年月は流れて、月夜見の体がほんのわずかに成長した頃、二人は山奥にいた。これからある教えを授かるために、この山を登る必要があるのだ。初日の出が出るまでに、登頂しなければならない。植物も生えない過酷な環境を二人は、しかし気にも留めずに走り続ける。常人ならとっくに心臓が破裂しているだろう。だが、ここに居るのは最高神の妹に、人間として最高潮まで己を鍛え上げた存在。今更、その程度の負荷を負荷と考えない。
「ところで、命。お姉さまは確かにここへ来るように言ったの?」
「ああ、そうだ。先日呼び出されてな。確かにこの山の頂上で、大切な儀式をするそうだ」
静かに月が落ちていく中、二つの影は日ノ本で最も大きい山を疾走していく。
白玉楼と呼ばれる豪邸にて、命と紫、さらに魂魄妖忌ともう一人の女性が座っている。もう一人の女性は桜色の髪をしており、フリルが沢山ついた青色の和服を着ている。
そんな彼らは、声を小さく何やら話し合いをしている。仲の良いとは到底言えない命と紫までもが真剣に。
「つまり、魂魄妖忌を外の世界に出させて、妖怪たちとの懸け橋を作るという事か」
「そうね。妖忌クラスの実力なら、そうそう危険な事なんて起きないでしょ?」
「只、問題が一つあるのよねぇ」
「申し訳ありません、幽々子様」
そもそも、紫が命を連れてきたのは、理由がある。白玉楼に居る、恐らくこの幻想郷で最強の剣士、魂魄妖忌を外の世界で妖怪たちとの懸け橋を作ってもらおうとしたのだが、幽々子の許可は得たが肝心の妖忌は拒否してしまった。だから、妖忌を説得させるために命を連れ出してきたのだ。
「いや、そもそも私を連れてきたところで、妖忌が納得するとは思えないのだが?」
「まあ、そう思うでしょうね。私も最初は貴方を連れて説得させようなんて思わなかったわ」
「ほう、それは良い事を聞いた。私としても、ぜひともそうしてもらいたいものだ」
ピリピリと空気が冷たくなっている。紫と命の額に青筋が立っているのは気のせいだろうか。そんな険悪な様子を眺めながら、幽々子はあらあらと笑い、妖忌は静かに瞑想して二人の諍いが収まるのを待っている。
「ふん。まあ今はそんな事を言っている場合じゃないか」
「……珍しいわね。意外と頑固な貴方が折れるなんて」
「唯思うところが有っただけだ。それより、結局私を連れ出した理由を聞きたいのだが?」
「それは――」
「それは儂が説明いたしましょう。これは儂の我が儘、儂自身が語るのが筋というもの。儂がこの白玉楼を出るわけにいかないのは、二つの理由からです」
そう前置きしてから、妖忌はさらに話を続けていく。
「一つ目は、ここが冥界であるという事。そうあるとは思いませんが、力ある存在が大切な者の死を覆そうと攻め入ってくる可能性があるという事です。だから、誰かが守らなければなりませぬ。もう一つは、儂の孫娘についてです」
「孫娘か。先ほどからうろうろと廊下を歩いている子か?」
「そうです。あの子はまだ未熟。せめて、一人前に育てなければ、安心して白玉楼を出ることなどはできませぬ」
どちらかというと、孫娘を心配して、外へ出る事が出来ない様子の妖忌の様子を見て、紫が何をさせようとしているかが分かり、命はイラつきながらも今まで生きてきた中で出したことのないような低い声で紫の企みを語りだす。
「なるほどな。その孫娘に、誰かが修行をしてやらなければならないという事か。その為には、幻想郷で刀を扱えるものでなければならず、しかし幻想郷で刀を扱うもので強い者はそうそういない」
「退治屋は未だ弱く、あの子供に力づくで妖忌以外の師を認めさせるには力不足」
妖忌の孫娘は、恐らく師が変わることを容認しないだろう。その為には力づくで認めさせるしかない。だが、それにはかなりの問題がある。一つ目は、妖怪は刀を使うものがほとんどいないという事。二つ目は、刀を使う人間は妖忌の孫娘より弱い。半人前とは命の談だが、それでもかなりの実力が有るのは間違いない。この幻想郷で、刀を使って妖忌の孫娘を下せるのは、妖忌を除けば命くらいしかいないのだ。
「いや、待て。そもそも貴様は何故、私が刀も使うという事を知っている?」
「さあ?」
またもや、場の空気が悪くなりながら結局、命は妖忌の孫娘と会う事を約束させられてしまった。
命と紫に関しては、この作品ではそりが合わないので、お互い毛嫌いしていると思ってください。