東方武神録   作:koth3

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霧中の魔法合戦

 霧雨魔理沙という少女の特徴とは? そう聞かれたら、多くの人がこう答えるだろう。里を飛びだした霧雨道具店の一人娘で、魔法を使う人間と。ほとんどの妖怪はこう答えるだろう。いつも空をかっ飛んでいる、ぶっとんだ魔法使いと。そしてある力量まで行った人妖はこう答える。果てぬ夢を追い求める愚者であり、どこまでも人間らしく、弱くてちっぽけで、それでいて前へ進み続けられる魔法使いと。

 

 魔法の森を魔理沙は箒にまたがり飛び続ける。鬱蒼と生い茂る木々は天然の障害物となり、繁茂する草は視界を狭めていく。樹木の葉で先が見えなくとも時には突っ込まねばならない。そしてたいがい、その先には太く固い枝が待ち構えている。ぶつかれば、それだけで意識を失うだろう。へたをすれば、打ちどころがわるく死ぬ可能性もないわけではない。

 だが、だからといって安全な飛行ルートを求めて森の頭上なぞに行けば、アリスの糸にとらわれてしまう。それならば、姿が見えないよう隠れられる森の中の方がまだましだ。

 じっとりとした霧をかき分けるため、魔理沙の体が濡れていく。濡れたまま飛ばなければならないため、体が凍えだす。普段ならば懐に入れたミニ八卦炉で暖を取るが、それをしてしまえば、増幅器であるミニ八卦炉から漏れ出す魔力で居場所がアリスにばれてしまうだろう。だからたとえどれほど寒くとも、魔理沙は魔法で暖を取ることができなかった。

 

「アリスは、まだ動いていないようだな」

 

 葉っぱが服や肌にかさかさと触れ合う。僅かに開けた場所に出た瞬間、魔理沙は背後をわずかに振り返る。

 木々や草むらで遠くは見えない。そもそも霧のせいで元々の視界も悪い。だが、魔理沙は確かにアリスの場所を把握していた。

 魔法使いである魔理沙は、近くに存在する魔力を感知することができる。魔力が大きければ大きいほど、感知するのは簡単だ。たとえ目隠しをしていたとしても、魔法使いであるアリスの魔力を感じ取れないなどあり得ない。

 逆に魔理沙の魔力は、それほど多くはない。しかもすでに半分を切っている。そしてここは魔法の森。魔力があふれる場所。普段ならば、あるいは違う場所ならば魔力で感知されただろうが、今の魔理沙は目視以外に補足する手段はないだろう。少なくとも魔理沙の知識では、その判断を肯定していた。

 

「このまま逃げられるか?」

 

 そう言葉にすると、斜め後ろ、それも両方の草木が激しく音を立てて揺れる。茂みから飛び出してきたのは、アリスのドールだ。普段通りのロリータ風の過度な装飾が施された服装に、普段通りではないランスとエストックが人形たちによって突きだされる。とっさに細い木の枝を蹴って進路を無理やりに変えた。背後で風を切る音が聞こえる。

 

「くそ!」

 

 いったいどうして見つかってしまったのかは分からない。だがそれは今考えることではなかった。重要なのは、アリスの探知方法ではない。アリスがすでに魔理沙の居場所を把握しているという事実だ。

 すでに見つかってしまったというのならば、隠密目的に使用をためらってきたミニ八卦炉を使っても問題ない。魔力を注ぎ込み、中の炉心を動かし始める。炉心が温まるまで、五分はかかるだろう。いくらミニ八卦炉の性能が良くとも、道具としての限界がそこにあった。

 

「半分もない魔力に、増幅器もない。ないない尽くし、か」

 

 思わず笑いが込み上げ、魔理沙は帽子を目深くする。唇が弧を描く。

 

「だったら、覚悟だけはしなきゃな」

 

 前の方から植物が揺れるわずかな音がする。すぐにその音は、全方位からしてくる。どうやら魔理沙はすでに囲まれているらしい。挟撃されている。それが分かれば取れる対処はおのずと決まっている。

 全方位からの攻撃に、馬鹿正直に付き合うのは力の無駄だ。もともと向こうの方が戦力を有している。ならばするのはひとつ。戦力を一点に集中しての突破。寡兵で軍勢を相手にする常套手段だ。戦力を分散させたということは、部分の壁は薄くなる。ならば突破するのは容易くなる。

 段々と近づく葉が擦れあう音。それを頼りにタイミングと間合いを測り続ける。

――ガサガサ。

――ガサガサガサ。

――ガササ。

 

「今だ!」

 

 飛び出してくるであろうドール目掛け、魔理沙は前方に星形の虹色に輝く弾幕を放つ。

 

「なっ!?」

 

 だがドールは避けた。いやそもそもドールたちは魔理沙目掛けて飛びかかってこなかった。前から飛び出してきた二体のドールは、扇のように広がっていき途中にあった木に隠れ、見えなくなる。そして一瞬の間に突撃してきた速度を維持したまま横合いからいきなりドールが魔理沙へ迫ってきた。

 

「っ!」

 

 あわてて前へ進む。浅くではあるが、魔理沙の体をドールが持つ武器で斬りつけられてしまった。脇腹の部分が裂けて、そこから枝で傷ついたかのような小さいが鋭い切り傷が広がっている。

 突然変わるドールの進路。それに驚いている暇は魔理沙に与えられない。次々に、ドールが先ほどと同じく勢いを保ったまま、進行方向を急激に変えて襲い掛かってくる。

 

「うおっ!」

 

 また、頬を武器がかすめていく。すっぱりと切れたそこに、鋭い痛みが襲う。繰り返されるドールの強襲。それに対処しきれず、魔理沙の箒は動けなくなっていく。

 ドールが突然曲がる謎。それが分からなければ、魔理沙はアリスによって追い込まれていくだけだ。

 

「落ち着け。焦れば焦るだけ、追い込まれていくだけだ。焦るのと、熱くなるのは別だ。熱くなるならまだしも、焦っちゃだめだ」

 

 襲いかかるドールをなんとか避けながら、魔理沙はドールたちを観察する。僅かなくせでもいい。とにかく現状を打破するために必要な情報を求めて。

 だが敵もさるもの。ただドールで切り付けてくるばかりではない。時にフェイントをかけタイミングをずらしたり、陣形を組み突撃をしたり、あるいは一体に集中できないよう連携を持って、攻撃してくる。

 ドールが動くたびに、魔理沙の体に傷がついていく。だというのに、魔理沙は突破口を見つけられない。人形遣い。そう呼ばれる魔法使いがいかに恐ろしいか。それを思い知らされた。本体が近くにいないせいで、本体をたたくという手段も取れない。数という暴力は、反撃も退避も許さない。

 さらにはドールを操るその技量。決してミスをしないという冷静さと精度。魔理沙がしようと思えば、百年たってもその百分の一にも至らないと確信できる。人間とは隔絶した、ある種の職人、いや芸術的なといえる技術。

 アリスの桁外れの技量に策をこうする頭脳。この二つが合わさることで、マリオネットの檻が出来上がる。その檻に閉じ込められ、傀儡子によって踊らされているのは……魔理沙だ。

 

「踊りを止めたいなら、檻を出なきゃダメだよな」

 

 ドールに翻弄されていても、魔理沙は諦めていない。必ずどこかに勝つ道筋があるはずだ、と。

 その執念は、確かに実を結ぶ。

 木の陰に入ったドールが、やはり不意を突くように予想だにしない動きで迫ってくる。それを見て、魔理沙はようやく気が付いた。ドールの急転換が行われるタイミングが。

 

「ぐっ!」

 

 しかし気が付いたことによる安堵か、魔理沙は気が緩んでしまった。ドールが接近しているというのに。

 その代償は高くついた。なんとか浅い傷に抑え込んでいたというのに、反応が遅れドールの持つ武器が魔理沙の腕を深々と切り裂く。

 前腕を抑える手からは、ふせぎとめきれない血が流れ出していく。右手を伝って落ちる血が止まる気配はない。右腕は力なく垂れ下がってしまう。

 

「おいおい。まじかよ」

 

 魔理沙はちらりと懐を覗き見た。ようやく温まってきたミニ八卦炉がそこにある。

 しかし、怪我をした腕でミニ八卦炉が使えるかというと、首を振るしかない。傷ついた腕では、ミニ八卦炉から放出される魔力の反動を支えきれない。

 

「っち! 考える時間もくれないってか」

 

 風切り音に反応し、魔理沙が顔を上げるとドールが剣を振り上げていた。とっさにけがをしていない左腕で箒を構え、ドールが握り込んでいる剣の柄頭を突く。

 本来ならばドールが握りしめている程度の力、簡単に上回れる。だが魔理沙は空を飛んでおり、さらには左手は右手から流れ出ている血で濡れ、すべって箒を握るのも困難だ。それらが合わさり、ドールの体勢を崩すのが精いっぱいだった。

 飛行魔法が途切れ、魔理沙の体は落ちていく。それほど高いところを飛んでいなかったのが幸いした。地面に難なく着地した魔理沙は

 

「絶体絶命のピンチ、か。面白いじゃないか」

 

 ふてぶてしく、笑みを浮かべた。

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