東方武神録   作:koth3

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納得いくまで推敲していたら遅くなってしまいました。申し訳ありません!!


春に舞う雪とこぼれ落ちる花

 春が来ない。

 人里ではいつまでも終わらない冬に大騒ぎになっていた。もう暦ではとっくに冬が終わり、春が来ているというのに。冬が長くなればなるほど、人里にいる人々の顔は暗くなっていく。人が生きるには食事をしなければならない。しかし冬の間食べるものと言えば、そのほとんどは秋口までに用意しておいた保存食しかなく、春がこのまま来なければ、人里全体が用意していた食糧を食べつくしてしまう。それに冬が終わったとしても、このままでは早苗を育てる事が出来ず、田植えに間に合わない可能性もある。そうなっては次の冬を越せるかも怪しくなってしまう。

 道行く人々の頭ではその事でいっぱいになり、浮かない顔をして歩いている。全ての人間がそんな顔をしているせいで、人里全体も空気が陰ってしまっている。暇さえあればため息を吐く大人たちと、その大人たちを見て不安がる子供たち。人里はどうしようもないほどに鬱屈とした感情に包まれていた。

 嫌な空気ばかりが漂い誰もが諦めにとらわれている里の中でそれでも一人、絶望を信じたくなく走り回っているものがいた。上白沢慧音だ。彼女はこの異変を解決できる可能性を彼女が考える限り唯一持つ命を探し、彼の屋敷を訪れた。そこにいないということが分かると今度は人里中を探し回っていた。霜焼けで固まった皮膚が裂けても走るのをやめずにいた。だというのにどこを探しても命がいない。

 半妖であり人の身体能力を上回る彼女でもとうとう体力を使い果たし、足が止まる。近くの民家の壁に手をついた。冷たい感触が皮膚を傷めつけ、苛立たせる。

 慧音の顔は赤く染まっていた。

 

「どうして命様はおられない!」

 

 里中を駆けずり回り、どこにも命がいないという現実を認識した慧音は、気炎を上げた。

 異変が起きているというのにどこにもいない命。もしかしたら見捨てられたのではないか。そう思うと慧音の心臓は跳ね上がり、嫌な鼓動を訴えた。

 神が人を助けない。その現実に慧音は耐えきれぬ怒りがこみ上げるのを抑えることはできなかった。なぜ今更になって見捨てたのか。せめてその理由だけでも問い質せねば、死んでも死にきれなかった。

 そして何より彼女を苛立たせるのは、今までずっと――慧音が幻想郷に来るよりも前から――人を守り続けていた命がいないというだけで何もできなくなっている自分たち人里の人間の脆さだ。これでは自分たちは命におんぶに抱っこをしてもらっているだけの、一人立ちもできない子供でしかない。それを突き付けられ、彼女は己を恥じた。いつから自分たちは一人の脚で立つ事をやめ、命という大木に身を預け続けたのか。よくよく思い出すと、少なくとも慧音が人里に来たころにはすでに、自分たち人里に住んでいる者達だけで身を守ろうとしたことがなかった。確かに妖怪退治を生業としている者などはいるが、それは理性ない力のない妖怪から身を守る為だけだ。それ以上の事態になると、人里は常に命に甘えてきた。だからこそこうして今、命がいないだけで何もできずに困っている。

 

「そうだ。確か最後に命様がいたのは紅魔館の紅霧異変の時。あの後は妖怪の賢者が命様には用があってしばらく人里におられないと伝えてきたが……」

 

 それが分かってなお、命を求めてしまう自分の浅ましさに、慧音は人知れず笑みがこぼれた。

 

 

 

 

 吹き付ける風に、魔理沙は目を細めざるをえなかった。冷たい風が彼女の肌を切り裂くように容赦なくいたぶる。吐かれる息は白く、尾を引いて後ろに流れていく。真っ黒なマフラーと雪の白いコントラストは、彼女のカラーであるはずなのに、彼女にはそぐわない。彼女の顔はどこか浮かない表情をしている。

 魔理沙は今、幻想郷の空を愛用の箒で飛んでいた。

 

「人里は混乱しているだろうなぁ」

 

 魔理沙の脳裏に浮かぶのは、空から少しだけ見える人里の様子だった。去年の夏ごろにあった紅霧異変でも大変だったということは、人伝に聞いており、今もこの異変で苦しんでいる人がいることに、特にある人物が苦しんでいるかと思うと、箒を握る彼女の手に力が入る。

 

「私はもう、関係ないのにな」

「何が関係ないのよ?」

「おわぁあ!? れれれれ、霊夢! 驚かせるなよ! ……いつから話を聞いてたんだ?」

「今アンタに追いついたばかりで何も聞いていないわよ」

「そ、そうか。ならいいんだ。いいんだぜ……」

 

 首をかしげて隣を何時もの紅白色の巫女服を着て、赤いマフラーを付けて生身で飛んでいる霊夢に、魔理沙は暴れ狂っている自身の心臓の音を聞かれないかと気が気では成らなかった。二人の間を冷たい風が吹き抜けていくが、それが魔理沙としては有りがたかった。冷たい風は火照った頬をさまし、速まる鼓動を抑えてくれる。

 

「そういえば魔理沙、貴方(・・)どうやってここまで来たの?」

「あ、ああ。霧の湖でレティ・ホワイトロックっていう雪女にあってな。そいつが春度を集めている奴がいるって暗に示してきたんで、癪に障ったけど大人しく乗ってきたんだぜ」

「そう。珍しいわね、貴方が誰かの思惑通りに進むなんて」

「言っただろう。癪に障った、って。お前こそどうなんだ、霊夢」

「そうね、私はマヨイガにたどり着いたわ。そこで橙っていう猫又に会って話を聞きだしたのよ。式の様だったけど馬鹿に幻想郷に詳しかったわね」

「ふうん」

 

 言葉の端々からも見受けられる、普段と違う霊夢の様子に、魔理沙はこの異変が普段と違うこと(・・・・・・・)に気がついた。

 霊夢は集中力が極限まで高まると、性格まで変わる。普段の喜怒哀楽のはっきりとした性格は見当たらなくなり、感情が無いかのような、まるで絡繰り仕掛けであるかのようになる。これは妖怪退治や魔理沙と霊夢が会ってから幾度か起きて解決してきた異変の中では、そうそうなる事はなかった。逆を言えば、霊夢がこうなるということは、それほどこの異変を警戒しなければならない物であるということだ。

 魔理沙は頬をはたいた。

 

「うっし、行くか」

「行くかってどこに?」

「決まってるだろ。お前も(ここ)まで来たんだから。春度が集まっているのは、上空。つまりは空の果てだ」

 

 今もまた、春度の塊である花びらが天から落ちてくる。丁度魔理沙の帽子にくっついたその春度を霊夢は手に取って、握りつぶす。冷め切った掌がほんのり暖かくなる。

 

「さあ、さっさとこんな異変なんて終わらせてしまいましょう」

「そうだな。さっさと終わらせて花見の一つでもしようぜ」

 

 舞い降る花びらを遡りながら、二人は空を飛び続けているうちに、なにかを感じた。それがなんであるかは魔理沙には分からなかったが、博麗大結界という幻想郷最大にして最高の結界を管理している霊夢には、それがなんであるかが分かった。

 灰色の雲を足場に、二人はホバリングして止まった。魔理沙は感じた何かを探すためにあたりを見回しているが、その正体に気が付いていた霊夢はある一点を睨んでいる。黒い眼には何も映っていないが、それでも霊夢には何かが見えており、注意深く観察していた。

 

「これは結界ね。いえ、厳密に言えば場を区切るという一種の境界というべきかしら」

「境界?」

「そうよ。鳥居があるのは俗世と神聖な場所を区切る目印。だからこそ人は鳥居をくぐると意識が引き締まるの。それと同じようなものね。これは特定の条件を満たした物を中に入れ、それ以外はいれないようする教会ね。だけど問題なのは、なぜこんななにもないような、それこそ区切る必要性が見当たらない場所に境界があるか、よ」

 

 目を鋭く細めて霊夢は境界を調べ上げていく。魔理沙はさすがに結界や境界に関しては霊夢に口を出せる訳が無いと知っているので、黙って結果を待っている。しかし手持無沙汰であることに変わりがなく、雪でぬれている帽子を乾かそうと八卦炉に火をつけた。

 大分魔理沙の帽子が渇いたころ、霊夢は一息ついた。

 

「分かったわ。この先は冥界ね」

「冥界?」

「ええそうよ。地獄で閻魔の判決を受けるのを待つ魂が存在する、言ってしまえば休憩所のような場所よ」

「冥界ねぇ。言葉の響きから春とは縁遠い感じがするんだぜ」

「まあね、けどそこが異変を起こしているというのなら、私はぶちのめしてこの終わらない冬を終わらせるだけよ」

「おっと、私じゃなくて私たちだぜ」

 

 羽虫のように空を飛びまわっていた霊夢は、立ち止まると懐から陰陽玉と呼ばれる道具を取り出す。紅白色の変わった色合いの太陰対極図が描かれている博麗の秘法である陰陽玉は、霊夢の周りを飛び回り彼女の力を補助する力がある。その力は確かに発揮され、霊夢が扱う霊力が増大していく。目視できるほどに高まった霊力は、霊夢を覆うようにゆらゆらと立ち昇っている。

 

「だったら魔理沙。貴方も手伝いなさい」

「お? 手伝うたってなにすりゃいいんだ?」

「マスタースパークをぶっ放せばいいわ。貴方の得意技でしょ、力技は」

「はん。当り前だぜ! 弾幕は」

「パワーだぜ」

「人のセリフを奪うなよ」

 

 魔理沙の懐から取り出されたミニ八卦炉が、炉心に魔力という火を入れられ爆発的な連鎖反応を見せる。魔力は八卦炉の中で増殖していく。それは人間が生み出せる魔力の量ではない。膨れ上がった魔力は解放される時を今か今かと暴れ狂いながら待っている。

 魔理沙に合わせるように陰陽玉が霊夢の周りを周回していく。初めは牛歩のような遅さだった物が、今では竜巻のように旋回し、空気を切り裂いている。高まった霊夢の霊力はとうとう彼女の制御から漏れ出し始め、臨界を迎え出す。

 

『恋符 マスタースパーク』

『霊符 夢想封印』

 

 放たれたマスタースパークを、霊夢の夢想封印が収束させ突破力をさらに高める。本来ならば人どころか家屋すらも簡単に飲み込める魔力の奔流を、夢想封印は外側から霊力によって干渉を行い、威力をそのままに規模を小さく細めていく。全てを撃ち砕く攻撃から、全てを打ち貫く攻撃へと変化させた。

 

「おおっ!!?」

 

 二人が合わせた技は、何もないはずの場所に激突して、激しい光を放つ。しかしそれもそう長くは続かない。一秒ほど目も眩むほどの光が放たれた後、高音の澄んだ音が辺りに響き、空の一部が変化する。雲海の一部が歪み、そこから石灯篭と石段が続いている光景が見える。空の上で見えるその光景に、魔理沙と霊夢は理解する。これが冥界であると。

 

「あら」

「おっ」

 

 そしてその壊れた境界の場所から、ひらひらと花びらの形をした春度が流れてきている。

 

「当たりね」

「だぜ」

 

 二人はマフラーを投げ捨て、冥界へ突入した。

 

 

 

 どこまでも続いていると錯覚してしまう見上げても先が全く見えない長い石段。そしてその淵を等間隔に、全く同じ型の石灯篭が置かれている。どこまで行ってもひとつも変化がない。全てが止まったような世界を、二人は飛び続けていた。

 

「全く風景が変わらないぜ。これじゃあ、飛んでいても面白くはないな」

「……そうでもないみたいよ」

「おっ? ……本当だぜ」

 

 ぐっと魔理沙は帽子のつばを握り深くかぶり込む。とんがり帽子のわずかな隙間から洩れる眼光は、今まであった遊びの色が消えている。隣の霊夢は特に変わっていないが、高ぶる霊力のみが彼女の感情を示している。

 二人が見ている先、石段の丁度踊り場にあたる十メートル四方の広さのある場所に、少女が立っていた。緑色の服に、白い髪。背中から下げている大太刀と、それよりも短いがそれでも少女が持つには不釣り合いな一刀の、二振りを背中と腰に帯刀している。

 背中の刀に手をかけて目を瞑っていた少女は、二人がある程度まで近づいた瞬間目を見開き、霊夢と魔理沙を見据えた。

 

「……そうか、博麗の者だな? そしてもう一人。そちらは何者かは知らないが、ここまで来たということはこの異変を解決しようとするもので相違ないな」

 

 静かな深い声で少女は二人の素性を確認した。

 

「そうよ」

「そうだぜ」

「……そうか」

 

 もう一度目を瞑った少女は、カッと目を見開いた。その瞳孔は開き、尋常ならざる殺気(・・)が二人に叩きつけられる。もし生き物がこの冥界にいたのならば、彼らはこの冥界から逃げ出しただろう。

 

「ほう。私の殺気でも顔色一つ変えないか」

「命と魅魔様の喧嘩に比べたら軽いものさ」

 

 軽口で答えた魔理沙ではあるが、その実体中から脂汗が湧いている。ただポーカフェイスで余裕を持っているように見せかけているだけだ。

 

「さて、貴方は弾幕ごっこのルールを守る気はない。そう捉えて構わないわね」

 

 それに対し、霊夢は何も変わらずそこにいた。顔色を変えることも、声色が変わる事もなく。静かに鏡の様に全てを反射する心のままでいた。

 

「弾幕ごっこは結局お前たち人間が制定したルール。私たちが従わなければならない理由などひとつもない」

 

 少女が背に背負う刀を引き抜く。見事な波紋を見せるその刀からは霊力が放たれている。その一振りの大太刀を下段に構え、腰を落とす。

 

「白玉楼の剣術指南役兼庭師、魂魄流魂魄妖夢、いざ参る!!」

 

 その声が空気を震わせると同時に、魔理沙は空を上に逃げた。霊夢はそれに遅れて真下に逃げる。

 二人がいた場所を白刃が煌めく。目にもとまらぬ速さで突っ込んだ妖夢が刀を振るっていた。横薙ぎに振るった刀は、微塵のためらいもなく振り切られている。もしあのままの場所にいたら、二人の首は斬り落とされていただろう。

 

「ほう。良く避けた」

 

 称賛の声を妖夢は素直に挙げた。対峙した時ある程度の実力が分かったが、それでもその予想は甘かったと素直に妖夢は反省する。もしこれが祖父である魂魄妖忌ならば、相手の実力を見誤るといった事などなかっただろう。あるいは今現在の師でもある素戔命であれば、今の一撃で勝敗は決していただろう。「まだまだ未熟」と呟いた。

 ゆっくりと刀を妖夢は眼前にかまえる。相手を侮っていたわけではないが、それでも簡単にいかない相手だと再度理解して、彼女の闘気がさらに澄んでいく。二人に叩き付ける殺気は一つの場所だけに集中する。剣士である妖夢が狙うのはたったひとつ。すなわち、首。

 

「ずいぶんなあいさつね」

 

 ひたひたと首を斬ろうと体を這いずる殺気を前に、霊夢は常と変わらない自然体でいた。脱力した体には余計な力が入っておらず、ただ内側で霊力が練りに練られている。それに呼応し、彼女の髪の毛は逆立っている。

 

「あいさつ? これは異なことを言う。まだ刃を交えてもいないというのに」

「あら、そうなの。残念ね。私は刀なんて持っていないからいつまでも挨拶なんてできないわね」

 

 霊夢を見下ろしていた妖夢は、刀を上段へ運んでいく。眼前に刀を構える正眼を越えて頭上高く刀を大きく振りかぶる格好で止まる。一見隙だらけと言えるその姿に、攻撃を叩き込もうと思うよりも先に怖気が奔り、霊夢はとっさに左へ全力で飛んだ。そしてそれは正解だった。

 

「チェストォオオオオオオオ!!!」

 

 粉塵が舞い上がる。霊夢がいた場所を通り過ぎ、彼女の背後にあった石段を妖夢が持った刀は粉砕していた。あれではたとえ結界で受け止めたとしても、その結界ごと断ち斬られていた。それほどの凄まじい気迫と技の冴え。そして鍛えられた力があった。

 

「……何よ、その威力。普通刀がもたないでしょう」

 

 石段を破壊した妖夢の袈裟切りの威力は、霊夢の想像を超えていた。刀を持っているから技で物を切り裂く事は予想できてはいたが、まさか力技でここまでの破壊をもたらすとは思いもしていなかった。下手を打てば自分も斬り捨てられる。そう理解しながら、それでも霊夢の顔には焦りひとつない。

 

「ふん。妖怪が鍛えしこの楼観剣、この程度では曲がりもせぬ」

 

 妖夢が持つ長大な刀は、彼女の言葉が真実であると主張するかのように、白銀の輝きを濁らせもせず刀身を伝わせている。再度妖夢が刀を構えようとする。ゆっくりとしたその動きは、あたり一帯の空気を巻き込むようだった。場が張り詰める。今にもはじけ飛びそうな空気が漂いだす。

 

「私を忘れるなよ、二人とも!!」

 

 上からの声に妖夢が顔を上げると星が落ちてきていた。いや、星形の魔力弾が流れ星のように幾筋も落ちている。上空から殺到する星形の弾幕に、妖夢は刀を一閃する事で弾幕を切り裂く。それだけで妖夢を狙う弾幕は意味をなさず、彼女を一歩も動かせる事なく弾幕は尽きてしまう。

 しかしその弾幕の狙いは妖夢を倒すものではない。いまだ妖夢の間合いから逃れ切れていない霊夢を逃すための時間稼ぎのものであった。妖夢が再び刀を構える前に、霊夢は再び距離を取った。妖夢の速さではあまり意味が無いかもしれないが、それでも距離を稼げたのは大きい。

 

「助かったわ」

「別にかまわないぜ。それよりも霊夢、あれどれくらい避けられる?」

「分からないわ。私の勘だっていつかは限界が来る。その時私はばっさり斬り捨てられるわね」

「嫌な未来だ」

 

 大げさの手ぶりで肩をすくめ、魔理沙の目は細く引き締まる。妖夢の構えを観察する。ただ刀を見るだけではなく、重心の位置・手足の方向・筋肉の動き。それらすべてを見透かそうと魔理沙はただ無心に見続ける。妖夢の構え全てを見た魔理沙には、ひとつ覚えがあるものがあった。かつて師である魅魔と命がいつものように喧嘩をしていた時に、命がした構えによく似ている。

 

「トンボ、か」

「トンボ?」

 

 妖夢の構えはトンボと言われる構えによく似たものだった。正眼よりも高く、最上段からの初太刀で相手を一刀両断する。それこそがトンボと呼ばれる構えの合理だ。しかし妖夢の構えはそれによく似ているが、さらにそれを突き詰めた形に変わっている。

 トンボでは初太刀が外れた場合、返しの逆袈裟切りがある。しかし妖夢の構えはそれすらも使わないほどの、一度振るってしまえば弐の太刀が使えない程体勢を崩してしまうが眼前の全てを粉砕する、言葉通り初太刀に全てを賭けた構えだ。それが妖夢の構えが導き出す合理だった。

 そしてそれは恐ろしいほど妖夢にあっていた。相手の懐へ一瞬で潜り込める脚力。そしてその脚力は一太刀の威力をさらに高める。破壊力を増した一撃を恐れ、ほとんどの者は大きく避けるしかない。その場合、妖夢が振り切ったことで生まれるわずかな技後硬直をつくことは不可能だった。妖夢の一撃を大きく避けてしまえば、攻撃を返すのには時間が足りなくなってしまう。攻撃は最大の防御をこの構えは実現していた。しかもそれだけではない。

 

「いつまで避けられる!!」

 

 粉塵を吹き飛ばし、鬼面と見間違うほどの形相の妖夢が霊夢をまた上段から斬りかかる。勘に従って半身になる事で霊夢はその斬撃を交わし、お返しにサマーソルトをしようとする。しかし竜巻のような暴風が霊夢のすぐ横を通り過ぎたころには、妖夢は既に地上に落下しきっており、霊夢の脚が届くような場所にはいない。その尋常ならざる速力はカウンターすら許さない。

 

「面倒ね。避けて攻撃しようにも、あの構えから振り回されちゃ、カウンターを取れないわ」

 

 霊夢の言うとおり、カウンターを取れる余裕などなかった。無理やりにでもとろうとしたら、良くて相打ち。悪くて一刀両断されてしまう。

 

「だったらこちらから攻撃してやりゃいいじゃないか」

「できるとでも?」

 

 それでいて、妖夢の純粋な剣の腕も凄まじい。形があっても実体があるとは到底言えないような、水のような弾幕を切り裂いた。下手な鉄砲かずうちゃ当たると遠距離に徹したとしても、むやみに霊力を消費するだけの未来が見えている。だからこそ、霊夢は攻撃に移れなかった。

 

「私ならできるさ」

 

 今まで霊夢と妖夢の戦いを黙ってみていた魔理沙は、にぃと口角を釣り上げて妖夢の方へ体ごと向ける。妖夢もまたすでに戦闘準備を終えているが、何もせず魔理沙を待っていた。

 

「私はどちらが相手でも構わないが、おまえが相手になるのか? 巫女よりも自身が強いと言いたいのか」

「お前相手にはな」

「面白い。ならば見せて見ろ」

「見るんなら見学料を後で払えよな」

 

 妖夢の体がぶれる。瞬きの猶予も残さず、空高くを飛んでいた魔理沙の前にいた。既に刀は振り上げられている。あとは振り下ろして真っ二つにするだけ。

 しかしその一撃は当たらなかった。

 

「危ねぇ!!」

「……?」

 

 確かに妖夢は魔理沙を切り裂く未来が見えていた。息遣い、間合いの取り方、筋肉の発達の仕方、そして時折いる戦闘の天才が持つ勘。勘は魔理沙にはなかったが、それでも全てをかんがみても、妖夢の一撃を魔理沙が避けられるはずがなかった。それだけの力量差が二人の間にはある。人間と半人半霊という種族の差。鍛え抜かれた殺しの技術の差。確かに魔理沙も魔法だけならば妖夢を圧倒できるが、今の戦いにおいて魔法はそう役に立つ物ではない。

 であるならば今頃妖夢は魔理沙の体を半分に両断しているはず。なのに魔理沙に自身の斬撃が避けられたことに、妖夢の中である疑惑がにじみ出てくる。それを振り払うために妖夢は再度刀を叩き付けるように振るうが、それもまた魔理沙に避けられてしまう。今度は完全に、僅かのずれもなく髪の毛ほどの隙間だけしか刃と魔理沙の体は離れていない。妖夢の刀は偶然で避けられるものではない。

 

「おわ! やばいやばい!」

「何故! 何故だ!!」

 

 幾ら妖夢が刀を振るおうと、魔理沙はそれらすべてをギリギリであるが確実に避けている。霊夢の勘に頼った動きではない。確かに妖夢の攻撃に合わせて避けている。上段からの袈裟切りだけではない。胴を撫で切るように振るわれた斬撃も、魔理沙は箒を使い全力で上昇して逃げた。先ほどから酷使してきたため、箒からは余剰魔力が噴き出して、白い煙を吐き出している。

 

「何故、当たらない!」

「当たってたまるか!」

 

 汗をかきながら逃げる魔理沙を半狂乱に髪を振り乱しながら追いかける妖夢。何とか振り切ろうと急旋回や加減速を駆使するのだが、魔理沙を追いかける妖夢は後を確実に追っている。

 このまま逃げて行っても撒けないと判断した魔理沙は、追いかけてくる妖夢へ体を向けて魔法を使う。使う魔法は決まっている。彼女が最も頼りにしているすべてを吹き飛ばす恋の魔法。

 

『恋符 マスタースパーク』

 

 魔理沙の手に持つ八卦炉から、人をも簡単に飲み込む膨大な魔力が吐き出される。一直線に突き進む魔法は、驚愕に目を見開きそれでも勢いがついて止まれなかった妖夢を飲み込み、石段へと直撃する。膨れ上がった魔力のエネルギーは半球状に広がりながら周りにあるものすべてを飲み込み破壊していく。

 

「嘘だろおい」

 

 その爆撃されたかのような場所、クレーターの中心に魂魄妖夢は立っていた。体中から煙が立ち昇り、服は至る所がボロボロに引き裂けている。しかし立っていた。そして彼女の手にはもう一振りの刀が握られている。彼女は二振りの刀を交差させて十字にし、魔力を受けきっていた。

 

「今のは、効いた。だが今度は私の番だ」

「冗談抜かせ!」

 

 慌てて魔理沙は霊夢の背後に隠れた。

 

「おい」

「いや、本当はあれで倒れると思っていたんだよ! 弾幕は消せても、マスタースパークなら消せる訳がないから絶対に倒れると思っていたんだよ!」

「やれやれ。分かったわよ。それに異変解決に私が出なくちゃ意味が無いしね」

「今度はお前か」

「ええ。それにしても一本じゃなくて大丈夫なの?」

「安心しろ。私は元来二刀流だ」

 

 腰を深く落とし、八の字に手を開く妖夢。確かにその構えは先よりも洗練されている。

 見下ろしているはずなのに、魔理沙はまるで妖夢に見下されているようにしか感じる事が出来なかった。それほど妖夢の剣技と身体能力が高い。そして何よりも強まっていく殺気。優位に立っているはずの魔理沙は、逆に追い詰められているような気すらしていた。

 

「安心しなさい、魔理沙。博麗の巫女、その存在する意味を教えてあげるわ」

 

 震えだしそうになる体を必死に抑えていた魔理沙は、その声に無意識的にであるが安心を覚えた。必ずこの戦いは霊夢が勝つと。

 

「ハ!」

 

 地面が砕かれる。妖夢がまた飛び出した。その脚力から生み出されるスピードは霊夢の目では追い切れない。だが、追い切れない程度だ。そもそも霊夢の武器は目ではない。持ち前の、誰もが決して手に触れる事すら許されない領域の、未来予知じみたその天性の勘こそが武器だ。見えていなくとも問題はない。

 

「そこね」

 

 退魔針を霊夢は投げつける。狙いと寸分たがわない場所を撃った針ではあるが、澄んだ音と閃光を立ててはじけ飛ぶ。そこには短い刀で針を弾き飛ばした魂魄妖夢がいた。既に櫻観剣は逆袈裟に霊夢へと迫っている。

 

「悪いわね、『霊符 夢想封印』」

 

 陰陽玉が霊夢を中心に旋回し、妖夢の一撃を弾き飛ばす。弾かれて流れた体であるが、妖夢は無理に抵抗するのではなく、弾かれた勢いをそのまま回転に利用し、もう一振りの刀を逆手に持ち替えて自身の体の影に隠して刺突する。暗い影から飛び出した輝く白銀は、霊夢の服を貫いた。

 

「残念。グレイズよ」

 

 刀は腋を掠めただけだった。この連撃を避けられたことによる驚愕で妖夢の動きは一瞬といえ止まってしまう。絶対の自信が彼女にあった。仕留めきれずとも、何らかの傷は負わせる事が出来るはずと。なのに、それらすべてが避けきられてしまった。精神的な衝撃は計り知れず、それでいて先ほどから心に巣食っていた不安が彼女をその場に縫い付けた。

 そこを殺到する陰陽玉からの攻撃。とっさに櫻観剣で切り裂くが、それが致命的な隙となる。刺突に斬撃。攻撃の為にふたつの刀を使ってしまった。二刀流の強みは、片方が攻撃したらもう片方が防御するという攻防一体の変幻自在な型にあるというのに。

 

「この距離で喰らいなさい『霊符 夢想封印』」

 

 高速で旋回する陰陽玉が妖夢の体を打ち据える。一切身を守ることを許されず、妖夢は荒れ狂う霊力の嵐をその身ひとつで受けるしかできない。

 

「終わりよ!」

 

 陰陽玉が妖夢の腹にめり込み、そのまま最高速度で地面に叩き付けた。奇しくもそれは、妖夢が霊夢に対して最初に行った一刀流での攻撃の様であった。重い音が響き、地面が砕け妖夢は吐血する。

 マスタースパークに、夢想封印のダメージ。いくら半人半霊と言えども、限界を迎えていた。

 

「冗談だろう……!」

「……」

「ま、だ私はやれる」

 

 それなのに、膝は笑い今にも崩れそうなのを櫻観剣を杖代わりにして魂魄妖夢は立った。叩きつけられたさいに切ったのか、頭から流れ出る血は妖夢の目を真っ赤に染め上げている。だが流れ出る血が入るその目は怪しい輝きを放っていた。そこにあるのはただひとつ。勝つという執念。

 

「勝つ。魂魄流を、お爺様を、あの人から師事を受けた事を証明するために私は強くなければならないんだ!!」

 

 最後の力を振り絞った妖夢は、霊夢に切りかかる。今まで程の速さはない。技も冴えていない。しかしそれは霊夢の勘で捉えることはできなかった。

 

「あ」

 

 それに霊夢が気がついた時は、既に櫻観剣は霊夢の首を切ろうと迫っていた。

 

「うおおおお!!?」

 

 それが外れたのは、魔理沙が霊夢へ突撃したからだ。箒に押され、霊夢の体は斬撃の軌道から外れる事が出来た。はらはらと霊夢の髪の毛をまとめていたリボンが斬られ落ちていく。

 

「お前何でよけねぇんだよ!!」

「いや、分からなかったんだけど攻撃されたのが」

「莫迦! だとしても避けろよ」

「いやいやアンタ(・・・)、滅茶苦茶言っているわよ」

「滅茶苦茶でもいいさ! 私はお前に死んでもらいたくないんだよ!!」

 

 ぎゃあぎゃあ喚く二人をよそに、妖夢は切先を魔理沙(・・・)に向ける。髪と血糊でその表情はうかがえない。

 

「なるほど。そういうことか」

「あれ? 何か私の命が危ない?」

「お前があの人の(・・・・)

 

 ガラリと刀が零れ落ちる。妖夢は顔を抑えながらへたり込み、泣いていた。

 

「え?」

「負けるのも当然だ。私は、刀だけを、強さを追い求めていた。お爺様に置いて行かれ、見捨てられそれでも手を伸ばすために刀を手に取った私には他者を守るために己が身をかんがみないなど出来ない。背負うものが違った。あの人の弟子であるお前たち相手に負けるのは当然だった。行け。この異変を止めるのだろう」

「あ、ああ」

「そうじゃあ行くわね」

 

 困惑している魔理沙の服の襟をつかみ、霊夢は引っ張って飛ぼうとする。それに抵抗しながら魔理沙は妖夢へと叫んだ。

 

「な、なあ! お前魅魔様の事を知っているのか?」

 

 その返答を聞く前に、霊夢は魔理沙を連れて舞い散る花びらの大元を目指して飛んでいく。妖夢が口を開く前に、魔理沙たちの姿は見えなくなってしまう。

 

「……魅魔様とはいったい誰だ?」

 

 涙をぬぐって妖夢は首をかしげた。

 

 

 

 花びらが散っている場所には、大きな屋敷があった。平安朝の屋敷に似た造りで、その大きさは人里にある命の屋敷よりはるかに大きい。博麗神社が幾つか入るだろう程の大きさだ。趣こそ違うが、紅魔館の様な豪邸である事には間違いない。

 こういった屋敷に必ずあるといってよい枯山水の見事な庭には、ひとつの桜があった。樹齢千年を越しているのではないだろうか。そう思わせるほどの大木だ。しかし霊夢も魔理沙も、その木や屋敷のことなど目につかなかった。彼女たちの目はその大木の下へ釘付けになっていた。

 

「うそだ、ろう?」

「ふざけんじゃ、ないわよ!」

 

 まだ八分咲きの桜の木の下、そこに散っている花びらに埋もれるように、素戔命はその亡骸をうずめていたのだから。

 

  




今作の妖夢は、かなり卑屈な性格をしています。というのも、修行中の自分を置いていってしまった妖忌がきちんと理由を明かさなかったからです。そのせいで妖夢は弱い自分の代わりになる後継者を探しに行ったと本気で信じ込んでいます。さらには周りの存在はどいつもこいつも化け物じみた強さを持っています。そのせいで、さらに自信が持てなくなっています。最初の方で威勢良く言っていた言葉は、自分を鼓舞するためです。
まあ、理由を話さなかった妖忌と妖夢の心をきちんと見れなかった命が悪い。根本的に命は基本的師は向いていません。
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