東方武神録   作:koth3

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久方ぶりに4000文字越えました。


紅き館

 ある夏の日、突如赤い霧が幻想郷全域を覆い包んだ。

 本来空に浮かんで輝いているはずの太陽は見えず、少し先を見るのも一苦労してしまう位の濃い霧だ。しかも、太陽光すら遮られ、気温はどんどん下がってきている。

 突如発生し、幻想郷中を漂う怪しい霧には魔力が含まれていて、人間にとって瞬間的には致命的でないにしろ、長い間霧に触れていると魔力が体を蝕み、倒れてしまう。その為人里では既にほとんどの里人が家の中に避難した。しかし、避難に遅れてしまった者達もいる。畑仕事に出ていた者たちだ。彼らは家まで逃げきれず、それでも必死になって逃げ続けたがとうとう苦しんで道々の真ん中で倒れてしまった。

 幸い、それに気が付いた人里の守護者や命が、倒れていた彼らを担ぎ、集会場へ運び込んだ。その集会場は既に野戦病院のような惨状だった。野戦病院と違うのはそこにいる人間に怪我がないだけだ。部屋では幾人もの苦しむ里人たちのうめき声で埋め尽くされている。

 先ほどまで命はこの異変によって起きた被害を少なくするために、人里で救護活動をしていた。彼がいなければ今もまだ救助活動は終わっていなかっただろう。倒れていた人間のうち、6割は彼が集会場に運んできたのだ。

 そしてそれが意味するのは、命は過剰な魔力が含まれている霧の中に、誰よりも長く身を置き続けたという事だ。現に命は救助活動の最中、わずかな立ちくらみを起こした。立ちくらみという些細なことかもしれないが、その立ちくらみは間違いなく魔力の過剰摂取である事に間違いない。命の体内では魔力が過剰に存在しており、肉体という器に悪影響を与え始めている。

 命だから立ちくらみで済んでいるのだ。このままこの霧が長く続けば、人里の住民にはかなりの悪影響が出るだろう。下手をすれば、魔力に肉体が耐えきれず死者が出てしまうかもしれない。また、それだけではない。このままでは太陽の光を得られず、作物が育たない。しかも冷夏になる可能性も高い。この二つが重なってしまうと、人里で消費される食料が生産できず、餓死する者も出てくるだろう。

 それを理解していたから、命は体の不調を無視してこの異変を解決することを決めた。

 命は霧によって体調を崩した里人を集めていた集会場から飛び出して、里の近くに有る崖へ向かった。霧が濃い所為で、驚異的な命の視力ですら地表からは遠くを見る事が出来ない。だから、視界を確保できる高いところへ向かった。

 崖の上では風が吹き付け、漂う霧がわずかに薄くなっている。それだけでも命には十分だった。彼は見つけた。幻想郷全域が紅い霧に覆われている中で、他の場所よりもはるかに霧が濃く立ち込めている紅い館を。そして、その館の前にいる二つの影を。

 

「あそこか! それにあれは、魔理沙か。だが、もつか?」

 

 命が睨む遥か先には、緑色のチャイナ服を着た女性と見慣れた白黒色の服を着た少女が門の前で戦っている。

 遠目ではあるが、魔理沙は今のところチャイナ服の女性相手に、優位に戦っているようには見える。しかし、その実魔理沙は戦えているに過ぎない。命から見れば、魔理沙がおしてはいるが、体捌きなどでむしろ魔理沙の動きを操ってすらいる。

 そこからわかる事は、チャイナ服の女性は力を隠しているという事だ。今の魔理沙の実力では本来戦いにならないほどの実力差はあるはず。命にはそれがわかるからこそ、二人の実力差と逆転した戦いに、違和感を覚えたのだ。深追いしすぎた魔理沙を一撃で葬ることくらい、彼女にはできるだろう。それが何故か妖力弾を撃つばかりで、何回もある格好の機会を見逃している。それゆえに命の脳裏によぎったのは、罠の可能性だ。

 だが遠く離れた場所にいる命には何もできない。

 人里の救助でかなりの時間が掛かってしまった。今から駆け付けたところで間に合うかどうか。彼女が本来の実力を出せば、魔理沙はすぐに負けるだろう。いや、負ける程度なら良い。下手をすれば殺されてしまう可能性もある。そうなってしまっては遅すぎる。

 

「あの子ではなく私があの場にいたら良かったものを」

 

 悔やんでいても仕方が無い。今できる事をしなければ何も変わらない。命は今出せる全速力で紅魔館へ疾走する。彼の周りを興奮した妖精たちが飛び交い、弾幕を撃ってくるがそれらを無視して。

 

 

 

 

 命が館の門前まで来たときには、霧雨魔理沙はすでにその場にはいなかった。いたのは先ほど魔理沙が戦っていたチャイナ服の女性だけだ。近くで見ると彼女の容姿ははっきり分かる。緑色の帽子とチャイナ服で、帽子には龍と書かれた星が真ん中にがついている。また、チャイナ服のスリットからのぞく足は健康的ですらりとしているが、無駄な贅肉は見当たらず、筋肉はかなり絞り込まれている。それは足だけではない。体全体がたった一つの目的で同じように作り変えられていた。即ち、戦うための体に。

 彼女は煤や砂ぼこりで汚れた服をはたきながら、何故か安らぎを顔に宿し命に対して、言うに言われぬ感慨を込めた震える声で呟くように語りはじめた。

 

「ここは紅魔館です。当館に何か御用でしょうか?」

「ここの主に用があって来た」

「申し訳ありません。お嬢様は今、巫女と戦っていますのでお話を伺うことはできません。ですがその代わり」

 

 会話の最中だったが、彼女の顔から笑みが消え去った。

 柔和で抱擁する、人に安心を与えるかの笑みは引っ込み、触れたものすべてを切裂く刀剣の鋭利さを持った面構えへに変わった。

 鋭く吊り上った瞳には、抑えきれない破裂寸前の闘気が込められている。

 片足を上げて、両手を手刀にして構えを取り、彼女は自身を鼓舞するかのように声を限りに喉を裂いて叫んだ。

 

「紅魔館の門番、紅美鈴。この私が話を伺いましょう!」

 

 

 

 

 紅魔館の最奥、その一室にうすい紅色の服を着た一人の少女がいた。背中にはコウモリの羽が生えていて、蒼い髪の毛に輝く紅玉のような瞳を持っている。一見幼い体だが、少女から沸き立つ莫大な魔力。少女は間違いなく人間ではなかった。

 少女は億劫そうに、目の前にいる巫女をつまらなそうに眺めていた。

 

「それで、お前は何の用でここまで来たの? まさかくだらない事でわざわざ来たわけでないでしょう? たとえば、この霧を無くせ、とか」

「ええ、そうよ。わざわざそんなくだらない事を伝えるためにここまで来たのよ。分かっているのなら、最初からそんなことしないでほしいわね。無駄な仕事が増えちゃうじゃない」

 

 玉串を握った、紅白色の巫女服を着た少女、博麗霊夢は見るからに気怠げにぼやいた。彼女は本当にこの異変を無駄な仕事と考えているのだ。

 

「ずいぶんな事をほざくのね。人間のくせに」

「アンタは唯のコウモリでしょ?」

「愚か者が。この誇り高き吸血鬼をそこらの有象無象と一緒にしない事ね!」

 

 怒気の籠った叫びと共に、吸血鬼と名乗った少女の弾幕が巫女目掛けて飛ぶ。

 その弾幕は館と同じ紅の弾幕で、獲物を捕らえる捕食者のように巫女を襲う。幾つもの弾幕が高低差、角度の違う場所から飛んでくる。だが、幾ら数があるからといって、高々まっすぐ飛ぶ程度の攻撃を受けてしまうというのなら、彼女は巫女としてここにいない。上下左右、縦横無尽に体を動かして、弾幕のわずかな隙間を縫うように避けていく。

 これにはさしもの吸血鬼も驚いたらしく、一瞬弾幕を止めてしまう。その間隙で、巫女は嘲笑いながら少女に斬り込んだ。

 

「あら。これで終わり? だとしたら、吸血鬼とやらもたいしたことないのね」

「ふん、まさかこの程度で終わりだと思っているの? それにしても、人間にしてはなかなかやるのね。いいわ。紅魔館当主であるこのレミリア・スカーレットが態々相手をするというのに、相手が雑魚ではつまらない」

 

 コウモリの羽が広がり、羽ばたく。強い風が床にぶつかり広がり、その反作用でレミリアの体は空に浮かんだ。

 そのまま彼女は翼を一振りして天井を破りながら、赤い月が昇り始めた空へ飛んでいく。霊夢もレミリアの背後を追従して飛びながら、退魔針を投げつけて牽制をしながら霊力を高めている。

 背後で高まる霊力を察知したレミリアは、霊夢よりも先に一枚のカードを取り出して宣誓(・・)する。

 

『天罰 スターオブダビデ』

 

 こうして博麗霊夢は、自身が提唱した弾幕ごっこを用いた最初の異変、その最後となる闘いを博麗の巫女として始めた。

 

 

 

 

 薄暗くはあるが広大な空間に、幾つもの本が納められた巨大な本棚が整然と聳え立っていた。一つの本棚にぎゅうぎゅうになるほど本が詰め籠められているが、それでも入りきらない本が通路の一部に積んで置かれている。

 全てが本に占領された場所を霧雨魔理沙は飛んでいた。先ほど門番を下して、彼女は紅魔館に侵入することに成功したのだ。そして迷い込んだのがこの場所だ。

 魔法使いならば涎が出るほどの希少な魔道書がそこかしこにあり、ついつい目が寄ってしまうが、目が余所に行きそうになるのをこらえて彼女はまっすぐ前を睨んでいた。

 

「先輩って言うのは、後輩を教え導く存在だろうに。そんなに敵意を出さないでほしいもんだぜ」

「悪いわね。魔法使いは秘密主義なのよ。そもそも、私は貴方の先輩じゃないわ」

 

 薄暗い部屋の中、魔理沙の前には一人の少女がいた。魔理沙と違って箒を使わずに空をふわりと柔らかく飛んでいたのは、全体的に紫色でコーディネートされた服に、同じ色彩の帽子の縁に月の飾りを付けた少女だ。背丈は魔理沙とあまり変わらないだろう。

 しかし、少女といっても彼女の体からあふれ出る魔力は、魔理沙と比べるほどなく凄まじい。魔理沙の最大魔力量をバケツの一杯だとしたら、彼女は池だ。人が必死になっても決して掻きだせない、或いは用意できないほどの量を誇る池だ。もし魔力勝負になったら、確実に魔理沙は負けてしまうだろう。

 

「ハッ! 随分と器量が狭いもんだぜ。秘密主義は今の時代はやらないぜ?」

「それで良いのよ。魔法もすべては逆行したもの。世界の理ができる前まで戻るもの。懐古主義こそ最も大切な事よ?」

 

 「戻るばかりじゃつまらないぜ」そうつぶやきながら、魔理沙は懐からミニ八卦炉を取り出して構えた。それに呼応して、少女も手にした本を開き、決して人には理解できない言語で呪文をつぶやき始めた。今ここに、古い思想を持った魔法使いと、新しく生まれ育ち始めた魔法使いの戦いが始まった。

 武術家と格闘家、巫女と妖怪、魔女と魔法使い。三つの闘いは同時に、そして全く違う場所で始まった。

 

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