東方武神録   作:koth3

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おかしいな? 過去話の方が長いってどういうこと?
改訂終了2013年11月17日


月の狂気

 天照大御神によって命が月夜見の面倒を見ることになったのだが、一つの問題が浮かび上がってしまった。それは誰もが思いもしない問題であり、命に近しい者なら簡単に分かる欠点だった。すなわち、命にとって子守というものは、一般的な子守ではないということを。

 ある程度成長している月夜見の子守とは、簡単に言えば家庭教師のような役割だ。命以外の神ならば、神々の世界について教えただろう。あるいは、月夜見に手習いとして機織りなどを教えたかも知れない。それらは月夜見にとって将来大いに役に立っただろう。だが、目の前にいる存在は命なのだ。神としては失敗と言われ、人としては強すぎる力を持つ存在。彼には幾人もの子供がいるとはいえ、基本的に自身の子供の世話は妻に任せていた。その為、子守という行為のすべてが初めてであり、参考となりそうなことは、自身の父親との触れ合いしかなかった。そしてそれは大きく間違えているものであると命は知らなかった。そのせいで、月夜見にとってはそれから毎日が地獄の日々になると、考えつくことはなかった。

 朝四時。いまだ天照大御神ですら眠っている時間帯に、月夜見の家で百個の爆弾が一斉に爆発したかのような轟音が響いた。命が家の中にあった鉄製の道具に拳をたたきつけて銅鑼代わりにしたのだ。

 

「な、なに? 何が起きたの? ねぇ!!」

 

 ぬくぬくと暖かい布団で気持ち良く眠っていたというのに、哀れ月夜見は、その音で強制的に目覚めさせられてしまった。可哀そうなほど狼狽えて、布団を目の下まで持ち上げて恐る恐る周りを伺っている。その姿は小型の動物ハムスターのようだ。そんな少女の恐れを含んでいた瞳に怒りの色が混じったのは、命を目にしたためだろう。

 

「何であなたがここに!!」

「決まっている。お前の子守を天照様に頼まれたからな。不安が無いとは言えまいが、まあ、私の父と同じことをすれば大丈夫だろう。さて、月夜見。おはよう」

「そんな「おはよう」……おはよう」

 

 悲しい事に、月夜見のヒエラルキーはやはり低かった。一度持ってしまった苦手意識は簡単に拭い去れないらしく、命の一挙手一投足にびくびくとしている。

 

「さて、今日も清清しい朝だ。こんな日は、いつまでも布団の中で腐っているものではない。さっそく散歩にでも行くか」

「何でそんなことしなければならないの。こんな朝早くから散歩なんて私は絶対に嫌よ。寒いし眠い。一人で行ってきなさい」

 

 歯を剥き出しにして唸る月夜見をよそに、命はこれから月夜見のトラウマになる良い笑顔を浮かべた。

 

「安心しろ。お前に拒否権はない」

「へっ?」

 

 命の良い笑顔を見た月夜見はとっさに布団で身を守ろうとしたのだが、あっという間にはぎとられ、そのまま俵を担ぐように肩に担がれ、高天原の家々の屋根を伝い上空の散歩を強制的に連れてかれた。

 高天原に一人の少女の悲鳴が響き渡り、多くの神々が何事かと飛び起きた。そしてこれから毎日同じようなことが行われるようになるとはつゆとも思っていなかった。毎朝元気よく響く叫び声。ある時からは罵倒のしあいになったが、結局うるさいことに変わりなく、高天原に住んでいる神々の生活サイクルは大きく変わっていった。非常に健康的な、朝日が出るより早く起きるように。そのせいで天照大御神が一番遅く起きるようになってしまったが。

 

「うむ。やはり朝から軽く体を動かすことは健康にも良い。体が温まり、気持ちが良いだろう」

 

 またもや良い笑顔を浮かべ月夜見の方を向く命だったが、彼女の方はそれに返事が出来る状態ではなかった。濡れ雑巾を絞った時以上の汗を体全体から垂れ流し、息は絶え絶え。立つ事が出来ず、地面に寝そべっている。

 空の散歩の途中丁度良い空き地を見つけた命は、彼女をおろし、都市を一周しようと提案した。もうこの時点で月夜見はすべてをあきらめていたので、しぶしぶ了承したのだが、その結果がこれだ。

 全力疾走で高天原という広大な都市の外周・・を駆けずり回らされた。速度を緩めようものなら、馬に鞭を打つように、月夜見の後頭部を強烈な凸ピンが襲った。ただの凸ピンと思うなかれ。一撃がコンクリートを砂山のように抉る一撃だ。痛いという言葉では済まない。悶絶するほどのもの。それを速度が遅くなるたびに放たれ続ければ、悲鳴を上げても全力で走り続けるようになる。誰だって同じ立場に立たされたのなら同様にするだろう。

 そんな散歩といえない拷問を正真正銘散歩と思っているらしく、命は晴れ晴れとした顔をしていた。

 

「いやはや、良かった良かった。お前も朝の散歩を気に入ったようだな」

「……」

 

 どこをどう見たらそう見えるのやら。しかし命には月夜見がこの拷問を心底気に入ったように見えているらしい。眼科に行くべきだろう。視力は10.0以上はあるだろうが。

 命の信じられない言葉を聞き、月夜見が形容しがたい形相で首を振り、必死に何か訴えかけるよう口を動かすが、その口からはついぞ言葉が出ることはなかった。彼女の顔を、絶望が化粧をほどこした。

 

 

 

 ミミズクが鳴く時間、誰もが寝静まり、起きているのは警邏の人間だけという頃に、命は人間たちが作り出した都の近くに潜んでいた。その驚異的な視力は漆黒の、夜行性の動物でもなければ見れない夜の世界を、くっきりと見通していた。

 大きな、荘厳な装飾で飾られている門。そしてそのまえで焚かれる僅かな篝火。その小さな明かりであたりを警戒しようとしている警邏の人間。――見つかると少々面倒だ。

 いくらでも、それこそ今命が見ている都にいるすべての人間と敵対しても、彼は勝てるだろう。しかし彼は人を傷つける行為はしない。命は神でもない存在が人に対して、傷をつけて良いものではないと思っている。さらに、同時に人を増長させるべきではないとも思っている。故に彼は人間同士の争いには干渉しないし、時には人よりも妖怪の言動が正しければ、人を諭すこともある。

 この都でも、いつもと同じようにするつもりらしく、命は慎重に行動していた。

 茂みから警邏の人間が様々な理由で行ったり来たりする時間を図る。平均の時間が分かったら、あとはタイミングを計るだけ。丁度警邏の人間がたいまつを片手に、眠そうに大あくびをしながら歩いていくのをきっかり五秒だけ待ち、命は潜んでいた茂みから飛び出した。次の瞬間には、彼は警邏の人間の背にある巨大な門の上に立っていた。

 今命が立っている場所から、今まで潜んでいた場所は、普通の人間ならば小さな蟻くらいにしか見えない。それほどの距離を、たった一歩で跳び越えた。しかし何より恐ろしいのは、着地した時に一切の音がしなかったことだ。常識外の速度で跳んできた命には、すさまじいエネルギーが加わっていた。それなのに、完璧にその衝撃を吸収しきり、音を出さないで着地する。どれだけ高度な技術があればそんなことができることやら。

 あとは比較的簡単なことばかりだった。人一人いない道を影も残さず駆け抜け、命はある場所まで移動した。そこには先ほどと同じように警邏の人間がいるが、門の前よりさらに緊張感がない。陰陽寮を攻める人間がいるはずないと警邏達は思っているのだ。そんな慢心だらけの相手にてこずる命ではない。見つからないよう注意し、そしてあっという間に目的の場所まで侵入し、必要なものを探し始める。

 そこは倉庫であり、中には様々な道具や、棚が置かれている。その中で棚に置かれている高価な桐の、文を入れる箱から目的のものを一個一個丁寧に探す。

 ――必要なものはかなりの量があるはず。小さいものは無視して良い。大きいものの中から探せば、いつかは見つかる。

 高天原の軍部の長として働いていたころの経験から、命はこういった役所で使われる書類を読むことも得意だった。ある程度辺りを付けながら探っていた命は、あっという間に目的の書類を見つけだし、床に座り込んで熟読し始めた。書類を読み終わる事にはその顔は思案顔に変わっていた。

 

「やはり、妖怪たちの動きが数年前から活発化している」

 

 この都にいる大部分の人間は気づいていないのだろうが、陰陽師はうすうす気づいているらしく、最近年次別の妖怪の出没率についての資料がまとめられた形跡がある。年々僅かずつであるが、確かにこの書類を見る限り、全国で妖怪が出没する割合は増えていた。

 しかしこれだけでは本当に妖怪と月の間に因果関係があるか分からない。ただ単に妖怪たちが暴れまわっているだけかもしれない。見極めるためには、他に何らかの証拠が必要だ。その為には情報を得る網が欲しい。幸い、ここは都。日ノ本のすべてがある。税を納めに来る人間からは地方の詳しい話が聞けて、ここに住んでいる人間からは、多くの場所のうわさ話を聞けるだろう。

 

「ならば、ここにしばらく滞在するのが得策か。やれやれ、私はあまり一つの場所にいるというのは好きではないし、今もなお私が助ける必要のあるもの達がいるというのに」

 

 

 

 書類などをきっちりと元通りに直して陰陽寮から出た命の耳に、しっとりと露に濡れた艶やかな声でささやかれたのが聞こえた。その声に、こんな時間帯に何をしているのかと気にとられた命は、そちらに注意を向けた。しかし声のした場所は命のいる場所からうんと遠くにあり、間に建物があるせいで、誰がいるのかも命には見えなかった。興味を無くし、その場を立ち去ろうとした命であったが、聞こえてきた言葉に思わず上げた足をその場に戻した。

 

「分かっているわ。ありがとう☓☓。あなたのおかげよ。うん。うん。じゃあね」

 

 それは人間には到底発音できない特殊な言の葉。いくら足掻いても、人には決して口にすることはできないもの。それを発音したものがいるという事は、それすなわち、月と関係がある存在だ。その言葉を話せるものはかつて高天原に住んでいたものばかりなのだから。確かに地上にもいないというわけではないが、それでも八意××の名をあげたのならば、月に関係があるのは間違いない。まさかもう手掛かりが見つかるとは。さすがの命もこの幸運は予想できなかったのか、しばし動きが止まっていた。

 しかし急がなければ手掛かりがどこかに行ってしまうかもしれないと気付き、すぐさま駆けだした。だが時すでに遅く、命が声のしたところにまで来た頃には、話をしていた人物は消えていた。自身の失態に呆れてしまったのか、ため息をつきながら命は後頭部を一かきかいた。

 命がたどり着いたのは月が良く見え、追われている身ではなかったのならば、ここで月見をするのも良いかもしれないと思えるほど、風情のある広場だった。周りでなくコオロギの声がまた何とも言えない味を出している。

 その風景に後ろ髪が惹かれるところのあった命ではあるが、努めてそれを無視することにして注意深く地面をなめるように見ていると、そこにはいくつかの足跡が残っていた。真新しい足跡は小さく、男のものとは到底思えない。また体重も軽いのか、足跡は薄い。

 

「あの声の主はいったい何者なのだ? 足跡の大きさからは女のようだが……」

 

 とりあえずもっとも真新しい足跡をたどろうとしたとき、空から一滴の水が降ってきた。

 

「運が悪い。これでは足跡が掻き消えて、追う事はできんか」

 

 天を仰げば暗雲が立ち込めており、すぐにザーザーと降りしきる。あっという間に地面がぬかるみ、ぐちゃぐちゃになっていく。これでは足跡をたどることなど、いくら命でも出来やしない。

 

「いったいこの中つ国で何が起きているのやら。いないはずの月に関係した者がおり、妖怪は静かに蠢く。不吉の前兆でなければ良いのだが」

 

 不安はあるが、それでも命にできることはそう多くない。待つことしかできない今は、力を蓄えるだけしか。しかし欠かせない事でもある。いつその力を振るう事になるかは、分からないのだから。

 

 

 

 地球上では到底見られない、おそらくは蓬莱の島と見間違えるほど美しい光景が、どこまでも広がる世界。一人の女性が大きく立派な建物の一室で、窓ガラスにその身をしな垂れかけ、青い水の星を見ながらぶつぶつと何かを呟き続けている。

 

「どこに、どこにいる? 命兄さん」

 

 その女性の表情は、どこか迷子のような雰囲気を醸し出しながらも、ぞっとするほどの妖艶さが含まれていた。すべてをとらえて離さない、狂気の美がそこにはある。どろどろと濁り果て、光の輝きを食いつぶすかのような夜闇を含んだ瞳を虚空に向けて、狂気をも司る神は探す。自身にとって最も大切な存在を。そして、何度も口にする。その愛おしい名前を。

 

「必ず見つけ出す。待っていてくれ、()

 

 そこにはすでに、命の知っている月夜見朔はいなかった。




途中まではツンデレな月夜見でしたが最後に病んでしまいました。ヤンデレタグをつけるべきでしょうか?
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