迷いの竹林近くに、夜雀が経営している変わった屋台がある。
その屋台では、ヤツメウナギという生き物を焼いて客に売っている。だが里の外という不便な場所のためか、普段は常連以外はあまり来ない寂れた店だ。だというのにその屋台には、追加のイスを使う必要があるほど今夜はにぎわっていた。
客たちは各々先ほどから好き放題酒を頼み、ヤツメウナギを貪って口に運んでいる。中には、串を噛み砕いてしまい、半分になってしまった串を皿に並べているものもいる。
そんな隣の方に広がる様子をちらりと覗き見て、何でこの集団と一緒に飲みに来てしまったんだと赤いモンペをはいた妹紅は頭を抱えていた。
頭を抱えている妹紅の隣には、青い服を着て頭に特徴的な帽子をかぶっている上白沢慧音が座り、さらにその横には手甲を外している命、そして普段の不気味な笑みを消している八雲紫が座っている。屋台であるがゆえに座る場所は狭く、彼らはきつそうに座っている。実際、体の大きい命は肩を狭めなければ座れない有様だ。
そんな彼ら全員の様子は、余りにも酷い。
「うう。私だって好きで半妖ではないのに。人里の奴らは薄情すぎる! 何がキモけーねだ。キモイいうな!」
服の胸のところまでボタンをはずして、慧音は杯を煽っている。豊かな胸が服の隙間から覗き見れ、髪の毛がはらはらと散ってその胸にかかっている。その姿は本来扇情的であるというのに、酒に酔っていてだらしなくなってしまっている顔を見るだけで、不思議なことに一気にそんな感情を失わせる。
「私だってそうだ。私は彼奴と彼奴の弟子を心配して様子見しているというのに!! 何が悲しくて魔法を放たれなければならない!」
命に至っては酒によって理性が外れかかっているのか、それともため込んだ感情の所為か力の制御が出来なくなっている。彼が持っている妖怪が鍛えた鉄を使って作られたコップは、握りしめられて全体に亀裂が奔ってしまっている。本来、像が百メートル上から落ちてきても、凹みすらしないはずなのに。
「そうよ。うちだってあまり変わらないわ。藍は私が何時も遅くまで眠り続けるって言うけど、それだけ力を使っちゃうんだもん。回復するために眠るのはしょうがないじゃない! というより、藍を式にするだけで、ほとんど私のリソースを使っているのよ!」
屋台に突っ伏して泣き言を挙げているのは妖怪の賢者だ。口うるさい姑と化している九尾に、普段言えない文句を酒の力を借りて吐き出しているようで、すでにその瞳には涙がたまっている。
早く酔いつぶれて眠らないかな。隣で愚痴の言い合いになっているダメな大人たちにそんな感想を抱きながら、妹紅は店主である割烹着を身にまとっているミスティアに新しい酒を頼み、残っている物を一気に煽る。
火であぶられているような刺激のくせに、喉を越すと清涼感すら感じる液体を、月を肴に彼女はぐいぐいと飲んでいく。そんな彼女に微笑みかけながら、ミスティアは新しい徳利を渡す。
暴走している三人に、一人は暗い顔をして酒をもくもくと飲んでいる一種近寄りがたい空間を目の当たりにして、暫くしてからミスティアは嬉しそうな声で口を開く。
「いや~、うちの店がここまで繁盛するなんて! 夢のようだわ」
「お前さん、意外と強かなのね」
「そうじゃなきゃ、商売なんてできないわ」
胸を張っているミスティアに、妹紅は一種の尊敬すら感じながらさらに酒をもう一瓶頼む。自分もあれだけ心が強ければ、こんな場所に今頃いなかったのかなと月を眺めながら考えて。
「ほらほら、妹紅。もっと飲め飲め飲め」
「うわ、慧音! 私は私のペースで飲むから問題ないって」
行き成り、慧音が妹紅の肩に腕を回して、妹紅の口元に徳利を押し付けた。
妹紅が注文したのを聞いてなかったのかそれともだんだんと悪酔いし始めたのか、慧音は妹紅に無理やり酒を飲まそうとする。
慧音は後天的とはいえ半妖であり、妹紅よりはるかに力が強い。その為抵抗する妹紅をものともせず、慧音が持つ酒瓶の口は段々と妹紅の口に近寄っていく。
そんな二人の様子を命は眺め続けるだけで、妹紅を助けようとしない。それどころか、普段滅多に見せない笑みすら浮かべていた。
彼はその笑みのまま夜雀に新しい注文をした。どうやら、この騒動を肴にするつもりのようだ。
「店主、串を後5本、それに、そうだな。熱燗を一缶」
「はい、少々お待ちください」
鼻歌を歌って徳利を湯に通し温めながら、女将はなれた手さばきでヤツメウナギを串に通していく。五本分用意し終わったら、下味をつけて炭火で焼く。真っ赤な色をして燃える石炭にあぶられて、ヤツメウナギの油が身から流れ出てくる。その際にたれと一緒に燃え盛る炭に落ち、一瞬その火を盛大にさせる。
あたり一帯に、匂いが立ち込めていく。思わずつばを飲み込んでしまう程、芳醇な、肉の焼けるものだ。その香りにつられてか、真っ黒な球体がふよふよ空を浮かびながら近づいてきた。
「む。ルーミアか」
「何をしているの? こんな所で」
能力で集めた闇をほどき、ルーミアはその姿を見せた。金色の髪の毛には可愛らしい紅いリボンをつけ、普段身にまとう闇と同じ真っ黒な色合いの服を着ている。そんな彼女は人食いの妖怪であり、普段は近くを通りかかった人間を捕まえて食べようとしている。
一度、命はある巫女に協力してルーミアを倒した事がある。その所為で、基本的に彼は彼女に避けられているのだが、今回は辺りに漂う良い香りの誘惑に負けたようだ。口から滝のような涎を垂らしながら、先ほどからちらちらと命の顔色を伺っている。
それを見た命は立ち上がり、近くの竹林に入り腕を真横に振るう。それだけで竹が幾つも切断されて、丁度良い長さにカットされていく。一部の竹には貫手で穴をあけて、そこにもう一つの竹を入れるという作業を幾度か繰り返し、命は即席ではあるが十分使える竹のイスを作り、ルーミアに渡し席に座り直す。
「ふむ。……店主、先ほど注文した串は、ルーミアに渡してくれ。ルーミア、お前もそれに座れ。今日は無礼講だ。私が奢ろう。幾らでも食え」
「本当!! やったのだー!」
それからは、もはや滅茶苦茶だった。妹紅は慧音に結局無理やり飲まされたらしく、目を回しながら一発芸と評して炎をまき散らし、紫は紫で幼いころの藍を描いた絵を見て、あのころは可愛らしかったのにと嘆いて、今からでも遅くはないかしらとスキマを切羽詰まった瞳で見ながら言い始めている。
慧音は慧音で、誰もいない場所に向けて幻想郷の歴史を誇らしそうに語り始め、その横では、命がルーミアにどんどん串を食べさせ、まるでフォアグラを作るように串を与え続けている。ルーミアは先ほどまで慧音がいた席に座り、命から渡される串を美味しそうに口に運び続ける。既に彼女の前には屋台の天井に串の山が届きそうになっている。
そんな様子を見て、ミスティアは笑みを浮かべていた。しかし、その笑みはなぜか肉食獣が獲物を捕らえたような種類の笑みだったが。
翌日、ミスティアの屋台の前は、死屍累々の惨状が広がっていた。
慧音は看板に頭を突っ込み、妹紅は屋根の上で酒の瓶を抱えて寝ている。紫に至っては何を思ったのか、身体の右半分を隙間に入れて眠っている。その姿は理科室にある人体模型そっくりになってしまっている。
その中で唯一まともな姿だったのは命だけだが、その命は今ミスティアを前に顔を蒼くしていた。
「桁が二つくらい間違っていないか? これ」
「いえいえ、間違っていませんよ」
ミスティアが命に渡していたのは、昨夜の食事代が書かれた領収書だ。しかし、そこに書かれている代金がけた違いに高い。高級料理店で食事をしたわけではないというのに、人里の平均的な家庭一か月分の生活費に近い額がそこには書かれていた。
それを持つ命の手は酒飲みのように、そして声も震えている。
「命様はあまりヤツメウナギは食べてはいませんでしたが、ルーミアが食材を全部食べっちゃったんで。それに、命様の飲んでいたのは結構貴重なお酒で、酒代が高くつきました。ですからしめてこれだけのお代になります。」
確かに請求書には、その旨がきっちりと書かれている。とうとう固まってしまった命をよそに、ミスティアは可愛らしい笑顔を浮かべ(その笑顔は小悪魔と言っても過言ではなかったが)、手を出して決定的な一言を告げる。
「ツケはしませんし、びた一文まけませんから」
「……」
結局、命はしばらくの間ミスティアの屋台を手伝う羽目になった。そして、その日からしばらくして、ミスティアの屋台には妙に悪霊やら赤い一本角をした妖怪が訪れるようになったとか。
「予想通り、新しい常連が出来たわ」
この幻想郷で、実はこのミスティアが一番腹黒いのかもしれない。
ガラガラと音を立てて、命は屋台を引っ張り続ける。何時の間にか拡大されていて、命じゃないと引っ張れない屋台を背中越しに見ながら。
「~~~♪ やっぱり力持ちひとついるだけで、仕事が楽だわ」
夜雀は屋台の上で足をぶら下げながら座り、歌を歌って楽しそうにしている。しかし、命にはその姿が仮の姿にしか思えてならなかった。
実は命、あれでかなりの親莫迦です。修行の時などは人が変わるのですが、普段は周りが引くくらい過保護です。