「重いわね、アンタ」
「私じゃなく、刀が重いんですよ、きっと」
白玉楼の廊下を、二人の声がやけに大きく響く。庭というよりも入口の門付近から渡り廊下を進んできた二人だが、その間霊魂ひとつにすら会っていない。人気、いや霊気ひとつない。しかし誰もいないと分かると、礼儀を尽くす必要がなくなってしまい多少だらしなくなってしまうのが人情というもの。霊夢とてそれは変わらない。ついつい面倒な仕事をさせる妖夢へ不満を漏らしてもおかしくない。しかし同時に妖夢から予想だにしない反撃を喰らってしまったが。
ああ言えば、こう言う。馬耳東風で妖夢はのらりくらりとかわす。その為、余計霊夢は苛立ってしまい、よせばいいと分かっていても文句を続けてしまう。
「刀なんて、三斤あるかないかでしょう?」
「でも鉄の塊ですよ。肉体と幽体の混合体である私より重いかもしれませんよ?」
力なく腕を垂れ下げて動こうとせず黙って背負われている妖夢へ、霊夢は刺々しい口調で悪態をついていく。しかし返ってくる声は、だるそうにしているその身と違い、軽やかなものばかりだ。
このまま床板に思いっきり投げつけてやろうか、そう思う霊夢だったが、妖夢がボロボロだということを思い出し、なんとか怒りを飲み込んだ。しかし怒りは飲み込んだものの、その分だけ苛立ちは増えてしまう。
「背負われているというのに、元気そうでなによりだ」という嫌味を飲み込む。これ以上なにか言い返されたら、きっと耐えきれないという判断からだった。
しかし先ほどから罵詈雑言といかないまでも、霊夢が休みなく口を開いているのは、実際かなり身体的につらいため、軽口をついて苦痛を紛らわそうとしているに過ぎない。いくら鍛えているとはいえ霊夢はそれほど体格に恵まれている方ではない。というより口に糊するとは言わないまでも、爪に火をともす生活――清貧と本人は言うが――をしているため、食べる物もそう多くはない。栄養こそきちんと取れているものの、肉などは物忌みなども関係して食べたことがない。そのせいか、霊夢の力はそれほど強くない。魔理沙との腕相撲で勝てたためしがないほどに。逆に持久力では誰にも負けないと自負しているが。そのため同じような体格をしている妖夢を背負うのは予想以上に大変だった。そして妖夢の重さも想定外すぎた。
膝をかすかに震わせて息を乱し、霊夢は壁に手をついて進む。忍び殺しというわけではないだろうが、白玉楼の無駄に長い廊下を歩くたびに、ギシギシと板が掠れあう音が盛大に鳴り響く。真新しい、というより劣化しないはずの冥界の廊下で。
「刀が鉄って言ったて、そんな重いものじゃないでしょう。これ絶対アンタの体が重いのよ! 鍛えているわけじゃないけど、人里の同年代の子よりも私は力が強いのよ? それなのにアンタの場合背負うのもかなりきついんだけど」
文句はつらつらと際限なく出てくる。異変解決をしようというのに、なぜか看病、というよりもいまだ多少苦手意識を持つ相手の後片付けをしなければならないことに、苛立つ。そしてなにより妖夢が霊夢をあしらっていることも生意気に思えてくる。霊夢より背丈は(少し)小さいというのに。というより、巫女に世話などさせるなと、霊夢は説教のひとつでもしたかった。
耐えようという努力はしたが、結局「私より年下なのに、こんな重くてどうするのよ」と呟いていたが。
「別に私は人間じゃありませんから。霊夢さんたちより成長速度が遅いだけで、はるかに年上ですよ。少なくとも、博麗が三代前にはもう刀を握っていましたから」
その声に、ぴたりと霊夢は足を止める。背負っている相手がまさかそこまで年を取っているとは思えなかった。確かに白髪だが、肌はみずみずしく、まるで桔梗の蕾を思わせる少女が百をとうに過ぎているとは思えなかった。たしかに人間ではないから長生きという可能性は考えていたが、容姿から考えられないほどの年齢に思わず霊夢は反応してしまった。
「お」
「お?」
「おばあちゃん?」
「貴方のではありませんが、まあそういわれてもおかしくはない程度に年は離れていますね」
呆気らかんと言う妖夢に、霊夢はどっと疲れを覚える。やっぱり人外というのは相手にしづらいと。
背負った妖夢に言われた(指差された)とおりに道を進み、たどり着いた部屋で霊夢はさっさと布団を用意することにした。とにかく背中の大荷物をどうにかしたくて。時折むずむずと動かれるので、くすぐったさや重心がずれて転びそうになってしまう。さっさとそんな状態から解放されたかった。
いったん壁に妖夢を預け、押し入れから布団を引っ張り出す。重荷がなくなったことで、ようやく他を気にする余裕が生まれ、霊夢は掴んだ布団に意識が向く。一見すると普通のものだが、異様に柔らかで滑らかな肌触りにかなりの高級品ということが分かる。自分の煎餅布団と思わず比べてしまい、霊夢はここで暮らしたほうが良い生活を送れるんじゃないかと考えてしまう。
よくよく部屋を見回すと、すべてのものがかなり良いものを使っている。畳は日に焼けておらずい草の香りを漂わせ、床の間に掛けられた掛け軸には見事な山の風景が描かれた水墨画がかけられている。その下には刀掛け台があり、それも隅に見事な桜が彫られていた。女の子らしさこそないものの、ありとあらゆるところに多額の金銭が使われ、大切に使われているようだ。
「私今日からここに住むわ」
「駄目ですからね」
「チッ!」
舌打ちが漏れる。別にいいではないかと霊夢は思った。従者の部屋がこれだけ立派であるならば、人一人くらい養えるであろうに。けちけちするな、と唾でも吐こうかとすら考えた。
「博麗神社があるでしょうに」
「あそこはこんなに立派じゃないわ!」
「巫女の言う言葉じゃない!?」
ぽかんと大口を開けている妖夢を無視して、霊夢は手際よく布団を引く。引き終えたら、壁に寄りかかっている妖夢の腕をつかみ、スイングするようにして布団へ投げつける。
疲れ果て動けないらしい妖夢は、布団へ勢いよく突っ込んだ。
「わぷっ!」
「さて、これで私の仕事は終わったわ。アンタが知っていること、さっさと教えなさい」
仁王立ちをした霊夢は、布団に倒れ伏した妖夢へ冷たく告げる。優しく訊くという選択肢はとうになかった。ここまで手間をかけさせられ、優しく聞くほど霊夢はお人好しでない。
投げつけられた妖夢は、ごろりと身を返して霊夢の顔を一度見ると、天井へ視線を向ける。
「はぁ。乱暴ですね。まあ、ここまで運んでくださったのは感謝しましょう」
「感謝するのは当然よ。あれだけ苦労したんだからね。それよりも」
「分かっていますよ。そうがっつかなくても教えますから」
そう言いながら、妖夢はガサゴソと掛布団の中へもぐり込んで行く。せめて、お風呂に入ってからの方が良いのではないかと霊夢は思ったが、口にしなかった。その代わり、次使うとき砂だらけで大変だろうな、と布団へ妖夢を投げたことを棚上げして想像した。
ようやくベストポジションを見つけたのか、妖夢は動きを止めて顔だけを霊夢へと向ける。これで話を聞くことができる。自分の眼元が細まっていくのを、霊夢は自覚した。
「宴会に参加した際、非常に薄く、目で捉え切れないほどではありましたが霧が発生していました。私以外にもいくらかの人妖は気づいていたようですが、大事と捉えていなかったようですね」
「霧、ねぇ」
霊夢は前回の宴会を思い出す。衣や肌が濡れるようなこともなく、霧などなかったように思う。しかしすぐにあることを思い出し、はっとする。
「そういえばあの時、太陽が霞んでいた?」
「ええ。最初に気付いてから毎回確認していましたが、どの宴会でも陽は朧気になっていました」
妖夢の言葉を信じるならば、やはりあの時感じていた勘は正しかったのか、と霊夢はいまさらながら己の愚かさを知った。勘違いと済ませるのではなく、きちんと調べるべきだった。頭の痛みも、勘を信じなかったが故の罰だった、と。
とはいえ、反省はしても行動しなければ、なにも変わらない。
「そう。じゃあ、その霧を作り出している奴を引き摺りだしてやっつけちゃえばいいのね」
「……どうでしょうね」
その言葉に霊夢はむっとし、妖夢を睨みつける。
「私が弱いっていうの?」
「弱い、とは思いませんよ。博麗の巫女として十分な実力があるでしょうね」
そこで妖夢は言葉を区切ると、霊夢に真剣な顔を向けた。
だがなにも話そうとしない。辛抱できず、足で床を踏み鳴らして霊夢は問い詰めた。
「じゃあ、なによ」
「なにか、と明言するよう言われると口にしづらいですね。しかし私は確かに力とは別のものが貴方に足りないと思っています」
告げられた内容に、霊夢は腹が立つ。まるでそれはかつて命に言われた言葉を肯定するようで、霊夢には到底許せるものではなかった。体中が熱くなり、感じたことがないほど破壊的な力がわく。目の前で倒れ伏している妖夢を、蹴り飛ばしてやりたくて仕方がない。
知らず叫んでいた。
「私になにが足りないっていうのよ! 博麗神社の神事はきちんとしているわ! 霊力だって、博麗随一よ! 伝わる秘術もすべて修めたわ! それに命にだって認められたのよ!」
しかし霊夢が叫べば叫ぶほどに、妖夢は憐れんだ顔をして、目を伏せていく。霊夢は妖夢の胸倉をつかみ、むりやり引き寄せる。
しかし気が付くと、霊夢の体は投げ飛ばされ床にたたきつけられていた。
あれほど疲弊していたというのに、いつの間にか妖夢はかつて戦った時と同じような力強さで立っている。
「そんなことじゃないんです。力じゃないんです。足りないのは。それが分からない限り、貴方は先代を、博麗の巫女たちを越えることはできませんよ。いえ、だからこそ命様も貴方を一度は否定したのかもしれません」
告げられた言葉に今度こそ、霊夢は完全に己を見失い妖夢へと飛びかかった。