東方武神録   作:koth3

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輝き

 プリズムの極光が空間を蹂躙しつくし、それでいながらも幼き姿の鬼は猛々しい背を見せつける。

 総てを撃ちぬいてきた、魔理沙のすべてともいえる魔法が破られた。目の前にいる鬼が信じられない。それは本当にいるのだろうか。現実ではなく、幻ではないか。

 ミニ八卦炉を構えていた手から力が抜け落ち、だらりと垂れさがる。ちくりと指先に痛みが走る。見ると、そこには玉となった血が浮かんでいる。ミニ八卦炉に引っかけて傷をつけたのだろう。八卦炉は煌々とした輝きを発しながらも、どこか憤りの光がみえる。そのあんまりにも強い輝きの中、金属特有のぼやけた反射で霊夢の姿が見えた。

 スペルが終えてないせいで、目をつむり切っている霊夢が。

 眼前で、今度こそ討ちぬこうと腕を振り回している鬼に気が付いていない。このままではスペル終了とともに、あの剛腕を受けて死ぬだろう、肉片一つ残さず。

 

「だめ、だ。だめだ、駄目だぁ!」

 

 駈け出す。歯の根が合わず、カチカチとうるさい。

 その無鉄砲さから、恐怖よりも昂揚感で戦い続けてきた魔理沙であるが、このときはじめて怖さを感じていた。

 自分に近い誰かが死ぬかもしれないという、最も恐ろしい恐怖を。

 足の震えでもつれ、手のひらを砂で削り、なおも走る。いまスペルを終えてはだめだ! それだけの言葉が出てこない。

 だが悲しいかな。人間である魔理沙に、十メートルなどという距離を一瞬で駆け抜けるだけの速さなどない。霊夢の瞼がゆっくりと開いていくのが見える。

――ああ、だめ、だめ、だめ、だめぇ!

 絶望の幕がゆっくりと落ちていく。顔を灰色にしながら駈ける。もう霊夢の目は半分もあけられていた。しかしその眼は未だ現世を見つめていない。ここではないどこかを見通している。

 

「いやだぁ!」

 

 叫ぶ。あらんかぎりの力で。手がカッと熱くなる。まるで火傷しそうなほどに熱く、しかし勇気づけるように温かく。眩い輝きが、ミニ八卦炉からこぼれ出る。

 その光が、恐怖で溺れ冷めきった魔理沙の心を解かし、温める。

 自然と手が動く。なにも心配することはない。心が思うままにすればよい。八卦炉で燃える火は、魔力を注いだ時よりもはるかに強く、まるで心を薪としているかのように淡く優しい光を発している。

 空中にいる鬼へ向け、言の葉を紡ぐ。感情を、気持ちを、心を糧として。

 

「魔符 マスタースパーク」

 

 二連続のマスタースパーク。かつてならば、そんな無茶をすれば、魔力が枯渇するかミニ八卦炉の負担が強すぎて壊れていただろう。だが手の中で、七色の帯を吐き出している炉には、なにも問題はない。それどころか、注ぎ込んだ魔力を喰らいつくしてなお、貪欲に魔力を欲している。

 地面をマスタースパークが吹き飛ばす。スターダストレヴァリエですらかなりの速度を誇る。ならば、推進力をマスタースパークへと変えてしまえば? その答えは今明らかになった。

 星々の光そのものが、翔け出す。凄まじい噴出力は、体の軽い魔理沙など簡単に吹き飛ばしてしまう。

 

「霊夢!」

 

 魔理沙は間に合った。霊夢を横から掻っ攫い、鬼の手が届かぬ場所まで飛ぶ。目をぱちくりさせている。その様子に、ようやく胸をなでおろす。

 

「良かった、霊夢。無事で」

「いや、無事でって、確かに私は無事なんだけど、神社が……」

 

 霊夢の言葉に、頭の中を疑問符で埋め尽くして後ろを見ると、マスタースパークの余波で博麗神社の境内はめちゃくちゃになっている。元々鬼が荒らしていたというのもあるだろうが、煙を上げている隕石が通ったような跡は間違いなく魔理沙が原因だろう。しかも、吹き飛ばした砂が、神社やら鳥居の残った部分に盛大にかぶさり、発掘されかけた古代の遺跡のようにしか見えない。

 首を振り、再び口を開く。

 

「無事で良かった、霊夢」

「ちょっと! 丸々なかったことにするつもり!?」

 

 どうやら誤魔化せなかったらしく、般若のような目で魔理沙を睨み、胸ぐらをつかんでくる。笑みを作ろうとするがどうにもうまくいかず、苦笑いにしかならない。

 

「ほ、ほら、今はこうしている暇はないじゃないか!」

「……後で覚えておきなさい。酷いわよ」

 

 ぱっと放され、乱れた胸元を素早く直す。

 鬼の方を横目で窺えば、空中で胡坐をかいて頬杖などついている。

 

「ああ、終わったかい? それにしても、まさか私の力を見てなお、飛び出してくるなんてね。大方の人間は竦み上がって逃げ出すんだけど」

「へっ、魔理沙様がそう簡単に逃げるかよ」

「それはいい。なら、もうちょっと強くいくよ!」

 

 とっさに霊夢を突き飛ばす。

 

「ば、馬鹿!」

 

 鬼がつかみかかろうとする。どこか握られでもしたら、あの力から逃れるすべはない。捕まってはならない。宙を蹴って、跳び退る。そのまま今度は前蹴りが繰り出される。半身になることで避け、魔理沙は不用意に差しだされた足に腕をからませ、膝を掬い上げる。

 

「お? おおっ!?」

 

 力でこそ鬼にかなうわけがないが、業では確実に勝てる。だてに命と魅魔の喧嘩を子供のころから覗き見ていたわけでない。命の技ですら、一部だけならばすでにラーニングしきっている。

 相手の膝を抱きかかけるようにして、鬼の胸元目掛けて投げつける。わずかに体勢を崩した隙に、距離を取る。たしかに技をかけられたが、実際はただの真似でしかないため、その後の動きは分からない。それに足を確保したといえ、相手の腕は自由だ。反撃をされたらたまったものではない。爪がかすっただけで、その部分がぶった切られるだろう。反乱した川の近くにいたくはない。

 それに、たった一回の攻防というのに、すでに息が上がっている。額から垂れ落ちる汗は、大きく重い。

 近くに飛んできた霊夢が、驚いている。

 

「あんた、それ」

「へへ、とっておきがばれちまったぜ。今度霊夢相手に使って勝とうとしていたのにな」

 

 ただ黙っていた霊夢は一度ため息をこぼして、大麻(おおぬさ)を鬼目掛けて突きだす。

 

 

「そう。だったら、次の奴を使いなさい。どうせ、あんたのことよ。隠していたのもそれひとつじゃないでしょう?」

「ばれたか」

 

 帽子のつばで目元を隠す。疲れ果てた体に、霊夢の言葉が染みわたる。信じてくれる。それがあり大抵な言葉でいえば、うれしかった。

 霊夢もまた、結界を張りなおして構える。

 どうせ霊夢を突き飛ばそうとしても、持ち前の勘で避けられてしまう。ならば、自身も信用しよう。鬼を睨み、魔理沙は叫ぶ。

 

「来いよ、鬼! 私たちは負けないぞ!」

「か、かは、かはははははははは!! 言ったな、人間! 良かろう、次が避けられるか?」

 

 またもやあの馬鹿げた加速で近づいてきた鬼が、今度は小さく腕を振るう。今までと違い、大きく振り回すだけの腕から、明確な意図をもった拳へと切り替えた。

 それでもなお、拳が鳴らす音は尋常でない。一度でも受ければ、肉が裂け骨が砕かれ魂が滅ぼされる。振り回されることに慣れた目が、こんどは邪魔になってしまう。

 

「くっ!」

「ははは! 言っただろう! これでも、技の四天王だって。他の奴らならいざ知らず、私はこういった手も打てるんでね!」

 

 言葉の最中にも、膝が顔面へ飛んでくる。仰け反って避けたが、そのまま鬼は力技で足を延ばして落としてくる。かかと落としといわれる蹴りだ。

 

「魔理沙!」

 

 手首を掴まれ、引っ張られたおかげでかかと落としは外れた。心臓が激しく脈を打つ。あと少しで死ぬところだった。

 

「サンキュー」

「全部後で!」

 

 今度は拳でなく、肘が突然繰り出される。顎を狙ったそれを、箒の上でしゃがみこんで避け、霊夢が背中を踏み台にしたサマーソルトを決める。だというのに鬼はのけぞりもせず、霊夢の腕を捕まえようとしてくる。とっさに霊夢の足首を掴んで引きずりおろす。爪が髪の一部を引きちぎっている。

 ついで繰り出された貫手。心臓を狙ったその鋭い一撃を、魔理沙は今までと違って前に出て対処する。両腕で挟み込む形で、伸ばしきった腕をつかむ。そのまま手を拳まで滑らせて、手首だけを回すように極めにかかる。

 

「させるか!」

 

 鬼が抵抗しようとする。今抵抗されれば、簡単に腕は外れてしまう。

 

「お返しよ! 私の髪のね!」

 

 だがそれは魔理沙一人の話ならばだ。

 霊夢はしゃがみ、鬼のひざ裏を大麻でひったたく。全く違う場所から別々の方向へ力が籠められれば、いくら鬼といえども力負けをする。氾濫してしまう川ならば、いくつもの支流を作ってひとつひとつに流れる水量を弱めてしまえばいい。どれほどの力も、二つの力にはかなわない。

 

「おおっ!」

「いっけえええ!!」

 

 鬼は世界が、天地が逆転したのを見た。

 いや、逆転したのが自分というのを信じることができずにいる。強力無双の鬼が人間の手で投げ飛ばされるなどあり得ない。

 二つの影が映る。赤と黒の影。腰を落として二人とも力を蓄えている。

――ああ、力比べか。いいだろう、鬼が負けるものか。

 そこで気が付いた。今の自分がどうなっているかを。

 

「あ」

 

 呆けた声に、目を丸くした鬼のその顔目掛け、渾身の力で殴り掛かる。

 霊夢の後ろ回し蹴りと、魔理沙の箒が宙を浮いたまま呆然とした鬼を弾き飛ばす。

 野球のボールのように勢いよく飛んだ鬼は、崩れかかっていた鳥居へ激突させる。そしてそれだけで終わらせる気はさらさらない。これだけならば、どうせひょっこりと傷ひとつない姿を見せつけてくるだけだ。

 

「霊符 『夢想封印 集』」

「魔符 『スターダストレヴァリエ』」

 

 霊夢の懐から大量の札が吐き出され、空を飛びかう。ひらひらと空を舞っていた札だったが、すぐにひとつに集まり大きな一枚の札へと変わり鬼へ向かって飛ぶ。それを追うように、星の輝きを秘めた魔法が空を流れていく。

 二人の力が激突し、辺りへ撒き散らされる。

 

「うわぁ」

「綺麗」

 

 戦いの最中だというのに、思わず目が映る。空からキラキラと、赤、緑、黄、青、様々な色へ変わりながら落ちていく小さい星々。星屑(スターダスト)のようで、それでいて星に負けぬ光。瞳にはいるその光はとても優しかった。

 

「本当、綺麗だね」

 

 鳥居から聞こえてきた声に、これだけやってもまだ戦えるのかと、その頑丈さにほとほと呆れてしまう。どうやったら倒せるのか。そもそも倒す方法なぞあるのか。

 しかし目をやれば、鬼はボロボロの衣服を辛うじて引っ掛けており、いたる所にやけどを負っている。

 だが喜びよりも、愕然とした。鬼が浮かばせるその表情に。

 とろけきった、恍惚とした表情。いまにも愛の言葉を紡ぎだしそうな、妖艶さすら内包した美。信じられぬほど美しい。女という生き物は、ここまで綺麗になれるのか。

 そう思ってしまった。

 

「効いたよ、今のは。まさかここまで戦えるなんてね。あははは……。うん。お前たちの力に誠意をこめて、私も本気で、全力の力で戦おう」

 

 唄うように紡がれる言葉。空へゆっくりと昇った鬼は、手のひらを天へかざす。なにをするのかと、警戒すると突然引っ張られる感覚が襲いかかる。見ると、辺り一帯に散らばった霊力と魔力の星が、その手のひらへ集まっている。

 小さく淡い光は、集いて光り輝く星へとなる。

 

「萃符 『戸隠山投げ』」

 

 鬼が()を投げた。




全文書き直すのやっぱり辛いですね。
さて、そろそろ萃香との戦いも終わりにしないと。そういえば、私の作品、主人公がどこかへ行くのがこの頃デフォルトになってしまっていますね。反省しなければ。
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