東方武神録   作:koth3

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黒と赤の蝶

 足が草原に届きそうな位置で、魔理沙は春めいた暖かい青空を、正面から吹き付けてくる風に帽子が飛ばないよう、手で押さえながら箒に乗って飛ぶ。行き先はまだ決めていない。心赴くまま、手当たり次第まっすぐと風を突き抜けて進む。初夏に近づいているため日差しは強いが、前から吹き付ける風のおかげで、丁度いい気温に感じられ、魔理沙は口笛を吹いた。異変解決じゃなくても思わず箒で飛びたくなる、うららかで心地よい日だ。

 だが今は異変に集中しなければならない。魔理沙はついつい空の散歩へと自然に向かおうとする穂先を、抑えるのに苦労した。

 

「それにしても、この異変? なにしたいんだろう。酒飲んで、騒ぐ。それだけで満足しているのかしらん? それとも、カモフラージュ?」

 

 思わず独り言をつぶやいてしまう魔理沙。というのも、この異変らしき現象がなにを目的にしているか、そしてどうやって人妖問わず宴会を開いているのかが、さっぱり分からなかった。

 心を操って宴会へ人妖を招いているのか、それともまったく別の方法で、宴会へ誘っているのか。せめてそれが分からなくては異変に対する対策すらたてられない。

 対策を用意できなければ、魔理沙の魔法研究に与えられる悪影響がさらに増えてくる。そうなってはいろいろと困るものがあった。作り置きの薬があるとはいえ、いつかは魔法薬が足りなくなるのは当然として、それ以外にも魔理沙が行っている熱と光を主題にしている魔法の研究も進まなくなってしまう。さらに下手をすれば、生活もできなくなるかもしれない。

 魔理沙の生活は基本的に自給自足に近いものだ。名も知らぬ誰からかの援助もあるが、それだけでは足りないものもある。女の子にはこまごまとしたものが必要だ。そういったものは自分で用意しなければならない。だが、その時間もこの頃は宴会にとられて、生活がなりゆかなくなりそうな気配がある。

 それだけは避けなければならない。魔理沙にとって今の生活は心行くまで魔法を追求できる生活だ。それを失うの真っ平だ。師である魅魔の顔に泥を塗ってしまうし、なにより他人に頼らなければならない。何年も一人で生きてきた魔理沙にとって、力を借りるならまだしも頼りっぱなしというのは忌避するものだった。

 嫌な予感を実現させないためにも、魔理沙はこの異変のような現象を解決する必要があった。だが異変を解決するといっても、その道筋を見つけなければ解決などできない。

 まずはなにが起きているか把握する。それを魔理沙は第一目標とした。

 

「といっても、私一人じゃ、分からないんだけれども。誰かに聞きに行くか」

 

 一人で分からないなら、他の人に尋ねる。魔理沙は他者を頼ることにした。

 自分の実力で解決できなければ他の力を借りる。それは魔理沙にとって悔しいことであったが、彼女は目的をはき違えることはしない。できないことは次にできるようになればいい。少なくとも彼女の周りにいた人々はそうだった。魅魔も、命も。なにもしないで後悔するよりは、動く。そうして事態を好転させた方がなにもしないよりよっぽどいい。魔理沙が学んだことでもある。

 

「となると、私よりこういうのに詳しそうなのは」

 

 異変の詳細を知っていそうな人物に尋ねようと方針が決まり、箒を魔理沙は操作する。向かう先は霧の湖の向こう、紅き館。紅魔館。その一室である図書館へ。箒は颯爽と飛ぶ。流れ星のように空を。

 

「で、図書館をめちゃくちゃにしたのはそれが理由? あんな馬鹿げた速度で突っ込んできて。私が治療しなければ、貴女死んでいてもおかしくはなかったのよ?」

 

 パチュリーが、正座をさせて魔理沙をねめつけている。怒られながら、魔理沙はため息とともにこうなった原因を思い出す。

 知識のありそうな人物というと、魔理沙にはパチュリーが真っ先に浮かんだ。迷ったら半日は迷いっぱなしになりそうな巨大図書館にて本を読んでいる彼女ならば、その豊富な知識から異変の詳細を知っているのではないかと思い立ち。その為、彼女がいつもいる紅魔館の暗くて大きな図書館を訪れることにした。だが、その際に侵入した紅魔館の、長い長い渡り廊下を跳び続けるのを面倒に思った魔理沙は、一気に渡ろうと箒の速度を加速させようとして、予想以上の加速と速度に箒のコントロールを失い、丈夫な扉を粉砕して中に突入してしまった。

 扉をぶち破ると同時に、箒から投げ出されてしまい地面に放り出された魔理沙は、ぬるりと頭から何か生暖かいものがある、と思うと同時に奥からパチュリーが現れ、金切り声で悲鳴を上げられ、有無を言わさず魔法で取り出された包帯をぐるぐると巻かれてしまった。

 白く清潔な包帯を、丁寧に巻かれてしまい、魔理沙はこそばゆいものを感じてしまう。どれくらい昔にこういったことをされたんだろう、と考えるが思い出せない。

 

「もういいって、パチュリー」

「馬鹿言いなさい! 頭から血を流したのよ。きちんと治療しなきゃダメよ!」

 

 バッサリと切り捨てられ、魔理沙は肩を竦めるしかない。師であった魅魔ならば、「自分で治療しな!」と魔道所の一冊でも投げてくるだろうし、命はそもそも頭から血を流す程度、怪我と思わないだろう。この程度でここまで大げさに心配されるという経験が少ない魔理沙は、身もだえしたくなりとにかく逃げ出したかった。

 

「大丈夫だって、もう」

 

 勢いよく立ち上がり、もう大丈夫と魔理沙は示し、パチュリーから離れようとする。だが、その肩をがっしりと掴まれてしまう。

 

「あら、説教はこれからよ?」

「…………ですよねー」

 

 誤魔化すことはできなかった。

 

 

 

 博麗神社で、霊夢は痛む頭を押さえ畳の上を転がり回っていた。

 昨日は囁いていただけの勘が、朝起きてからずっと頭の中で叫んでいるせいで、うるさいと思うどころか痛みだすようになっている。声が聞こえるたびに、ガンガンと中で反響し、きりきりと頭が痛む。

 なんとかしてこの警鐘を止めないと、頭が狂ってしまう。そう思うほど、声は強く大きく引っ切りなしに響く。

 なんとかしないと、と焦った霊夢は、頭を片手で押さえながらよろめく足で外へ向かう。勘が異変だと告げるならば、異変解決に動けば騒ぐ勘も消えるだろうと思ってだ。

 異変と昨日は思わなかった霊夢だが、ここまで勘が騒ぐのでは、異変かどうかなど関係なく、とにかく落ち着かせるためだけにも行動をしなければならなかった。

 

「痛っ! うるさいわねっ! 行くから、行くから静かにしてよ」

 

 異変解決のために動き出すと決めると、耳元で叫ばれるような声が響き続け痛んでいた頭だが、突然声が掻き消えてすうっと楽になり、霊夢は安堵を覚えた。同時に、苛つきも覚える。狂いそうな痛みに苦しんでいたことが気に入らなかった。ぶつぶつと文句を漏らす。普段は勘に助けられているが、それでも頭の中でずうっと叫ばれ続けてはたまったものではない。

 痛みこそなくなってきたがふらふらする頭に、また同じことになったらどうしようと、霊夢は文句を言いながら恐れずにいられなかった。

 そのため、静かになったと休みたがる気持ちを押し殺し、異変解決へと足を向ける。

 

「でもいったいなにが起きているのかしらん?」

 

 霊夢はそもそも異変が起きているかどうかすら分からない。確かに勘は叫び続けていたが、だとしてもなにが起きているかまでは勘も教えてくれない。自分で探らなければならない。頼りになるのだか、ならないのだか霊夢が時に悩まずにはいられない己が勘の欠点だった。

 だとしても、とにかく異変解決を先へ進ませるためにも、現状を理解していそうな存在を、霊夢は脳内でピックアップする。浮かんできたのは三人。そのうち二人がどこにいるかはわからないが、一人は大体いる場所が分かる。そいつに聞こうと決める。もし言葉を少しでも逃がしたら、ついでにしばいて鬱憤を晴らそう、と。

 行き先を決めた霊夢は神社から人里の方角に、天空へ向かって飛ぶ。人里の上空にある境界はある場所につながっている。白玉楼だ。霊夢は白玉楼のある冥界へ向かう。

 白玉楼は、静かだった。春だというのに、あまり温かみがない。むしろ以前の異変に訪れた時の方が、よほど春らしかった。そこらに生えている植物も、よくよく探ると命を持たない枯れた木だ。

 相変わらず殺風景な場所だ。感じ取れる魂は霊魂だけで、生きている命というものがほとんどない。

 

「いるのかしらん?」

 

 お目当ての人物は生きておらず、白玉楼にありふれている霊魂にまぎれてしまうので、居場所が分かりづらい。長い付き合いならば簡単に魂を見分けられるのだろうが、残念ながら霊夢は、そこまで付き合いが長いわけではなかった。

 巨大で飾りの施された門を苦労して開けてくぐったところで、横合いから霊夢は話しかけられた。

 

「霊夢さんですか。白玉楼へ何用でしょうか?」

「…………あんたはなんで地面に倒れているのよ」

 

 なぜか白玉楼についてすぐ、魂魄妖夢が地面に倒れ伏したまま微動だにせず、霊夢へ話しかけてきた。妖夢の体はいたる所が傷つき、服もかなり汚れている。抜身の、二振りの刀は砂埃で澱んでしまっていた。

 

「少し前まで命様に修行をつけてもらっていたのです。それで今日はもう動けないのです」

「いや、繋がっているようでおかしいからね。修行で動けなくなるなんて、いくらなんでもやりすぎでしょう」

「修行というのは動けないと思ってからが本番ですよ」

 

 霊夢の言葉に心底不思議そうに、しかしにっこりと笑っている妖夢に、先ほどとは違う意味で彼女は頭が痛くなった。

 だが今聞きたいのは妖夢の修行光景や内容じゃない。霊夢は、歪みそうになる表情筋を全力で押さえつけながら、妖夢に尋ねる。

 

「修行っていうことは、命がいるのね? いまどこにいる?」

「先ほどお帰りになられましたよ。どちらに行かれるかは分かりません。よる場所があるとはおっしゃっていましたが」

「そう。じゃあ、幽々子は?」

「幽々子様は、紫様と一緒にお出かけになられました。どうやらいろいろな場所へ遊びに行かれるそうです」

 

 妖夢の話しで、霊夢はあてにしていた三人が役立たずになったことを知った。理不尽とは思うが、それでも一人くらいは居場所が分かってもいいのではないだろうか、と霊夢は憤る。今度紫を見かけたら、絶対に夢想封印をぶち当てると決心した。

 しかしこれでは八方ふさがりだ。異変の詳細を知っている人物を探さなければならない。面倒になってきたと、霊夢は思う。

 

「そう。邪魔をしたわね」

「ああ、霊夢さん。帰られる前に、どうか私をせめて寝床へ運んでくださいませんか。さすがに、地面に倒れたままというのはつらいものが。気絶しなくなったと喜ぶべきか、それとも…………」

「嫌よ。今の私は異変解決中なの。忙しいのよ」

 

 普段ならば、霊夢とて助けるくらいはしたが、今は異変解決のために動いている最中だ。余計なことに時間をかけるつもりはない。というより異変解決以外のことをしたら、またあの勘地獄に陥るかもしれないと思うと、助ける気などさらさら起きなかった。

 妖夢を捨て置き、さっさと立ち去ろうと踵を返す。

 

「ならば、私を助けてくれたら、霊夢さんの助けになるかもしれない情報を教えましょう」

 

 そうつぶやいた妖夢の言葉に、霊夢はぴたりと止まり、とうとう表情を歪めた。

 振り返り、にやにやといやらしい笑みを浮かべている妖夢に棘棘しく返す。

 

「あんた、結構図々しくなってきていない?」

「図々しいくらいが丁度いいのですよ。己を通すのは。霊夢さんのように」

 

 嫌味は反撃を持って返された。

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