妖怪の山にできた神社の境内を二つの風が駆け巡る。時にそれらは正面からぶつかり、後方へ弾かれる。そのたびに巻き込まれた玉砂利が跳ね上げられ、屋根瓦が崩れ落ちていく。痛いほどの静けさが漂う中、ビリビリと肌を痺らす殺意が社に満ち溢れる。
そして何度目かの衝突が繰り広げられた。
「ふっ!」
「はっ!」
交差する右腕。似た拳筋をたどり、お互いの顔を粉砕せんと拳が迫る。だがそれは全く同じ動きで捌き合う。当たり前だ。神奈子の武術は命から教わったもの。お互いが相手の動きを知り尽くしているといっても過言ではない。どれほど強烈な一撃も当らなければ意味がない。どれほど鋭い一撃でも覚られていては意味がない。千日手となりながら二人は動き続ける。
「せやっ」
「ぬるいぞ、神奈子!」
振り下ろされた手刀を右へそらし、命は返す左手で裏拳を繰り出す。まともに喰らえば大岩すら粉砕する一撃だが、神奈子は自身の身体を横へ旋回させ避ける。さらにはその回転を利用し、後ろ回し蹴りを繰り出す。
鉄すら両断できるその鋭い蹴りを、命は二指で受け止める。
「へぇ、技術はまだしも単純な膂力なら私の方が上だったんだけどね。下手くそだけれど、神力を使えるようになったんだ、爺さん」
「ふん、あの程度の攻撃、対処できない方がおかしい。お前こそ多少は本気を出せ。その程度なはずがないだろう」
にたりと至近距離でお互い笑う。似たような笑みを浮かべるのは血がなす業か。それともただ二人の気性が似ているだけか。ただ分かるのは二人が決着がつかないままでは止まらないということだけだ。
武神と軍神は再び風と化して戦う。余波で神社が崩れていくが、誰も気には留めやしない。
「あはははは! 流石だ、爺さん! 諏訪子ですらこうはいかないよ、私相手にここまで持つとは!」
「馬鹿を言え。この程度なわけないだろう」
「だろうな!」
戦いながら、両者は探る。お互い決定打を放てないままずるずると戦いを伸ばすわけにはいかなかった。命はこの異変を霊夢ではなく自身で解決する必要があり、神奈子は妖怪の山と戦うために力を使い果たすわけにはいかない。だからこそ戦いながら落としどころを探り合う。
「……そうだな。
「どうしたんだい、爺さん」
「神奈子、このままでは終わらない。そこでだ、提案がある」
「うん? 提案?」
二人の動きがようやく止まる。二人には傷ひとつない。いまのいままで激しく戦い続けたというのに。
「“弾幕ごっこ”だ」
「弾幕ごっこ?」
「そうだ。博麗の巫女が提案した戦いだ。確か、……そうだ、お互いに攻撃は遠距離に限定し、一撃を喰らえば負けを認めるというものだ」
「ふうん。けれど分かっているのかい、爺さん? それは圧倒的に不利だぞ?」
それは神奈子からしてみれば当然の疑問だった。なにせ、神奈子が知る限り、命は武器がなければまともな遠距離戦ができやしない。たしかに神の力を使えるようになったようだが、それでも力を使い慣れている神奈子と戦えるほど熟練の域には至っていない。
「舐めるなよ、神奈子。私を誰だと思っている?」
だが、それでもなお命は笑う。
「お前の祖父だぞ?」
「……上等!」
二人とも奥歯を剥き出しになるほどの笑みを深め、力を練りだす。
風の力が神奈子の鏡へ集まり、命の身体から凄まじい熱量が発せられる。
「吹っ飛びな!」
「撃ちぬかれろ!」
神奈子が放つ風の弾丸を、命は拳圧を飛ばして相殺する。続けて繰り出す二撃目。空へ飛ばれて逃げられるが、すぐさま回避された場所へ拳圧を飛ばす。
しかし神奈子は風の神でもある。命の拳圧の倍はあるだろう風で衝撃波を吹き散らす。そしてその風はかき消えることなく命へ牙をむく。
一つで駄目ならば連撃とばかりに拳の嵐で命は風を迎え撃つ。こうなると神奈子もまた笑みを深めて立ち止まり、風を放ち続ける。
「ははははっ! まだまだ!」
風の威力も速度も、そして数も増していく。だんだん増えていった風は、余波で嵐となって山を襲う。凄まじいまでの風の力。しかも時間が経つにつれ、風の力がさらに増している始末だ。
「この世界は素晴らしい! 信仰が流れ込んでくる。私の力を取り戻せる!」
その言葉を証明するかのように、神奈子の風は吹き荒れる。すでに余波で神社は潰れているほどだ。しかしそれでも神奈子は熱にうかれたかのように笑うのを止めない。
「さあ、そろそろ吹き飛びな、爺さん」
ひときわ大きな風の塊が放たれる。それは命の拳圧をものともせず、むしろその衝撃を吸収していた。それは家屋ひとつ分に大きくなると、破裂する。
中からは竜巻が現れ、命を襲う。巨大な竜巻は、命を飲み込む。
「さて、次は天狗どもか」
神奈子は空を飛び、命に背を向けた。すでに次の戦いへ向け、力を高めている。
その後ろから、髪の一房を撃ちぬかれた。
「……驚いたよ、まさかあれで一撃も喰らわないとは」
「ふん。御託はいい。お前の勝手を許すわけにはいかんのでな」
傷ひとつなく、竜巻をその身一つで粉砕した命が立っていた。
「まだいうかい」
「ああ、いうさ。私はお前の祖父だからな。子孫が間違うならば、それを正すのも私の役目だ」
にらみ合いを続ける両者。今にも弾幕が飛びかいそうなほど、空気が張り詰めていく。ふとしたきっかけで爆発するであろう二人だが、どちらも自ら攻めかかるということはしない。下手に攻撃へ移れば、それが致命的な隙になるからだ。
静かに覇気が立ち込める。
「爺さん、ひとつ訊きたい」
「なんだ」
「どうしてあの一撃を避けなかった」
先程の竜巻を命は避けられただろう。態々受けることなく、回避することもできた。しかしその選択を取らなかった。
「決まっているだろう」
それはある理由から。それを守るためだけに、命はあえて竜巻に真っ向から勝負を挑んだ。
「弾幕ごっこをしていたからだ」
それが命が竜巻を避けなかった理由。この幻想郷の戦いの掟。だから、命は避けなかった。避ければそこから優位に立てたかもしれなかったが。
「じゃあ、攻撃を外したのも」
「そうだ。背中を向けた相手を攻撃するのはルールから外れているだろう」
だからわざと外した。すべては弾幕ごっことしての定義から外れないため。戦いのルールを壊さないため。
「くく、くははは! ああ、そうか。ああ、そこまでやられちゃ、私が下がるしかないじゃないか」
「むっ? まだ決着はついていないぞ?」
「意地が悪いねぇ。私の我が儘はとりあえずやめておくよ。ここでまだ戦えば、それこそ子供じゃないか」
すっかりやる気をなくした神奈子は境内へ降り立ち、ぼろぼろになった本殿へ向かう。
「せっかく信仰を得られると思ったんだけどねぇ。まあ、他の方法を考えるとしよう」
「幻想郷の決まりを破らないならば私も口を出さん」
「そうかい。じゃあ、今度はそうするとしよう」
命もまた、神奈子に背を向け、神社を出ていく。まだ命の仕事はある。今度は天狗たちを押さえつけるという仕事が。
「やれやれ。こちらは早く済みそうなのが幸いか」
実はルールをきちんと把握していない命でした。