変わっていく。全てが流れるように変わっていく。あの時から。命が姉である九頭竜を下した時から。そしてその中には、命と月夜見の関係も含まれていた。月夜見は、最高神の妹として、姉の責務をサポートし始めた。
そのために会う機会も減っていき、命は胸の奥底に鈍い痛みが奔ったのを自覚して、自嘲した。
「会わないようにしていくと決めたというのにな」
幻想郷には変化しないだけで、確かにそこにも時間が流れている。それはすべからく平等に、そして冷酷なまでに動き続ける。そして時間が過ぎるという事は、幻想郷が変わらなくとも、そこに住む生物たちは変わっていく。まず最初に、人間が変わった。身を守るためには嘘を吐くようになった。もともとそういった気質はあったが、だがそれが遥か彼方、石に絵の事態と比べて急増していった。つまらない事にまで嘘をついて、欺瞞が膨れ上がっていった。だからだろうか。鬼が消えた。嘘を嫌う鬼は、いつしか消えてしまった。そして、鬼が居なくなったことで、天狗たちがその勢力を伸ばし、数多くの妖怪たちが増長してしまった。
そのためか。妖怪の賢者はそれらの妖怪を言葉巧みに操り、月面に戦争を仕掛けた。もしかしたら、唯単純に月が気に入らないのかも知れなかったが。それでも、その戦争によって、妖怪たちの台頭は防げた。幻想郷という限られた土地で妖怪が主流となっては困るのだ。
「それにしても、あの時の村がここまで広がるとはな」
そんなさまざまな事が有ったからこそ、命は思わず呟かずにはいられなかった。かつて、鬼との、勇儀と戦ったときのきっかけを作った小さな村落だった村が、今では里と呼ばれるほどに大きくなっていたのだから。
もともと、その為の土壌はあった。豊かな水量を誇る川。土の中の栄養は豊富で、さらには豊穣の神すらいるのだ。食料的な問題はそうそう発生しない。それに、この地は隔離とはいかずとも、かなり辺鄙なところにある。その為、伝染病などが流行ったとしても、この地まで来ることはめったになかった。とはいえ、それらの地理的要因から問題が起きる事もあったのだが。
しかしそれでも、この里の人間たちは乗り越えてきた。時には妖怪の賢者の手を借り、命の手を借りて。それは同時に、命が特別な存在になっていった事と同義だ。常に人のそばに居て、危機から人を守り続ける。その様は、まさしく守り神に相応しく、そしてまた、その血筋から考えるにいつしか神として扱われるのも時間の問題だった。
以前とは違い、化け物としてではなく、神として敬われるようになってしまった命は、余りに今の人里を窮屈に感じた。そもそも父が三貴子の一人。その息子として生まれ、神になれなかった自分には、神として扱われるのは重すぎる。そう考えてしまうのも、かつての生を考えれば仕方がなかった。
しかし、それでも里の子供たちにとっては違うようだ。命が歩いていると、里の子供たちは大概群がり、尊敬のまなざしでありながらも元気に話しかけてくれる。そこには、何の装飾もなく、子供特有の純真さがあふれていた。そして、命はその時間が何よりも好きだった。
だからだろうか。その娘が気になったのは。誰よりも元気で、勝気な、しかしその実元来の性質を恥ずかしがって見せたがらない少女が、通りを泣きながら走っていったのを。普段、命を見ればその腕に引っ付いて、ブランコにするのが好きな子供だ。そんな子供が泣いているのを命は驚いて、気になってしまった。本来向かう予定だった茶屋ではなくその娘の住む家、霧雨道具店へ足を向けた。
「店主、如何した?」
「あ、ああ。命様。申し訳ありません。見っともないところを見せてしまい」
「いや、急に来たのは私だ。構わない」
霧雨道具店の店主は、確かにそこに居た。しかし、その顔には陰りがあり、娘に遺伝した金髪にも、普段の日光を浴びて輝く様子はない。むしろ、淀んで、濁り切ったような光がする。
その様子に何かあったのだろうと辺りを付けた命は、近くにいた下男に店番を頼み、店の奥に連れて行く。勝手なことをしているが、今の店主ではまともに動けないだろうと判断したからだ。それは事実であり、命が支えているというのに、足がもつれて転びかける始末だった。
よっぽどの事が有ったのだろう。そうその様子から確信した命だが、話を聞いてすぐに驚愕を示した。
「何だと!?」
「あの子は、魔道にひかれてしまいました」
打ちひしがれ、一気に数十年の歳月が過ぎたかのように、疲れ切った男がそこにはいた。
「それは」
「ええ。あの子が元からそういった事に気を取られていたのは知っていました。だから、隠してきました。家にある書物には、そう言った幻想的なものを排し、出来るだけ目にいれないように。でも、駄目でした。あの子は今私に叫んだんです。師匠を見つけた。魔法を覚えるんだ! と。もう私には止められなかったんです。必死になって怒りました。人が妖怪になる事は不幸なことだと。それでもいう事を聞かず、勘当するぞと言ってもあの子には効果が無かったようです」
「良いのか、それで?」
「人里の親としては今でも止めたいです。ですが、父親としてはあの子を応援したい気持ちもあるのです。妻を亡くしてから、あの子は寂しかったのでしょうか。その寂しさが魔導へ向いた。寂しさを打ち消してくれるなら。そう思ってしまうんです」
弱弱しく、男は吐いた。今までずっとその身にとどめていた感情を。
「今から思えば、私は父親失格でした」
「そうとは思わないが。それを言えば、私なぞはもっとひどい状態になってしまうぞ?」
「私はそう思っただけです」
「……」
ひどく弱気になっている店主に、如何するべきかと悩む命だが、すぐに一つのことを思いついた。
「少しだけ、その師匠というのを見てきてやろう。その師匠が信用できないようなら、私が無理やりにでも捕まえて引き戻そう」
「ほ、本当ですか!」
そもそもただの家出だったとしたら、命とて、ここまで気にかけない。ひとえに、魔理沙が魅入られたのが魔法という一つの幻想であるという事が問題なのだ。どれだけの時間を掛ければ、人が魔法使いという幻想へ至れるか。それは誰にもわからない。そして、その過程の厳しさは、魔法使いではない命にですら容易に想像できる。
神でもないのに、武神とまで言われた男だ。鍛えるという概念を破壊しかけるほどにわが身を鍛えた。だからこそ、幻想へ至るまでの道がどれだけ険しいかもわかる。
「安心しろ。とはいえ、師匠が良ければ、私は何もせんがな」
「それでもかまいません! 魔理沙が無事でいられるなら、それ以上を望みません」
未だ、娘は父親の愛を理解せず、しかしその愛は魔理沙の運命を少しずつ変えていく。