東方武神録   作:koth3

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桜の下で

 雪の交らぬ温かな風に桜の花が舞う。寒さになれた体には、わずかに汗をかくほど暖かい。人里では人々が忙しなく、そして仕事へと駆け足でいる。雪の所為で出来なかった仕事をこなすために。悩殺されていた人々は気が付かなかったが、桜の木には穏やかな色合いをした花が咲いていた。

 一方人里とは違い、博麗神社の境内では、桜の下でゆったりと宴会が行われている。

 そこには様々な者たちがいた。宵闇の妖怪、妖精、魔女、種類も分からぬ妖怪、人間、吸血鬼、魔法使い。まだまだいるが、種族も違う彼女たちに一貫しているものがあった。それは笑顔だ。

 全員が笑っている。屈託なく。

 死へ誘う桜の下ではなく、生気のある桜の下で。桜を眺めて楽しみ、暖かな春にうれしむ。そしてその喜びを各々別々の方法で体中を使って表す。ある者は、静かに酒を飲み、またある者は、周りに酒を注ぎ騒いでいる。

 そうして楽しんでいる者たちの中に、幽々子と妖夢もいた。今回の異変の主犯ではあるが、周りと軋轢など起こしておらず、それどころかある種率先して輪に入ろうとしている。そして周りもいまさら非難することはなかった。一緒に楽しむ仲間として歓迎している。

 今は妖精たちの輪に入り、その中央に置かれていた食べ物を摘まんでいた。

 

「うふふ。美味しいわね、妖夢。いつになっても、美味しいものを食べた喜びは変わらないものね。花より団子。荘厳で可憐な美しさよりも、時として人の心は、なんでもない物に囚われる。下手な美より、よっぽどね。でも、この桜の下で食べるからより一層おいしく感じられるのかしら」

「はあ、私にはさっぱりわかりません。しかし幽々子様。こんな未熟者の私でもわかる事がございます。そんなにお団子ばかり食べられますと、他の方々の分もなくなってしまいますよ」

 

 先ほどから幽々子は方々で用意された料理に箸を伸ばしている。がっついているようには見えない、上品な食べ方ではあるが、しかしその速度はすさまじく、出されている物すべてを彼女が食べてしまうのではないかという勢いだ。妖夢がそれとなく注意しても、手が口へと運ばれる速度に変わりはない。妖夢の顔に苦笑いが浮かぶが、幽々子には控えようという気持ちはさらさらなく、変わらぬペースで団子を頬張り続けている。

 そんな主の様子に、妖夢はわずかに吹き出してしまう。「酷いわ、妖夢ったら。私の顔を見て笑うなんて」幽々子もそう言うものの、皆と同じく笑みを浮かべた。

 

「遅れたか」

 

 鳥居の方から声がした。聞きなれたその声に皆振り向く。いまだこの場にいない最後の主賓がようやく来た。これで、さらに場が盛り上がる。そう思って。

 博麗神社の鳥居へ通じる参拝道を、命が歩いていた。鳥居の下をくぐり、命が宴会場へ近づくにつれ、強い酒の香りが漂ってくる。酒精で馬鹿になっている鼻でもわかるほどの酒だ。当然、宴会参加者は大喜びだ。さらには、逆の手には、幾ばくかのつまみになりそうなものが入った皿がある。それに喜ぶ食い意地の張った者もいた。

 

「おっ、こっちこっち! 駆け付け一杯といこうぜ!」

 

 魔理沙が真っ先に反応し、大きく手を振って命を招く。命もそんな彼女の様子に僅かばかりの苦笑を浮かべ、すぐに酒樽を適当な場所に置くと、酒を注いでもらい宴会へ加わった。

 なんだかんだで、命は神の一族だ。祭りごとが好きというのは、他の神々と変わらない。常より大きく、朗らかに笑い、知人との会話を楽しむ。彼なりに、宴会を堪能していた。

 

「あら、お酒がないわよ」

「むっ、すまんな」

 

 神社の裏手、宴会での乱痴気騒ぎが遠い場所に、幽々子と命はいた。宴もたけなわになっているうちにひっそりと隠れるように移動したので、酒の助けもあり誰にも抜け出したことに気が付かれなかった。

 こうして二人が宴会を抜け出したのは、命が幽々子へ頼んだからだ。

 異変の後、命は幽々子と話をしたいと考えていたが、事件の後処理などで忙しく会うことが出来ず、今日こうして久方ぶりに会え、二人だけで話をしたいと耳打ちした。幽々子もまた、命の声音が真剣だったために、こうしてここにいる。

 しかし、わざわざ幽々子が来たというのに、命はなかなか話を切り出そうとせず、御猪口を傾けるばかり。なめるばかりであっても、中身がなくなるほど時間が流れた。

 酒が切れてしまった杯に、幽々子がひそかにもってきた徳利から中身を注ぐ。注がれた酒に幽々子が映り、命は彼女だけに聞こえるよう囁いた。

 

「桜は、まだ見たいか?」

「そうねぇ。こんな桜が見られるなら、あの桜じゃなくてもいいわ」

 

 幽々子は、この宴会場にいる全員を眺めてから、穏やかにそう言った。母親のように包み込む優しさを伴った、満足しきった笑みを浮かべる。

 

「そうか。ならばいい」

 

 軽く口角を上げてから、命は杯を仰ぎ酒を飲む。ゆったりとした平和な時間が流れる。命の眼前には、幸せそうな人々の顔があった。また杯を傾ける。不思議と、一口目より旨く感じられる。

 そして、今日の目的であるもう一人が近づいてきたことを、命は知覚した。

 

「命様、お久しぶりです」

 

 妖夢が、命へ近づいてくる。その顔は少し赤く緩んでいるが、いつも通りしゃんとしていていた。彼女はいつの間にか消えてしまった幽々子を探してここに来ていた。

 命は妖夢の方へ向き直り、言葉を紡ぐ。真っ先にしなければならないこととして。

 

「妖夢、すまなかった」

 

 頭を下げた、手を地につけて。笑みは消え去り、深い後悔がのぞいている。

 

「え?」

 

 唐突に頭を下げる命に、妖夢はいったいどうすれば良いのか分からなかった。

 理由も分からず謝られては、どう返せばいいかも検討が付かない。それどころか、尊敬する人に頭を下げられるということ事態、彼女のキャパシティを超えていた。

 

「えっと、命様、よく分かりませんが、とにかく顔を上げてください。どうして、私なんぞに謝れるのですか?」

 

 顔を上げた命は、妖夢へ説明する。己がしでかした間違いを。苦々しくとも、話さなければならないことだ。

 

「私はお前に謝らなければならないからだ。妖忌に頼まれ、面倒を見た。強くするために修行をつけた。技も、体も強くはなっただろう。しかし私は重要なことを教え忘れていた。最も強くしなければならないものをな。それを欠いた私の教えに意味などない。心を鍛えずして、なにが武だ。私はお前を惑わし、道を誤らせようとしたのだ」

 

 告げられた言葉に妖夢はしばらく押し黙った後、先ほどの困惑と打って変わり、朗らかな顔を見せた。

 

「確かに私はなにを想い刀を握るか忘れていました。しかしあの異変で魔理沙さんと戦い、気づけました。魔理沙さんは守りたいから戦っていたんです。自分ではなく、他の誰かを守るために。思えばお爺様もそうでした。本当に刀を抜くのはいつも誰かが危ない目に合わないようにするため。私はそれを忘れていました。命様の強さにおぼれていたんです。その力と技を持って、すべてを吹き飛ばすその姿に。ですが、今は違います。私は幽々子様を、白玉楼を、そして新しくできた友達を守るために刀を振ります。その為の力を授けて下さったのはお爺様と命様なのです。私の方こそ、不肖の弟子ですがこれからもご鞭撻お願いいたします」

 

 頬を掻き、苦笑する妖夢。言葉に込められた力強い響きに、命は覚った。すでに妖夢は自身の知っている子供ではない。一人で生きていける立派な大人だと。ならば、今度こそ間違う訳にはいかない。かけられた信頼にこたえなければならない。

 

「そうか。分かった。ならばお前にそう言われるだけの価値を示さねばな。それに魔理沙には感謝せんと。私よりも、アイツの方が教える才能があるかもしれんな」

 

 命が立ち上がる。そこには微笑みがあった。

 

「そろそろお暇しよう。妖夢、その答えを忘れるなよ」

「は、ハイ!」

「じゃあね、命」

「ああ、それではな幽々子」

 

 

 

 冥界にある白玉楼。命によって一度は冥界ごと木端微塵にされたが、その修復はすでに終わり、元通りとなっている。月明かりに照らされる屋敷には傷一つなく、同時に物音ひとつしない。

 家主とその従者が宴会に行っており、誰もいないはずのその屋敷に、なぜか命と八雲紫はいた。縁側で命は胡坐をかき、紫は正座をして横に並び、西行妖を見つめている。

 二人は想うところがあり、この場所に来たが、予想外の人物がそこにいて驚いていた。にらみ合う訳にもいかず、ひとまずお互い座って腰を落ち着けることになった。

 黙っていた中、静かに紫が口火を切る。それは苦渋に満ちたものだった。

 

「結局今回の異変は、私の所為なのよ」

「お前の所為?」

「ええ、そうよ」

 

 顔をゆがませ、紫は俯く。ポツリポツリと話すその姿は、迷子のようで――。

 

「昔、幽々子がまだ生きていた頃、私はあの子と親友になったわ。妖怪と人、その違いがあれども、確かにかけがえのない友情がそこにあって。それは、私にとってなによりも、本当になによりも宝物だった。今でもそう想っているわ。だけど、幽々子にとってはそうでなかったの。あの子は生前、私との友情よりも死を選んだわ。私との未来よりも、死から得られる安寧を選んだの」

 

 スカートの生地を、紫は強く握りしめる。手の甲に、幾筋の雨が垂れ落ちる。

 紫は、いまも苦しんでいた。幽々子が自殺を選んだその事実に。さらには幽々子が一人悩んでいたことに気が付けなかった自分に、腹が立って仕方がない。幽々子のことを思い浮かべると、必ず悔しさと怒りも湧きあがり、心に影を落とす。誰にも話したことのないものだ。それでも、紫は話さずにはいられなかった。

 

「……自殺したのか、幽々子は」

「ええ、そうよ。そして私は外法に手を出したわ」

 

 その時の自分は、今考えれば狂気に陥っていたと今の紫は素直に認めている。死した西行寺幽々子を、この世界に縛り付けるということをしでかした。

 西行妖に幽々子の亡骸を縛り付け、封印する事で亡霊へとその身を変えさせ、この世界に存在させる。余計な記憶を消して。哀しい過去を忘れさせて、楽しい過去だけをその亡霊に入れて。それでも昔のことを思い出して、また死に誘われないようにするために、ありとあらゆる策を(ろう)しもした。幽々子では真実にたどり着けないように。

 それでもどこかで幽々子は時折過去を知りたがった。普段いくら楽しそうにしていても、ふとした拍子に過去を紫に尋ねるのだ。しかし幽々子がどれほど知りたがっても、西行寺幽々子の生前を紫は語らなかった。そうしてきた。そのたび、悲しそうに顔を歪める彼女に、紫は心が痛んだが、それでもずっとそうしてきた。それが幸せに続くと思い。

 

「幽々子は桜を見たいという気持ちと同時に、きっと自分を知りたがっていたのよ。けれど、私では決して教えないと悟っていた。だから私が眠りにつく冬に異変を起こして、自分を知ろうとしたのよ、きっと。冬を維持するのと記憶を取り戻す方法。それらに最適だったのが、西行妖だったの」

 

 ぽつぽつと語る紫の目には涙が浮かんでいる。

 分かっていた。いつかは幽々子が生前を知ろうと、紫に知られないように行動する時がくるのは。それでも彼女は己がしでかしたことを知られたくはなかった。知られれば、嫌われる。そう思って。

 

「私はお前たちの間柄を深く知っている訳ではない。それに、お前の行動を間違っていると思う」

 

 命が静かに発する言葉に、紫は身を震わせた。分かっている。誰も認めないであろうことは。それだけ間違った行為をしているということは。それでも紫は、間違いだと理解していても、同じ状態になったら何度でも繰り返してしまう。それほど彼女にとって、西行寺幽々子は大切な存在だった。

 

「それでも、友を思ってしたのならば、それは間違いではないのかもしれない」

「え?」

 

 最後に付けられた命の言葉に、紫は目を見開いた。命の言葉が信じられない。

 

「想いというものは誰も裁けない。それこそ閻魔であってもな。お前は確かに己の為に幽々子を亡霊にしたのかもしれん。しかし、そこにはお前以外の為があったのではないか? 幽々子に今度こそ心から笑ってほしい。そう願ったのではないか?」

「……そうね、そうかもしれないわ。でももう遅い」

 

 紫は聡明だ。だからこそ、自身の内側から零れ落ちた思いに真っ直ぐと向き合えた。その思いに嘘をつくことは、彼女にはできない。それを否定してしまえば、八雲紫という存在を嘘としてしまう。

 その紫がもらした言葉に、命は笑みを浮かべる。

 

「なにごとも遅すぎるということはないだろう。私なぞ、今さら間違いに気づき、やり直そうと思えた。お前ならば私と違い、いくらでもできるだろうに」

「今からでも、間に合うのかしら?」

「それはお前たち次第だ」

 

 そら、さっそく機会が来たぞ。そう命が言い、白玉楼の門を指すと、そこには幽々子と妖夢が歩いてきた。

 幽々子は常と変わらないが、妖夢は顔を赤く染めて千鳥足だ。二人がいる事に気が付いた幽々子は本当にうれしそうに笑って近寄ってくる。

 

「そうね。これからは私たち次第ね」

「紫? どうかしたの?」

「なんでもないわ、幽々子。ねえ、少しお話しましょう?」

 

 紫は綺麗な笑みを浮かべていた。

 命はその場を後にしていたので、その後どうなったかは分からない。しかし妖夢に手ほどきをするために後日白玉楼を訪れた時、二人は仲良く並んで座って談笑をし、笑い合っていた。なにも変わらないように、だが確かに今まで以上の笑顔を浮かべて。

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