東方武神録   作:koth3

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巫女たる霊夢と魂魄たる妖夢

 跳びかかった霊夢は、しかし巴投げに近い状態へされてしまい妖夢によって庭へと投げつけられた。障子を突き破り、霊夢の体は一回転しながらも、倒れることなく着地した。庭には二本の線が霊夢の足まで引かれている。

 勢いを完全に殺しきった霊夢が顔を上げると、妖夢が庭へと静かに下りてきた。その腰には太刀が差されていない。無手だ。それを認識した霊夢は、なめられているとさらに怒りが膨れ上がる。耳が血潮の音を聞き取れてしまう。

 大麻(おおぬさ)を腕を振るう事で袖口から取り出して構え、霊夢は地面を蹴る。霊力で強化された身体能力は、人間の限界を超えた速度を可能とする。短距離限定といえ、その速度は妖怪たちに匹敵する速さになるほどだ。

 しかし相手は接近戦を鍛えに鍛え抜いた半人半霊。例え刀を持たずとも、その技量は変わりがない。静かに腰を下ろした妖夢は、刀を抜くかのように拳槌(けんつい)を放つ。想像外の一撃が霊夢の顔面へ迫る。霊夢の脳裏にかつての異変で見た、馬鹿げた膂力が思い出された。もし拳槌をうけもしたら柘榴のように弾けてしまう。振りかぶっていた攻撃を止めて、姿勢を低くすることで妖夢の拳をかいくぐり、お返しとばかりに脛を打つ。すでに霊夢は弾幕ごっこなどする気はなかった。

 だが脛への一撃を妖夢は飛び跳ねて避けてしまう。さらにはその不安定な体勢からドロップキックを繰り出してくる。霊力の結界を霊夢はとっさに張った。瞬間的に作り上げたそれは、強度が不十分だがただのドロップキックで壊れるほど脆くはない。二つの足を跳ね返し、霊夢をしっかりと守りぬく。

 妖夢は蹴りの反動を利用し、一気に距離を取った。

 間合いが開き、戦いは停滞する。霊夢は妖夢の方が接近戦のノウハウを持っているという点に、単純な身体能力が高いという点から攻めあぐねている。

 遠距離からでは攻撃を捌かれて終わりだし、なんの策もなく近距離で挑めば霊夢はなにもできないだろう。

 だがこのままにらみ合いを続けるわけにもいかず、霊夢は霊力で構成した弾を撃つ。威力もなく、単発の一撃だが、対処するためには隙が生まれるはずの一撃だ。

 

「はぁっ!」

 

 気合一閃。弾に身を隠すように間合いを詰めた霊夢は、大麻を逆袈裟に振り切る。しかしさすがというべきか、妖夢もまた弾が囮ということを見抜いていたらしく、弾への対処は僅かに避けるだけという簡潔なもので隙を減らし、続く霊夢の大麻をバックステップで避けた。

 空振りをしたせいで、わずかに硬直する霊夢。大ダメージを狙って振り切ってしまったのが仇になった。

 一瞬で妖夢はバックステップで広げた間合い以上に踏み込み、貫手を繰り出す。指先が目に近づいていることに気付き、顔をそらすことに成功した霊夢だが、頬には赤い一筋の線が刻まれてしまう。

 鋭く熱い痛みをこらえ、霊夢は妖夢の腹を蹴り飛ばす。

 再び距離を取った霊夢と妖夢だが、肩で息をしている霊夢と違い、妖夢は顔色ひとつ変えず、息も乱していなかった。

 

「いくら戦っても無駄ですよ、霊夢さん。弾幕ごっこならば、あるいは魔理沙さんと一緒ならばどうにかなったかもしれませんね。ですが、今はその二つがありません。貴方に勝ち目はない」

「黙りなさい」

 

 妖夢は顔を横に振る。憐れむかのような表情が、霊夢をさらに追い詰めていく。

 今度は妖夢が攻勢に出た。霊夢とさほど変わらない速度。しかしただ一直線に進むのではなく、ジグザグと進むことで迎撃の狙いを付けさせない。霊力の弾丸は、妖夢がいた場所しかにしか当たらない。

 霊夢の目が追いきれないほど速く動く妖夢。その姿が一瞬ぶれたかと思うと、完全に霊夢は見失ってしまった。まるで陽炎のように。

 霊夢は影を見失うとすぐさま結界を張る。今度の結界は先ほどと違い、頑強な造りで、そうそう壊れることはない。少なくとも、いくら人外の力といえども、ただ殴った程度では壊れないほどの頑丈さだ。

 そして顔をあちらこちらに向け、霊夢は妖夢を捜す。しかしながら体を一回転までさせたというのにどこにもその姿が見えない。あの特徴的な白髪も、緑色の陣羽織も。

 汗が流れ落ちる。その量が増えていく。地面にぽたりと落ちた汗がしみ込んで、暗い影ができる。いや、その影はだんだんと大きくなっていく。

 

「っ!? まさか!!」

 

 霊夢が頭上を見上げると、妖夢は空中にいた。それも隕石のような高速で。魔理沙が時折使う突進技、スターダストレヴァリエみたく。

 すでに避けるだけの余裕はなかった。霊夢は全力で結界を保持する。衝突音と衝撃が辺りを突き抜けていく。霊夢の結界は、妖夢のかかと落としに耐えきれず、敢えなく壊されてしまう。だが結界でわずかにそれたのか、繰り出されたかかとは霊夢のそばに()()し、周りを吹き飛ばす。

 霊夢もまた、あばらを軋ませて吹き飛ばされてしまう。

 口の端から塩辛く温かい液体が重力に引かれて伝い落ちる。脇腹を抑え霊夢は立ち上がり妖夢を睨みつける。

 

「やれやれ。この程度ですか?」

「……黙りなさい」

 

 再び同じ言葉を口にする霊夢。

 

「いいえ、黙りません。まだ分かりませんか? 博麗の巫女」

 

 だが妖夢は今度こそ口を閉ざすことはなかった。それどころか、一方的に話を続けようとする。

 

「貴方の実力は誰もが認めるでしょう。ですがそれだけです」

「黙りなさい」

 

 冷え切った、首筋に刃を押し当てるような声色で、霊夢はもう一度だけ告げた。これ以上ないほどに、霊夢は怒っていた。火の温度が上がるにつれて、炎が色を失うように激していないだけで。

 しかし妖夢はまた唇を動かす。言葉を紡ぐために。

 

「言ったはずよ、黙りなさいと」

 

 霊夢は妖夢の懐へもぐりこみ、呟く。どこまでも冴えわたる霊力のコントロール。完全に己の力を支配したといえるそれは、霊夢をさらなる高みへと押し上げる。すなわち、様々な術の行使から肉体の支配へという高みへ。

 霊力とは魂と幽体から生み出す力だ。そしてそのふたつはまた肉体と密接な関係をもつ。だからこそ、霊力で身体能力を強化することができる。いうなれば霊力とは、肉体においての体力と同じだ。そして体力と違うのは、それ自体が幻想のために限界というものが存在しないことにある。限界がないがゆえに、霊力は技量さえあれば脳裏に描いた通りにすることができる。

 それが博麗霊夢ほどにもなれば、空を飛べられるように。次元をも越えられる霊力を持つ霊夢が、さらに霊力を扱えるようになればどうなるか。その答えがそこにあった。

 妖夢もまた目を丸くするだけで、動こうとしない。いや、動けないのだろうか。そのまま霊夢は地面を蹴り、後方へ跳ぶ。それだけならばただのバックステップだが、現在の霊夢は霊力で強化された体でそれを行った。結果、あまりの脚力に体は後方へ一回転することになる。顔、胴体がくるりと回る。そして最後に回るのはけり足だ。そのけり足が、妖夢の顎を捉え、蹴り上げる。

 確かな手ごたえが、足に残った。霊夢は着地後すぐさま頭突きを妖夢の腹部へ繰り出す。頭を妖夢の腹へめり込ませ、そのまま全力で()()

 最高速度は魔理沙程でないが、それでも霊夢の飛行速度は十分速い部類だ。もし霊力の守りがなく地面に接触したら、それだけでひき肉になるだろう。

 その速度を維持し、霊夢は妖夢を白玉楼の門へと叩きつけた。

 重厚な門が、妖夢を中心に円形状にへこむ。いくらか木切れが生まれ、霊夢の肌を切り裂く。

 だが

 

「その程度じゃ、私は死にませんよ」

 

 妖夢は傷ひとつない。

 

「命様の拳と比べれば、こんなもの赤子の駄駄程度です」

 

 青い瞳が霊夢を見つめる。そこには弱った光などない。言葉通り、ダメージなどないのだろうか。

 寒気がする。霊夢は粟立(あわだ)った肌の感覚に従い、飛び退(しさ)る。

 一閃。妖夢が手刀を振り抜く。それだけで胸元のリボンが引きちぎられてしまう。

 三度の停滞。今度は霊夢も妖夢も動かない。

 

「貴方の一撃は軽い」

 

 眼を鋭くし、妖夢は囀るように告げる。

 

「魔理沙さんの方が、ずっと重い。彼女にはたくさんの思いがある。その想さが、重さと変わるんです。一撃一撃がまるで魂を揺すぶり、焦がさんばかりに、ね。けれど霊夢さん、貴方にはそんな感覚はありません。確かに博麗の術ならばダメージを負わせる程度はできるでしょう。だけどそれだけです。私たち人外が真に恐怖する一撃にはなりません」

 

 なぜだかわかりますか、と妖夢は霊夢へと問う。

 霊夢は探す。妖夢の言葉を黙らす言葉を。しかし見つからない。なぜならば、

 

「それは貴方が博麗の巫女でしかないから。博麗として、巫女として。貴方はそればかり。博麗霊夢として異変を解決するという意思がない! そんな人形のようなものに私たちが負けてなるものか! 私たちは人々の思いから生まれた。畏怖であろうと、畏敬であろうとも。人としての感情を持たない舞台装置になぜ敗れる道理がある? 否、ない!」

 

 一転、妖夢は優しげな眼に代わり、纏っていた覇気が消え去る。

 

「霊夢さん。博麗の巫女としてでなく、博麗霊夢として動けばいいじゃないですか。博麗霊夢が異変解決をしたくないのなら、しなくてもいいです。他の人、私だって異変解決くらいはできます。博麗霊夢が戦いたいとおっしゃるなら、私は見守りましょう。ですが、博麗の巫女として戦場(いくさば)を目指すというのならば、私は敵となりましょう。それが人ならざる者として生まれた私の義務であり、貴方に対する義理です」

 

 踵を返す妖夢。すでに勝敗は決していた。

 博麗霊夢は体でなく、心が敗れ去っていた。

 

 

 

 

 自分の部屋の隣に入りふすまを閉めて、姿を霊夢から隠した妖夢は顔から倒れ込んだ。

 

「流石に、あれだけ怒っている霊夢さんの攻撃は拙かったですかね。でも、霊夢さん。それでいいんですよ。喜怒哀楽。それがあるのが人間。それを持たないで戦うなんて、それはもう人間じゃありません。それは悲しいまでに報われない修羅かなにかです」

 

 妖夢は友人と認めたからこそ、霊夢の現状を認めることができなかった。

 

「博麗の巫女という楔は貴方が破らなければならないんですよ。他の誰かじゃなく、博麗霊夢が」

 

 

 

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