東方武神録   作:koth3

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命が完全に過去の自分、(人間)と決着をつける話です。


武神の決着

 是非曲直庁と呼ばれる建物が地獄にある。三途の川を渡り終え、死者がまず最初に訪れなければならない、地獄の最高、公的機関だ。そこでは主な業務として地獄の運営と、死者の生前に対する裁判が行われている。生前の行いで輪廻転生できるか、それとも地獄に落ちるかを決めたり来世を決める。いうなれば是非曲直庁は、地獄や天国などへ通じる関所のような場所だ。その為、ここには様々な存在が訪れる。

 地獄の獄卒である鬼が休憩をしていたり、死者が裁きの時を不安そうに待っていたり、あるいは黄泉の国に住まう神が暇のあまり話し相手を求めに来ていたり。様々な世界の死した魂を循環させる役割があるこの場所には、数多ある世界から多くの種族が訪れる。

 そして、是非曲直庁にある幻想郷につながる三途の川近くの、幻想郷を管轄するエリアにある部屋でも、ひときわ格調高い扉の部屋に、死神である小野塚小町は訪れていた。

 小町はこの部屋の主に呼び出されており、珍しく昼寝もせずにサボることもなく来た。それは呼び出し方が普段と違い、本人が来ずに小間使いを使ってきたからだ。普段より形式ばったその方法に、かなり重要な話をするのだと、彼女はおぼろげながらも判断した。いくら彼女でも、さぼるときや場所くらいは選ぶ。そして今回はそれが功を制した。

 小町は脂汗を薄くにじませ、執務机と山となった書類の向こうに座る女性へ、猫なで声で語りかける。

 

「え、映姫様? その、少し落ち着かれては?」

「おや、おかしなことを言いますね、小町。私のどこが落ち着いてないのですか?」

 

 小町の前で、悔悟棒と呼ばれる閻魔が持つ棒を、部屋の主が青筋を立てた手で握りしめている。本来壊れるはずのないその棒は、しかしあまりの力が加えられ軋み、悲鳴を上げていた。

 おそるおそると、死神である小町は上司でもある四季映姫ヤマザナドゥの顔色を窺う。そこには笑みがあった。鋭い釣り目の眼も今は閉じられている。顔貌が整っているがゆえに美しいと思える笑みがそこにあった。ただし、額に幾筋もの青筋が浮かんでいたが。

――面倒くさいことになっちゃったねぇ。

 小町は口元が引きつくことを自覚した。苦笑いとともに、どうしようかと困り果てる。なにせ相手は閻魔である。小町の上司だ。ここからさらに下手を打って機嫌を損ねば、大変なことになる。具体的には給料がカットされてしまう。ただでさえ給料が賞罰を受けて、薄っぺらい袋になっているのに、そこからさらに減ってしまえばさすがに飢える可能性も出てくる。

 とにかく場を和ませようと、ついでに自身のペースに持ち込むために軽口をひとつ叩き、映姫にたまっている怒りを少し発散させようと小町は試みた。

 

「死神が、死神に面倒みられるっていうのは笑えないんですけどね、そこら辺どう思います映姫様?」

「さて、小町」

「は、はい!」

 

 小町の軽口を、元々の細さをさらに細めた目で殺して、映姫は小町を呼んだ理由を告げてくる。凄惨な笑みで。いまだ額の怒筋は消えていない。

 

「これから私は現世へと、探し人がいるので行きます。貴方は舟をこいで、捜すのを手伝いなさい」

「分かりました!」

 

 あかん、これは逆らったり余計なことをしたら殺される。小町は映姫の顔を見てそう思った。引き攣った笑いは小町の顔から消えなかった。

 

 

 

 

 三途の川を渡り、映姫は人里を訪れた。隣には小町がいる。最も肩を落としてげんなりしている様子だが。死神の鎌を肩に言葉通り引っかけている。気の乗らなさそうな小町に、それでも映姫は指示を出す。

 

「さあ、小町捜しなさい。私は人里の東から捜します。貴方は西を」

「分かりましたけど、もし人里におられなかったらどうするんです? 映姫様」

「その時は、見つけるまで幻想郷を駆けずり回るだけです」

「うげっ!!」

「そうなりたくないなら早く見つけることです」

 

 そう告げると、映姫はさっさと東へ向かって飛んで行く。念のため後ろを振り返ると、小町が後頭部を掻いて、欠伸を混じらせながら西へ飛んで行った。

 小町と別れた映姫は、人里の東側を細い猫しか通れなさそうな裏路地や、屋根の上などもきちんとしらみつぶしにして捜していく。そうなると、ただでさえ大きな人里ではかなりの時間がかかってしまう。それでも少しの範囲しか探索できないが。

 普通ならば、ある程度をみたらどんどん先へ進むべきだが、それは彼女の性格が許さなかった。『白』か『黒』の対極、それしか映姫にはない。二極化した答え以外彼女は求められない。その為に時間がかかっても、仕事の手を抜くことなどはなかった。

 しばらくの間、人里中を練り歩いていた映姫がたどり着いた場所は広場だ。かなりの大きさで、子供たちが元気に走り回っている。彼らに長い間踏みしめられた地面は固く、雑草が少し生えている程度で遊び道具という物はない。しかし子供たちはそれぞれが工夫して、楽しそうに遊んでいた。

 もしかしたらここにいるかもしれない。意外と子供好きな面もあることだし。そう映姫は判断し、広場へと足を進める。

 

「どうやら、いないようですね」

 

 しかし見渡す限りであるが、いるのは子供たちだけだ。走り回ったり、木の上に登ったりして遊んでいる彼らだけ。少なくとも映姫が捜している者の影は見当たらない。

 それでも映姫は、広場を回り、草の根をかき分けるように捜す。もしこれが小町だったら、一目見て判断し、違う場所へ行ってしまうだろう。細かい場所も捜して回り、この場所を『白』と判断し、映姫は悔悟棒を口元まで持っていき考え込む。

 

「おねえちゃん、どうしたの?」

 

 考え込んでいたら、下っ足らずな声が足元から聞こえて、映姫は視線を下へと向けた。そこには背の低い子供が、彼女のスカートを掴み、くいくいと引っ張っている。

 

「人を探していたのです。さて、人の子よ。他者を思いやる気持ちは大事だが、人の服を引っ張るのは良くないことです」

「ごめんなさい、おねえちゃん」

「素直に謝れるのならばかまいませんよ。素直なのは善行ですからね」

 

 手を放した子供に目線を合わせるようしゃがみこみ、映姫は優しく訪ねた。

 

「人の子よ、素戔命がどこにいるか知っていますか?」

「みことさま? あっちのもりでしゅぎょうをしてるって、みんないってたよ」

「ありがとう」

 

 優しく頭を一撫でし、映姫は指差しで教えられた方角にある森へ向かう。ただ、その機嫌はこの広場を訪れるよりも悪くなっていた。

 森は人里からそう遠くない場所にある。魔法の森と違い、瘴気に蝕まれているわけではなく、多くの生き物が生息していた。しかしそれは多くの獣と知性の低い妖怪が森を住処としていることにほかならず、力のないものが入ると危険だ。その為、人里の人間はめったに足を踏み入れていないらしく原生林と呼ぶにふさわしい森であった。

 半ば禁足地になりかけている様子の薄暗い森を、荒々しい足取りで映姫は進む。歩くたびに湿り気を帯びて苔の生えた柔らかい地面はへこみ、根を張っていた木が痛む。普段は殺生やそれに通ずることをしないよう心掛けている映姫であったが、それすらいまは気にしていなかった。ただ彼女にあるのは怒り。素戔命に対する怒りだけ。

 腹の底にとどまる思いで、映姫は力を抑えきれていなかった。普段滅多にないことであるが、映姫とて感情はあり怒りに飲まれることもある。裁判の最中は強く己を律することで、感情には流されないが、普段は別だ。己が感情を出すことだってある。彼女とて生き物だ。ため込み続けたらいつか限界を迎えてしまう。

 ここ最近、映姫の仕事は激務だった。その為に、フラストレーションはいつになくたまっている。そこに、命という彼女にとって最大の天敵がしでかしている(・・・・・・・)ことが加われば、いつ爆発するか彼女自身にも分からない。

 森の入口ですでに聞こえていた、そよぐ木の葉の音とは別の、奥から聞こえてくる風切り音を頼りに、映姫は木立の合間を縫うように歩いていく。そして是非曲直庁から早や三時間。ようやく命に会えたと同時に、認識した光景に映姫の我慢が限界を迎えた瞬間でもあった。

 

「キシャアアアアアア!!」

 

 言語にできないなにかを口から迸り、映姫はその悔悟棒を命目掛けてぶん投げた。閻魔という種族である映姫は、神でもあるる。その力は人知を超えている。それだけの力が加えられた悔悟棒は、鋭い回転と異常な速度を保って、命の後頭部へ吸い込まれるように曲がって穿とうとする。

 しかし相手もまた、武神。神の名を持つ存在。その手に持つ物体を振って悔悟棒を弾き飛ばす。

 

「あ、貴方は、いえ、貴様は!!」

 

 顔を真っ赤に染め上げ、映姫は悔悟棒を投げつけた体勢のまま睨みつける。

 

「……映姫か。しかし何をそんなに怒っている?」

「とぼけるのも大概にしなさい! 分からないとは言わせません!」

 

 命は体を震わせて睨みつけてくる映姫に、口元を手で覆って眉根を寄せる。その態度が、余計に映姫に火をつけると知らずに。

 

「すまん、分からん」

「死にさらせぇ!!」

 

 もはや、その顔は閻魔ではなかった。襲いかかってくる映姫に、さしもの命も腰が引けていた。

 

「ぬぉ!?」

 

 とっさにであるが、襲いかかる映姫の進路をふさぐように、命はその手に持つ物を振るう。近くにあった樹木は、その物体に巻き込まれてへし折れて吹き飛んでいく。元々円周状に開けた場所に、へし折れた木々によって作られた影が無くなって、明かりが差し込む。わずかな砂埃が倒れた木によって起きた風に乗る。

 体に当る砂粒を一切気にせず、映姫は振るわれた物体を後ろに避けるのではなく全力疾走の速度を保持したまま跳び越え、そのまま命の顔面目掛けて蹴り込んだ。その蹴りは命の腕で防御されるが、彼を後ろへ押し込むほどの威力があった。

 

「彼を開放しなさい!」

 

 地面に着地すると同時に、目を見開いている命へ映姫は指を勢いよく突きつけ、叫ぶ。

 

「彼とは、これのことか?」

 

 命が手に持つ物体を横に置いて不思議そうにする。そこでようやく映姫も冷静さを取り戻し、一呼吸をした。

 

「そうに決まっているでしょう! なんですか、貴方は私たちに恨みでもあるのですか!?」

 

 命は手に持っていた、巨大な石の塊をもう一度見やる。仏像と呼ばれるその石を。

 数百年前、映姫自身が体験したように、その仏像は命の手で振り回されていた。自身の同族を手荒に扱われた映姫は、たまりにたまった怒りを爆発させる。

 

 

 

 結局命がその仏像から離れるまで映姫は警戒をし続けていたため、仏像をその場において命の家へ移動することになった。

 命の家は塵ひとつなく小奇麗にされているが、畳や壁の一部が異様に擦り減ったりへこんでいたりする。歩きづらそうに映姫はしながらも、行儀よく礼儀正しい所作で、差し出された座布団に座り込む。

 

「まったく、貴方は死んだというのに裁きを受ける前に現世へと戻って。貴方のような存在は、例外を除いてすぐに現世へ戻されるというのに。私たちがいったいどれだけ後処理をしなければならなかったか分かっています? それになによりするべきことがあなたにはあるはずです。彼女はまだ待っているのですよ?」

 

 座り込むと同時に、滔々と映姫は堰を切ったように語りだす。なるほど説法が趣味といわれるのに納得がいくほど、良く口が回る。逆に命は寡黙な性質がために、黙って聞いていた。それでもある話に差し掛かると、彼もさすがに黙っておられず口を挟んだ。

 

「それは分かっている。だがな、さすがに私もあいつを負ぶって三途の川を渡りきれる力があるとは思えん。私単体ならば挑戦するのも良いが、あいつをそんな危険な目にあわすわけにはいかん」

 

 話しながら、命は虚空へと目を向ける。そこには映姫とは全く別の、今まで片時も忘れなかった影が映った。いまでも忘れられず、時にその命をよみがえらせることが、自分には出来るのではないかと考えてしまうほど愛しい相手が。

 父を失い、姉を殺した。そして、子孫にいたっては信頼していた天津神によって縛られ、自由を奪われている。それだけではなく、長い寿命で別れざるを得なかったこともある。そこには親しい人間もいた。そんな辛い時、いつも彼女を命は思い出していた。会いたくて、会いたくて仕方がなかった。

 だがいざ会えるようになると、どうしても尻込みしてしまう。これが最後だと分かるがゆえに。

 映姫へ語った言葉は必ずしも命の本音ではなかった。

 

「貴方は、馬鹿ですね」

 

 一拍置いて、映姫は言う。

 苦笑とともに言われた言葉に、命は不可解そうに映姫を見つめている。

 

「死者にとって最もつらいのは、生者が自分の影にとらわれていつまでも前へ進めないことです。前へ進むのを手伝いたいと一番思うのは、死者なのです」

 

 柔らかい微笑をした映姫の言葉は、家屋に吸い込まれた。そして、命は立ち上がった。

 

「……そうか、では、会いに行こう。輪廻の果てでまた出会えることを願って。あいつももう飽きただろう、三途の川しか見えぬ光景も。あいつが好きなのは、青々と茂る稲原の風景だ」

 

 

 

 

 三途の川。そこは死者が渡る生と死の狭間とされている。だが、そこを渡るにはふさわしい時期があった。親より早く死んだ子供は、賽の河原で石を積まなければならない。許される時が来るまで。そしてその待つというのは子供だけではない。ある条件を満たした女性も待たなければならないことがある。多くの女性が、三途の川のほとりで、待っていた。彼女たちはみな一様に、同じように。

 だが命は、迷うことなく足を進めていく。ある女性の元へ。

 

「またせたな」

 

 そこにいたのは美しい姫だ。暗く日の当たらない、あの世に最も近い場所であるというのに、彼女の周りはまるで現世の暖かな日が差しているようであった。

 

「櫛名田」

「いいえ。そんなことありませんよ」

 

 久方ぶりの再会に思うところはあったが、命は愛おしげに優しく彼女を背負う。

 

「さあ、川を渡ろう。ずいぶん待たせてしまったが、ゆっくり行こうじゃないか」

「ええ、ではお願いしますね」

 

 三途の川。そこを女性が渡るとき、もし契りを結んだ相手がいるならば、初めての相手に背負われて渡らなければならない。それが古来からの決まりごとだ。

 

「ずいぶんと逞しくなりましたね」

 

 櫛名田が、背負われた背中に額を擦り付ける。

 

「そうか? 私はそんな気がしないのだが」

「逞しいですよ。迷い、傷つき、後悔して。それでも進むことをやめないと決意した背中です。向こうについたら、お養父様とお義姉様に自慢いたしましょう」

「それはやめてくれ」

 

 川の(さざなみ)に、二人の明るく弾んだ声は溶け込んでいく。それは別れであり、決別でしかないが、必要なことだ。大切に思うからこそ、二人は別れなければならない。

 別れるのはつらいが、苦しくはなかった。最愛の人と隣を歩けなくとも、その背中を支えられると知っているから。




平安時代なのでは、三途の川を渡る際、女性は初めての相手に背負われて渡るといわれていたそうです。
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