東方武神録   作:koth3

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昨日投稿予定でしたが、熱を出してしまい本日にずれ込んでしまいました。申し訳ありません。


ほぐれる心

 いつからだろう。霊夢は自問自答する。

 白玉楼からどう歩いたかは覚えていなかった。ただ人里近くの地蔵尊近くに霊夢は膝を抱えて座り込んでいた。服が汚れるのも構いなく。ただ虚ろな瞳で膝頭を見つめている。

 妖夢の言葉が何度も霊夢の頭でこだまする。

 博麗の巫女として、何度も霊夢は妖怪退治をしてきた。だけどそれはすべて義務だったからだ。博麗霊夢だからでなく、博麗の巫女である霊夢がしなければならないからしてきただけ。いつから、そんな妖怪退治をしていたのだろうか。考えれば考えるほど、霊夢は底なし沼に足を取られたかのように、自己へと沈んでいく。

 記憶をさかのぼる。

 紅霧異変。レミリア・スカーレットによって引き起こされた、吸血鬼のために作られた世界を破壊しようとした。あの時、霊夢はなにを思って戦ったか。

 誰かを守るためだっただろうか?

――そうだ。

 ではいったい誰を守るために? その人物の名前は? 顔は?

――…………。

 浮かばない。出てこない。記憶に投げ入れた釣り針にはなにもかからない。では、なんのために戦ったのか。霊夢は躍起になって探す。深く、深く、深く。

 異変前に行った妖怪退治。博麗の秘術を覚えて行った妖怪退治。そして、初めて一人で行った妖怪退治。

 戦い倒して、殺して滅して。だけども、そこにあった感情は? 人を傷つけられ、恨んだから戦った? 人が傷つかなくて済むよう、正義のために戦った? 違う。霊夢はそんな感情を持って戦ったことがなかった。ただ、たった一人を見返そうとしていただけにすぎない。

 

「私のために戦うって、なによ」

 

 声が漏れる。頭に膝の固い感触が感じられる。座り込んでいた霊夢は体を震わす。分からないことが怖い。巫女としてかかわってきた様々な出来事で、こんな感情を抱いたことはなかった。

 常に霊夢は一直線に物事を解決してきた。最短なルートを勘が導いてくれるから。だが、だからこそ余計なことは考えてこなかった。それが今になって、霊夢を悩ませる。

 回り道をしてこなかったからこそ、霊夢は自分というものが分からない。最短の道とは、考えないで済む道でもあった。それを選び続けた霊夢が、己はなにかという疑問に対して答えを出せるはずもない。それは、人間が最後に抱える究極の問題だから。

 自分のために戦う。言葉は簡単だが、霊夢にはそれができない。どうしても、脳裏に命の姿がちらついてしまう。そうなると、命に認めさせるために戦ってきた過去を思い出してしまい、自分のためという考えがまとまらなくなってしまう。

 霊夢はいまだ、命の呪縛から逃れられていなかった。

 

「博麗の巫女……か?」

 

 霊夢が顔を上げると、そこには一人の女性がたっていた。青い服を着た、藍色と白がまじりあった髪をしている。理知的な顔立ちをしている。だがその顔は、傷だらけだ。

 

「あんた、確か寺子屋の」

「うむ。上白沢慧音だ。なぜこんなところに博麗の巫女が?」

 

 小首をかしげている上白沢を他所に、霊夢は立ち上がる。

 

「別に、なんてことはないわよ」

「そんなはずはあるまい。そういう顔をした人間は、大概ある感情に追い詰められたものだ。私はここに来るまで、たくさんそういった顔を見てきた。……無理に話すなと諭すものもいるだろうが、そういう時は無理にでも吐き出したほうがいいと私は思う。たまったものは毒になる。知らず知らずに心をむしばむ毒にな。吐き出してしまえ。ここには私以外いない。なに、秘密は漏らさんよ」

 

 ふわりと頭に手を置かれる。なんの反応も霊夢はできなかった。普段ならばいざ知らず、異変解決をしている最中の霊夢が。

 驚愕が胸をさらい、そして次に安堵がさざ波のようにゆっくりと広がってくる。ただ頭に手を置かれただけなのに、それがすごくうれしくて、霊夢はごちゃごちゃになったものを一時忘れられた。

 

「私、分からないの」

「分からない?」

「私が。私はなんのために博麗の巫女をしているのかが」

「なんのために、か。それはまた難しい問題だな」

 

 自然と言葉が口から出た。普段ならば強がりで隠しただろう。異変解決中の今ならば、そもそもが無駄な会話と切り捨てたはずだ。だけど、不思議と弱気な自分をさらけ出すことができた。

 

「ずっと、ずっとずっとずっと……ずっと、私は命を、素戔命という神に認められようと、評価を覆そうとしてきた。そのためだけに、博麗の巫女として戦ってきたの。だけど、今日言われた。私は私のために戦っていない。そんな舞台装置に負けるはずがないって」

 

 なぜか上白沢は笑みを浮かべていた。それが霊夢には不思議だった。

 

「そうか。良い友達を持ったのだな」

「どういうこと?」

「肯定するばかりの相手など、友人とは言えないだろう。間違った道を進もうとしているのならば、時になぐり合ってでも止めるのが友達というもの。その子はきっと、後悔をしてほしくなかったのだろう」

「後悔なんてしないわよ」

「いいや、する」

 

 強く断言され、霊夢の体は身震いした。上白沢は霊夢の瞳を強くねめつけている。恐ろしいほど真剣に。

 

「自分から逃げて、逃避したままではいつかそれらは爆発する。たまり切った毒が、心を侵食し壊そうとする。認めるんだ、博麗の巫女。君は聖人君子ではない。私もまた、君と同じだ」

「私と? いいえ、そもそもなにを認めるっていうの」

「私も君と同じだ。そう、私たちは命様に嫉妬(・・)している」

 

 骨という骨が軋みあげ、寒気に身震いするのを霊夢は感じた。とっさに逃げようとしたが、袖を上白沢に掴まれ逃げることができなかった。

 

「放して!」

「駄目だ。ここで逃げたら、この先も逃げることになるぞ? そんなこと、私は許さん。これでも先生といわれる身なのでな。迷い子を導く程度はしなければ。博麗の巫女として育てられ、こういった感情を意識したことがないのだろう。ならば、今から知らなければならない。人は、善だけで生きているわけでないことを」

 

 手首が痛い。霊夢は必死になって上白沢の手を外そうとした。だが、どれほど力を加えても、ビクともしない。それどころか、さらに抑える手の力が強くなっていく。

 

「聞け! 博麗霊夢!」

「っ! いや! いやぁああああ!!」

 

 頭を振り、だだをこねるように霊夢は上白沢の言葉をかき消そうとする。だが、言葉は脳内に直接語りかけてくるかのようで、消えてくれない。

 

「人は、醜いのだ。だが、醜いと知って、それを嫌悪するから輝けるのが人だ。それでいいじゃないか。霊夢。きっと君は幼いのだろう、心が。育つべきものを育てなかった。いいや、導いてくれるものがいなかった。だからこそ、だ。今は醜くてもいい。いつか綺麗な花を咲かせればいい。その醜さは、間違いなく君の心が生み出した土壌なのだから」

 

 力強く抱きしめられる。逃げられないようにとでもいうのか、力いっぱい。

 暖かな鼓動が聞こえる。

 

「嫌なの。私、こんな気持ち。嫌で嫌で仕方がない。でも、心のどこかで悦んでもいるの! 全部を、命のせいにできるから!」

「そうだな。あの方は強いから。私もここ最近、ずっと思っていた。あの人が強すぎるからこそ、人里は弱くなってしまった。前回の異変でそれがよく分かった。命様がいなければ、私たちはおそらく生き残れない。そう考えてしまったからこそ、強くなければと不安にもなる。だけど、それも心だ。まずは知ろう、霊夢。自分の心と向き合おう。誰からも縛られないというのなら、少なくとも自分で自分を縛らなければならない。でなければ、いつか誰の手でも救えない空へ飛んで行ってしまうから」

 

 泣き叫びながら、霊夢は慧音(・・)に頭を優しくなでられるのを感じていた。  

 

 

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