東方武神録   作:koth3

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変わり切った存在

 転ばないように二人は崩れ切った大地へと足を付けた。隆起し割れた地面はでこぼこだったり傾いていたりと、歩きづらい。すこし慎重に、しかしできるだけ早くと足を急げ、たたずむ命の元へと駆ける。

 二人がやってくるのを、命は黙って待っていた。その見た目は普段の姿と大きく変わっている。髪の毛はみづらに結い、服は絹褌(きぬばかま)を着ており、首には三つの、赤・青・黄と三色に色分けされた勾玉が掛けられ、それにはとてつもない力が込められている。それこそ目の前にいる命すら越えるほどの力が。

 そしてなによりも雰囲気が違う。今までもその長身や鍛えられた体、鋭い顔貌で近寄りがたいものはあったが、そこにいる命は近寄るには恐れ多いという雰囲気すら放っている。まるで尊すぎて近づく事こそが禁忌だと告げるように。

 それでも二人は近寄っていく。

 

「命!」

「久方ぶりだな、魔理沙。それに霊夢」

 

 跳びこまんばかりに駆け寄ってくる魔理沙と、頬を赤く染めて少しずつ近づいてくる霊夢に命は微笑みをみせる。その顔に、魔理沙は叫ぶ。笑いながら。

 

「馬鹿! 私心配したんだぜ! 幽々子がいろいろ言ったから!」 

「そうね。死ぬんだったらせめていろいろと終わらせてから死になさい」

 

 魔理沙の純粋な心配に、霊夢の皮肉。それに対して命は、頭を振る。

 

「魔理沙、霊夢。すまんが詳しい話は今度する。お前たちの文句もそこですべて聞こう。だが今はこの惨状をどうにかしなければならん」

 

 命が顎で示す。そこは酷い惨状だった。

 冥界の大地は命の手によって滅茶苦茶に引き裂かれ、隆起あるいは陥没してしまっている。白玉楼は地面が崩れてしまったその余波で倒壊し、西行妖にいたっては倒れて完全に根が地上へ出てしまっていた。

 その地上に出ている根は、幾つものしゃれこうべに絡みつき、拘束している。決してその躯を放そうとしない。貪欲なまでに。

 その捉えられた白骨の一つ一つには迷える魂が封じ込められている。桜に死へと誘われ、命を吸われ、魂を食われ、それでもなお成仏できずに。今もなお、西行妖に苦しめられ続けている。

 

「あまり見たくない光景ね」

「そうだな。早く埋葬してやるのが良いだろう。少し待っていろ」

 

 言うが早く、命は手刀で木の根っこを斬り骸骨を一体一体取出し丁寧に並べていく。十体どころではなく、百に届きそうなほどの骸骨を。しかも、中には体の一部を失っている者や、まだ子供の骨もある。それに魔理沙と霊夢は顔を歪めながらも、呪縛から解放されたことに喜ばずにはいられない。

 根っこを砕き斬っていく最中、ひとつ見慣れた服を命は見つけた。青い和服だ。それを着ているのは女性の骨だった。傷一つなく、そして他の魂と違い、その魂は傷一つついていない。

 

「なるほど、幽々子があれだけこの桜にひきつけられたのはこれが理由か」

 

 しかもその骨にはなにかの封印がなされている。触るべきではないと命は判断し、彼女の周りだけは斬らずに他の部分を斬って人骨を解放していく。そして最後に、木の根が最も複雑に絡まっている亡骸を前にした。

 

「え? 命の体? でも命はここに」

 

 魔理沙が振り返って命を見た。そこには確かに命がいる。なのに、西行妖は命の体を絡め取って放そうとしない。しかし命は事実隣にいる。訳の分からない状態に魔理沙は戸惑い、思わず命を見上げた。

 それに、命は首を振る。

 

「それも今度話そう。必ず話す。だから少し待っていてくれ」

「……分かった。必ず話せよ」

「ああ」

 

 渋々納得した魔理沙の頭を撫で、命は最後の亡骸の為に腕を振るう。

 連続して繰り出された手刀が、固く複雑に、けして放さないと捕まえられていた命の体を解放する。冷たい自身の亡骸を命は支え、それから手甲と足甲だけ取り外して霊夢へ無造作に投げ渡す。

 

「えっ、ちょ、ちょっと!! いきなりなに? 重いんだけど」

 

 投げつけられた霊夢は、重さでふら付きながらも落とさないようにその体を抱きかかえた。しかしやはり霊夢と命では体格の差が大きく、抱えていた体が次第に落ちていく。

 

「今まで迷惑をかけた。それを神社で埋葬するなり祀るなりしろ。ある程度は博麗神社にも信仰が集まるようになるだろう」

「うちは寺じゃないんだけど」

「ふん。仏も神も似たようなものだ。人々に重要なのは、心の拠り所だ。私の体があるとなれば、博麗神社もその拠り所になれるだろう。さあ、さっさと行け。異変は終えたとお前自身が人里へ報告しろ。それが博麗の務めでもある」

「……分かったわよ」

 

 唇を尖らせた霊夢はそれ以上何も言わず、魔理沙と協力し命の亡骸を運んでいく。その姿が青空に消えいくのを見送ってから、命は二人が消えていった方向を向いたまま虚空へ話しかけた。

 

「でてこい、スキマ」

「それはあんまりというものでなくて? あれほど心配をかけたというのに」

 

 命の後ろにスキマが開き、そこから紫が現れた。ただその目つきはいつになく鋭く、またスキマに幾つもある目は命を睨みつけている。

 振り向いた命はその鋭い視線を受け入れていた。

 

「なにも言わん。いや、なにも言えん。私はお前を怒らせるだけの事はした。どれだけの罵詈雑言を言われても、仕方がない。それだけのことをした。その自覚はある」

「そう。安心しなさい。私はそこまでする気はないわ」

 

 そう言って、紫は命の顔を殴った。

 

「これでお終いにしてあげる」

「……そうか。すまんな()

 

 真っ赤に染まった拳へ涙目で息を吹きかけていた紫は、命の言葉に顔を上げて口を開くという、阿呆面を晒している。命はそっぽを向いていおり、紫の方を見ようとしない。

 

「なんだ、その馬鹿面は」

「誰が馬鹿面よ! というよりも、貴方今私を紫って呼んだわよね?」

「ふん。そんな事よりもさっさと行け。そろそろ限界なのだろう」

「ハァ。次会った時覚えておきなさい」

 

 命は見抜いていた。紫が無理をして今起きていることを。

 八雲紫は冬の間冬眠をする。その強大な能力の所為か、それとも別の要因によってかは本人しか知らないが、それでも確かな事実として紫は冬眠をする。元々馬鹿げたほど長く眠る彼女だが、一年の間に一回は長い休息を必要とし、その間は本来動けない。

 しかし今回は違う。紫は無理をしてでも動く必要があった。素戔命が消えたことによって。

 紫には式がいる。九尾の狐である藍が彼女の式だ。紫が眠っている間も、藍はずっと命の看病を続けていた。それこそ、この日も。

 いつものように看病をしに部屋を訪れると、誰もいない。残っているのは命が吐き出した血だけ。動けるはずがない命が消えてしまったことに、彼女が混乱して主へ助けを求めたのも仕方がない。

 起こされた主も最初は困惑こそしたものの、話をすべて聞き終えたころには、ただ純粋に怒りがあった。自分の命を無視して動く命への。だからこそ、こうして今ここに紫はいる。

 とはいえそれも、もうそろそろ本当に限界になりそうだが。  

 

「それじゃあ、またしばらく眠るわ。無理して起きたから、今回の眠りはいつもより深くなりそうね。じゃあね、命。私が起きるまでに館を元通り戻しておきなさい」

「やれやれ。まあ、良いだろう」

「それにはまず主を元に戻さないと、ね」

 

 西行妖が紫によって浮かばされ、地面へと無理やりねじ込まれていく。その根には、青いボロボロの服を着た骸骨が絡まっている。西行妖がまた植わってしばらくすると、西行寺幽々子が虚空から唐突に現れた。

 

「あら? いったいなにが起きたのかしら? 白玉楼が崩れているのだけども。それに冥界が酷い有様。あら、紫来ていたの。ごめんねぇ、今はおもてなしできそうにないわ」

「おもてなしされに来たわけじゃないから構わないわ」

 

 最後に手を振って別れを告げ、紫はスキマを開く。その際に、命の方を見て、

 

「やっぱりここの神は貴方でないと。他の神では幻想郷に似合わないもの」

 

 笑いながらそう言った。

 

 

 

 数日後、知り合いの手も借りてなんとか白玉楼を元に戻した命は、博麗神社の一室に座って霊夢と魔理沙へ約束の話をしていた。すでにその服装はいつもの道着に変わっている。髪も解かれておりただ唯一今までと違うのは、その胸に三色の勾玉があるだけだ。

 命の前で霊夢は興味なさげに座り、魔理沙は身を乗り出して話を聞いている。話も終わり、命は口を閉ざす。

 

「馬鹿じゃねぇの」

「まあ馬鹿だな」

 

 話を聞き終えた魔理沙の第一声は辛辣に発せられ、命の顔を見てはため息をつくということを繰り返す。呆れてものも言えない。それが魔理沙の第一の感想だ。首を振って肩をすくめた。

 

「あれ? だけどよ、なんで三途の川を戻ってこれたんだ?」

 

 しかしよくよく考えると一つだけ、魔理沙には分からないことがある。なぜ命は三途の川を戻れたのか。それが分からなかった。

 三途の川は簡単に戻れるようなものではない。死した人間の魂がそう簡単に現世へ戻れてしまっては、三途の川の意味がなくなってしまう。それなのに死したはずの命が、どうやってこうして現世へと帰る事が出来たのか。

 

「それならば私も興味はあるわ」

 

 そう霊夢も言う。今まではなにを聞いてもお茶を口にするばかりで、反応を示さなかったが魔理沙の疑問には自身も気になり、乗っかった。なぜ素戔命は黄泉の国から帰ってこれたのか。それはやはり人ならば自然と気になってしまう。死から逃れられるかもしれないと。

 そこまで二人は明確に思っていなかったが、それでも無意識に訪ねていた。

 

「簡単なことだ。私が神になったからだ」

「「は?」」

 

 いきなり言われた言葉に、二人は理解できず固まる。数秒時が流れた後、目頭を押さえた霊夢は静かに言う。

 

「貴方が神なんて誰もが知っているわよ」

「違う。私自身は神ではない。いや、なかったというべきか。神というのは様々な理由で生まれる。確かに親が神で神になるという者は多いだろう。または人々の信仰を、怖れを取り込み神となる者もいた。しかしそれらにはすべからくある共通点がある。例外を除いてな」

「共通点?」

「ああ、。それらすべては肉体を持っていないという点だ。肉体を持ちながら神になれたのは、天照大御神様のご子孫だけだ。現人神という例外だけ。他はすべからく肉の器から抜け出している」

 

 神話に描かれた神たち以外にも神になった者はいる。有名な存在でいえば祟り神である菅原道真公や、国家を手にした家康大権現だ。しかしそれらも皆生きているうちに、つまりは肉体を持っている時に神となった者はいない。それはなぜか。

 

「簡単なことだ。肉体というのはまさしく器だ。それがあるから安定して存在を維持できる。しかし安定するがゆえに力を絞り出す事は出来ん。おのずと限界が生まれてしまう。神というのはその限界をなくし、人を越える者をさす。人々はその超越者を、畏れ祀り上げ神と呼ぶのだ」

 

 あたりは静かになっていた。縁側からは博麗神社を訪れるようになったわずかな参拝客の足音が聞こえる。魔理沙は思わず唾を飲み込む。今聞いていることは、すなわち神にいたれる方法だ。

 

「私は天津罪で肉体こそ滅んだ。あれはその身を殺すという一つの奇病だ。しかし私の場合、肉の器があったからこそ、天津罪は魂ではなく肉体のみを滅ぼした。逆を言えば天津罪によって、魂が肉体という枷から解放されもしたというわけだ。今まで、私は神としての力など有していなかった。それらすべては人が鍛えれば届く範囲だ。しかし今の私は違う。人の限界を越え、正しく神と呼ばれる存在となった」

 

 変わらぬ姿で、変わり切った命はそう締めくくった。 




命パワーアップです。とはいえ、それでも弾幕ごっこならば最弱なのは変わりがありませんが。
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