命の身体から力強い黄金の光が溢れ出す。その光の正体は、膨大な神通力だ。
下級の神格が同様のことをしようとすれば、力が枯渇して消滅してしまうだろう。それほどの力を発しながらも、光は尽きることなく大河の如く次から次へと溢れ出し、纏う命の力を増大させていく。
至る箇所に傷を負い、血を流し弱り果てたはずの命の身体。もはや立つこともつらいだろう。だというのに踏み出す足は力強い。今の命は大妖怪すらも雛鳥のようにたやすく殺せるであろう力を発している。
『禁術 静動轟一』を発揮したからだ。その招待は超弩級の身体能力強化術に過ぎない。外へ放出されていく動の気と、内へ凝縮される静の気という相反する力を無理矢理に掛け合わせるという、精神と肉体が崩壊するリスクを犯すかわりに類を見ないほどの力を得る絶大な業。
ただでさえ桁外れな命の身体能力だ。元々大妖怪と渡り合えるほどのそれがさらに跳ね上がるとなれば、もはや止められるものなど地上には存在しない。
「ああ、命。どこまで私を喜ばせてくれるのだ」
だがそれだけの力、否、もはや自然災害と同じだけのエネルギーを向けられているというのに、命と向き合う月夜見はただ艶笑するだけだ。
「神の力をそこまで操れるのだ。もうかつてのようにお前を神として認めないなどと抜かす痴れ者もでない。もはや最高位の神格として扱われるにふさわしい力を手に入れたのだな。……さあ、帰ろう。月の都へ」
差し出される手。一見すれば美しい手だ。しかし至る所に修練の後が目に付く。何度も命が教えたことを繰り返してこなければ月夜見の手はできなかっただろう。その手のひらを見詰め、命は一筋の涙を流した。
「これが私の最大の罪か。ならばそれを贖おう。否、贖わなければならない。月夜見よ、私はおまえにそこまで愛される価値などない。自分の安寧のために高天原を、ほかの神々を、そしてなによりおまえを捨て去ったただの愚か者だ。それが私だ。こんな私をまだ愛し、必要としてくれるおまえの気持ちはうれしい。これほどの喜びはないだろうよ。だがだからこそ、今のおまえの手をつかむわけにいかない。それはおまえを殺すことに等しい」
命が構える。それを見た月夜見は悲しそうに顔をゆがめるが、すぐに呼応するかのように命と全く同じ構えをとる。力尽くで命を連れて行くという考えは変わらないらしい。ならば命がするのはただ一つ、精一杯抗うだけだ。
ためた力を一気に解放する。風景が後ろに流れる中、迅急に近づく月夜見の姿だけが命の目に入る。再び衝突する。拳と拳がぶつかり合う。渾身の力を込めた拳は月夜見に引けをとらない。ぶつかり合いで発生した衝撃波があたりをおそう。家屋の残骸が吹き飛び、広々とした空間が波紋状に広がっていく。
もはや人里は安全地帯ではなく、幻想郷の中で一番の危険地帯と化した。
繰り出される両者の拳と足。それらの衝突音が連続して響く中、命はわずかに前進していく。一歩足を踏み出すごとに、迫り来る攻撃の苛烈さ、威力、速度が上がる。踏み出す命の足が遅くなっていく。歯を食いしばり進んでいくが、それでもついには足が止まりかけてしまった。
「お、おお、おおおおっ!」
気合いを入れる。止まりかけた足に再び力を込め歩み出す。繰り出される数々の技をいなしながら、時に力尽くでも月夜見へ近づいていく。
だが膨大な力を振り絞り、研ぎ澄まされた業を持ってしてもなお、月夜見の力は絶大だ。繰り出される攻撃は、命の防御をすり抜け徐々に命の身体へかすめていく。
「ふっ」
短い呼気とともに繰り出した月夜見の一撃により命の防御が上へとはじかれ、返す刀で胸を痛打され押し飛ばされる。
ようやく詰めた間合いがたった一度の攻防でまた離された。身体能力を極限まで高めてなお、すがることのできない差が存在することに、命は愕然とした。しかしそれでも止まるわけにはいかないと、再び月夜見めがけ駆け出す。しかし今度は踏み出すことすらかなわず、ほほを打ち抜かれ吹き飛んだ。縮地と呼ばれる相手の意識の合間をぬう歩法で近づいた月夜見がほほを打ち抜いていた。もちろん命とて、縮地はできる。だというのに月夜見はその終わりまで命を完全に欺いた。それはもはや肉体面ならず、技術面においても命を上待ったという証明に過ぎない。
今度こそ、命は本当に動けなくなった。
確かに月夜見は強い。それは命自身が認めている。だが、それでも戦い始めた当初はまだぎりぎりであるが、技量という一点においては命の方が一枚上手だった。それがすでに逆転している。あまりにも早い“成長”に、命は驚きを隠せない。
それは命が生涯を、そして死した後も悩み続けたたった一つのことが理由だ。すなわち、才能。生きていたときは神の力を全くといっていいほど使えず、死した後もまた膨大な量の力で無理矢理術を使っていたに過ぎず、神としての才能はほとんど持たなかったのが命だ。だがそれでもこと武術において他者の追随を許さないほどのたぐいまれな才があったというのも事実。それを鍛え抜いたことこそが命にとって唯一の誇りだった。
その誇りが瓦解した。ただその才が命よりも月夜見の方が圧倒的に上だった。ただそれだけの事実により。そしてそれだけの事実が、命を肉体的にも精神的にも追い詰めていく。
一瞬の精神の空白。それは絶対的な隙だ。そしてそれだけの隙を見逃すような月夜見ではない。
「さあ、帰ろう。命」
命の腹部を月夜見の