見渡す限り青色が広がり、思わず飲み込まれてしまうと思う程の広い空を一つの影が飛んでいる。その影は鳥にしては影の形が可笑しかった。頭は大きな三角形で覆われ、下半分はなだらかに広がる影が、地面に映っている。その飛んでいく影の下を追って、何時ものように様々な道着を混ぜた上で、手甲や足甲を着た状態で地を疾走している命がいた。
命は走りながら指を前に向けて指し、空を飛んでいる影の主に語りかける。
「魔理沙、次はあそこにある」
「あそこって、あの崖の上に咲いているアレか?」
「ああ、そうだ」
命が追っていた影の主は、霧雨魔理沙だ。彼女は数日前命に頼まれて、彼の手伝いをする事を承諾していた。だから今こうして命に付き添って幻想郷中を駆け廻っていた。
彼らが移動しながら目を細めて見ているのは、崖の上に一つだけ咲いている薄桃色の花だ。それはとても小さく、色合いも殆ど白に近くて目立たない。例え近くでも見つけるのは難しいだろう。そんな花を彼らは、移動しながら一里近くある距離で見つけていた。
目的のものが見つかったのが嬉しかったのだろう。魔理沙は箒の速度を速めて一直線に向かっていく。その後ろを命は相変わらず変わらない速度で走り続けていた。
命が魔理沙に声をかけてから十分程移動し続け、彼らは妖怪の山近くの断崖絶壁にたどり着いた。高さは二百メートルはくだらない。それほどの高さで断崖は垂直だ。岩肌などには掴むところはあるが、そういったでっぱりに限って雑草が生えていて、その部分を掴んだら手が滑ってしまい簡単には登れそうにない。
確かに命なら力任せで登れない事はないだろう。それこそ駆け上がる事すら可能だ。だが、そんな労力を使うくらいなら、空を飛べるものに頼んだ方がもっと簡単に目的を果たせる。その為に、こうして命は魔理沙に協力を頼んでいた。
魔理沙の箒に片手でつかみながら、命は崖の上へ運ばれていく。只、命の体は異様な鍛え方をされた結果、密度が異常にある。つまりは重い。その為に、いくら魔理沙でも彼を箒で運ぶのは難しいらしく、魔力を振り絞りながらふらふらと千鳥足、いや千鳥箒で危なっかしく飛んでいた。
漸く崖の上にたどり着いたころには、魔理沙は体中から汗を流して荒い息をついていた。そんな彼女の為に、命は懐から竹で出来た水筒を取り出して魔理沙に投げ渡す。
それを受け取った魔理沙は、勢いよく喉を鳴らしながらゴクゴクと飲んでいく。
「ああ、生き返った!」
「そうか。では、目的を果たすぞ」
彼らの目的は、あの花だ。ただし、鑑賞しようとしているのではない。この花はかなり特殊な薬効がある。それは利用方法によっては、薬を作ることもできる。さらには、命はできないが魔法を使えば、莫迦にはできないほどの魔力を抽出することもできる。命は、魔理沙に今日付き合ってもらう代わりの交換条件として、魔法に使えそうな希少な物を教えていた。
「ふんふん。なるほど。これはこんな柄をしているのか。それにしても、こいつはこんな高いところにしか咲かないのか?」
「ああ。これはこういった危険な場所にしか生えん。お前も探すのなら断崖絶壁などを探してみろ」
花を摘み取りながら、命は魔理沙の質問に答えていた。
既にこうやっていくつかの場所を巡りながら、命と魔理沙は命の手に収まっている花と似たようなものを集めていた。
「それにしても珍しいな。命がこういったものを集めるなんて。魔法使いでないなら薬にしか利用方法はないぜ?」
「確かに滅多に使うわけではないが、私とて漢方薬くらい使う。だから、そんな目を剥いて驚くな」
魔理沙は命が漢方薬を使うと聞いた瞬間、まるで博麗神社に賽銭が入った時と同じくらい驚いていた。目を剥いて、さらには飛び上がっていたのだ。そして、疑惑の目を命に向けた。何せこの男、一度食中毒で里人全員倒れた時も、一人平気な顔をして倒れた里人を看病していたのだ。幼いころに布団の中で命に看病された経験がある魔理沙にはその言葉は到底信じられなかった。
「まあ、私もこれが必要なのだ。そう気にするな」
そう言って命は苦笑した。
はたから見れば、大人が子供に物事を教えている和やかな状態。だが、当事者である魔理沙は彼の浮かべている笑みが奇妙に思えた。普段厳格な命が滅多に浮かべない温和な笑み。目を細めて見守るかのようなそれが酷く似合わない。
命が浮かべている笑みが何かは分からない。だが、彼女の心には言い知れない漠然とした不安が浮かんだ。
次回紅魔館へ。原作突入します。