博麗神社に開いた大穴は、異変解決後そのままとなることになった。というのも異変解決を行った理由はあくまでも大穴が出来た事でなく、そこから霊が飛びだしたからであり、霊が現れなくなった穴はむしろ旧都へ直行する都合の良い道と化したからだ。
もちろん本来ならば旧灼熱地獄と地上は関係をそう簡単につなぐわけにいかない間柄であるが、穴が開いているのは博麗神社。人里と関係を結んだわけではない。そのため博麗神社周辺までならば旧都の者であろうとも出て来ても良い事になった。
これは命と鬼の四天王である星熊勇儀との間に交わされた約束であり、旧都のまとめ役である鬼との約束だ。旧都に住むほかの種族にも適用される。約束を守らない輩もいないだろう。なにせこの約束は鬼が交わしたもの。嘘を嫌う鬼は約束を守る。そして他の種族にも守らせるに違いない。鬼に反抗してまで地上に出たがる物好きな反骨精神のある輩は旧都にいない。もちろん今までのように紫か地底の権力者である古明地さとりの許可が出れば、博麗神社以外に地上へ出ても良い事となっている。
命の独断専行だが、この程度ならば紫もそう文句は言わないだろう。ただし、春先になれば仕事量が増えたと文句を言いに来る可能性は高いが。
しかしその甲斐あったと命は思う。
「……」
命が見つめる先、雪が降り積もった博麗神社の境内、そこで宴会が開かれた。一体何時ぶりなのか、鬼と人間が轡を並べて酒を飲んでいる姿を見るのは。萃香を残し地下へ行ってしまった鬼たちが、再び地上へ出て陽気に酒を飲んでいる。
顔を赤らめ、皆楽しそうにしている。その中でも特に楽しそうなのは、勇儀だ。魔理沙と霊夢を肩で組み抱き、呵呵大笑しており、どこか幸せそうだ。他の鬼たちもそうだ。どこか嬉しそうに酒を飲み交わしている。
「や~、絶景かな」
博麗神社の屋根の上に座る命の隣に、蝦蟇を思わせる意匠の帽子をかぶった洩矢諏訪子が来た。手には徳利ひとつと猪口がふたつある。ちらりと命が一瞥すると、にかりと笑みをこぼす。
「諏訪の蛇神か」
「そっ。アンタの子孫に負けた蛇神さ。まあ、蛇も神奈子に奪われちまったようなもんだけど」
かんらかんらと笑い、諏訪子は酒を煽る。酒精がつんとあたりに漂う。命は諏訪子から顔をそらし、ただ前を見て静かに尋ねた。
「それで、何の用だ。いまさら恨み言という訳ではあるまい」
「まあね、そりゃ当時はムカついたけど、どれほど神奈子と一緒にいると思っているんだい。もうそういった小さなことは流せる程度にはお互いを知っているさ。……そう、どうなれば悲しむか程度ならね。なあ、命。いや、スサノオノミコトよ。お前はなにを考えている。なにを成し遂げようとしている。今回の異変、いや私たちが起こした異変、それらすべてはお前が解決する必要性などなかった。だが、お前は解決に走った。まるで立つ鳥のように」
命の周りを白い蛇が徘徊していた。それらはミシャグジと呼ばれる祟り神だ。諏訪を治めていた古き土着の神そのもの。永遠の命と死を司る蛇神。それらが幾匹も群がり命を威嚇している。
心弱き者ならばただそれだけで死ぬであろう殺気が辺りを満たす。結界でも張ってあったのか、宴会を楽しむ者たちは命たちの方を振りむくことはない。
切り取られた世界の中、命はしばし何も語らずただ幻想郷を眺めていた。
「この地をどう思う」
「……懐かしき、美しき土地だ。神を敬い妖を恐怖する。人として正しき姿を維持し続けている」
「そうか、お前にはそう思うか。……私には、この世界は無味乾燥だ。お前たちは外からこの世界に逃げてきたそうだな。だが、そこにはお前たちの自由意思がある。ゆえに、この世界、幻想郷を正面から見ることができる」
命は空の猪口を取り、握りつぶす。
「だが私は違う。逃げるためにこの地に来たのは同じかもしれない。だが私は紫の誘いによって幻想郷へ来た。だから私にとってこの地はただの“逃げ場”でしかない。だからなにも感じ取れなかった」
諏訪子は言葉を発することなく、白蛇をなでながら聴いている。
「しかしここ最近私は幻想郷に住まう者たちによって心を動かされてきた。私はその心の揺れを気のせいにしたくない。だから私は向き合うことにした。その為にまず、逃げるのを止める」
「いったいなにから逃げるのを止めるんだい」
「月の都に住まう神、月夜見之命、月夜見朔からだ。その為に私は近々月へ行く」
何時しか上がっていた満月が、命を照らし出していた。