いつのまにか天狗の新聞により『三日置きの百鬼夜行』と名付けられた、萃香の起こした異変が解決したある日、命は人里にある自宅にて珍しく悩んでいた。
かなりの広さを誇る命の部屋は、しかしいま足の踏み場がなかった。別に部屋が散らかっているわけではない。命自身私物は持ちたがらず、かつ神として清潔なことを好む傾向がある。掃除は欠かさず行われているため、汚れることはめったにない。だというのに床の色が全く見えない。そこいらに人間に似たなにかが転がっているからだ。
それらは命に似た格好に顔貌をしているが、わずかに色が薄く、脱皮した後の皮みたく薄っぺらでくしゃくしゃになっている。
「うまくいかないものだな」
そのセミの抜け殻のようなものは、命の分霊だ。近くには
長い間肉体にとらわれて生きてきた命にとって、神の力を手に入れたといえ自由に行使するのは難しい。できるだけ早く神としての力を行使できるよう訓練している命であるが、その結果は芳しくない。床を見るまでもない。
元々が秘術やらよりも肉体の業を持って生き抜いてきた命にとって、術を使うというのは感覚が違い過ぎて適応しきれていない。薪で暖を取っていた人間にいきなり石炭ストーブで暖を取れというものだ。そう簡単に対応しきれるものではない。
とはいえそれで納得する命ではない。できないことはできるようになるか死ねと育てられた命にとって、命を削るような訓練は常日頃のこと。その命を懸ける必要がないのならば、修行をためらうわけがない。春雪異変後からこうしてずっと鍛錬を重ねている。しかし体術と比べると才能が全くないのか、一向に成長できない。神力を弾丸のように飛ばすことと空を飛ぶだけが唯一出来るようになったことだ。しかしそれもやはり他者と比べるとあまりにお粗末である。霊力弾は拳や足にしかこめられないので、全力でも四つしか同時に使えない。飛ぶことにかけては、どちらかというと跳ぶに近い。一直線ならばいままでのごとく足を使い結構な速度で飛べる。それこそ天狗をも上回る速度をも出せるだろう。しかしそれはあくまでも一直線ならばの話だ。少しでも弧を描こうとすると、その速度は最弱と名高い毛玉よりも遅くなる。
最高四発の弾幕に、直線しか進めない飛行。弾幕ごっこでは最弱といわれてもおかしくはないだろう。かといって、前回の異変みたく肉弾戦となると話が変わるが。
「しかしどうするべきか」
異変前には分霊自体作れなかったことを考えれば、例え未熟といえども分霊らしきものができる現状は大きな成長と言えるだろう。しかし命の目標とするところにはまだまだ遠い。
自身と全く同じ分霊。それが命の作りたい分霊だ。他の神ならば神宝さえあれば分霊は簡単に作れるのだろうが、その段階まで行くのはそうそう簡単にいかない。命が神として目覚めてまだそう時間が経っていないからか、それとも神としての才能はやはりないのかは分からない。さらには。
「教えを乞うにしても相手がいないか」
幻想郷にも神はいる。しかし命以外の神々は国津神であり、天津神はいない。一応命は天津神であるため、分霊を作るさいの感覚はどうやら国津神と違うらしい。何度か実際に他の神々に教えを乞うて分かったことだ。見本となるものが全くないなか手探りで探る毎日。そのためか命の分霊作りは上手くいっていなかった。しかしあきらめるつもりは全くなかった。
ある日の夜のことだ。月が高くあがる。真っ暗な夜を照らすため。しかしその月が沈むことはなかった。昼も変わらず夜は続き、月がその弧を欠けることはなかった。幾日も幾日も月は空に浮かび続ける。
「異変ね」
「異変か」
赤い巫女と黒い魔法使いが異変解決に立つ。そして、
「久方ぶりね、命」
「ああそうだな」
永遠を生きる薬師と武神が再びあいまみえる。すべては月が見守るなかの出来事だった。