あたり一帯を幾つもの雄たけびと断末魔が
耳を塞いでしまいたくなる慧音であったが、決してその耳を手で覆うことはなかった。幾つもの場所から響く命のやり取りを聞き届ける。
目の前でまた一人、尊い命を失う。目をそむければどれほど楽だろうかと慧音は思う。だが耳をふさぐことも目を閉じることも許されない。人里の者を率いて戦っているのは他ならない慧音自身だ。責はただ一人にある。それを背負えないなど、どんな恥知らずですらしないだろう。だからこそ慧音は声がするたびに背中に背負い続ける。目に見えない重いなにかを。
また一人倒れ伏す。
戦える者たちが傷ついていく。それでもなお勇ましく戦い続ける人々。慧音もまた、妖を滅っしていく。弾幕で多くの敵を打倒し、そのうち漏らしを人々が確実に屠る。だがそれでも妖の群れは一向に減らない。幻想郷中から妖が集まっているのではないだろうかと疑いたくなるほどの軍勢が、人里を襲っている。
満月のこともあるが、なによりいま命がこの場にいないことも原因だろう。知性の低い妖怪は本能に従って生きる。絶対的強者である命がいないだけで、人里を餌場と捉えてもおかしくはない。
戦いながら何度も慧音は空を仰ぐ。そこには丸い満月が高々と上がる。見目麗しいが、それでもいまはただその美しさが癪に障る。まだ夜は終わりそうにない。
戦いは続く。弓矢を射る者、槍で貫く者、刀で切り裂く者、そして妖に食われる者。そこはまさしく戦場だ。命が次々と失われていく。惨たらしい、世界の理がそこにある。
だが、これが人と妖がもつ本来の関係性だ。それは慧音もまた理解していた。
人を妖は喰らい、妖を人は滅する。古来からの関係だ。
いままでずっと、素戔命により人里は守られていた。しかしいま、命は人里を守っていない。その理由は慧音も知らない。守られるだけの関係は終わりを告げた。すべての者が戦いながら覚った。
そして人里の人間はまた違うことも覚った。
妖怪の恐ろしさ。妖怪の強さ。それに矢面に立ち続ける命、そして博麗の巫女が抱えなければならない恐怖を。だからこそ彼らは奮起する。たかだか一回の戦いで負けるわけにはいかない。それでは面目がない。個として、血筋として戦い続けてきた両者に顔を合わせられなくなる。守られるだけはもうおしまいなのだ。
「喰らえっ」
神獣の力を混ぜた慧音の妖力弾は、妖を一掃する。黒い群れは一瞬なくなるが、すぐに補填されてしまう。だがそれでも確実に数は減っている。
「おおおっ、慧音先生に続けっ」
「「「応」」」
里人もそうだが、なにより退治屋の者たちが一層奮い立つ。妖怪退治を専門家としてきた彼らにとって、この戦いはすべてに終着点だ。神に守られるわけではなく、巫女の加護を受けるわけではない。鍛え抜いた技を見せるべきだと。優れた技で確実に妖怪を葬っていく。
だがそれでもやはり妖の数が多い。一人一人がどれだけの妖怪を倒したところで、その群れは減る様子を見せやしない。しだいに防衛線が人里に近づいていく。
「畜生っ」
人里の中には、女子供がいる。戦っている者たちの家族がいる。負けるわけにはいかない。しかし世の理はそれらの感情を押し流す。次第に誰もの頭に絶望がよぎる。妖怪に負けてしまうと。人里は飲み込まれてしまうのではないかと。
「ちくしょう……」
誰かがつぶやいた。涙が流れる。獲物を握る手から力が抜ける。
「馬鹿おっしゃい」
その声は戦場の中でも良く響いた。
人も、妖怪もその声がした空を見上げる。そこには赤と白の巫女服を着た少女が空を飛んでいる。霊夢だ。博麗霊夢が、仁王立ちで立っている。
一枚の札を裾から取り出す。その札には凄まじい霊力が込められており、妖怪たちが慌てて逃げていく。黒い大軍が一斉に人里から離れていく。
「さあ、さっさとどっかに行ってしまいなさい!」
霊夢が札を投げる。地面に札が突き刺さると、眩い光が世界を包む。まっ白な光は妖怪の群れまでも飲み込み、かき消える。大軍の半分以上が消滅していた。それでいて、人々に傷はない。
霊夢の力を思い知ったようで、妖怪たちが人里から凄まじい速度で離れ逃げていく。
「霊夢……」
間に合ったか、万感の思いで慧音は言葉を漏らす。
すっと霊夢は天を指差す。そして、
「明けなさい」
月が砕ける。夜空はかき消え、朝日が差し込む。それは人里を暖かく照らす。
「私たちは守れたのか」
熱い滴が全員の目から零れ落ちる。むせび泣く者、倒れ伏すもの、多々あれど、すべからく人里を見る。
ここに異変は解決した。