幻想郷を紅い霧が覆うという紅霧異変が博麗霊夢の手によって解決し、まだそれほど時間は経っていないが、屋敷にいる妖精メイドを始めとした全労働力を駆使したおかげか、あれだけ破壊されつくした西洋式の豪奢な、聳え立つかのような時計塔が目印となる紅い紅い居城はすっかり元通りに修復された。その修復された門の前に紅美鈴とフランドール・スカーレットは一緒に立っていた。というより、まっすぐと一本の大木のように立って門番兼修行中の美鈴にフランが飛びついて抱き着き肩車のようにおぶさっている。それを仕方がないなという顔をしながらも美鈴は、フランが落ちないように片手で優しく支えてあげ、もう片方の手で日の光が当たらないよう日傘を微調整している。
フランに優しく様々な楽しげな話をする美鈴と、それを聞いて楽しそうに、元気いっぱいに暴れているフランの姿がそこにはあった。容姿の違いこそあれど、まるで仲の良い親子が肩車をしているように見えて、実に微笑ましい光景だ。
その二人の様子を、紅魔館の中央にあるレミリアの部屋にあるバルコニーからひっそりと覗き見ている嫉妬の小鬼がいなければ、の話だが。バルコニーの手すりを握りしめ、血涙を流しそうなその様は正直怖い。先ほどから手すりに使われている石材にひびが入り、割れ目が奔っているのだが彼女はそれに気づいていない。
「うう! 確かに貴方が意義を見つけたことは喜ばしいことよ。私も祝福してあげるわ。でもね、だからといって人の妹にちょっかいを掛けるなんて許されるとでも思っているの? 莫迦なの? 死にたいの?」
がじがじと、とうとう両手で持っている手すりをかじり出したその様は、見事な嫉妬であふれている。何故だか金髪で緑色の目をした嫉妬というモンスターの影が見えるが、それは気のせいだろう。薄花色の髪の毛がメデューサ顔負けに蠢いているのも、きっと気のせいだ。何せ彼女は吸血鬼。嫉妬に狂った橋姫でもなければ、ギリシアの怪物でもない。誇り高い吸血鬼なのだ。
「お嬢様、お嬢様」
その後ろで主の為に日傘をさしているメイドは、幾度か主に呼びかけこそするのだが、止めるつもりはないようだ。むしろ、顔を赤く染め上げ息を荒げている。
「ぐぎぎ……!! 憎い。あの子とあんなに仲が良くなるなんて! 私はまだ一日に二言話せれば良い方だというのに!」
どうやら今の彼女、レミリアには種族を越えた何かが憑りついているらしい。
フランドールは紅霧異変から随分と落ち着いた。美鈴との会話で何かを得たのかもしれない。あるいは全く関係ないことで精神的に成長できたのかもしれない。しかし重要なのは、彼女が変わったということだ。近くに有るものを手当たり次第壊そうとする、破壊衝動に近い狂気は殆ど無くなり、またレミリアに閉じ込められていた部分はあれども、本人もあまり外へ出たがらなかったというのに、今では外に出て様々な者達と話すことを楽しんでいる。咲夜にパチュリー、小悪魔や美鈴。時折訪れる霊夢と魔理沙。そして一応レミリアも。
というのもレミリアは、フランの情緒が落ち着いた紅霧異変の次の日から、毎日フランに話しかけた。やりたくはない事といえ、実の妹を監禁していた負い目もあっただろうが、それでも妹と話ができるということがうれしかったようだ。
長い間一人で彼女は戦った。ヴァンパイアハンターや美鈴のように名を挙げようとする妖怪たちとの何時まで続くか分からない戦い。さらには実の妹であるフランドールに関する問題に、臭いものにふたをするかのような対応しか取れない自分のあまりの弱さに対する苛立ち。それらに戦って戦って、幾度かは負けそうになりながらも勝ち続けてきた少女の心はすでに痛々しいほどボロボロになっていた。その傷を癒そうとする反動も加わってしまったのだろう。ある程度は理解できるものはあったが、それでもレミリアはやりすぎてしまった。
来る日も来る日も、晴れだろうが曇りだろうが雨だろうが一日中フランにくっついて、食事の時ならばまだしも、トイレ、風呂、はてはベッドの中にも当然という顔で一緒に入り込み、楽しそうにうれしそうに話をしようとする。最初は苦笑していながらもそんな姉に対応していたフランが、そのしつこさに限界を迎え、怒ってレミリアを無視し始めたのは当然の成り行きといえるだろう。心配をかけ続けた姉に、ありがたみを持つようになったフランでも限度はあった。
あくる日の朝、レミリアが食堂で最愛の妹を、もうその顔をを銅像にすれば素晴らしい芸術作品が出来るであろう程の笑みを浮かべて待っていた。この時食堂にいたレミリアと咲夜は、フランがかなり頭にきているということを理解しておらず、笑みを浮かべて待っていた。
丁度咲夜がレミリアのティーカップに紅茶をいれ終えたときに、フランは食堂の扉を開けて入ってきた。
ゆっくりと食堂に入ってきたフランの姿を見て、レミリアは今にも飛び出しそうになるのを姉の矜持として必死に我慢して、椅子に辛抱強く座りながらも、弾んだ声で挨拶を交わそうとした。小学生が遠足を今か今かと楽しみにしているのと変わらず、はたから見ていた咲夜が容易に分かるほどその表情はわくわくしていた。
――今日も可愛らしく元気な声を聞かせて頂戴。
そんな事をレミリアは内心で考えながら、フランに向けて優雅なあいさつをした。言葉こそありふれたものだが、それ以外は洗練されており、例えその挨拶が向けられておらずとも、意識せざるを得ないというくらいに美しい所作だった。
「おはよう、フラン」
「……」
「ふ、フラン? おはよう!」
「……」
「フランちゃん!?」
しかしその所作はすぐに崩れ去ったが。普段のカリスマがどこに行ったのやら、自身の思いが最愛の妹に全く届いておらず、それどころかとても冷め切った目で睨まれたレミリアの目の奥はぐるぐると渦を巻いていた。慌てて椅子をひっくり返してフランに駆け寄り、必死になって語りかけるのだが、当のフランはレミリアをいない者として扱い続けた。肩に手を置いて必死に自分はここに居るとアピールするのだが、フランの反応は思わしくない。それで余計にあせったレミリアは、泣きそうになりながらも体を揺さぶるのだが、フランはレミリアにゆすられながら、近くであたふたと戸惑っていた咲夜に最初に話しかけた。
「あ、咲夜。おはよう。今日は美鈴どこにいるの?」
自分の名前がどこにも無い事にショックを受けて、レミリアは泣きながら自室へ駆け込んだ。
その日以来、もう一か月にもなる。その間レミリアは何とかフランと話そうとはするのだが、まともに話せてはいない。気を引こうとケーキを用意させてもパチュリーや魔理沙と一緒に食べ、血の入った極上のワインを用意しても、美鈴と一緒に飲んでしまう。
しかしそこまでいじらしい姿を見れば、だんだんと怒りというものはなくなっていく。フランが二言三言は会話してくれるようになったのだ。しかしその時レミリアはあんまりにもうれしくなってしまい、調子に乗ってしまってまたフランを怒らせてしまい、結局元の鞘に収まらずにいた。
そんな妹に対するレミリアのだめだめさは、何時も影から主をこっそりと見ている銀髪のメイドにとっては、一種の楽しみらしく、鼻から大量の
「うう! 悔しい!」
ガリッという音がして、レミリアが噛んでいた手すりが欠けた。そこはレミリアがかなり気に入っていたバラの装飾をほどこされていた部分だったのだが、まだそのことに気が付いてないらしく、がじがじ齧り続けている様はハムスターやウサギなどを思い浮かばせて愛らしい。普段の、貴族たらんとしている彼女が他人には決して見せることのない態度だった。
そこにあるのは幼い嫉妬に溢れたもので、常の彼女らしくはないが、むしろこちらの態度が本物なのかもしれない。結局レミリアもフランもお互いよく似ているのかもしれない。子供のような部分が五百年近く生きているというのにまだまだたくさんあるということは。そこらへんは姉妹として良く似ている。
「お、……じょう、さま」
「さっきから何? って、咲夜!? なにその血溜り!?」
だからお嬢様至上主義である銀髪のメイドが、その普段滅多に見せない子供らしい素直な素顔を見れて鼻血の海に溺れたのは必然だったのかもしれない。
今にも出血死しそうなほどの血を流しながら、咲夜は本当に幸せそうに微笑んでいた。
「ちょ、今にも天に昇らんって言う顔は止めなさい! 本当に死ぬわよ、貴方!? というよりも、どこにこれだけの血が!?」
「ああ、お嬢様。天国は、パライソはここに」
「どうしよう、うちのメイドが壊れてる。」
翼の先が丸くなり、両腕で体を庇ってレミリアは咲夜から離れた。どうやらメイドの痴態に本気で引いているようだ。流れ出る血ですらも、「ヒッ!!」と悲鳴を上げて靴に付かないよう、一歩後ずさりしている。
「ああ、そんな顔も素敵です♡」
「ごめん咲夜。私は貴方が分からなくなってきたわ」
バルコニーのその騒ぎを、一人は呆れ気味に、もう一人は冷たい瞳で見ていた。門前からバルコニーまでは結構な距離があるのだがそこは妖怪。むしろまだまだ余裕と言える。亡者のように立ち上がり、レミリアに対して抱き着こうとする咲夜とその魔の手から逃げるレミリアを見ながら、美鈴は問いかけた。
「もうそろそろ許して差し上げたらどうです?」
「イヤ」
すげなく断られてしまった。
フランは美鈴がそれを聞き、肩の所まで両手を上げ首を振るその態度が気に食わなかったのか、体を大きく左右前後に揺らして抗議する。しかしゆすられているはずの美鈴は、一向に体がぶれることはない。よくよく見ると膝を柔軟に使い、フランの動きに合わせて重心を変えている。
「おお、これは意外と良い重心の修行に……!」
「もう! 美鈴ったら。私がいるんだから修行のことなんて忘れて、少しの間は遊んでくれたっていいじゃない」
怒ってぺちぺち自身の帽子を叩き始めるフランに、美鈴は頭をかきながら笑う。
「あっはっはっは!」
「笑ってばっかじゃつまらない! 私と一緒に遊んでよ」
ふらふら揺れながら、フランと美鈴はその日一日中楽しそうに門の前で立っていた。
ここ最近の紅魔館は、昔と比べて笑みが増えた。レミリアは結局貧血で倒れた咲夜の面倒を妖精たちに言いつけ、自室のキングサイズのベッドに横たわりながらそう感じていた。
良いことだと思う。まさか自身の起こした異変でこんな風になるとはさすがに思わなかったが、それでも妹は狂気がなくなり、門番は生きる意義を得た。メイドはなぜか変態性に磨きがかかっているような気がするが。それでもみんな何かを得たようだ。ならば自分が得たものは何だろうか。そこまでぼんやりと考えて、すぐに口角が自然と上がった。
「そうね。私は何かを得たわけじゃないわね。元からすべてここにあったんですもの。只単に、それを知っていながら、掴めなかっただけ。それがあの異変で上手く掴めたということ。私はもう離さないように、大切に抱きしめれば良いだけよ」
そう言ったレミリアの顔はとても幸せそうだった。
この作品ではフランに関係するとレミリアのカリスマがブレイクします。咲夜は変態属性付きです。レミリアファンと咲夜ファンの方ごめんなさい。