全ては終わるはずだった。
博麗霊夢はレミリア・スカーレットを倒し、異変を終わらせた。
霧雨魔理沙はパチュリー・ノーレッジを下し、そこに絆を作り上げた。
素戔命は紅美鈴を破り、その力を示した。
すべてはこれで終わりのはずだった。
事象は終結し、事態は次へと進む。そこでは破られた者たちが、打ち負かした相手と友好を結び、新しい絆を芽生えさせる。
そうなるはずだった。
「ぐぅう!!?」
一つの棒が命の脇腹を掠めた。
黒くて細長い、先端がハート形の棒は周りに炎をまき散らしながら、命の肉をかすめ取る。
脇腹を掠めたその一撃は、命の脇腹に円状のぽっかりとした穴を作りあげた。その傷は拳一つは軽く入る程度の大きさで、かなりの肉を奪い取った。
傷口は不幸中の幸いというべきか炎で焼かれて、血は出ていない。しかしそれは血が出ていないだけで、見るに堪えないおぞましい状態だということには変わりない。
命は倒れかけてしまうが、何とか片膝をつき傷口を押さえつける。
「フランお嬢様!?」
「許さない。美鈴を傷つけた。絶対に許さない!!」
赤い服を着た、可愛らしい金髪の幼い少女が命の後ろに立っていた。その幼い、小さな手に持つ物は、先ほど命を傷つけた凶器だ。火炎で熱されたせいか、その凶器である棒は真っ赤に焼けている。そんな危険なものを持っている少女は、辺りを漂う命の肉が焼けた臭いに、口元を三日月に歪めた。人を傷つけたというのに、暗い愉悦を彼女は浮かべた。いまだ幼いというのに赤い霧では隠しきれないほどに、少女ははっきりと歪んでいた。
灼熱に燃え上がっていた武器が冷え、黒い本来の地金の色が出てくると、少女は頭上へと掲げる。美鈴にフランと呼ばれた少女はその顔に、命への隠しきれない嘲笑と侮蔑、そして憎悪と激憤から生まれた狂気に近い殺意で彩っている。
弱い存在なら自覚するだろう。次の瞬間に自分は生きていないと。強い者なら思うだろう。厄介なことになったと。それだけの力がフランから放出されている。弱り切った今の命では、倒せるかどうかも分からない。それだけの力を。
だというのに、命の心は曇らなかった。むしろ、
「く、ふふ、はははは! 何だ、いるではないか。お前にも!!」
命は笑っていた。口から血を流しながら。
彼の体は確かに傷のダメージが響いているのは間違いない。足元はおぼつかず、まともな力は残っていないのだろう。それでも彼は笑った。美鈴の為に自分を殺そうとした少女を知り。
その笑みは安堵から来るものだった。
戦いのダメージで可笑しくなったか。美鈴は命を見て一瞬そう考えた。
戦いを生業にしていると、そういったたぐいの後遺症を抱えた存在に会う事もある。美鈴が会った者でも、確かにそういった者はいた。しかしそれにしては、命の瞳には一切の濁りが無い。脳に損傷を負ったわけではないだろう。
ならば何故命が笑っているのか。美鈴にはわからない。
だが確かに命は笑っているのだ。それも幻想郷に命が来てから一番大きく笑い声をあげて。
そこには傷をつけられた怒りも、戦いを邪魔された憤りもない。ただ純粋に彼はうれしかったのだ。美鈴が傷付けられたことに激怒するような者がいるという事実を。
全てを投げ捨て戦えてしまった美鈴を、命は心の底では悲しんでいた。戦う相手であっても、美鈴の行動はあまりにも悲しかったからだ。
投げ捨てられるという事は、それは彼女にとって大切ではないという事。全てを投げ捨てた彼女には、何もない。大切なものがない生に一体どれだけの価値があるというのか。そんな空しい相手と戦うという事は、元来命にとって許せるものではなかった。あまりにも、哀れすぎて。
それでも希望はあった。美鈴は戦う前にした命の問答に、わずかに言いよどんだ。彼女の心に浮かび上がった何かがあった。それは美鈴にとって、殺し合いを僅かにでも躊躇わせるだけの価値があったという事。
いたのだ、美鈴にも。大切な存在であり、失いたくないと思える者が。その者が今ここに居る。それが嬉しくてうれしくて、命は笑わずにはいられない。
「死にたくないと思わせる大切な存在が、私にもいる。この身をかけてでも守りたいと思い、そして何よりもずっと一緒に過ごしたいと思わせる者たちが」
「何言っているのか知らないけど、美鈴をいじめたんだから死んじゃえ!!」
黒い凶器は振り下ろされ、あたり一帯に鈍い音を響かせる。肉を打った湿った音。骨が砕けた乾いた音。それらが混ざった複雑な音を。
「な、んで? 何で、ねえ! 美鈴! 何でそんなやつ庇うの!?」
「フランお嬢様にはまだわからないかもしれないですけど、どうしても譲れない獲物は誰にだってあるものなんですよ。それに、まだ決着がついていません。フランお嬢様がとどめをさしたら、それは私にとっての敗北と変わりありません。私は敗北者の気持ちで生きようとは思えないのです。私を敗北者にさせないでください」
音がした場所では美鈴が柔らかな笑みを浮かべて、命を守っていた。
フランが命に放った上段の一撃を、美鈴は両腕を上げてボロボロな体で受けた。もはやまともに動かないはずなのに、それでも無理やり体を動かしてまで。
その反動か、先ほどより傷口から流れる血の量は増えていく。フランの一撃をまともに受けた右腕はもはや使い物にならないらしく、だらりと垂れさがっている。
燃え上がるような痛みに身を苛まれながら、美鈴は命と同じように笑っていた。命ほど豪快に笑っているわけではないが、とてもうれしそうに。
命の言葉で彼女は気づけた。今の自分が何で戦うかを。戦う意味を。
レミリアから戦う場所を与えられたから戦うのではない。その程度の理由なら、他の場所で戦えばよかった。だけど彼女はそうしなかった。
いたのだ。紅い館の奥底に。たった一人護りたいと、癒したいと思った自分のような少女が。何もない少女。その少女を自分と同じにしたくないと、無意識のうちに無鈴は思ってしまった。
美鈴はもう戦いの渦から逃げられない。逃げるつもりもない。戦って戦って戦って死ぬ。それこそが彼女の最大の願い。それは力のみを求めた修羅の道。それでいい。それが紅美鈴の最大の望みで、最高の幸せ。
だがそれはあくまで、武人として生きた彼女だからこそ持てる願い。長い生を武のためにささげた彼女だからこそ、そこまで一心にすべてを投げ出せる。
だがその覚悟を持たずに少女は美鈴と同じ道を歩みかけていた。
姉からはその力によって拒絶され、周りからは腫物を触るような扱いを受けてきた。それは少女を変えるには十分すぎる。美鈴がその少女に出会ったとき、すでに少女は自分の力しか認められないのなら、と力だけを信じるようになっていた。
だから美鈴は、少女を救おうとした。自分と違い、少女はまだ普通に生きれるのだから。少女を戦いから遠ざけたい。力をふるい、それを喜ぶ自分のようになってほしくない。だって、彼女はまだ
それが紅美鈴が紅魔館の門番として戦う理由。わからなくても、心の底でひっそりと燃え続けていた種火。風が送られて、種火は燃え上がる。美鈴の中から愛おしさがあふれてくる。自分を助けようとした、この幼い少女への。
「フランお嬢様、少しだけ私を信じてください。勝ちますから」
「美鈴……」
フランは武器を下げ悲しそうな顔をし、悲痛な声を上げた。
「私にはわからないよ。あいつは美鈴を傷付けたんだよ。だったらその仕返しをするのは当然でしょう?」
「いいえ、違います。お嬢様は他者を傷つけなくてもいいんです。それに、お嬢様は私を信じられませんか?」
「そ、そんな事ない!! 美鈴はとっても恰好良いし、強いもん!」
ふわりと、美鈴は笑いながら左手でフランの頭をやさしくなでた。
撫でられたフランはぼうっと呆けた後、真っ赤な顔をして撫でられた頭を両手で押さえる。
「なら決着は私に付けさせてください。大丈夫、お嬢様が応援してくだされば、勝てますから」
「……わかった。美鈴、勝ってよ。勝たないと許さないから」
「ええ」
美鈴の説得でフランは離れて行く。もう彼女は美鈴の闘いの邪魔をしないだろう。そしてそれは同時に、この戦いにおいてフランはもう関わらない。その力を振るわないですむ。
その事にうれしさを感じ、美鈴は微笑みを深くした。その笑みは、見たものすべてを魅了するほど美しいものだった。
そんな美鈴を、少し離れた場所で、フランは精一杯の声で応援する。勝ってほしいと、無事でいてという一途な思いで。
「これで勝ったら私が悪者だな」
「もう勝ったつもり? 悪いけど、勝ちは譲れないわ」
お互いもう限界が近づいている。だけど二人とも不敵に笑った。犬歯が浮き出るほど大きく口を開けて。
「あなたもそうなの」
「どうやらそうみたいだな」
二人は全く同じ構えを取っていた。それは全く同じことを考えていたからだ。相手よりも速く、そして強く。それが二人の答え。その為に残された力を振り絞る。
クラウチングスタートのような前傾姿勢のまま、ギリギリと体中の筋肉を引き絞り続ける二人。有りっ丈の力を体中からかき集めている二人は、気を抜くと飛び出しそうになる体を必死に抑え付ける。
まだ駄目なのだ。今程度の力では、相対する相手を倒せない。そう確信しているがゆえに、器が崩壊しかけるほどの力を、二人は蓄え続ける。
どれだけ時間が流れただろうか。実際には数秒だったのかもしれない。しかし、はたから見ていたフランには、二人が長い事にらみ合いを続けていたように感じていた。
「「勝負!!」」
気合一声。地面が砕け、残骸が後ろに飛ぶ。
二人はまっすぐ、ただまっすぐ進む。そこに駆け引きなどはない。純粋にどちらの方が強いか。そこにはそれだけしかない。
赤と緑の風は、白の風よりも遅かった。命の拳が彼女の額へ迫る。
もはや美鈴には自身の前進を止められない。攻撃を避ける事は出来ない。
骨が軋みあげる音が美鈴の頭蓋で響く。体が宙に浮き、意識が吹き飛びかける。美鈴の視界は暗くなっていった。
消えかかる意識のふちに、かつての事を思い出しながら。
何かまた次回は一万文字越えそうです。時間が掛かるかもしれません。楽しみにしてくださっている皆様、申し訳ありません。