彼女がいる。目の前に立っている。穏やかな笑みを浮かべて。僕の目の前に。
彼女の手が伸びて侍従の差し出したグラスを受け取る。いつから侍従がいたのか気づかなかった。視野が狭くなっている。酔いのせいか、緊張のせいか。たぶんその両方だ。
「陛下はお酒を好まれますが、他のものも用意しています」
彼女の手に持ったグラスの中には先ほどと同じように泡が立ち上っている。比べると泡が少し大きいのだろうか。水面へと昇る速さも速いように思えた。私の思考が遅くなってしまい、そう感じているだけかもしれない。
彼女がそっとグラスを傾ける。彼女の口元がわずかに動く。じっと見るのも
「おひとついかがですか?」
彼女の目線の先には侍従のもつ盆の上にグラスが一つ。私は恐る恐るグラスに手を伸ばす。
いまさら緊張することなどない。つい先程まで
ちがう。
しかし断言できなかった。
僕はもう、彼女しか見ていない。
グラスに口を近づける。泡の弾ける音、果実の甘い匂い、酒気はない。
口を付ける。喉元を過ぎていくの下に溜まっていた鉛のような重さが少し軽くなった。
「モンフェルから取り寄せた炭酸水に香りをつけたものです」
モンフェル、
「輸送が難しく現地でしか飲めないと聞いていました。
「ええ、まだ量を揃えるのは難しいようですが、最近になって
売られる。つまりは一部の貴族の特権ではない。富裕市民たちでも手を出せる状態と言うことか。まだ新しく興したばかりの事業。国内関税の簡素化とも無関係ではないはずだ。
そして少なくとも
「すごいですね、これは」
「ふふ、顔色が良くなりましたね。以前と変わらないようで安心しました」
彼女の笑い声がこぼれる。
「えっ」彼女は僕を覚えていた?
こっちの史実だとこの事業が始まるのはもうちょっと後ですね。