東方武神録   作:koth3

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香霖堂に香る薫り

 どうしても苦手な相手というものが人にはある。それは魔理沙にも当然ある。むしろ魔理沙にはそういった相手が普通の人よりもはるかに多い。家を飛び出したせいで、多くの人に迷惑をかけた覚えがあるからだ。

 そういった相手にある程度の恩返しはしているが、それでもやはり後ろ暗いところがある。

 

「やれやれ。まさかミニ八卦炉が壊れるなんて思いもしなかったよ、魔理沙」

「うっ、その、ご、ごめん」

 

 魔法の森近くのとある小道具屋、香霖堂で魔理沙は店内の椅子に座り、マグカップを両手でもち丸くなっていた。机を挟んた対面には眉を寄せてミニ八卦炉を持つ青年がいる。青みがかかった銀髪と黒縁眼鏡が特徴的な、この香霖堂の店主である森近霖之助だ。

 魔理沙が生まれる前に霧雨道具店で修行をしており、幼いころはその伝手で面倒を見てもらい様々な迷惑をかけた相手でもある。

 そんな過去があるため、どうにも魔理沙は霖之助に叱られているような気分になってしまう。霖之助がそんな意図を持っているはずがないと分かっていても。

 とはいえそれでも普段ならば強気に出れるが、今日はそうもいかなかった。霖之助がかつて自身のためにと、手ずから作ってくれたミニ八卦炉を壊してしまったからだ。壊れてから結構な時間が経つが、いまだミニ八卦炉からは焦げ臭い(にお)いが漂っている。真っ赤に熱された部品は本来の色合いに戻っており、熱がこもっていないのは幸いだろう。壊れた当初は握ることも難しいほど熱かった。

 霖之助がため息を吐く。魔理沙は体を震わせた。湯飲みの中身が、ちゃぽんと跳ねる。じくりと包帯を巻いて治療された傷が痛んだ気がした。

 

「これはもう完全に駄目だね。炉心はまだ修理すれば使えるけど、それ以外が完全に壊れている。部品に使った素材が、魔力炉の発する熱に耐えきれなかったんだろうね」

 

 霖之助の言葉に、魔理沙はやっぱりという言葉と嫌だという心の叫びが生まれた。とっさに陶器でできたカップをぎゅっと握りしめ、口から出さないよう堪える。

 魔理沙は様々なマジックアイテムを持っている。しかもそれらの中には使い捨てのものもあり、今までためらうことなく消費してきた。魔理沙にとってマジックアイテムはあくまでも道具だ。だがミニ八卦炉だけは違う。特別だった、魔理沙の。

 単純に性能が優れているからではない。それだけならば魔理沙は代わりを用意するし、場合によっては霖之助に新しく作ってもらえば良い。だけどそれでは魔理沙は納得できなかった。

 どうしてもあのミニ八卦炉でないといけない。それ以外を魔理沙は持つ気がなかった。どうしてそこまでミニ八卦炉を大切にするのか。魔理沙は正直なところ分かっていない。それでも心が暴れる。手放したくなくて、失いたくないと。

 自分勝手なことなのは分かっている。だがその意思を変えようと思うことはできなかった。

 

「……少し待っていてくれ」

「え?」

「言っただろう? 炉心はまだ使えるって。それに、君に最初渡した時は時間が足りなくて緋緋色金を集めきれなかったしね」

「こーりん……八卦炉は」

「十分使えるよ。改修を施して、今度は君の魔力に十全耐えられるようにしてみせるさ」

 

 その言葉に、魔理沙は視界がゆがんだ。手で拭うと、温かい水があった。

 

「良かった。良かった!」

 

 マグカップに幾つも波紋が生まれる。頭をふわりと暖かいものが触れた。顔を上げると、霖之助が魔理沙を撫でている。

 

「頑張ったね、魔理沙」

 

 その言葉に魔理沙は堪え切れず、マグカップを放り投げて霖之助に抱きつきながら泣いた。

 

 

 

 

 安楽椅子に重くなった身を投げ出す。ギシリと軋んだ音がするが気にしない。古くなってしまった椅子は、どう座ろうと音を立ててしまう。体を楽にし、霖之助は目頭を強く揉んだ。目に籠った熱が、按摩するたびに少しずつ消えていって気持ちが良い。細かい作業をしたため、体には気力のなさからくるだるさがある。

 机に置かれた湯飲みを取る。魔理沙が来たときに入れたお茶は冷え切り、渋みしかせずうまくはない。それでも飲みきった湯飲みを机に再び戻すと、霖之助は虚空を見上げる。

 

「いつの間にか、なんだろうね。本当に人間は成長が早い。魔理沙があんな顔をするなんて。……女性というものはずるいね。ああいう顔をされたら、なんとかするしかないじゃないか」

 

 帳簿はつけたくない。今月の帳簿は完全に赤字だらけだ。希少な緋緋色金をミニ八卦炉程度の大きさとはいえ、インゴットとして使った。金銭的な損害は計り知れない。もし霧雨道具店で同じことをしたならば、首どころか、本当に首を言葉通り斬られてもおかしくはないだろう。

 それでも霖之助はミニ八卦炉を直したことに間違いなどなかったと断言できる。

 魔理沙が後々金を持ってくるとは到底思えない。だがそれは霖之助も百も承知。ただ新しいミニ八卦炉を受け取り、外へ出ていった時の顔だけ見れれば十分だった。

 うれしさがいっぱいに広がるなか、瞳だけは前を強く見据えていた。その力強い、星を思わせる光。それこそが霧雨魔理沙だ。前へ進むことを諦めない、霖之助が良く知っている普通の魔法使いの。

 

「だからこそ、手助けをしちゃうんだけどね」

 

 霖之助にとって今でも魔理沙は幼いころと変わりがない。だからこそ放っておけばいいものの、助けてしまう。悪い癖であるものの、変えようとは思わないが。

 手助けせず死なれるよりも、手助けして元気な姿を見せてくれる方が良い。

 

「まあ、手助けがいらないほど成長してくれればそちらの方がいいんだけどね。最近はだんだんと大きくなってきたことだし」

 

 ふと霖之助は顔が熱くなったのを感じた。理由は分からない。ただそのとき、なぜか今よりも背の伸びた魔理沙らしき女性の微笑んだ姿が頭に浮かんでいたが。

 眼鏡がずれるほど霖之助は激しく首を横に振る。

 

「まさか、そんな、魔理沙にね」

 

 霖之助にとって、魔理沙は幼いころと比べてなにかが変わっているのかもしれなかった。

 




魔理沙魔法書とは別の部分で強化されました。
出力がアップしたよ、やったね魔理沙ちゃん!
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