東方武神録   作:koth3

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弦鳴が止まるとき

 湿った土の香りだけでなく、錆びた鉄の臭いが混じる湿った空気が辺りに広がっていく。

 命の両腕を、おびただしい量の血が流れ落ちる。それは黒ずんだ土を赤く染め上げ、血のため池を作るほどおびただしい量だ。

 筋肉は滅茶苦茶に裂け、そこから白い骨が幾筋も表出してしまっている。吹き出す血は間欠泉のような勢いだ。

 八意の放った巨大な矢を、命は避けることができなかった。その身を射ちぬかれるのを防ぐため、無理やり神力を両腕に込め、それを矢へと叩きつけることでなんとか威力を相殺したに過ぎない。もしその手段を取らねば、間違いなく命の上半身はえぐり取られていたことだろう。それと比べれば安い代償だ。とはいえ、その代償が大きいことに変わりない。両腕のダメージに矢のダメージは当然、無理やり込めた神力で身体の内側からボロボロになっており、指先ひとつ自身の意志では動かすことができなくなっている。

 だがそれでも両腕をかばいながら、命は再び駆け出す。先程までと比べ見るまでもない遅さだ。深刻なダメージもあり、さらには腕を使えないことでバランスすらとれていない。幾本もの矢が容赦なく命の体に突き刺さる。腕を使えないために、降り注ぐ矢を払うことすらできない。矢が突き刺されば刺さるほど、命の動きがさらに悪くなっていく。血を流し過ぎただけではない、奇妙なだるさが体を包む。

 

「……薬か」

 

 霊力でできた矢じりに薬を塗りつけたということだろう。薬師である八意ならば、命に通用する薬のひとつやふたつ持っていてもおかしくはない。

 時間が経てば経つほど体の自由が奪われていく。最終的には失血と薬の作用で動くことは全くできなくなるだろう。命に残されたのはたったひとつ。短期決戦しかない。だがそれを許す八意ではないのも事実。一歩足を踏み出せば、視界すべてを埋め尽くす矢。二歩進めば、世界を埋め尽くす矢。三歩進めば黄泉路すらも埋め尽くす矢。死の旅路へ無理やり押し進ませようとするでたらめに近い矢が襲う。

 

「あああああっ!!」

 

 だがその程度で死ぬならば、命も武神とは謳われない。まともに動けない身体だというのに、迫る矢を蹴り上げ開いた隙間に体を押し込み、もっとも少ないダメージのルートを選び、矢を甘んじて受けとめる。隆起した筋肉が霊力の矢を押さえつけ、圧し折っていく。

 

「なっ!?」

 

 八意の驚く声がする。いくら命でも、昔はそんなことできやしなかった。

 だからこそ、それは八意の失態だった。ほんのわずか、それも一秒にも満たない時間。しかし驚愕で新たな矢がつがえられ、放たれることはなかった。

 今まで命が八意に近づけなかったのは、あまりの連射に進める空間が存在しなかったからだというのに。

 これを逃せば、命にチャンスはもうない。

 

「禁術 静動轟一」

 

 命の気配が変わる。荒んだ荒々しい神気とすべてを包み込む和やかな神気がまじりあう。相反する二つの魂。それが命の体を動かす。

 かつて姉の命を奪った際に使った術。爆発的な身体能力の増加と業の切れを生み出す禁忌の術。それを惜しげもなく使う。でなければ、八意には届かない。その指先すら掠めることができない。

 

「速いっ!」

 

 八意が再び矢をつがえたとき、すでに命は数十メートルの距離をなくし懐へもぐり切る。至近距離で放たれた矢は、命の頬を切り裂くが、ただ大地に突き刺さる。

 

「くっ」

 

 矢をつがえることなく、八意が弓を手元で一回転させる。張られた弦が、命の首を斬ろうと迫る。銀色の線は空間すら切り裂く。

 その一撃をぐしゃぐしゃになった骨で受け止める。

 流麗な太刀筋だからこそ、予想外の物を切ることができない。

 予想外の行動をとられる。それは、八意の弱点だった。あまりに優れた頭脳を有するがゆえに、予想を外すことはめったにない。だからこそとっさに出来事に反応することができない。

 再び固まる八意。

 

「捉えたぞ」

 

 ゆえに命は、残ったもう片方で、弓を持つ八意の手首を握り込む。八意にも接近戦の技量はある。それこそ幻想郷でも上位に数えた方がいいくらいだ。しかし命と比べられるかと言えばそれは不可能だ。

 

「私の勝ちだ」

 

 血を滴らせ、命は静かに言う。

 

「……」

 

 それでも最後の抵抗なのか、八意が命目掛けて拳を振るう。

 それを命は微動だにせず、甘んじて受けとめた。

 

「なぜ、喰らったの? 貴方ならばこの程度避けられたはず」

「避けるわけにはいかなかった。ただそれだけだ」

「そう。もういいわ。貴方の頑固一徹を崩すには、私じゃ無理だったわ。いま、それを思い出した」

 

 八意は弓をかき消す。竹林の戦いは、こうして終わりを告げた。

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