東方武神録   作:koth3

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開かれ続ける宴会

――これで何度目だろうか。

 ふと霊夢は、己の勘が告げたことに小首をかしげた。いつものように宴会へ参加し、楽しんでいたというのに、自身の勘は異常、それこそ異変が起きていると告げている。だが、見渡す限りなにかおかしなことが起きているわけではない。紅い霧が発生しているわけでも、雪が降り積もるわけでも。桜が舞っているのと、陽が少し霞んで見えるだけ。暖かでのんきだ。それこそ小鳥が鳴いているほどに。後は精々、皆酒気に酔っている程度。異変と、どうしても霊夢は思えなかった。

 

「どうした、霊夢! なに考えごとしてんだよ。パァーッと楽しめ!」

 

 酒臭い息を耳元へ吹きかけながら、魔理沙が霊夢の肩をいきなり抱く。能天気で気楽なその様子に、霊夢は考えすぎかと思い、裏拳を軽く彼女の顔へ叩きこみ引きはがす。

 魔理沙の腕で痛めた首筋をさする。

 

「ひ、ひでぇぜ、霊夢」

「酒臭いのよ、あんた」

 

 それでも倒れ伏したままの魔理沙へ霊夢は手を差し出し、助け起こす。魔理沙は、笑いながら黒い三角帽子を直している。少し砂が付いているが、今も痛む首の仇に、わざと霊夢は教えなかった。収まりのいい場所が見つかったのか、「よし」と軽く呟いてこぼれた酒の代わりを注ぎに、騒動の中心へと魔理沙はかなりの速さで駆けていく。宴会の幹事は、忙しそうだ。自分が楽しむために。

 元気いっぱいなその姿に、思わず霊夢は苦笑を漏らす。彼女もまた魔理沙の後を追うように、騒いでいる者たちに近づいていく。

 騒動に近づけば近づくほど、勘がひきりなしに叫ぶ。だが霊夢の見る限り、お気楽そうに宴会を楽しんでいる者しかいない。

 

「私の勘も衰えたものね」

 

 いまだ警鐘を上げる勘を、霊夢は生まれて初めて無視した。

 

 

 

 

 銅鐸が頭の中でガンガンと鳴り響いている。止めてくれと叫んでも音が止まることはない。まるで幼いころ悪いことをしてしまい、命にこめかみを、あの鉄より堅い拳でぐりぐりと万力のようにはさまれたかのごとく頭が痛む中、魔理沙は吐き気をこらえながら起きた。

 窓から差し込む日差しが黄色い。目がしょぼしょぼしている。口から何か出そうになり、魔理沙は慌てて口元を覆う。豪胆といわれることのある彼女も、さすがに寝床にもどすのは勘弁だった。

 魔理沙は自宅に前後不覚の状態で帰って来て、ベッドで眠ったらしい。完全に酒の飲み過ぎで彼女はすっかりそのことを覚えていない。着替える前に眠ってしまったせいで皺くちゃの服と、折れ曲がってしまったトレードマークの帽子に、思わず魔理沙はため息をついてしまう。皺くちゃの服は脱ぎ捨て、洗濯かごに入れておく。帽子は、簡単な魔法で修繕を施す。綺麗に直ったそれに、痛む頭でもわずかに満足を感じ、机に置こうとする。だが、その机の上には、ごちゃごちゃと器材やら魔法薬の材料が転がり、帽子を置く場所がなかった。

 小悪魔が襲来して以来、出来るだけきれいにしていた部屋であったが、この頃三日に一回はある宴会の準備やらで忙しく、散らかり始めていた。一度きれいな部屋に慣れると、汚い部屋というのが少し不快になる。特に、二日酔いで頭が痛い時は特に。ほこり臭い空気が鼻についてしまう。

 今日なにをするか。そうフラフラの千鳥足で考えながら歩いた際に、つま先を床に落ちていた分厚く固いグリモワールの角にぶつけてしまい、転げまわって吐き気をさらに強めて、魔理沙は痛みに涙をこらえながら久方ぶりに掃除をしようと決心した。

 だがその前に、魔理沙は洗面所へ駆けていく。口を手で押さえながら。

 しばらく経ち、だいぶすっきりした状態の魔理沙は、掃除用の箒を片手に立っていた。洗面場の鏡では、まだ青白さが残っていたが、それでも出すものを出し切ったおかげで、ある程度体は軽くなった。

 今日一日は、魔法の研究もせず、家の片づけをしなければならない。もう、あんな気持ち悪い思いは勘弁だった。魔理沙は気合を入れて片づけを開始した。

 

「それにしても、こう忙しいと魔法の研究にも影響が出てしまうぜ」

 

 数日前に採取した、しなびた中々希少なキノコを廃棄しながら、思わず魔理沙はつぶやく。それ以外にも、いくらか処分しなければならないものがあった。腐るまではいかないが、痛んでいて口にするには少し危ない状態になってしまった材料がある。

 どうにも魔法薬を作る予定が崩れてしまっている。魔法薬を作ろうとした日に限って宴会があり、なぜかそちらに行ってしまう。それまで魔法薬を作ろうと思っていても。これでは魔法使い失格だ。

 酒は好きだが、三日に一回あっちゃ、体と魔法が持たないと魔理沙は思った。酒は人と魔法を駄目にする。苦笑した。

 

「…………え? 三日に一回?」

 

 つらつらと考えていたことが、魔理沙の中で引っかかった。

 おかしいことだ。確かに幻想郷の住人は陽気な者ばかりで、宴会を好む性質だが、ほぼ毎日するほどではない。それどころか、意外と簡単に宴会をするくせに、なにかイベントやらハプニングでもないと、宴会は絶対に行われない。だというのに、この頃はなにもない日でも、やれ『魔法の森で珍しいキノコがとれた記念』など本当にどうでもいいことで宴会が行われている。まあ、これは魔理沙がした宴会だが。それでもこんなくだらない理由で宴会をするほどではない。

 しかも定期的に宴会が開かれる。必ず三日に一回行われる宴会に、魔理沙は不信を抱かずにはいられなかった。まだ適当な理由で宴会をしていることは、無理やりでも納得できるが、さすがに毎回同じ周期で宴会が行われるということには、疑問を抱かずにはいられない。

 

「異変か? でも、こんな異変、誰が得するんだ?」

 

 異変だとしたらあまりにもおかしな異変に、自分の考えに魔理沙は自信を持てず、さりとてじっとしていられず、掃除用の箒を投げ捨て愛用の箒を手に、家を飛び出した。

 

 

 

 

 命は博麗神社の鳥居の上にいた。時告鳥が鳴くよりもわずかに早い時間だ。博麗神社の巫女は、昨日の宴会で疲れているのか起きる気配がさっぱりない。

 欠伸が出そうになる程度の時間がたつと、空の様子が様変わりを始めた。月は沈み、闇色は西へ追いやられる。うっすらと昇り始めた朝焼けが博麗神社を東の方から朱色に染め上げていく。満開の桜が、紅葉のように赤々と輝いている。それでいて、確かに闇夜の黒が残っている。朝と夜。その二つの境界で、命は悠々と座って神社の風景を見下ろしている。だがその光景はかすかに漂う霧のせいで、見づらいものがあった。

 胡坐をかき、座り込んだ命の隣には今手に入る中で最も強い酒がある。栓をしているというのに、芳醇な香りが僅かにするほどの酒だ。天狗たちから譲り受けた逸品である。人里では手に入らないほどの酒だ。主に度数が。

 さて、そろそろかと命が思っているうちに、博麗神社に強い風が吹き込む。自然の風ではない。妖忌が漂う風など、妖怪が起こしたものに他ならない。その怪しい風に引き寄せられたのは、桜の花弁ではなく霧だった。ただそれは尋常な量ではない。幻想郷全体から集まっている。それだけの霧はいつしか雲海と見間違うほどだ。霧がどんどんと濃くなる。

 集まった白く染まった霧が、一点に集中し形を作り上げていく。小さな、それも子供程度の大きさに集まった後、人型になる。ただその人型には、はっきりと二本のねじくれた角が頭頂部から斜めに生えていたが。

 

「久方ぶりだな、萃香」

「久方ぶりだよ、命」

 

 にぃ、と幼い顔立ちをした鬼、伊吹萃香は命へ笑いかけた。片手を伸ばしながら。

 ここ最近の異常に繰り返し行われる酒宴、その原因たる鬼に命はあきれながら、隣の酒器を投げつける。それを受け止めた萃香は嬉々として蓋を開け、一息に飲み干す。もし、鬼以外がそんなことをしたら、顔を真っ赤にして倒れるのが関の山だ。命ですら、鬼と飲み比べるのだけはしないと固く誓っている。いくら命でも、鬼が相手では分が悪い。

 懐かしい、いっそ小気味がいいほどの変わらぬ飲みっぷりに、しばしば安心を命は覚えた。萃香の喉が凄まじい勢いで動く。その動きが止まると、酒臭い息を吐きながら楽しそうに語りかけてきた。

 

「ぷはぁ! なかなかの酒だわ。これは天狗の酒かい? 久方ぶりに飲んだけど、ほろ酔うにはちょうどいいものね。旨いのは人間の酒だけど。でも人間の酒は弱すぎる。もっと強い酒だったら文句なしなのよね」

「お前が好む酒の強さなど、人間ならば卒倒するぞ」

「それを平気で飲む、命はどうなの? まあ、久方ぶりの雑談は置いておこう。後でいくらでも出来るもの。わざわざ私を呼び寄せたんだから、なにか用があるんでしょう?」

 

 ぐるぐると肩を回し、萃香は快活に笑いだす。そしてその瞳に剣呑な光を伴う。肉を前にした飢えた獣と同じ目だ。合図ひとつで満面の笑みとともに殴りかかってくるのが、目に見えて分かった。それも鬼の性なのだろうか、と命は少し気になった。

 だが今は戦うべきではない。命は片手でやる気になっている萃香を制しながら、笑う。予想通りになったなと思いながら。

 

「待て待て、別に今回私はなんもせんよ」

「あれ? そうなのかい。今までは力づくで異変を止めていたから、今回もそうなのかと思ったんだけど」

「それは以前までだ。今はそういうわけにもいかん。立場が変わった」

 

 命の言葉に小首をかしげる萃香。容姿も相まって、角などを除けば愛らしい幼子にしか見えない。

 

「まあ、つまりは昔のように私が出張ってなにかをするという訳にはいかなくなったというだけだ。それに、今回のような異変ならば人が死ぬということはもうないだろう」

「へぇ。私の起こした異変が危険じゃないと?」

「ああ。たとえ本当の目的を果たしてもな」

 

 その言葉に笑みがなくなる。萃香の瞳は細まり、口元は弧に歪みながらも、牙を出して唸る。

 

「私だって、そりゃ少しくらい嘘を吐くけど、それでも鬼は嘘が嫌いなんだよ。それはあんたも十分承知しているはずだけど? 私の目的を見透かしたことは褒めてあげるけど、それを知っていながら危険じゃないという減らず口は許せないね」

「ふん。私は阿呆でも嘘吐きでもない。ただお前がひとつ大きな勘違いをしているというだけだ」

「勘違い?」

「そうだ。お前は人を侮りすぎている。人はお前が思っているほど、弱くはないさ。なに、私の言った意味がすぐ分かる時が来る」

 

 しばらく唖然とした様子で固まっていた萃香は、腹に手を当てて愉快そうに、小器用に空中で笑い転げる。下はスカートのため、肌着が見えてしまう。はしたないその格好に、命は思わずため息を吐く。

 ひとしきり笑い転げて満足したのか、萃香はまだ膝を震わせていたが立ち上がる。

 

「あの命がそんなことを言うなんてね! いよいよ、幻想郷も終わりの時が来たのかな? まあ、いいや。そんなに命が言うんだ。人の強さを見せつけられるその時を楽しみに待っているよ」

 

 その言葉を最後に、萃香はまた霧となって散っていった。落ちてきた酒器を掴みとり、命は笑いながら誰もいない、それでいていまだ萃香のいる空間に向かって言う。

 

「ああ、楽しみにしていろ。人から離れた鬼から離れ、孤独になったお前でも、もう一度火が付くさ。あの子たちの生き生きとした心に触れれば。人は見限られるほど安くない。いまでも人は、鬼退治をなしえるぞ」

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