東方武神録   作:koth3

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今回はそこまで話が進みませんが次回にはきっと進みます。
2013年11月29日改訂


月の民との擦れ違い

 ある日の出より早い時間、月夜見は布団に横たわりながら、うめき声を漏らし続けていた。昨日の拷問じみた散歩で、体中の筋肉が悲鳴を訴えている。歩くどころか、横になっている今ですら背中が痛く、あんまりな鈍痛に一睡もできなかった。月夜見の可愛らしかったどんぐり眼は、寝不足によりパンダのようなクマになっている。

 

「もう、朝になるのね。いくらあいつでも、こんな状態の私を見て無理に動かそうとはしないでしょう」

 

 ほうと溜息をつき、月夜見は節々が軋む体をさする。動かした腕もきりきり痛むが、ずっと同じ状態なのは痛みより気が滅入る。ごろりと無理やり寝返りを打った瞬間、ふすまが開いた。

 露骨に月夜見が顔を歪めたのを見たというのに、命は表情を変えることなくずかずかと部屋の中に踏み入る。その足音が、なぜか月夜見には死神の足音に聞こえてならない。

 

「今日は早く起きたようだな。早寝早起きは体に良い。一日に活力が出るというものだ。さて、今日は散歩の後に準備体操でもするか」

 

 月夜見は姉である天照大御神よりも一つ優れていることがある。それは、人の内面を見る事だ。人の中身を観察してその人の本質を見ることができる。それは今まで月夜見に接する存在の大半が、欲望に突き動かされていたものばかりだったからだ。嘘をつき、都合の良いことを騙る。信用も信頼もできない者たちを見続けた彼女は、次第に対面している相手の心を見破れるようになった。そんな月夜見は、だからこそ恐怖した。命が言った言葉が嘘ではないということを分かってしまったから。

 

「じょ、冗談でしょう⁉ ねえ、そうよね。そう言ってよ!!」

 

 動かない体でも無理にすがる月夜見に、命は心の底から分からないという顔をして、答えた。

 

「なぜ冗談なんかせねばならんのだ?」

 

 希望は断たれ、月夜見の顔から表情という表情が消える。昨日の散歩だけでもこの有様。それなのに、そこに準備体操がつく。散歩が有れなのだ。その体操が異常なのはする前から分かる。

 よもや子守をするとうそぶいて、殺しに来るものがいるとはさすがの月夜見も読み切れなかった。

 

「う、そ」

「さあ、行くぞ」

 

 高天原に今日も元気な悲鳴が響き渡る。

 

 

 

 一番鶏が鳴くと、都の人々は次第次第に起きて活気づいていく。すぐに往来は様々な人間が行き交い、あちらこちらでお得意様相手に商品を売ろうとしたり、新しい顧客を手に入れようと商魂たくましくあくせく働いている人たちで埋め尽くされる。忙しない雰囲気ではあるが、にぎやかで楽しい気持ちにもさせてくれる。それは命にとってもそうだったらしく、普段の仏頂面を少しだけゆるませて、都の中を闊歩している。道行く人々からはその大柄な体と、手足に着けている奇妙な道具が気になるのか、さきほどからいやに視線を投げかけられているが。

 それでも命には気にした様子がない。瞳をあちらこちらへと向けて、何かを探しているようだ。街を練り歩いて数十分。ようやく目当てのものが見つかったらしく、薄い穀物の炊ける何とも言えない美味い香りがする煙の立ち込める店に命は入った。書き入れ時ということを差し引いても店は流行っているらしく、朝早くというのに御座席はほとんど埋まりかけていた。入店した命に気が付き、奥から若い娘がパタパタと駆け寄るが、娘は命を見て固まった。天井近くまであるその背丈に目を丸くしていた。

 

「どうぞこちらへ」

「すまんな」

 

 少しの間呆っとしていた娘だが、すぐに愛想の良い顔になり命を案内する。一人用の席に命がついてすぐにいくつかの皿が置かれる。ヒエや粟を混ぜた玄米に、青葉が少々。さいごに塩が一皿盛られている。一般的に良く食べられる食事だ。しかし庖丁(料理人)の腕が良いのか、食材が新鮮なのか、見た目も鮮やかで食欲を促す。

 命が入った場所は地方から税を納めに来た人や、何らかの事情で朝食を取れなかった人が使う食堂だった。メニューは一品だけしかないので、迷う事もなく簡単に食べることが出来る。それでいて店が埋まらんばかりに人気なのは、安い、美味い、早い。この三つがそろっていることと、看板娘の可愛らしさからだろう。店内では何人かの男が命を案内した娘へ、熱の籠った視線を送っている。

 

「ああ、あんな娘っ子が俺の嫁だったらな」

「お前そんなことを言っていると母ちゃんにぶっとばされるぞ」

「違いねえ」

 

 馬鹿馬鹿しいことではあるが、楽しそうに仲間と一緒に話し合う者もいれば、市井の噂で盛り上がっている集団もいる。そちらはどうやら下級の役人らしく、店内にいる他の人間よりかは幾分着ているものが上等だ。

 

「聞いたか、藤原様の話」

「ああ、あれだろう。天女の如く美しいなよ竹の姫にうつつを抜かしているって」

「噂じゃえらい別嬪て言うが、いったいどれくらい綺麗なのかねぇ。まあ俺たちにゃ高音の花っていう奴か」

「そうそう。何でも帝までその娘に興味を持っているらしいぞ」

 

 静かに椀を持ち命は食事を進めていくが、気がそぞろらしくかなり食は遅い。中々食器に盛りつけられたものが減らない。その間にも後ろから聞こえてくる声は変わり、話の内容も違うものが語られる。

 店内から見える日は大分昇り、結構な時間を食に費やし、ようやく食べきるころには店内もだいぶ落ち着いてきており、人気も少なくなっていた。

 

「すまん。勘定をしてくれ」

「あ、はい」

 

 渦巻き模様のがま口を懐から取り出していくつかの銭を握る。娘に銭を払いながら命はいまふと気になったかのように尋ねた。

 

「そういえば先ほど後ろに座っていたほかの客がしていた噂話なんだが、今都で何とも言えぬほど美しい天女がいるとやら」

「あら、お客さん知らないの? この頃はその噂でもちきりよ。何でも髪は極上の反物よりもなめらかで、腕は白魚のよう。声は何でもうぐいすを思わせるらしいわ。私もそんなにきれいだったらなあ。今頃良い男でも捕まえて、店を手伝わせているのに」

「ははは、そうか。お前さんも十分綺麗だと思うがね。顔は愛嬌があるし、声も鶯ではないかもしれないが、雀のように聞いていて清々しい」

「あら、お客さん上手ね。ありがとう。でも褒めたって何もないわよ」

 

 元気よく笑う看板娘に、長く居座ってしまった謝礼として少しだけ多くの金銭を支払い、命は店を出た。

 朝食と同時に、昨夜すれ違った娘の正体を探るために人々の噂話を聞こうとしたのだが、彼の当ては外れた。店内でされていた内容が、ほとんどその天女の美しさを持つ娘の話しかされていなかったのだ。それ以外の情報が無いために、その女の身元を探るしかあるまい。今命が知っている中で一番疑わしいのは、その女なのだから。

 幸いその娘が暮らしている場所は、噂話のお蔭ですぐに分かった。貴族や帝の命により、生来の住んでいた家からこの都に移り住んでおり、宮殿近くに暮らしているようだ。

 

「さて、どうするべきか」

 

 下手に騒ぎを起こしたくはないが、時間をかけたくないのも事実。しばしば悩んでいた命は、決心がついたのかその女が住んでいる屋敷へ向かった。

 

 

 

 その女が住むという家は、立派な屋敷と言えるだけはあるが、それほど大きくはない。どちらかというと、隠居した高貴な者が暮らすような屋敷だ。落ち着きがあり、なかなかの家ではあった。しかしながらいくら家が立派とはいえ、牛車が五つも並んでいるのはさすがにどうかというものだ。家の格と景観を無視し過ぎというものだ。雅ではない。

 

「それとも貴族の間ではこんなわけの分からないことが流行っているのか?」

 

 だとすると、ずいぶんと人というものは変わったなと思わざるを得ない命だった。

 顎に手を当ててしばらく人の美意識というものを考え込んでいた命はいかんいかんと首を振り、あたりに人気がいないのを確認すると牛車に近づいていく。そこには思惑通り、牛車の牛の世話をする小僧がいた。静かに、覚られぬよう背後から近づいていく命。それに気が付かずのんきに牛の目の前でほうき草を揺らし、常々貴族にいびられるストレスを晴らしている小僧。ふと違和感に気が付き己の影を見ると、すっぽりともっと大きな何かの影に覆われていた。振り向こうとしたら、太い腕が首に巻きつき、彼の意識が飛んだ。

 背後から近寄った命はそのまま小僧の首を絞めて落とした。目撃者となるかもしれない人物の意識が失われているのを確認してから、屋敷の中に命は侵入する。数名の声が屋敷の奥からしていることから、今この家にいる人間が奥に集まっていることが分かる。彼らにさして興味がない命としては、しばらくそのままでいてくれと思うだけだった。

 廊下に入ってすぐに命は、わざわざ天井のでっぱりを足の指で挟み込み、蝙蝠のようにぶら下がる。そんな奇妙な状態で人気のない部屋部屋を開けて調べまわる。

 探し回ってようやくたどり着いた一室は、おそらく若い女が使っているのであろう。品の良い着物と高価な化粧道具が置かれているが、使用者はそれらにあまり興味を持っていないのか、乱雑に扱われて、少し薄汚れている。

 床に散乱している物の中からいくつかの道具箱をあさりつつ、命はつぶやかずにはいられなかった。

 

「私はいったい何をやっているのだ?」

 

 足跡を残さないために天井にぶら下がり、そして他者と接触しないように忍び込んでいるとはいえ、これでは完全に変態ではないかと自分でも思っていた命である。意気消沈し、父親と姉に心の底から謝罪を繰り返す。そんな苦労の果て、ようやく命は見つけた。この地上にある技術では作れず、かつて命が住んでいた高天原でも使われていた物品が。

 恐らくはその娘にとってはかなり大切なものなのだろう。他のものと違い大切に保管されていた。傷もほこりもなく、新品同然だ。それは繊細な色遣いに豪快な筆運びで描かれた月を地上から隠すように叢雲が沸き立つ一枚の絵が美しく描かれている扇子。しかし手に持てば命には分かった。その中身は木ではなく鉄でできており、一度でも本気でふるえばここら一体を吹き飛ばすことも可能だろうという恐ろしい技術が使われている事に。かつて住んでいた高天原の中でも特に権力を持つ者のみが所有することが許可されていたものと同じことに。

 命ですらこれを見たことはそうそうない。

 

「まさかこんな物が出てくるとはな。しかし間違いないな、これで。噂の女は月の民か」

 

 疑いはあったがそれでもまさか本当になるとは、と驚きを隠せない命はついそう漏らした。それが致命的な隙を生み出した。

 ふすまから白魚のような華奢な(かいな)が飛びだし、命の喉を貫かんとせまる。

 

「あら、やるわね。確実に殺ったと思ったんだけれども」

「悪いがその程度の腕では、眠っていてもどうにかできる」

 

 ふすまを貫いた腕は引き抜かれ、その代わりにふすまは命めがけて高速で吹き飛ぶ。どうやら廊下にいるものが投げつけてきたようだ。部屋に入ってきたのは一人の少女だった。命がここに来るまでに聞いた噂通りの美しさだった。いやむしろそれ以上だろう。形の良い唇がうっすらと響き、リンとした旋律を出す。

 

「さて、泥棒さん。それは私の大切なものなの。返してもらうわ」

「ふん。別にかまわん。そもそもが盗みを働こうと侵入したわけでもない。こちらとしては、一つ聞けばそれで済む」

 

 騒ぎに気付いたのだろう。屋敷の奥からあわただしい音が鳴り響く。そう時間は残されていない。

 

「なぜ月の民がここにいる。あいつは、月夜見はこの地上を嫌っているはずだ」

 

 ぴくりと少女の肩が動いた。

 

「何者? 私の一撃を避けたのもそうだけれど、月のことを知っているのはなぜ? あなたからは月の民特有のにおい(・・・)がしないわ」

「……私はかつて高天原に暮らしていた。故に月夜見が何をしたのか知っている」

 

 その言葉に納得したのだろう。少女が腕を出し、命も自身が持っている扇子を返す。

 

「別に月の民が地上に来たわけじゃないわ。ただ単純に私が自分の意志を持ってこの地上に流されるよう差し向けたのよ」

「何?」

「「「姫!!」」」

 

 疑問はあったが、その時間は残されていなかった。部屋に飛び込んできた貴族に、(おきな)(おうな)。それぞれが命に敵意を顕わにしている。

 

「貴様! いったい何者だ!」

 

 腰に提げられていた太刀を引き抜いた一人の貴族が、命に詰め寄らんばかりに威勢よくその刃を向けた。

 

「……」

「答えよ!!」

 

 だんまりな命の態度にイラついたのか、他の貴族も太刀を引き抜く。それを見て、さすがに拙いと命は動き出した。

 

「乱れ畳反し!!」

 

 凄まじい勢いで叩き付かれた命の右手のひらから伝わる衝撃に、部屋に敷かれていた畳がすべて浮き上がり姿を隠す目くらましとなる。それに慌てた貴族は叫んだ。

 

「っつ! 姫は! 姫は無事であられるか!!」

「大丈夫ですわ、不比等様」

 

 帰ってきた声に、その場にいた全ての人たちが安堵で肩をおろす。その中で一人だけは違った表情をしていた。

 

「忌々しい。逃げられたか」

 

 太刀を収めた藤原不比等は、口惜しそうに漏らした。




漸く更新できました。次回には姫の登場です。
相変わらず過去話が長い……。
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