東方武神録   作:koth3

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 命の四肢が微かに膨らんだかと思うと、滑らかに動き出す。注意していなければ、その前兆すら知覚できないほど自然な動きだ。重心が移動していくのを見て取った。

 しかしそこまで分かっていてなお、霊夢は命がいつ足を踏み出したか分からなかった。気付けば、命の姿がわずかに大きくなっている。先の鬼との戦いで何度も味わった感覚と似ているが、違いは明白だった。鬼ならば轟音を響かせ、辺りに破壊の傷跡を残し一気に近づいてくるだろう。博麗神社の境内が滅茶苦茶なのは、鬼が繰り出した技だけが原因ではない。むしろ、鬼が地面を蹴りあげた余波によってできたものも少なくない。だというのに、命の歩行にはそういった荒々しさはなかった。

 いつ歩を進めたか覚れないほどの静けさ。下手をすれば、蟻が歩く方が騒がしいのではないかと思ってしまうほどだ。それでいてその速度は決して遅くない。それどころか十分速い。瞬きを幾度もすれば、命の間合いまで踏み込まれてしまうだろう。

 それでいて、全力ではないのだろう。もし命が本気で踏み込んでいたならば、すでに懐に潜り込まれているはずだ。それくらい、霊夢も知っていた。

 命の足が地に触れた瞬間、霊夢は飢えた人間が飯に食らいつくかのごとく、霊力でできた弾を放っていた。光る霊力弾は、しかしどこか薄暗い。とっさに放ったがため、十分な霊力を込められなかった。その隣には似たような、淡い魔力弾が追随している。

 霊夢の小粒ではあるが数の多い弾が命へと迫る。その中心を威力はあるが一つだけの、魔理沙の弾が追う。砂煙を巻き上げる弾は、壁のような密度を持っている。

 だが、その壁は命にとって壁ではなかったようだ。歩みを止めることなく、その巨体をわずかに傾け、時には半身となることで、それらすべてをすり抜けてしまう。その動きにはまだまだ余裕が見られる。

 

「ふっ!」

 

 ならば、と霊夢はさらに多くの弾を撃つ。弾幕ごっこの時ほどではないが、それでも十分な量の弾幕は、命を打ち砕かんと宙を疾走する。

 だがそれだけでは、また避けられてしまうだろう。続けざま、霊夢は裾から滑らして握った札を投げつける。一枚一枚が、かなりの量の霊力が込められている、博麗の札だ。弱い妖怪ならば、この札を貼るだけで調伏できる。

 込められた霊力を纏い、巨大化した札は先に放たれた小粒の霊力弾に一泊遅れて、しかし同じ速度で襲い掛かる。

 小粒の霊力弾を避ければ、札が襲う。逆に札を避けようとするならば、小粒の霊力弾の散弾を受けなければならない。どちらにしてもダメージは負わせられる。霊夢が得意とする、弾幕ごっこ用でない、妖を滅するためのコンビネーションの一つだ。避ける隙間などない。

 

(はっ)!」

 

 完全に(あた)る。そう確信していたからこそ、命のしたことに霊夢は固まってしまう。

 命がしたことは言葉にすれば簡単なことだった。ただ走るのをやめ、弾丸を待ち構え、タイミングを合わせその両の(かいな)を持って殴り迎撃した。

 今まで霊夢が戦ってきた相手で、こんな馬鹿げたことをしたものは一人もいない。レミリア・スカーレットは霊夢の得意技を蝙蝠となって避けて無効化したことはある。しかしそれも避けただけだ。力技では全くない。

 だが目の前の武神はそれを成し遂げた。鉄をも砕く拳に、永き時で鍛えられた業をもち。脆弱な肉体――それこそ霊夢では――が同じことはできないだろう。もしやれば、一回目で腕が二度と動かなくなる。

 命が再び駆け出す。だというのに、霊夢の体は動けない。ただ命の動きを呆然と眺めている。

 

「マスタースパーク!!」

 

 魔理沙が霊夢の前に飛びだして、マスタースパークを放つ。凄まじい熱が霊夢の顔を焼く。呆然としていた霊夢は、その熱さに気を取り戻す。

 至近距離から放たれるマスタースパークは、莫大な熱気と七色に輝く暴力的なまでの光を霊夢の体中へ一切の躊躇なく突きつける。霊夢は腕で顔をかばう。

 腕の隙間から見える極光は弱ることなく、ミニ八卦炉から飛び出し続ける。実力では魔理沙に勝っていると自負する霊夢だが、こんな真似はできないだろう。馬鹿げたパワーに、霊夢は呆れよりも僅かに羨望が胸をよぎる。これだけの、目に見えやすい力があれば、と。

 しかし段々とその光が押し返され始めているのが薄めた目でも見えた。

 

「うそ……」

「おいおい、冗談はよしてほしいぜ……!」

 

 極光の先端。そこに見える光景は、幻想郷においても摩訶不思議、奇天烈な現象に慣れた霊夢と魔理沙といえども、冷や汗をかかずにはいられないものだった。

 

「断末魔の舞踏」

 

 強力な一撃でなく、幾十幾百と繰り出され続ける手が分厚い城壁と化し、魔理沙の一撃を受け止め押し戻している。命の顔には焦りがない。ただ坦々と拳を繰り出し続けているだけだ。あの余裕では、スタミナ切れも期待できないだろう。

 

「お、おおおおおお!?」

 

 一方魔理沙の額からは汗が流れ落ちていく。

 押し返される魔力が、だんだんとであるが細まり始めている。このまま何も手を打たなければ、マスタースパークが尽きてしまうだろう。そうなれば、命の進軍を止める手立てはなくなる。霊夢と魔理沙の持つ手でも、マスタースパークはトップクラスのパワーを誇るが、それを真っ向から返されては、打つ手がない。

 ありとあらゆる策を練ろうが、二人を上回る力をもって粉砕してくるだろう。

 そうなる前に霊夢は命へ駆ける。遠距離でいくら攻撃しても中らないだろう。それだけの技量が相手にはあった。このままでは暖簾に腕押し、それどころか腕で押し返されるだけだ。

 だからといって武神相手に拳が届く間合いで戦うというのは愚の骨頂だ。しかしそれでもこれ以上魔理沙に近づけさせないためにそうするしか、霊夢には方法が残されていなかった。

 数歩で懐に潜った霊夢は、弾幕をいまだマスタースパークを押しとどめている命の顎目掛けて放ちながらしゃがみ、自身はフルスイングさせた足で膝をへし折ろうとひざ裏を蹴り上げようとする。たっぷりと遠心力が加わった足は、筋が伸びかけるほどで痛みすら感じる。

 しかし命は冷静に、弾幕と霊夢へ対処していく。靠撃(こうげき)と呼ばれる、肩や背中を相手に突進しながらぶつけるという技を持って二つを弾き飛ばす。

 目の前の空気が震えたかと思えば、霊夢は魔理沙の背後まで吹き飛ばされていた。何が起きたのか、一瞬理解しきれなかった霊夢であるが、すぐに見える光景から現状を認識した。

 霊夢は、ただ命が踏み込んだ足の衝撃だけで弾き飛ばされた。霊夢が先ほどまでいた場所のすぐ横に、命の足がある。馬鹿げた脚力に、地面に足が埋まっている。すぐにその足は引き抜かれた。砂が霊夢と魔理沙の方まで来る。汗まみれの体に砂が付く。すでにマスタースパークはない。

 幸いなことに、霊夢は命の足が直撃したわけでなく踏込の衝撃で弾き飛ばされただけのため、なんとか意識を失わずに済んだ。しかしダメージは大きく、体力の多くを根こそぎ奪われた。

 たった一度の攻防で、体中の力を振り絞った倦怠感が霊夢を襲ってくる。肩で息をしてしまう。大の字に倒れ、そのまま眠りたいと思ってしまう。

 

「負けてたまるもんですか」

 

 だが霊夢はそう口にすると素早く起き上がり、再び駆け出す。大麻を構え、今度は人一人飲み込めるほどの大きさをした弾を放つ。その陰に身を隠し、霊夢は命へ近づいていく。

 

「ふん!」

 

 しかしそう簡単に命も騙されやしなかった。

 弾幕を手刀で切り払い、さらに残された腕が陰にいた霊夢の顔面を掴もうと迫ってくる。とっさに、しゃがみこんでその手を潜り抜けると、頭上に高々と揚げられた足が霊夢を踏み砕こうと落ちてきた。

 

「せい!」

 

 それを小さな霊力の弾を横からあてることで、わずかにずらさせる。霊夢の真横の地面が陥没し、地面が僅かに揺れた。だが霊夢は止まらない。今こそが最大のチャンスなのだ。

 両手に片足を使った命は反撃をすることができない。霊夢は渾身の力で大麻をその顔目掛けて振るう。

 

「喰らいなさい!」

 

 全力の力で振るった大麻は、命に当らなかった。その歯を持って、命が噛みついて受け止めていたからだ。ギシギシと音を立てて軋む大麻。油汗が首筋を這う。とっさに命の首を蹴って離れようとするが、蹴りは軽く払われてしまい、大麻はビクともしない。

 このまま大麻ごとつかまってしまえば、絞め技か何かを喰らい、堕とされてしまうだろう。霊夢が大麻を捨てる覚悟をした時、

 

「マジックミサイル!」

 

 ヒュポという気の抜けた音が背後からし、肩越しに見れば緑色の光を放つガラス瓶が命へ殺到している。ガラス瓶の中には燃え上がるキノコがあり、瓶の口から緑色の煙を吐き出しながら突き進んでいる。魔法の森でとれる、魔力を含むキノコを燃やしているらしい。簡単な仕組みであるが、一つ一つに込められた魔力は馬鹿にならない。

 

「きゃっ!」

 

 咥えこんだ大麻を、命は霊夢の体ごと咥えこんだまま振るい、投げてくる。投げ飛ばされたものの、空中で霊夢は体勢を立て直す。顔をあげると丁度魔理沙のミサイルが命に唸りをあげて牙をむこうとしていた。

 だが霊夢の予想通り、命の手によりすべて打ち落とされ、ダメージを負わせることはできなかった。

 

「そろそろこちらからいくか」

 

 そういうと、命が拳を眼前まで持ち上げた。

 なにをするかと警戒していた霊夢を、魔理沙が横から突き飛ばした。

 

「なっ! 魔理――」

 

 しかし魔理沙への怒号は最後まで続かなかった。霊夢のいた場所が、焦げ付いている。青い光の、()()()が後方を飛んでいた。

 唖然としながら霊夢が命の方を見れば、構えを崩さないまま口火を切った。

 

「それほど意外か、私がそういった類の力を扱えるということが」

 

 素戔命は幻想に付随する力を使えない。どれほどの信仰を集めようが、神としての力が使えない。それは霊夢たちの、否、幻想郷における絶対の事実だった。だというのに今、その事実は崩れ去った。

 

「ずっと昔から私はひとつ考えていたことがある。なぜ、私は力を持たなかったのだろう、と。だがそれは違った。私は己を知らな過ぎた」

 

 命が構えを解く。

 

「それはどういう意味だ?」

 

 魔理沙の声は震えていた。

 

「簡単なことだ。言葉通り、な。私の能力は『衰えない程度の能力』。しかし考えてみれば分かることだ。もし本当に私の能力がそれだとすると、今この場に私はいない。衰えないからと言って肉体はいつまでも存在し続けるわけではない。細胞の、テメロアは確実に年月が経てば減る。衰えることと減ることは似ているようであるが、その実全く関係がない別物だ。テメロアがなくなれば、肉体は生命活動を維持できなくなり滅ぶだけ。それは衰えることと全く関係ない、死のメカニズムだ。しかし私は数万年どころか、億という年月を生きてきた。ならば私の能力は『衰えない程度の能力』ではやはりないのだろう」

 

 そういう命は、霊夢たちではなくどこか別のところを見ていた。

 

「これは推測だが、同時に確信がある。私の本来の能力は、『常識を破壊する程度の能力』だ」




これで遠距離戦ができるね、ただし、まっすぐとしか飛ばないけれど。
というわけで本来の命が持つ能力が出てきました。とはいえ、能力だからと言ってなんでもできるわけではありませんがね。信仰が強まればできることも増えますが。
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