日が昇る前に、命と月夜見はもっとも高い山を登り切った。月夜見はわずかに息を切らして、命はそんな様子を見せもしない。
「さて、そろそろ朝日が射す。覚悟は良いか?」
「いや、覚悟って今初めて聞いたんだけど?」
「む? そうだったか? まあ、構わないだろう」
「構えよ!!」
結局いつものようにギャアギャアと二人は騒ぎ始めるのだった。そして、天照はその喧騒が治まるまで、朝日を止める羽目になった。
命が妖忌と約束したとおり、妖忌の孫娘という妖夢という少女と会いに行くのだが、一つ問題がある。魂魄家とその主である幽々子がいるのは冥界で、空高い場所に結界が張られて存在している。結界自体は、紫の札によって無効化できるのだが、そこまで行くための手段が殆ど無い。
だが、命自身最も簡単な方法である紫の手助けだけは認めなかった。命と紫の仲の悪さはかなり酷い。その為に、嫌っている相手の力を借りたくはないのだ。では如何やって冥界へ行くかというと。
「そんな馬鹿げた方法で跳ぶのはお前だけだよ」
「仕方がないだろう」
勇儀に協力してもらいながら、命はその方法を編み出した。ただし、一直線にしか進めないが。それ以外に進もうとすると、だんだんと降下していってしまう。そんな方法だ。
「空気を蹴り続けて跳ぶね。お前らしいけど、無茶苦茶だな」
「悪かったな」
「いや、気に入っているよ。お前らしいって言っただろう?」
からからと笑いながら、勇儀は引っ切り無しに酒を飲み始める。鬼の習性であるという事を理解している命は、もう何も言わない。以前は、人との話の間位、酒を飲むのはやめろ、と口を酸っぱくして言っていたのだが、既に諦めた。
「助かった、勇儀」
「別に良いさ。お前さんの周りは面白い事が多いからね。酒の肴にさせてもらうだけさ」
命はその体を一瞬屈ませると、莫大な筋力全てで地面を蹴った。地面に与えたエネルギーから生まれた反作用によって、命はグングンと異常な速度にまでなりながら、空を進んでいく。だが、これだけでは足りない。まだ、冥界である白玉楼に行くまでにはかなりの距離がある。そろそろ速度が止まり、重力にのまれるだろう。だから、
「空中三角跳び蹴り改!!」
命の技には、特殊な動きをするものがある。その技の一つに、空中で空気を音速越えて蹴る事によって、体を無理やり軌道修正しながら飛び蹴りをかますという力技が有る。今回、命はその原理を利用して、速度が落ちかけると空気を蹴り、無理やり空を加速しながら跳ぶ方法を編み出した。
「ぉおおおおおおおお!!!」
正直、こんな面倒くさい事をするくらいなら、素直に紫に協力を頼めばよいのだが、命としては絶対にそれだけは嫌なのだ。
雲をかき分けながら、無理やりに白玉楼へ突入していく。
「……つ、着いた」
幾ら馬鹿げた体力の持ち主でも、さすがに辛いのか、石段の前で息切れを起こして膝に手を置いてしまっている。
「貴方、私の事がどれだけ嫌いなのよ。さすがに傷つくわ」
「だ、まれ。余計な事、言うな」
荒い息をしている命の後ろに、少し傷ついたような顔で紫は唖然としながら立っている。さすがに、こんな無茶な方法で来るとは思わなかったようだ。勇儀か誰か、空を飛べる知り合いの手を借りるとは推測していたが、ここまで常識で図れない存在だとは。紫ですら読むことはできなかった。
「ふぅ。さて、では行くか」
「いや、まあ貴方が良いのなら良いんだけど」
僅か数秒息を整えただけで、体力が回復するこの超人をどうしようかしら、と紫が考える中、さっさと命は石段を登っていく。
その速度は非常識なまで速く、一般的な天狗が飛ぶのと同じクラスの速さだ。幻想郷陸上最速の生物なのではないだろうか。
「それにしても、貴方絶対人間じゃないでしょう」
「一応人間程度の身体能力なのだがな」
「いや、それはおかしい。どこの世界に空気を蹴り続けて跳ぶ事が出来る人間がいるのよ。絶対何らかの能力があるでしょう。貴方には」
「私の能力は『衰えない程度の能力』だけだ。どれだけの力があっても、人間を越えることはできん」
そうかしら。そう言い残して、紫は消えていく。聞きたい事を聞き終わったからだろう。すでに冥界には紫はいないようだ。気の残り具合からそれを察知した命は、余計な事を言ったかと内心後悔していながらもどんどん石段を登っていく。
そして石段の最後の場所に、魂魄妖夢は立っていた。
ちなみに、命が勇儀に協力してもらわなかったのは、単純に自分自身で白玉楼へ行く方法を見つけなければならなかったからです。だって、そうしないと毎回手伝ってもらう必要がありますからね。