博麗神社にぽっかりと空いた穴は、怨霊が這い出たとはいえかなり深いらしく、命が飛び込んで三十分を過ぎても終わりを見せることなくどこまでも続いており、いい加減加速すべきかと命が考え始めたころ、ようやく集着地点が見えてきた。
粉塵をわずかに巻き上げるものの、衝撃と音を完璧に抑え込み命は着地した。そこは高いところにある岩棚らしく、旧灼熱地獄が良く見渡せる。
ドーム状の空間が地下にどこまでも広がり、色とりどりの提灯が明かりを揺らし、様々な建造物を照らす。それは旧灼熱地獄に造られた街、旧都だ。一軒一軒の家屋は無節操に建てられているが、個個で見るとどれも流麗な細工を施され、かなりの技術を費やされたことが見て取れる。地上の大工でもこれだけの腕を持つ者はそういない。
しばし命が様子をうかがっていると、温められた酒の匂いがぷんと臭う。大体の神は酒好きであり、命もその後多分に漏れないが、それでもさすがに限度があり、顔を顰めずにはいられなかった。町中に漂う酒の匂い、鬼が住まうためだ。彼らは常に酒を飲む。だがそれでもこの香りは異常としか言いようがない。温められ香りが強まっている。
上空を命が見ると、まっ白な太陽が燃え盛っていた。ちりちりと肌を焼く熱、目を差す光、どれをとっても本物の太陽だ。
その近くに三つの影がある。一つは
「神奈子の奴め、憑代にさせたな」
ここにきてようやく命にも神奈子がしでかしたことが分かった。おそらく熱や圧力に強い妖怪を選別し、そのものに八咫烏の力を埋め込んだのだろう。その結果がこの異変。間欠泉ができたのは八咫烏の力に自然が感化したためだろうし、そこから怨霊が飛びだしたのは旧地獄の誰かからの合図だっただろう。おそらく救助を求めた。
音を鳴らし拳を握りしめ、命は神奈子をもう一度とっちめることを決意した。
旧都の道はは蛇の道の如くうねうねしており、より一層無秩序さを際立てており、歩き続けていると道順を忘れてしまいそうになるほどで、さしもの命も辟易としていた。方向感覚は決してくるわないといえるが、それでも無節操さの際立つ旧都はあまり好きになれず、できるだけ早く用件を済ませようと足を速めた折、唐突にある感覚を覚え、足を止めた。
「やれやれ」
命の右手にある家屋を粉砕し、拳が突き出た。命がその手を受け止めると、わずかであるものの後退りした。
命が手の平でつかむ拳は女性のものだった。手首には萃香と似たような黒光りする手錠と鎖があり、鬼であることが分かる。そして命を後退りさせるほどの力の持ち主は鬼と言えども多くない。
「久方ぶりだな、勇義」
「ああ、まったくさ、命」
家屋の壁がふきとんでできた穴からのそりと勇儀が身を出す。かつてのように豪奢な着物を肌蹴させているのではなく、簡素な西洋風の服を着ており、半透明のスカートをはいている。しかし感じられる力は全く遜色なく、それどころかかつての時よりもはるかに強まってさえいた。
「まったく私が異変の時に動くとこうなる運命なのか?」
「うん? よく分からんが、まあ付き合ってくれよ。あいつらとじゃ高ぶりはするものの、どこか満足いかないんでね。やっぱり弾幕ごっこより思いっきりやった方が性に合う」
急激に高まる力をいなし、命は跳び退り間合いを開け、勇儀と相対する。やる気満々に腕を回す勇儀に、ため息を一つこぼすものの、ニィッと笑みを浮かべ笑う。
「同感だ。私もこっちの方が性に合う」
「じゃあ、やろうか」
両者は飛びだし、拳を振るう。
しかしやはりというべきか、命がたたらを踏まされ、吹き飛ばされてしまう。圧倒的なまでの力の差がそこにある。命ですら覆しようのない力の差が。
「はっ、面白い!」
痺れる拳を力いっぱい握りしめ、命は勇儀目掛け駆け出した。