傷口を抑えることなどもうしない。魔理沙は深い霧が漂う魔法の森で立ち、ただまっすぐとドールたちを、その後ろで糸を引いているアリスを見すえる。
木々にさえぎられているが、それでも魔理沙の瞳には、アリスの姿が映った。アリスもまた魔理沙を見ていた。お互いの視線が交錯する。
「へっ」
口角を上げて見せつける。アリスもまたくすりと笑う。勝ちたい。自然と魔理沙の心は思った。
魔力が燃え上がる。感情を、心を燃料にぐらぐらと、沸き立つかのごとく力強く。今まで感じた経験がないほどの魔力に、魔理沙は戸惑いを覚えながらも素直に喜んだ。
――まだだ。まだ足りない。もっと、もっと強く。強く強く強く!
腕の痛みが消え去った。体を流れる過剰な魔力が傷口を覆い出血を和らげ、奮い立つ心が痛みをまぎらわさせる。
「行くぜ、アリス。私の魔法、見せてやる」
――見せてごらんなさい。それすらも私のドールはからめ捕るから。
魔理沙はそうアリスにいわれたような気がした。上等だ。そうつぶやく。
もう一度箒にまたがる。ドールもまた武器を構え、魔理沙を中心にして旋回して警戒している。仕掛けたらすぐなんらかの反応されるだろう。だが、なにをしなくてもドールに攻撃されることに変わりはない。
ならば、魔理沙がとる手段はひとつだけ。
ドールが動く前に動く。たとえ反撃をされようが、阻害されようが動かなければ始まらない。座して敗北するくらいなら、悪あがきの上で勝つ。霧雨魔理沙はそれを知っている。みっともなく足掻くのは常のことだ。慣れている。
箒も魔理沙の気持ちに答えるかのように震える。
「勝負だぜ!!」
箒をかっ飛ばす。目指すのは、空。魔法の森上空へ。
木々があった方が、アリスの視界から逃れられると考えた。しかし実際は、木々を利用したドールの技術に追いやられる羽目になってしまった。破られた策に固執する魔理沙ではない。
意味のない策などかなぐり捨てて、戦うだけ。
急激な加速に、体が押し付けられる感覚が魔理沙を襲う。木々を一瞬で後ろに置き去りにする。空は青くどこまでも広がっている。
だが、ドールたちも魔理沙を追いかけて空を翔る。
「負けるかっ!!」
ミニ八卦炉は使わない。自前の魔力だけで、星形の弾幕を幾つも放つ。陽に照らされながらも、その星は光り輝いている。
だがその輝きは、ドールを打ち砕くことなく流れ星となって、地上へと落ちていく。
魔理沙の弾幕は、速度が速い。しかし一直線であり、範囲も狭いために避けられやすい。これが弾幕ごっこならば、それでもかまわなかった。弾幕は、いくつも放って逃げ道をふさいでいくものだからだ。そして逃げられないようにして、スペルカードを放つ。いうなれば、頭脳戦だ。
だがこの戦いは弾幕ごっこではない。純然たる決闘だ。誇りをかけた戦い。弾幕ごっこにある
だからこそ、楽しい。
「そうだよな、アリス!!」
「あら。いきなりそんなこと言われてもなんのことか分からないわ」
魔理沙と同じように、アリスが空を飛んでいた。一体のドールがアリスの前に
騎士に守られたアリスは、姫のような美しい笑みを浮かべている。貴族然とした振る舞いを見せるアリスには、その格好がよく似合っている。戦っている最中だというのに、思わず見惚れてしまうところだった。
アリスの指がかすかに動く。ドールたちが複雑に飛び交っていく。
ドールの動きで幾何学的な檻が、形成される。球体状に動きまわり作り上げられたそれは、逃げようとすれば、いや隙を見せれば攻撃へ転じるだろう。そして魔理沙に避けるだけの力は残されていない。
「さあ、どうするの。魔理沙?」
「決まっているさ。弾幕はパワーだ。常々そういっているんだぜ? なら私もそうするべきだろう?」
もうここにきて、魔理沙は技巧など捨て去った。もともと細やかな魔力操作など向いていない。魔法だって、アリスの方が知っているだろう。知識も技術も足りないなら残されたのはひとつ。力だけ。
箒を掴み、柄をアリスへ向ける。
狙いがひとつに絞れたのならば、それだけを考える。力技はなによりも得意だ。魔理沙は、残った魔力を箒に注ぎ込んでいく。それだけではない。ミニ八卦炉によって生み出される、莫大な魔力も同時にだ。
「っ!!」
じくじくとした痛みが、魔理沙を襲う。魔力で覆われていた傷口からも、たくさんの血が出てくる。だがそんなことは気にするほどではない。今気にすべきなのはただひとつ。アリスを倒すだ。
ミニ八卦炉を穂先へと向ける。
「!!」
アリスが目を見開く。
「もてよ、私の腕!! 『魔符 スターダストレヴァリエ』!!」
スターダストレヴァリエ。本来は星形の弾幕を大量に放つスペルカードであるが、その反動は凄まじい。マスタースパークほどではないにしろ、気を抜けば簡単に吹き飛ばされるほどだ。それを利用して、魔理沙はスペルカードを突進技へと昇華させた。
その勢いと速度は、幻想郷でも随一だろう。それこそ最速の妖怪といわれる烏天狗すらも置き去りにできるくらいだ。
だがそれだけの反動を利用するということは、支える腕を酷使することにほかならない。
「うわぁあああああ!!!」
腕が軋む。傷口から断続的に、しかし見るに堪えないほど大量の血が飛びだす。抑えきれない声が、その口から喚き散らされる。
だが、魔理沙はミニ八卦炉から魔力を放出させるのを止めない。流れ星と化して、魔理沙は突き進む。
「止めなさい、ドールたち!」
指示に従い盾を構え、ドールはアリスの眼前に亀甲の大盾を作り上げる。まるで城壁のごとく堅牢であろうそれに、魔理沙は怯えることなくただまっすぐと進む。
「ぶち破れぇえええええ!!」
「防ぎなさい!!」
魔力がぶつかり合う。お互いの意志を、力を砕かんと。
「ぐぅううう!!」
ミニ八卦炉が熱くなっていく。炉心は赤く、限界が近い。だがそれでもやめない。魔理沙の限界もまた近い。だがたとえ限界を迎えたとしても、相手は魔法使い。先に限界が来ることなど分かり切っている。
人間であり魔法を使う魔理沙とは、内包する魔力量に格段の差がある。底力は相手にある。ならば振り絞らなければならない力は、相手以上でなければならない。そんな時に限界がなどと言い訳はいえない。
「弾幕、は、パワーだ、ぜ」
苦しみで途絶えながらも誇りたる言葉を口にする。
魔理沙が学び、感じてきたすべてがそこに込められている。魅魔から、命から、霊夢から。ありとあらゆることから得てきたそれが、魔理沙の心を奮い立たせる。
「そんな! 私が魔力で負けているなんて!」
盾が崩れていく。亀裂が奔り、アリスの目を見開く顔が見える。
「私のすべてだ! 受け止められるものなら受け止めてみろ!」
すべての魔力を振り絞る。ミニ八卦炉が赤々と輝き、さらなる星を生み出す。
限界が近づいていく。だが魔理沙は諦めない。アリスを見すえて突き進む。
「……負けね、私の」
その声とともに大盾が壊れ、魔理沙はアリスを轢き飛ばす。
「勝ったぜ、アリス」
ミニ八卦炉は魔理沙の掌で砕け散った。