東方武神録   作:koth3

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なんか題名がネウロっぽくなってしまいました。
過去話です。命が倒れた理由もこの話で出てきます。
姉の名前の変更しました。前の話でも掲載しましたが。


罪[天津罪]

 堅牢美麗を誇る高天原が次々に崩れていく。歌雅と命の度重なる衝突によって生まれる衝撃に、都市が耐えきれず、芸術的な絵を掘り込んでいた門や植物が生い茂り様々な動物が暮らす自然、それらが二人の戦いだけで破壊しつくされていく。

 方天画戟が振るわれるたびに、その余波で何かが斬り落とされる。あまりの技の切れに、鎌鼬すら発生して、辺り一帯を切り刻んでいく。森も川も土地も建物も。しかしそのどれをも斬った攻撃は、命には当たらない。どれだけの斬撃を放とうとも、命はその攻撃全てを捌き避けきっていた。

 一方歌雅の斬撃を軋む体で避け続けていた命は、自身の姉を止めるためだけに拳を振るう。後ろから糸か何かで引っ張られるような感覚を覚えながらも、それでも力任せにその拳をふるった。その拳の威力は、明らかに先ほどの戦いで繰り出した拳より強く、恐ろしいまでの破壊力を秘めていた。いまだ戸惑い続けている精神は、命の拳から力を奪うが、なくなる分以上の力を命は振り絞り、振るっている。

 しかしもともと死にかけるほどの傷を負っていた命は、余力が殆どなかった。すぐに体がほとんど動かなくなり、足が止まってしまう。それに合わせて、歌雅も動きを止め、向かい合った状態で方天画戟を下段にかまえる。もう腹を決めるしかなかった。命の唇から血が垂れていく。その赤い血は、頬を伝い落ちたかのように重い。

 

「奥義 天龍総破(てんりゅうそうは)

「奥義 天羽々斬(あめのはばきり)

 

 全ての守りをも打ち砕かんと吠える鉄砲水の如く、歌雅の攻撃は周りにある全ての物を粉砕しながら命に迫った。幾千、幾万、幾億、幾兆もの刺突に斬撃。空間を飲み込み、すべてを押し流す水の暴威がそこにはあった。

 それに対抗して放たれた命の攻撃は、たった九回の連撃。密度も、破壊力もすべての面で歌雅が放った技の方が勝っていたというのに、命の攻撃は歌雅の奥義を切り裂き、歌雅の体に深々と致命傷を与えた。

 その奥義の正体はただ拳を使った技を繰り返すだけというもの。単純であるがゆえに、極限まで鍛え抜かれた肉体と技でなければ使えない。手刀を取り、正拳や裏拳。はたまた熊手、拳槌、鶴頭、貫手、虎口、腕刀、背刀等々。それらを即席で組み上げながら、変幻自在の連撃を繰り出して、決して避けられない究極の攻撃と化す。それが命の放った奥義。それ単体がいつの間にか神格化するほどの、(わざ)。この高天原でも使える者はほとんどいない。使えたとされるものは、伊弉諾、そして素戔嗚。そして素戔嗚の息子である命だけだった。

 

「……本当に強くなった。幼いころのお前は、私の後ろから離れられないほど、怖がりだったというのに」

「何故、何故こんな事に。教えてくれ、歌雅姉さま」

 

 今にも泣きだしそうな、幼子の顔をした命は、顔を上げることなく歌雅に問いかけた。

 

「泣くな。泣かないでくれ。私はお前の笑っている顔が好きだった。私は堕ちてしまったわけではない。自らの意志で堕ちたのだ」

 

 命の体が傾く。少し前から使い続けていた技、『静動合一』の限界を迎えたのだ。脳内のリミッターを外して力を爆発的に増大させる『動の気』と、精神を深く鎮め世界と同一して力を使う『静の気』。この二つは性質上相反してしまう。その二つを同時に行い、本来の命では届かない領域までその身を押し上げた。しかしその代償は大きい。命の体でも、その異常なまでのドーピングに耐えられなかった。もう彼の体はボロボロだった。筋肉繊維のほとんどは裂け、精神も崩壊を始めている。これ以上行動することはできなかった。倒れ込みながら命の瞳は閉じて、意識は失われる。そんな命の元まで、歌雅は歩いて近寄りしゃがみ込む。

 

「ああ、本当に強くなった。お前は私たちの誇りだ」

 

 愛おしそうに命を抱きかかえ、その頭を幾度もなでる。今生の別れを惜しみながら。

 

「それで本当に良いの?」

 

 声がした。女の声だ。

 

「良いのだ。私は大きな迷惑を高天原にかけた。しかしその分、人々も神々も私を倒した命の名を忘れることはなくなった。例えこの身が邪神と言われようが、何と言われようとそれがこの子の助けになるのなら、それでいい。遅かれ早かれ、私の体は崩壊するのだから」

 

 瞳を瞑り、歌雅は笑みを浮かべる。彼女は満足していた。これ以上何かを望むことはなく、これ以下の結果なら許さなかった。故にこれが最高の終着だったと。

 どこから来たのか分からないが、いつの間にかそこに居た八意××に歌雅はそう言った。珍しく泣きそうな顔をしている××ではあったが、それでも泣くことはなかった。これが最後だという事を理解していたのだから。この高天原で彼女にとって唯一の親友の最後なのだ。泣いて送るわけにはいかない。

 

「ごめんなさい。私が貴方を救わなければならなかったというのに。貴方を救えていたのなら、こんなことを起こす必要はなかったのに」

「それは不可能だった。これは私達一族の問題。いや、厳密に言えば父とその子供である私と命だけの。私の身を蝕んでいた病は、誰にも治せないもの。自然治癒もしない。神の器を崩壊させ、この世にいられなくする恐ろしい病。父が患い、そして何もできずに消えて行った。それだけ危険な病」

 

 その事を知っている神はそういない。かつて素戔嗚は『天津罪』によって黄泉の国へ去り、姉である天照大御神が泣き叫んだあの日を。太陽は隠れ、葦原の中つ国は闇に包まれた。記紀においては素戔嗚がしでかした罪だと言われているが、それは違う。天津罪とは器を壊す病だった。素戔嗚という神には魂はある。感情もある。しかし器だけは作れなくなった。自身の器を作る事が出来ず、この世にいられなくなり黄泉の国に行かざるをえなくなったのだ。二人の子供を残して。

 それと同じ病が歌雅を襲っていた。天津罪は遺伝子性の病気だった。それを知った時、彼女は気が狂いかけた。器を無くす恐怖ではない。一人置いていってしまうであろう命を心配するあまりに。天照大御神に命の事を頼み込んだとしても、政務などで忙しい彼女は必要以上の事には手が回せない。きちんとした後見となる存在もおらず、いつも蛭子と罵られるような命が、一人で高天原を生きていけるとは彼女は思わなかった。故にこの事件を起こした。

 命の力を周りに知らしめるために。普段使わない素戔嗚から授けられた力の数々。それはたとえ神としての力は持たずとも、軍神、或いは武神としてなら認められる程のもの。そこまで考えたら、もはや歌雅は止まれなかった。もはや長くない肉体に未練などはなく、弟の為ならば他を不幸にする事もいとわなかった。そうして行動に移した。親友であった八意にも一切を語らずに。

 

「頼みがある、八意」

「何?」

「命を頼む」

 

 それを最期に、歌雅の体は水に変わっていく。最期まで惜しむかのように命の体を伝い、地面へ落ちて消えて行った。

 

「分かったわ」

 

 その瞳から一滴の水が歌雅の後を追うように流れ落ちていた。

 

 

 

 白い清潔な病室に命はいた。ベッドに寝かされ様々な器具を取り付けられていた命は、呆然とした面持ちで天井を眺めている。いまだに命には信じられなかった。姉である歌雅があんな事件を起こし、自分の手で殺してしまったという事に。厳密に言えば命が殺したわけではない。だが命はその事を知らない。

 命が歌雅を倒してから数日が経った。一日が過ぎるごとに、その心は荒み、茨のような咎で痛む。自分自身が許せない。その思いにとらわれ、命は何かをする気力もなくなっていた。瞳はよどみ、表情は悲しみに縁どられ、人形のように動かない。

 命は魂が死にかけていた。例え肉体は生きていようとも、覇気に溢れ、力強く真っ直ぐ堂々歩く命はここにはいなかった。

 そんな命の部屋に誰かが入ってきた。医者ではない。自身を治療していた医者は、とっくの昔に命によって追い出され、部屋に入る事が出来なくなっていた。今の命は普段と違い、周りに対しての余裕を明らかに見失っている。他者に何をするか自分自身でも分からなかったのだ。だから最初命は、入ってきた人物を追い出そうとした。その顔を見るまでは。

 

「命?」

「……月夜見」

 

 扉の近くに立っていたのは月夜見だった。命の意識が目覚めたことを聞いて、着の身着のままで飛び出し、病室に駆け込んできたのだ。命の顔を見て、月夜見の瞳からはいくつもの滴が垂れてくる。ぽたりとたれるそれは、かたくなになっていた命の心にしみこんでいく。

 

「命……。命……! 莫迦! 莫迦莫迦莫迦!!」

 

 飛び込んでポカポカと拳を叩きつける月夜見。その拳にはまったく力が入ってはいなかったが、命の心を強く打ちのめした。月夜見は泣いていた。命がいなくなるという恐怖で。そんな月夜見の姿を、命はただうれしく思った。自分をこんなにも思ってくれる存在が、まだここにいたのかと。

 

「……すまなかったな」

 

 震える腕で、命は月夜見の頭を撫でた。動かせるはずもないその腕で。命の体は、いまだ静動合一の影響で、壊れている。それでも気迫で無理やり動かした。今ここで動かさないわけにはいかなかった。

 

「絶対に……」

「ん、何だ?」

 

 頭を撫でられ、項垂れている月夜見が呟いた言葉は、命には聞こえなかった。普段ならば聞こえたのだろうが、今は鼓膜にも悪影響が出ており、聞こえなかった。だから月夜見の言葉につい命は聞き返した。

 

「絶対に私から離れないでよ?」

 

 月夜見の顔が上げられる。異様な瞳の輝き。命は月夜見が親愛に近い形で自身を案じてくれていると思っていた。しかし月夜見の目はそれを否定していた。明らかな、異常なほどの粘ついた視線。捉えて離さないと主張しているかのような、いやまさしくそうである執着。いや愛執というべきか。それが込められていた。

 その瞳に命は貫かれ、動きを止めた。命の背筋を悪寒が奔る。喉がカラカラに乾いていく。目の前にいるはずの月夜見が、どこか遠くに感じ、それをほっとする自分が居たことを、冷静な部分が認めていた。目の前にいる少女が月夜見だと、命は信じたくなかった。




多分作中一番の病んでいる神様です。命の姉は。
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