幻想郷に生きる多くの人妖は、初めての経験に襲われていた。
楽しい楽しい宴会。だというのに、誰一人酔うことなく静かに酒を飲んでいた。妖精ですら騒ごうとはしない始末だ。
「……」
「……」
「……」
原因は、中央に陣取っている三人だ。
素戔命、八意永琳、八雲紫。
三角形に座っている彼らだが、その中央は魔界もかくやに瘴気が漂う。殺意と怒気が入り混じる、奇妙な空間と化してしまっている。その余波で多くの者が宴会を楽しめなくなってしまっている。
「え、永琳、こわいわよぅ」
美しい女、蓬莱山輝夜が、八意の袖を引っ張る。目には涙がたまり、彼女自身の可憐さを引き立てている、本来ならば。だが近くのあまりにも異様な気配からすれば、その可憐さもかき消えてしまう程度でしかない。
一応異変解決後の宴会は、遺恨を残さないために行われるものであるが、完全に三者はその建前を無視ししていた。厳密に言えば、命以外は。
紫は永琳へ殺意を送るのを止めず、永琳は命へ敵意を孕んだ瞳を向ける。ただ独り命は酒を呑む。
夏も近いというのに、どうしてこうも寒いのか。霊夢は痛む頭を抱え、やおら立ち上がる。
「いい加減にしなさい、アンタたち!!」
そして三人に酒の入った容器を投げつけた。三人へ酒が降りかかる。ちゃっかり避けていた命を除き、二人は酒を頭からかぶった。
「「……」」
無言のまま、二人は全く同じ動作で濡れて貼り付いた髪をかき分ける。
「霊夢、なにをするのかしらん?」
顔を扇子で覆い隠し紫は言う。その声は冷え冷えとしており、離れていた人妖は一層遠くへ逃げていく。強者ですら、顔を顰めるほどだ。だが霊夢は腰に手を当てたまま顔色ひとつ変えない。
「アンタたちこそなにをしているのよ。中央でそういがみ合われたら、せっかくのお酒が不味くなるでしょう。喧嘩をするならどこかよそでやって。アンタもよ」
指を突きつけられた永琳は、僅かに視線をそらす。「そ、そうよ、永琳。楽しみましょう、ね? ね?」と輝夜も霊夢の言葉に乗っかる。必死なその様に、彼女と戦った霊夢もわずかに憐れんだ視線を向ける。
「……悪かったわ」
「そうね、私もちょっとやり過ぎたかしらん」
ふてくされた紫に、頬に手を当てため息をつく永琳。どちらも反省はしているようだ。霊夢は一度うなずくと、先ほどから黙り込んでいた男を睨む。
「で、アンタはどうなの命」
「……私か?」
きょとんとした顔をする命。霊夢の顔が怒りで再び歪む。
「当たり前でしょう! アンタたちが場の雰囲気を悪くしていたのよ!」
「ちょっとまて、私は別に敵意も殺気も出していないぞ! 出していたのはそこの二人だろう!」
「なにもしないのが悪い! というか、そいつはアンタに殺意を発しているでしょうに!」
突きつけられる霊夢の指。普段ならいざ知らず、いまの霊夢の迫力は命をも怯ませるなにかがある。グイグイと近づいてくる霊夢に対し、わずかに命は後ずさった。
「分かった、分かった。だから近づいてくるな。私が移動しよう。そうすれば問題はないだろう」
立ち上がり他の場所へ命は移る。だが、
「あら、動く必要はないでしょう。それともまた逃げるというの?」
命の服の袂を八意が掴み、決して放さない。再び始まるにらみ合い。こうなると、紫もまたそれに加わる。
霊夢はこめかみを抑え顔を俯かせる。再び顔をあげると、笑顔となっていた。しかしその眼だけは据わっている。恐ろしいまでの怒気を孕んだ目つきを三者へ向ける。
「ひぃっ」
真っ先にそれに気が付いたのは輝夜だった。あたふたと必死になって手を動かし、霊夢をなだめようとする。だが、霊夢の顔は一向に変わる気配はない。怯えた輝夜がとうとう他へ逃げ出す。
「アンタら」
冷え冷えとした声が辺りにしみ込む。
「なんだ、霊夢」
「なにかしらん、霊夢」
「なんだというの、博麗の巫女」
宴会に参加していた者たちはすべからくその音を聞いた。霊夢がブチッッッと凄まじい音を立てたのを。逃げる途中でその音を聞いてしまった輝夜は顔を青ざめ涙目でウサギ妖怪たちの元へ駆けこむ。
「どっか別の場所で頭冷やして来い、夢想封印」
突如放たれた攻撃に、三人とも一斉にその場から跳び退る。そしてようやく霊夢の怒りに気が付いたらしく、バツの悪そうな顔をして帰っていく。
「ああ、これでようやく宴会ができるわ」
霊夢の表情は晴れ晴れしていた。ようやく宴会場の雰囲気も良くなり、皆笑顔を取り戻し、楽しみだす。
ちなみに追い出された三人は、その日一日中ありとあらゆる場所で喧嘩をし、最終的になぜか四季映姫の執務室にて大立ち回りをしたそうだ。それ以降、映姫は三人を見ると歯を剥き出しにして唸るようになった。
理不尽な暴虐が映姫を襲う。