紅魔館を出立した魔理沙は、箒にまたがり飛びながら考え込んでいた。
というのも、パチュリー達のおかげで異変の黒幕が朧気ながらも分かってきたが、その相手が大妖怪という想定外の問題が浮上してきたからだ。
これがただの妖怪ならば、いつものようにただぶつかってそのうえで粉砕すればよかった。弾幕ごっこでならば、魔理沙でも十分な勝ち目はある。いやたとえ弾幕ごっこでなくとも、ある程度の妖怪までならば戦えるだろう。それだけの実力は師である魅魔から叩き込まれた。
しかし相手が大妖怪となれば、そう簡単にいくはずがない。彼らはすべて歴史書に乗るような、規格外。人間一人が戦うことすらできないだろう。すくなくとも今の魔理沙の装備では、心もとなさすぎる。それこそ対妖怪用の新たなアイテムや、魔法を覚える必要がある。それですら、心を落ち着かせるためでしかない。
異変に首をよく突っ込むが、別に魔理沙は死にたがりなわけではない。無駄死になど真っ平御免である。その為自身の実力を向上させる必要性があり、その方法を彼女は飛行中でありながらも模索していた。
「魔法、魔法魔法魔法。パチュリーだと、魔法のベクトルが全く違うからな。だからといって、私一人で新たな魔法なんて作れるはずがない、よな?」
魔法を創るというのは簡単なものではない。いうなれば、たった一人で城を築きあげるような膨大な作業をしなければならない。しかも同時に米粒に字を書くかの繊細さが必要だ。労力に技術。たとえどれほどの才を持とうが、時間と手間をかけなければ魔法など創れはない。逆を言えば、このふたつをかけられるというならば才能はあまり関係がなくなってくるが。
時間があるのならば、魔理沙とて魔法を完成させることも決して不可能ではない。荒削りの部分があると師匠である魅魔には言われていたが、それでも魔理沙は魔法を使うものだ。それくらいできなければ話にはならない。というより魔法を教わることすらできなかっただろう。
だが今はとかく時間がない。だから魔法そのものを手に入れるか、せめて新しい魔法の道筋だけでも欲しくて魔理沙は仕方がない。
深く深く考えこむ。魔法使いとは結局思考の化け物だ。魔法という現象をどう利用して、思い通りの結果を生み出すか。それを考え続けるからこその、魔法、使い。考えることには慣れていた。
現状を覆す道。いくつものルートを仮定し、検証し、否定していく。もっとも良い道を。大妖怪を倒すための道筋を思考で魔理沙は作り出そうとしていた。
「……」
しかしそれは少なくとも安全な場所でするべきだった。深く考え込んでいた魔理沙は、周りに対する警戒が薄くなりすぎて、突然飛び出してきた妖精と激突してしまう。普段ならば簡単によけられただろうが、考え込みすぎていた魔理沙には突然すぎて避けられない。
ぶつかった妖精自体は小さいものの、速度が出ていたため、魔理沙は箒から投げ出されてしまった。幸い、とっさに使った魔法で投げ出された勢いを殺しきれたので怪我こそなかったが、道をそれて森へと突っ込んでしまった。
木々の枝をへし折り、魔理沙は腰から地面に落ちた。魔法である程度は防いだが、それでもあまりの痛みと服から伝わる冷たさについ涙目となってしまう。
霧が立ち込める森は湿り気が強い。地面がうっすらと濡れるほどに。それのおかげで痛みが和らいだ部分はあるが、魔理沙の服に泥が付いてしまった。その不快な感触に、魔理沙は、しばらく気力がわかなかったが、それでも自分がどこにいるのか周りを見渡す。
霧からは慣れた匂いが漂っており、近くの木々にたくさんのキノコが生えている。さらには空気中の魔力が濃い。どうやら魔法の森へと誤ってきてしまったようだ。それが分かり、魔理沙は一安心する。魔法の森は、彼女にとって庭のようなものだ。
泥を払えるだけ払い、魔理沙は箒を呼び寄せる。草をかき分けてやってきた箒にまたがろうとして、ぴたりとその動きを止めた。
魔法の森。この森は、魔法を使うものに様々な恩恵を与えてくれる。そしてここに住んでいるのは魔理沙だけじゃない。他の魔法使いも住んでいる。タイプが違うとはいえ、魔理沙以上の魔法使いが。
魔理沙は帽子を指ではじくと、箒を元来た道ではなく、森の奥へ進んでいく。
魔法の森奥地にあるログハウス、そこが魔理沙の目的地だった。
玄関をノックをしてみるが、なにも返ってこないのを確認した魔理沙は、ためらうことなく鍵開けを試みる。箒を近くの壁に立てかけ、ポケットから小さなピンを取り出して、何度か折り曲げたりしてカギ穴に差し込みぐいぐいと動かす。時折もう一本のピンも差しこんで別々に動かしている。
しばらくがちゃがちゃと音をさせながらいじくり回していると、かちゃりという軽い音ともに、鍵が開いた。
おそるおそる中を見ると、昼間であるが霧のせいか明かりが差し込まないらしく、窓があるはずなのに真っ暗だ。わずかに湿った風が流れ込んで、魔理沙のスカートの裾が翻る。
「失礼します」
人がいないと分かっていても、ついつい言ってしまう言葉。しかし魔理沙の予想通り、それは部屋の闇に飲まれて消えるだけだった。
一歩忍び足で扉をくぐる。光がないので、魔理沙はミニ八卦炉を取り出して、小さな火を起こす。
ボッという音を立てて火は生まれ、魔理沙から三十センチ程度を照らし出す。濡れた風が吹くたびに、火がちらちらと揺れて、明かりも不規則になる。
音を漏らさないよう忍び足でゆっくりと部屋を歩いていく魔理沙。
――これじゃあ、完全に泥棒だな。
薄明りで照らしながら進んでいくと、人形が置かれている机の上に、一冊の本があった。革張りの物で、大きさは事典ほどもある。魔法使いの家にある本など、決まっている。
「悪いな、借りていくぜ。死ぬまで、な」
それを掴み、魔理沙は来た道を今度はできるだけ早く戻ろうとする。
「私、
声がした。
入口のところからこの家の主、アリス・マーガトロイドが仁王立ちで魔理沙を睨みつけていた。
冷や汗が垂れる。魔理沙はアリスを視界にとらえながら逃走経路を探す。
「返してもらおうかしら?」
アリスの回りを幾つもの人形が浮かび上がり、陣形を作って一斉に武器を構えた。エスパダロペラ・マインゴーシュ・ハンガリアンサーベル・ファルシオン・ハルバード・エストック・パルチザン……。いくつもの武器が、ミニ八卦炉のわずかな明かりに金属特有のぎらぎらとした輝きを照り返している。
「あは。あはは。あははははは!」
笑うしかない。魔理沙が笑っているとアリスが笑みを浮かべた。
一転、魔理沙は入口から翻り、近くにあった窓へ突っ込み、ガラスを割りながら外へ逃げる。窓から遠ざかりながら急いで箒を呼び寄せ、自分は地を蹴る。
跳ねた瞬間、足元に箒が滑り込み魔理沙を支えた。魔力を箒にたたき込むと、震えながら暴れ馬のような勢いで跳びだす。幸い飛行速度に関して、魔理沙はかなりの自信を持っている。アリスから逃げられる程度には速い。すでに魔法の森の木々よりも高い地点で水平飛行に移り始めている。
これならば逃げ切れるだろう。そう確信した魔理沙は振り返って声高に叫ぶ。
「すまん、アリス! 今度なんか奢るから許してくれ!」
「奢らなくていいから返しなさい」
地上でアリスが腕を大きく引いた。
なんだ、と思う暇もなく、魔理沙の視界がぶれて箒から投げ出されてしまう。
「うぉおおおおお!?」
慌てて先ほども使った魔法を使い、地面に衝突する速度を緩める。とっさの判断であったが、そのおかげで傷はできなかった。
「な、なにが?」
「それはあなたには過ぎた物よ。返してもらうわ」
またもやアリスが指を動かすと、魔理沙の体が勝手に動き出す。まるでマリオネットのように。
ハッと気が付き、魔理沙は自分の手足を注視する。魔力の流れを。そしたらやはり魔理沙の睨んだとおり、魔力の糸がいつの間にか手足を縛り、体中の関節を操っていた。これでは体の自由を奪われたも同然だ。
魔力を体全体から放出し、糸を吹き飛ばす。力技であるが、魔理沙の思惑通り、糸が切れて体は自由になった。その代償に、魔力をかなり使ってしまい気だるくなってしまったが。
「へぇ。私の糸が見えるほど魔力視をできるようになったの。貴女、こんな技術は細々として嫌いじゃなかったかしらん?」
「はっ! 魔理沙様にできないものはないんだよ」
しかし状況は依然悪いままだ。目の前にいるアリスはほとんど消耗していないというのに、魔理沙はすでに魔力が半分ほどまで減っている。
「面白いわね。いいわ。それならば、私を倒してみなさい。そしたらその本を少しだけ貸してあげるわ」
アリスの声とともに、ドールが突撃してきた。