東方武神録   作:koth3

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武神と悪霊の出会い

 命が魅魔たちの関係性を知ってから、幾年かが経った。

 命は納得したとは言ったが、それでも信じきれない部分があったのか、時折迷いの森へ訪れて魔理沙たちの様子を伺っていた。そしてその度に魅魔に見つかり、魔法が物を吹き飛ばす音や拳で何かを砕く音が森の外で響き続ける日が続いた。

 その光景を、最初はオロオロと眺め続けていた魔理沙は、しかしこの頃はもはや慣れたのか、二人が争っている時も、

 

「じゃあ、魅魔様少し行ってくるぜ。命もさっさとやめておけよな、良い年して。もっと落ち着けよ」

 

 軽口を口にする程度の余裕が出来ているくらいだ。

 お互いが殺し合いに近い事をしているのに、それを只の喧嘩と捉えるようになってきた辺り、魔理沙の常識もだいぶ怪しくなり始めてきている。とはいえ、この幻想郷で暮らしていくのなら、魔理沙のように常識なぞある程度捨てたほうが良いのかもしれないが。

 箒にまたがり、魔理沙は今日も友人の博麗霊夢の所へ飛んでいく。少し前の異変と呼ばれる時に、魔理沙は霊夢と知り合い、それ以来仲の良い友人となったらしい。今ではこうして毎日とまでは言わずとも、かなりの頻度で足を運んでいる。

 

「そういや、何であんなに魅魔様は命を敵対視しているだ?」

 

 首をかしげながら、そんな事を考えて魔理沙は博麗神社に向けて空を飛んでいく。

 

 

 

 

 昼間にそんな事を考えていたからだろうか。魔理沙は夜、眠りにつく前の魅魔にそのことを尋ねた。何故、そこまで命を敵対視するのかと。

 そして返ってきたのは、魅魔の溜息だ。

 

「それはお前が知る必要の無い事だよ。さっさと寝て、そんな役に立たない興味は忘れな」

 

 いつもと何か違う魅魔の様子に、魔理沙は戸惑いながらも話を聞くことを諦めるしかなかった。

 とぼとぼと寝室へ向かう魔理沙を見ながら、魅魔はわずかに苦笑をして、呟かずにはいられない。

 

「愛憎の話はまだお前には早すぎるさ。せめてこれがただの恋愛話だったら、話したかもしれないけどね」

 

 脳裏を過ぎるは、かつて黒と出会い、恋を知り、そして憎悪を覚えた日々。忘れられない、今という時を作り出したあの幸せな日々であり、不幸になった日を。

 

 

 

 巨旦という男には一人の娘がいた。その娘は父親と違い、とても親切で優しい娘だった。むしろ、父親よりも、叔父であった蘇民に性根は近い。優しく、誰にでも親切をする事が出来る出来た娘だった。

 よく村では、卑しい父親とは大違いと言われ、その度に娘は苦笑しながら父親の肩を持つのが常々。それがずっと、少なくとも父親が寿命で死ぬまで続くはずだった。

 だが、それは叶わぬ未来になった。天津神である素戔嗚の怒りを買ってしまった一族は、全て例外なく死に絶えた。父も母も素戔嗚が流行らせた病で黄泉の国へ旅立っていった。

 しかし、娘は一人、黄泉の国へ行く事が出来ずにいた。何故だかは分からない。心残りがあり、黄泉の国へ行けないのかもしれない。頭のなかで様々な考えを浮かべては消すことを繰り返し、結局何もわからずに困り果てた娘は、かつて暮らしていた屋敷に憑きながら、日々の暇をつぶす毎日を過ごすほかになかった。

 ある日何時ものように困り果てながら、村にある腰かけるのに丁度良い石に腰を下ろしていた。流れる雲を眺めながら、黄泉の国へ旅立った父母を想うのが、娘の日課になっていたのだ。そんな彼女に話しかけ、手を伸ばしたのが素戔命だった。事情を話をしていくうちに、娘は気が付かなかったが、その顔は苦悩が浮かび始めていた。

 命は、娘に一つの提案をした。黄泉の国へ行く為の方法を教え、行くまでは自分の家で世話をしようと。最初は彼女は断った。自分のような幽霊と一緒では、不幸が訪れてしまうと。しかし、彼はその言葉を無視して説得を続け、最終的には力押しで無理やり納得させた。 

 そうして命に連れられて娘が訪れた所は、娘が見たこともない都市(・・)だった。村でも、国でもなく都市だ。

 娘はそこでさまざまなものを見た。例えば、彼女には到底理解できない何かによって動く、見たこともない動物みたいなものたち。生き物らしくはないが、彼女にはそれが動物みたいだという事しかわからなかった。実際は、動物どころか、生物ですらなかったのだが。

 そういった見たこともないものがこの都市には沢山あり、故郷のような風景が一切見当たらないのが心細くなったのか、娘は命の裾を握り、恐る恐る命の後をついていく。

 それ以外にも霊体であるがゆえに、故郷ではだれにも気が付かれないでいたが、この地では霊魂を見ることなどは誰にでもできる。そして、その霊魂を連れてきたのが、あの命(・・・)だ。嫌な注目を浴びてしまい、娘は命の陰に隠れようとした。

 元々彼女は美しく、故郷では多くの若い男たちが熱視線を送っていたので見られることに彼女は慣れていると思っていた。しかし、ここで送られるのは、そういったものではなく、むしろ見下したり侮蔑する嫌な目で命を見、彼女にも同じ瞳を向けた。

 怯えきり、隠れようとした娘だが、幾ら命が大きくとも彼女もすでに大人。体格的に隠れることは不可能だった。だが、命はできるだけ彼女がほかの神に見られないように隠し、自身の屋敷へ連れて行く。そんな様子を彼女は理解したがゆえに、久方ぶりに触れる人の情に心が温かくなった。

 

 

 

 幾らかの時間が過ぎ去った。

 時には命と娘に対してあからさまに悪感情をぶつける者もいた。酷い時にはいわれのない侮辱の言葉を投げかけられもした。しかし、二人はそれらの感情をぶつける相手に同情はしても、それ以外の感情を持つことはなかった。二人は莫迦ではない。むしろ聡明だ。だからこそ、そう言った手合いの心の貧しさが良く分かっていたのだ。

 特に娘は、散っていく花のように寂しげに笑いながら、罵詈雑言を投げかけてくる相手に言うのだ。

 

「貴方は心が貧しいのですね」

 

 そうして今度は悲しそうな顔をするのだ。それは、娘の正直で誠実さから出た言葉であった。それに逆上したものが彼女を襲いもしたが、それらは全て命が防ぎ、逆に有無を言わず叩きのめした。そうして命に守られた時、娘は驚きからかそれとも何か違う感情からか、頬を赤く染めていた。

 逆に、娘にも良い知り合いが出来た。雷の神である建御雷という神の知り合いが。元々数少ない命の親友であった彼は、ある日命の屋敷を尋ね、彼女を知った。そうしていきなり求婚した。もちろん彼女は断ったが。

 それ以来、建御雷は足蹴よく訪れ、その度に彼女に求愛し命に殴り飛ばされて喧嘩をし、娘は止めたりもした。ある時は命と姉、そして建御雷も含めて花見を一緒にしたくらい、建御雷と仲は良くなっていった。

 こんな風に、黄泉の国へつながる道が開くまでの間、命と娘は一年ほど同じ屋根の下で暮らしていた。何か大きな事件があったわけではない。普通の、しかし平和で牧歌的な幸せな日々が流れて、終わりが近づいたのだ。

 命は娘に黄泉の国への道が開くと告げた。彼女を送るための準備を、命はし始めた。建御雷も呼び、盛大に宴を開き、送り出そうと考えたのだ。しかし、命も娘も予想していなかった出来事が彼女が黄泉へ行く数日前に起きてしまった。

 娘は別れを告げられた時、胸が痛むのを自覚した。知らず知らずのうちに、彼女は命にひかれていた。特に何か大きな出来事があったわけではない。だが、彼女は普段の命に対して恋をしたのだ。只一緒にいつまでも過ごしたい。そんな感情を。

 命は些か乱暴に見えるが、その心根は親切な人間であり、その温かい心に触れるうちに娘は恋をしてしまったのだ。しかし娘はそのことを誰にも知らせるつもりはなかった。もちろん命にも。何故なら、

 

「櫛名田。少し出かけてくる」

「そうですか。行ってらっしゃい。怪我をしないように気を付けて」

「子供か、私は」

 

 命には、妻がいた。だから、彼女は諦めた。今まで知ることもなかった恋だったが、彼女にとっては大切な現世の思いであり、それ以上を求めなかった。この思い出を持って、死者の国へ行こう。少しの寂しさに、櫛名田に対する嫉妬を持ち、それでも楽しかった日々を想って、彼女は笑い続けた。

 あの言葉を聞くまでは。

 命と櫛名田はある夜、屋敷の一室で話をしていた。たまたまその時、娘はその部屋に面する廊下を歩いていた。何が悪かったのだろうか。いや、悪いことなどはなかった。只単に運が悪すぎたのだ。幽霊というものは、自然の中に人間の意識が紛れ込んだようなものだ。その為、気配というものが存在しない。だから、命は気がつけなかった。櫛名田との会話を聞かれているとは知らなかったのだ。

 

「そう、落ち込まないでください。貴方はできることをしたのでしょう」

「できる事……か。私はあの娘に何をできたのやら。きっと、あの子は私を憎んでいる。いや、憎まれるのは仕方が無い事だ。何せ、私は彼女の一族を殺した素戔嗚の息子だ。贖罪であの子を助けたわけではないが、それでも許される事ではない」

 

 それは、娘が初めて聞く話だった。しかし娘は命を憎んでいなかったし、そもそも素戔嗚を憎むことはあったとしても、それ以外に恨みを持つことはなかった。

 だから、それを否定しようと咄嗟にふすまに手をかけ、次の言葉で固まってしまった。

 

「私があの子を助けたのは、哀れ(・・)だったからだ」

 

 それは許せなかった。許せない言葉だ、彼女にとって。

 彼女は自身を哀れと思った事はない。幸せだった。死んで幽霊となりはしたが、それでも命と出会い、知らない世界を知れ、建御雷に会い、様々な経験をし、そして何より彼に恋をする事が出来た。なのに、その恋の相手にとって、彼女自身は只の哀れな娘だったというのだ。

 その言葉は、彼女の心を深くえぐり、殺してしまった。膨れ上がっていた娘の恋心は変質していき、憎悪の塊になる。そして、その憎悪にひかれ、世界中の悪意が娘の中に流れ込んでいく。

 

「何者だ!!」

 

 命がすぐ近くに異様な気配が起きたことを感じ、ふすまを開いた。

 そこに娘はいた。

 黒髪は緑色に染まり、その瞳から幾筋の涙を流しながら、命を睨みつけていた。その視線に、命は一瞬動きを止めてしまう。あまりの視線の強さに、命が気圧されたのだ。本来、どれだけの力を持っていても、幽霊程度に命は気圧されない。しかし、今の娘は違う。幽霊とは違う存在へとなっていた。彼女はすでに『悪霊』になってしまっていた。

 

「……莫迦な」

 

 思わず漏らした言葉に、娘は聞いている者が悲しむ声で嗤いながら、胸から溢れる感情に従い叫んだ。

 

「お前にとって、私は哀れだったのか! 私はお前を好いていた。決して憎んでいなかったし、恨みもしなかった。だが、お前にとって私は只の罪の証で、邪魔な存在でしかなかったか!」

「それは違う! お前が邪魔だと思った事は一度もない!!」

「信じられるか!!!!」

 

 強い否定に、命は二の句が継げなくなってしまった。目の前にいるのが、あのいつも儚げに笑っていた娘と一致しない。目の前にいるのは確かに娘なのに、その魂はまるで違う何かになっていた。

 

「ああ、ならば私はなってやろう。お前の一族の敵に。素戔嗚という神を憎む悪霊に!!」

「止めろ! 今ならまだ間に合う! 正気を取り戻せ!!!」

 

 命のさけびは彼女に届かず、消えていった。咄嗟に伸ばした腕は、何もない空を空振り、何一つつかむことはできなかった。

 

「私は……お前を助けたかったのだ。誰からも相手にされない孤独から」

 

 残されたのは、うなだれる哀れな、愚かな男だけだった。




次回は日常編です。そろそろ原作、紅魔館へ行かせようと思います。
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