旧都の町中に響き合うのは拳が地を穿つ音ばかりで血の臭いすら漂わないが、命と勇儀の戦いはお互いの攻撃が皮一枚というレベルであり、激しさは時間が経てば経つほどいよいよ増していく。
今も勇儀が繰り出した飛び蹴りを命は腕でいなしつつ、カウンターとなる肘を喰らわせようとするものの、肘に手を置かれ上空へ逃げられてしまう。さらには命の頭上を旋回しながら勇儀が幾度も繰り出す蹴りを的確にさばきつつ、落下するであろう場所へ鋭い後ろ蹴りを放つ。槍と見間違うほどの蹴りであるが、それは勇儀の華奢でありつつも屈強な鋼の腕のクロスした防御を貫くことはできず、ただ後ろへ吹き飛ばす。
両者の間合いは広がるが、それを詰めることなく二人は構えを取るだけで動きが止まる。お互い分かっている。命は一撃でももらえば、それで戦闘不能と化す。逆に勇儀は一撃でも喰らえばそこからつなげられる連撃で沈む。例え武神であろうとも、鬼であろうとも確実に鎮める手札を二人とも有するがゆえに、どこか踏ん切りがつかず戦いは終わりが見えない。
「ち、面倒だ」
「来るかっ」
勇義が一歩踏み出し拳を振るう。ただの一歩で爆発的な加速が行われ、百メートルという距離を瞬きの間もなく詰め切る。大気を引き抜くかのような拳が振り抜かれる。常人ならば間違いなく頭蓋から上がはじけ飛び、無花果と化すだろう。しかし相対しているのは武人である命だ。拳をいなした命は後ろ回し蹴りを繰り出し首を刈りにかかるが、反撃を警戒し普段よりも踏み込みが甘いせいか勇儀の腕で呆気なくブロックされてしまう。
もどかしさに命が僅かに舌打ちをこぼす。いくら鬼であろうとも、本来ならばそう簡単にガードされるような軟な一撃ではない。後半歩踏み込めば、腕ごと刈り取ったであろう。しかしだからと言って下手に踏み込めば、鬼の耐久力任せの相打ちをされる可能性があるため、そう簡単に攻撃へ集中するわけにはいかなかった。
ガードの隙間から見える勇儀の目は全く弱っていない。追撃をさせないために、命はさらに技を繰り出す。
「十字頸木ッ」
振り下ろしの手刀と横へ振り切る手刀が勇儀の首を中心点にクロスして襲う。
「なまっちょろい!」
しかし相手は鬼の四天王。たとえ技を持たずとも戦いの経験からくる直観はほかの追随を許さない。必殺の一撃たりうるはずの業を、防いだ。もしこれが他の妖怪であるならば首をもぎ取り滅していたであろう攻撃を。
お返しとばかりに勇義の膝が大砲の弾の如く繰り出される。ギリギリ両の手で抑え込みにかかるのは成功したが、命の両腕はあっけなく弾き飛ばされてしまう。体制を崩しながらもバックステップにより腹部を襲った膝を避ける。
「かかったね」
にやりと勇儀が笑う。
膝蹴りが不意に変化する。膝から下がしなり、変則的な回し蹴りへと変わった。唐突な変化にさしもの命ですら対応しきれず、吹き飛ばされる。
吹き飛んだ先にある家屋を粉砕しながら命は飛び続け、いくつもの家屋を貫通し、ようやく旧都の外れにある岩壁にたたきつけられ止まった。
命は額から血を流し、折れ曲がった右腕を抱えて立ち上がった。咄嗟に右腕を犠牲にしてダメージを抑え込んだが、それでもダメージはかなりのものであり、僅かにふらつく。せき込んだ瞬間、ぼとぼとと血が口から溢れ出す。中身にも深刻なダメージが及んでいた。
ダメージで視界が霞む中、命は新しくできた一本道を見やる。
勇儀はゆっくりその道を歩いてくる。
「つまんないね、命」
「なに?」
聞こえた言葉に勇儀の顔を見やれば、つまらなさげにため息を吐いていた。
「つまんないんだよ、いまの命は。やることなすことが小さくまとまって。強くなったけど、弱くなったんじゃないか?」
ぐるりと腕を回す。黒光りする鎖がジャラジャラと音を立てつつ、跳ねまわる。まったくの無駄な動作。その動きだけで命ならば一体どれだけの攻撃を当てることができるだろうか。だというのに、いまの勇儀は先ほどよりもさらに強くなったような予感すら命は感じていた。
ダメージが残る体であるものの命は再び構えを取る。
「昔のアンタはそうじゃなかった。責任感なんてくだらないもので戦うなよ。人助けで戦ったのもあるだろうけど、それでも私と依然たたかったときは楽しそうだったよ。でも今は違う。重いものなんて捨てちまえ。どうせそんなもの、私たちに関係はないんだ。責任なんてソイツにとらせればいいんだ。命が背負う必要なんてない」
その言葉に命は動きを止めた。だらりと腕を垂れ下げる。
「そうか、駄目だな、背負うものを減らしたつもりだが、長い間のくせとはそう無くならないようだ。無意識に背負い込んでいたか」
ため息を吐くと、再び拳を強く握り込んだ。先程よりも力強く。
「ここでお前とこうして戦えてよかった、勇義。感謝しよう」
「はっ、なんだそりゃ。私にぶっ飛ばされてからそう言いな」
「悪いな、負けるつもりはさらさらない」
笑顔を浮かべて、軽くなった体に力を込めていく。
「それに私が先へ進むためになにをすべきか、それが分かったよ」
「そうかい、そりゃよかった、よ!」
言葉とともに命にとどめを刺すため勇儀は駆け出す。
鬼の力を万力の如く込められた拳は、それだけで一撃必殺と化す。たとえ勇儀の奥義たる三歩必殺ではなくとも、ただ殴るだけで生命をあっけなく奪いされる力がある。
それに対し、命はただ一歩前に出た。
それだけの最小の動作で勇儀の拳を避ける。続けて繰り出された裏拳、そしてその勢いを利用した回し蹴り。それらすべてを命はあらかじめ分かっていたかのように避け続ける。
「流水制空圏」
静かに命がつぶやく。清水がこんこんと湧き立つ泉のような静けさが辺りに広がる。
ありとあらゆる攻撃を受け止め粉砕する鬼の勇儀ですら、命から飛びのいて間合いを離す。その額にはわずかに冷や汗が流れている。
「覚悟は決まった。道を定まった。ならば、いちいち心を揺らしている場合ではない」
「ッは! 面白い!」
命が駈けだす。前傾姿勢で地を這うように。
近寄られることを嫌った勇儀が牽制の拳を連続で繰り出すが、そのどれもが完全に見極められ避けられ拳圧が地を穿つばかりだ。舌打ちを一つ打ち、足元を蹴りで薙ぎ払う。家屋をも蹴り散らすような足蹴りだが、それすらも命は散歩をするかのような気楽さで捌ききる。
「ふんっ」
ならばと足を高々と上げ、地面へ叩きつけようとする。鬼の力で地面を踏み抜けば、大地は隆起しそれだけで攻撃となる。しかし足を上げた瞬間蛇のように命の腕が勇儀へ絡み付き、気が付けばその体は投げ飛ばされていた。
「なっ」
「悪いな、勇儀。お前の負けだ。『天女打ち振るう羽衣』」
宙を投げられ、とっさに空を飛び体勢を立て直そうとした勇儀であるが、片腕を足で挟まれ抵抗するすべを失ったまま、命の強烈な肘を幾度も同じ個所へ叩きつけられ地面へ埋没した。
「がぁっ」
立ち込めた砂煙が晴れると、倒れ伏した勇儀とそのそばに立つ命がいた。