再び激突する両者。霊夢と命は示し合わせたようにまったく同時に飛びだしお互いの拳を振るう。相手を屈服させるため、持てる力をその手に籠めていく。霊力と武力が鎬を削り、火花を散らす。それぞれ歯を剥き出しにし、敵意を隠さずにらみ合う。
一瞬の停滞後、次々に繰り出される命の拳。それらを避け、反撃を行う霊夢。
ときに二つの力が衝突し合う。本来ならば一方的に霊夢が吹き飛ぶだけだが、霊力を過剰に身体強化へ回すことで、命の力となんとか対抗している。
すさまじい轟音が鳴り響き両者は後ろに弾け飛ぶが、すぐに体勢を立て直し果敢に攻め込む。一歩でも下がることはできなかった。
ちりりと霊夢の髪をかすめた腕が、さらにそこから首を刈り取らんと軌道を変えて振り下ろされる。空へ跳びさらに体を反転させて回避した霊夢は、そのまま弾幕を放ちつつ大麻を槍のごとく突き出す。眉間を貫こうとしたそれは、しかし予想通り交わされてしまう。だがそれでも諦めることなく、命の首筋へと渾身の力を籠めた回し蹴りを放つ。
さきほどの仕返し、と鋭い蹴りであったが、命は難なくそれを受け止めると、空中にいる霊夢へと疾風のような足刀を繰り出してくる。さらに上へ跳び上がり霊夢は避けると、上空に霊力で作った足場を蹴り、迅雷の勢いを得たかかと落としを繰り出す。クロスされた太い腕に塞がれてしまうが、わずかに命の顔が驚きを含んでいることを見逃さず、そのまま後を考えずに技を繰り出していく。
「はぁあああああ!!」
次次と繰り出す連撃に、じりじりと命の足が下がっていく。少しずつ霊夢へ流れが引き寄せられていくが、それに反比例して霊夢の動きは鈍くなっていく。
鬼と戦った体はとっくに限界を迎えている。だというのに、さらに霊夢は力を無理やりに絞りつくしている。体力がなくなり汗は既にでなくなっており、鉛を纏っているかのような重さが全身を覆う。今にも膝から崩れ落ちそうとなり、もはや気力だけで体を動かし戦っている。
次第に、命の動きが変わる。霊夢の攻撃をただいなすのではなく、段々と命の攻撃が混じり始めていく。
それでもなお拳を振るう霊夢だが、僅かに大振りとなったそれに命が合わせ繰り出した掌底によりカウンターを決められてしまう。その細い首が捻じられ、視界がぶれる。
「うっ、あ」
ただの一撃。それも手加減して放たれたその一撃。だというのにそれだけで霊夢の膝は崩れ落ちる。もはや指先ひとつ動けない。
「その程度か、霊夢。その程度で博麗の巫女を名乗る気か」
「ッ!!」
命の顔を睨みつけ、立ち上がろうとする。しかし動かない指先に苛立つ。
「お前の力は『空を飛ぶ程度の能力』。本来ならば、私を相手にしたとしてもお前には勝機がある。それどころか、お前の方が勝率は高いだろうな。だがお前はそれを最大まで使えていないがために、いまそうして無様に這い蹲っている。そうだろう? 私程度の圧力で飛べなくなる能力など、無価値だ。能力を完全に使いこなせていない。夢想天生もだからこそ不完全なまま使っている。肉体を、精神を、この次元から飛ばすことですべての攻撃からたしかに浮いているが、しかしお前はさきの戦いでやっていたように、すべてから浮くはずの技で束縛を受けている」
「それが、なによ、悪いっていうの」
「ああ、そうだ。悪い。霊夢、能力を使うことを恐れているな?」
その言葉に、霊夢は息を呑む。違うと否定しようとしたが、口は開かなかった。
「すべてから浮くということは、すべてから隔離されるということだ。たったひとりで世界から飛ぶ。たった独りの世界へ飛ぶ。その孤独に耐えきれないのだろう。だから無意識化で全力の能力を行使しきれない。そしてその恐怖の根幹は私が作り出してしまった。かつて誰にも認められない日々を過ごしたがゆえに、独りでいるのが怖いのだろう」
顔を青ざめさせ、だが霊夢は命を睨むことを止めない。
「ゆえにお前は本来の実力を出し切れない。なるほど、木端妖怪風情ならばそれも問題はないだろう。だが、萃香みたく大妖怪が相手ならばどうだ? 実力を完全に出し切れない巫女一人、大妖怪の敵ではない。今回勝てたのも、お前と魔理沙が協力していたからこそだ。だがそんな巫女、いったいどれだけの価値がある? 幻想郷の、博麗の巫女は人を守るため、妖を退治する役割を持つ。強くなければならない。たとえ大妖怪が相手であろうと常に勝たなければならない。今の貴様にそれができるのか!?」
答えることはできない。膝をついているいま、できるなど霊夢にはぬかせない。握りしめた拳が震える。
「弱い博麗はいらない。故に死ね」
逆光で影となった命が拳を振り上げる。振り下ろされるその拳を見つめながら、霊夢は走馬灯を見ていた。
最近になってようやく博麗の巫女と呼び始めた里人。しょっちゅう茶会の誘いをしてくる紅魔館のレミリア。暇だからとお団子やらおまんじゅうを持って遊びに来る白玉楼の幽々子。時々悩み事を相談する慧音。そして、いつも隣にいる魔理沙。
――ムカつくことばっかりだったけど、なんだかんだいって結構、幸せな人生だったのか知らん?
ぼんやりとそう霊夢は思う。
「幻想郷とともに滅べ!!」
だからこそ、命のその言葉に反応した。
自分が負けるということは、幻想郷が命に取り込まれるということだ。だとしたら、彼女たちはどうなるのだろうか。幻想郷が滅べば、幻想はやがて消え去る。魔理沙は人間だが、同時に普通の魔法使いでもある。魔法を失った魔理沙は笑っていられるだろうか。あの天真爛漫な、無邪気な笑みを浮かべているだろうか。消えてしまわないだろうか。
――そんなの嫌だ。
なくしたくなかった。ならば命に勝たなければならない。しかしいまの霊夢に命に勝つ方法などない。あるとしたら、それは夢想天生だけ。だがそれは不完全なもの。萃香と同じく破られる可能性がある。
ならば、なにもせず終わるのか。そう自身に問いかけ、霊夢は叫び声を心で上げる。それだけは許せないと。独りだけの世界。なにもない世界。比べるべくもない。独りだけの世界の方がまだましだ。
「霊符 夢想天生」
孤独の闇が襲い掛かる。暗い世界に浸る、あの恐怖が。霊夢の体は一瞬強ばり、すぐにあきらめたかのように脱力する。攻撃を避けたからと言って、ここからどうすればいいのか。勘で大体は分かるが、命相手に勘だけでは戦えない。ならば瞼を開ければいいだけ。その両の眼で世界を見渡せばいい。だというのにその眼は開かない。怖いのだ。開いた先が闇に染まっていることが。ただ一人だけの無機質な世界がどこまでも広がっていることが。変えたくとも変えられない、独りだけの世界では。
「頑張れ、霊夢!」
だが、独りだけでは変えられなくとも、二人ならば変えられる。
普段ならば鈍く聞こえる声は鋭く澄み、心へ伝わる。その声が闇を照らす太陽のようで、霊夢はゆっくりと眼を開けた。
そこには魔理沙がスキマから顔だけを出して叫んでいた。後ろでは紫が慌てて抑え込もうとしている。
「馬鹿ね、私が負けるわけないでしょう?」
だから、霊夢は目をしっかりと見開き笑った。
迫る拳からその身を浮かせ、回避すると同時に大麻を振るう。命の腕がそれを防ごうとするが、大麻はその腕をすり抜け、その脇腹へあたり命の巨体を吹き飛ばす。
続けざま、陰陽玉が霊夢の巫女服の裾から飛び出す。
「霊符 夢想封印・集」
吹き飛ばした命へ殺到した弾幕がその身を撃ちぬいていく。弾幕が終わると、ぼろぼろになった命が地面に倒れ伏していた。
「どう? これが博麗霊夢よ」
腰に手を当てて霊夢は勝ち誇る。それを命は目だけで見、そして笑みを浮かべた。
「降参だ。博麗の巫女。我が武の負けだ」
これにて萃夢想編終わりです。ようやく終わりました。