東方武神録   作:koth3

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雪面を這う怨霊

 妖怪の山が異変から落ち着きを取り戻した頃、すっかり季節は移り変わっていた。紅葉は消え去り、紅葉の代わりに降るのは雪となり、見渡す限り一面の銀世界と化し、日ごとに布団から出るのが厳しくなっていく。

 冷たい朝の空気は刃の如く鋭く、しかし胸一杯吸い込むと活力を生む。人々は震えながらも家の修復など、細々とした冬の仕事にせっせと励む。

 そんな光景を人里の邸の屋根から命は眺めていた。その脳裏には、今年起きた様々な異変が浮かび上がっている。紅霧異変・春雪異変・三日おきの百鬼夜行・永夜異変などなど。中には霊夢が勘違いを犯したが、六十年周期の大結界異変も起きたが、それ自体は危険性などほとんどなく、さらには命と紫のとりなしで霊夢も特に動くことはなかった。そしてついこの前の、妖怪の山に命の一族である神奈子が神社ごと幻想郷入りした。

 数十年に一回あるかどうかの異変が良くもここまで一年に詰め込まれるものだと命は呆れてしまう。人里の人間も苦しみ続けたというのに、いまも逞しく生活している。

 しかし下手をすればこの閉ざされた雪の世界もまた異変が起きる可能性がある。二度あることは三度ある。そのことわざが頭をよぎってしまう。そうなってしまえば、もう人里も耐えきれなくなるだろう。いくらこの地に住まう人間が逞しくとも、限度はある。

 

「できれば外れて欲しいのだがな」

 

 さすがにこれ以上の異変を避けるために、命は紫と協力しながら警邏を行っている。紫も文句ひとつ言わずに協力を約束した。と言っても、冬になると紫は冬眠に入るため、幻想郷における紫の権限を丸々命が引き継いだというだけであるが。

 今のところ紅魔館も白玉楼も永琳邸も妖怪の山もなんらかの動きはない。萃香は萃香で大みそかに向けて売られている酒をかっぽかっぽと空けているところだろう。あと数人異変を起こせるような妖怪がいるが、命の監視の目があるうちに動くほどそれらの妖怪は愚かではない。命が気を緩ませない限り、幻想郷で異変が起きることはない。

 そう命は考えていた。

 しかしある日のことだ。ありえない事態が起きていた。博麗神社に突如地底から間欠泉が湧きだし、怨霊が這い出てきた。その間欠泉は幻想郷の地下にある旧灼熱地獄へつながっている。さしもの命も幻想郷の異変に注意を払っていても、旧地獄の異変までには考えが及ばなかった。

 

「なぜだ、なぜこうなる……」

 

 さすがに頭が痛むのをこらえきれず、間欠泉の前、すなわち博麗神社にて頭を抱えていた。その隣で霊夢と魔理沙はいろいろな準備をしている。突入するつもりだろう。

 

「もういい。霊夢、魔理沙。これを持って行け」

 

 二人に木札を投げ渡す。それは地底へ行く際に使われる許可証だ。これがないと、地底との間にある境界、すなわち結界を抜けることはできない。紫が作り上げた結界だ。生半可なものでは手出しできないだろう。とはいえ、霊夢ならば力づくで抜けることもできなくはないだろうが。

 紫の権限を使える今だからこそ、二人に渡せるものだ。本来ならばいくら異変でもそう簡単に渡すわけにはいかないものだが、すでに命は考えることを放棄していた。霊夢と魔理沙ならばどうせ異変のひとつやふたつ解決できるだろうと思い。

 人、それを自棄という。

 

「命はどうするんだ? 私たちの後にくるのか?」

「行かなければならないだろうな。しかしその前に、この異変の元凶をとっちめてからだ。お前たちは異変を解決してくれ。まだ怨霊は博麗神社の結界を抜けられない。しかし数がそろえばどうなるか分からん。下手をすれば人里にまで被害が及ぶやもしれんからな。異変の元凶よりも、実行犯をどうにかしれくれ。そうすれば、怨霊も湧き出ることもなくなるだろう」

 

 穴から漂う力の残滓から、この異変の真の元凶が誰であるかが命には分かる。そしてだからこそ命は二人を旧地獄へ送り込まなければならない。元凶を命自身が懲らしめるために。

 二人が穴から地底へ向かうのを見送ると、命はすさまじい形相で妖怪の山を睨む。そしてその場から消える。超高速で走り、とある場所へ向かう。

 

「あの馬鹿者が!」

 

 目的地は守矢神社。そして目的はそこにいるであろう女神。

 あっという間にたどり着いた本殿の扉を蹴り破り、叫ぶ。

 

「神奈子はどこにいる!」

 

 祭神と武神の親子喧嘩で守矢神社は三度崩壊することになった。

 

 

 

 ボロボロになり地面に倒れている神奈子をよそに、命は困り果てていた。かっとなって神奈子を折檻したまではいい。だが、結局神奈子がなにをしでかしたのかまでは分からない。尋ねればいいものを、尋ね忘れてしまった。頭に血が上り過ぎてしまい、とにかく神奈子への怒りで行動していたがゆえにだ。

 もう一柱の神である諏訪子はここにいない。巫女である早苗は事情をまったく知らなかったのか、境内だった場所の隅で蹲り震えている。さすがにこの状態で尋ねるのは酷だと命ですら思う。

 

「仕方がないか」

 

 話を聞くことができなかったが、それでも大体のことを命は把握している。異変の経緯を知りたかった命であるが、こうなっては前情報なしであるが異変が起きてしまっている場所へ赴くほかない。神奈子の尻拭いをするために。

 命もまた、旧地獄へ足を向けた。 




守矢神社は三度崩れる。
映姫様に続き、被害担当です。(主に親子喧嘩の)
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