それは一体何の因果か。あるいは誰かの思惑というべきか。とかく重要なのは、命が月へ行くという意思を持ってから次次とその生涯を解決する手段が集まってきた。身代わりとなる分御霊を欲してきたもののうまくいかなかったが、その代わりというべきか自身の子孫が幻想郷へやってきて、命の代わりとなってくれるであろう状況と化し、さらには月へ行く手段が幻想郷にもたらされた。
ゆえに命は動き出す。月へ赴き、自身の想いを伝えるために。
ソユーズやスペースシャトルといった外来の機械であり、忘れられた技術の名称、ロケットというものがある。外来ではすでにすたれた古い技術であり、やくに立たないとかつて夢を載せたそれらは人々から忘れ去られ、ゆえに幻想郷へ流れ込んだ。
そしてそれがとある吸血鬼の暇つぶしの目につき、創られることになった。ただし、忘れられた技術であるロケットには様々な問題があり、それだけでは月へ行けるか分からない。
だが幻想郷には多くの人妖がおり、それぞれの考えで動いている。幾人かの思惑により、ロケットの技術的な問題は解消し、無事すべての準備が整ったころ、命は紅魔館にてレミリア・スカーレットの元を訪れていた。月へ行くという彼女に同行を願うために。
「それで私が貴男を連れていく必要があるかしらん」
真っ赤な部屋の真っ赤な貴族が座るような細やかな細工の施された椅子に片手を頬にあてて、レミリアは気だるげに答えた。
それに対し命は真っ向から答えた。
「ない。だがそれでも私はいかなければならない。その為にはあのロケットを使わなければならない」
話を聞きながらもレミリアは欠伸をし、膝を組み替え背もたれに背中を預ける。その顔にはありありと不満が見えた。
「そうねぇ、だったら誠意を見せて頂戴」
「誠意?」
「ええ。人にものを頼むならば誠意のひとつやふたつ見せるべきじゃないかしらん?」
薄ら笑いを含みレミリアは命の様子を窺い楽しむ。
神という存在は誇り高い。たとえ自身の頼みであろうと妖怪相手に頭を下げることなどあり得ない。レミリアとてそれは知っている。だからこその言葉でもある。
レミリアは妖怪であるとともに貴族という自負がある。純粋な妖怪であるならば命の頼みを断っただろう。神と妖怪は敵対存在でしかないからだ。だが貴族という面からはこの話はそう簡単に断るわけにいかない。自信を頼った存在を無碍に扱うなど、貴族としての名折れだ。それはレミリアのプライドが決して許さない。だからこその妥協。神である命が頭を下げるとレミリアも思っていないが、それでもそれだけのことをしたならばロケットを使わせようという。
「そうか」
命の発した言葉にレミリアは目を瞑り、ため息をこぼす。近くの従者を呼びつけるベルへと手を伸ばす。
ベルを鳴らそうとした瞬間、轟音が響く。
「頼む、私をロケットにのせてくれ」
レミリアが慌てて前を見れば、命は土下座をしていた。身体を震わせながら、それでも額を床に押し付けて。
驚きのあまり椅子を吹き飛ばしてレミリアが立ち上がる。
「なっ!?」
「いかなければならない。その為ならば、なんだってする」
びきりと床板の石材に大きな罅が奔る。あまりの力に紅魔館が悲鳴を上げ始めている。
「なぜ、そこまでするの?」
震えた声でレミリアは尋ねた。頭を下げるどころか、額を地に押し付けるなぞ神のすることでない。ましてや命ほどの神格の持ち主であるならば。
「あの子を傷つけたのは私だからだ。あの子に謝るためならば、誇りなど捨ててやる」
命の答えを聴いたレミリアは、しばし黙ったものの大きなため息を一つこぼすや否や、
「いいわ、あなたを乗せてあげる」
ふてくされたようにであるが、承諾した。
「……感謝する」
「その代わり」
命に頭をあげさせたレミリアが、真剣な表情で一つだけ条件を言う。
「必ずその子に謝りなさいな。もし謝れなかったのならば、貴男を宇宙にでも叩き落とすわ」
「ああ、もちろんだ」
命は月へ行くことになった。ようやく過去へと向き合うために。