともに、少女は“跳ぶ”。優れた脚力は、大地へと余すところなく力を伝え、反発によって体を一瞬で前へと移動させる。移動しながら振るわれた胴を薙ぎ払う斬撃は、しかし命の影を打つだけで、あたりはしなかった。

 

「まだだ‼ 猛き雷よ! 我が怨敵を打て、鋭き刃と変わり‼」

 

 剣が雷をまとい、その間合いを変える。空間をも切りながら迫る刀を命は、

 

「温い」

 

 一言で切り捨て、迎撃した。迫り来る刃を真剣白刃取の要領で受け止める。しかしそれは悪手でもある。何せ刃を形成しているのは雷なのだ。電撃は命の体を駆け巡り、内側から焼いていく。肉を焼く臭いが命から漂っていく。

 それなのに、命の手は緩まることはなかった。それどころかますます力をまし、完全にその刃を止めてしまう。

 

「白刃折り猿臂打ち‼」

 

刃を砕いた腕はその勢いを殺さず動き、流れるまま肘で少女の顎をかすめさせた。それはダメージにこそならないが、顎から振動を伝える効果を持つ。衝撃で脳を揺さぶられてしまう。その揺れに少女の脳は耐えきれず、平衡感覚がマヒし、膝から崩れ落ちる。

 倒れた少女を見、命は少女の横を通り抜ける。その瞬間、少女は口を開いた。

 

「許さない。私は、貴方を信頼していたのに」

「……」

 

 その言葉に命は何も答えられなかった。

 

「さらばだ、依姫」

「う、ううぅ」

 

 すすり泣く声が森に響く。その声は命の心を深くえぐり、殺していくが、それを堪え命は少女を置いて行く。

 

「それと月夜見。お前もだ」

 

 頭上には満月が輝き、彼を照らし続けている。その明かりは彼を照らすと同時に、まるで監視しているかのように光り輝く。

 そうして、彼は行方不明となった。長い年月がたって、月の民が地上に流されるまで。

 




次はよくある話だと修行が続くのですが、この作品ではそう言った描写を一切しません。どんどん先に行きます。
部隊長を名もなき人から依姫へ。やったね、命ちゃん。これで怨敵が増えるよ!
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