東方武神録   作:koth3

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鈍色の雨

 竹が切り裂かれ、騒々しい音を立て砂煙を巻き上げる。砂煙の合間から月が覗く。月光に照らしだされた命はすぐさまその場から跳び退り、竹林の作り出す闇へ逃げ込む。しかしその後を追い、正確無比かつ一糸乱れぬ軌跡で飛ぶ矢が次々に竹藪へもぐり、餓えた狼のごとく命を捉えようと追い立てまわす。

 矢一射ごとの威力は凄まじく、道中にある一切合切を障子のように撃ちぬき、光のごとき速さで駆け回る。それらを避け、時には()を掴み、さらには手甲をもちい弾き飛ばす。矢じりが手甲をひっかき火花が散り、闇を一瞬鮮烈に照らし出す。その火花を目印に、次の矢が飛んでくる。命は猟犬に追い立てまわされる獲物だ。

 八意の放つ矢はそれこそ弓矢の神に加護を与えられていると疑いたくなるほどの正確さを誇る。そしてその知性もまた、弓矢の優位性を最大限まで引き立てる。遠距離から一方的な射撃。それもめくら射ちなどでなく的確な狙い、それも高速で変わり続ける戦場を俯瞰し最適な行動しかとらない。ゆえに命は距離を縮めなければならない中、射手から遠ざかってしまう。それ以外の選択を取ろうものなら、針山地獄が刹那に待っているからだ。命を相手にそれだけのことができる者がどれほどいるか。片手の指の数もいるまい。

 頭上から迫る銀の光に、無理やり進む方向を変え反転する。瞬間背後から爆撃のような音が鳴り響く。振り返らずとも、命には分かる。いまその後ろでは矢が幾千本も天から地面を篠突くように射ち貫き、耕していることだろう。もしそのまま進んでいたとしたら、上空から降りかかる鋼の雨に打たれ、命の身体は血の川を作り出す肥料と化していただろう。

 しかし安心することはできない。前方から迫る今までよりもはるかに速く、巨大な一矢。もはや矢というよりも槍というべきだろう。先ほどの爆撃も避けられることを前提に八意が射っていたということだ。あれだけの業。普通ならばそれだけで致死にいたる必殺だ。それすらも布石としてしか見ない冷静さ。命にとって純粋に戦いづらい相手だ。

 

「ぬうんっ!」

 

 だが泣き言を言うわけにはいかない。

 空中に霊力で不出来な足場を無理やり構築し、踏み砕く。爆発的な再加速をえ、命の体は矢へ突き進む。右腕を引き絞り、手刀を打ち下ろす。鞭のようなそれは、大木すら簡単にへし折れるだろう。しかしそれだけの手刀を打ち込んでも、矢は一向に勢いを衰えさせず、命の体を貫こうと吠えたてる。このままではその身に風穴が出来上がるだろう。

 命の力をもってしても弾けないのは、その矢が凄まじい回転をしているからだ。物体は回転すると貫通力を増す。しかもそれだけ強力な回転ともなれば、遠心力も強大だ。接触した瞬間弾かれてしまう。弾かれた後命は腕を再び押し付けているが、それでも十分な力を加えるにはあまりに矢と触れられる接触時間が短すぎる。ゆえにその矢は誰にもその進行を食い止められない砲弾と化している。

 だがどうにかしてその矢から逃れなければならない。選択は一瞬もかからない。身体が自然と動く。

 はじかれるのは遠心力に逆らうから。脱力した状態でその矢へ触れることで、命の体は竜巻に巻き込まれたように横に旋回する。矢の矛先から免れる形で。己を捨てることで活路を得た。

 

「っ!?」

 

 だがそれもまた八意は読む。すでに命の眼前に次の矢が存在した。

 首を傾けるが、米神のわずか上を横一筋に矢じりが切り裂いていく。避けなければ眉間を貫かれただろう。

 とっさに避けた反動で錐もみしながら落ちる命は、上空から迫る数千本もの矢を視認する。一本一本に込められた霊力は、弱い妖怪ならば簡単に滅せるだろう。いくら命が頑健だとしても、それだけの矢を一度に射ち込まれてしまえばさすがに耐えきれるものではない。地面へ頭から落ちながら、命は覚悟を決める。

 土砂が舞い上がる。あたりに血の臭いが撒き散らされる。砂埃から命が飛びだす。

 左肩には矢が突き刺さり、とめどなく血を流している。それを引き抜くと、血が穴から一瞬吹き出す。真っ赤に染まった矢を掴み、命は八意へ視線を向ける。

 

「……行くぞ」

 

 引き抜いた矢を逆手に掴みながら、命は駆け出す。前方からは機関銃のような勢いで矢が放たれ続ける。それらを手甲や脛当てではじき返す。弾き飛ばした矢でまた別の矢を弾き飛ばす。それがまた別の矢を弾く。数百本の矢から、最適の矢だけを選び弾いていく命。しかしその鋭敏すぎる感覚が危機を知らせる。背筋を這う悪寒に従い、命は背をそらす。真横から弧を描く形で矢が通り抜ける。どうやら矢を操作して一発だけ奇襲用に使ったらしい。八意の手元に帰った矢は再びつがえられ、放たれる。

 

「せいっ」

 

 斜め下から打ち上げるようにはなった足刀により、矢は半ばから折れる。しかしその間にも放たれる矢の数は増していき、もはや見渡す限り矢しか見えない。それ以上先へ一歩も動くことができず、ただ命は矢を迎撃するしかない。

 だが足を止めるということは、ただの的となることにほかならない。

 

「喰らいなさい」

 

 今までよりもはるかに強く引き絞られた弦には、巨大な矢がつがえられている。先程の槍のような矢よりもさらに大きい。破城槌ほどもあるだろう。莫大な霊力を放出しながら、さらに霊力を注ぎ込まれたその一矢は放たれた。




命が肉体的な面で強いならば、八意は知性の面で作中最強です。実際、遠距離武器を使って強い人って、武器の優位性を理解し決して手放さないようにする人だと思います。
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