もうすぐ昼になるというのに窓の外には霧が立ち込めていた。
それを見つめ、ため息交じりに老人も吐く、霧よりも濃い紫煙を。
老人は振り返って椅子に座ると静かにパイプを置いた。
「報告書を読ませてもらった」
対面する二人の男は直立のまま動かない。
「これによると君たちは"成功した"と思っているようだね」
老人の声は不満を隠していない。
「お言葉ですが長官、公女にキズをつけることで王との婚約を解消させる」
「大公領と低地諸国の一部を合わせた国を作り帝国の狼藉者と一緒に大陸に蓋をする」
「どちらもあくまでも彼らを動かすための口実に過ぎません」
男たちは交互に話し出した。言い訳を並べる子どものように。
「王国と帝国の同盟に相互不信の小さなひびは入ったと見なせます」
「"また同じことが起こるかもしれない"と思わせるだけで連中は恐怖し、疲弊します」
「大公領内にも制裁人事の動きがありました。しばらくは実務者不足に悩まされることでしょう」
長官と呼ばれた老人が報告書を机に叩きつけた。
軽い破裂音が室内に反響する。男たちは微動だにしない。
「結果的に排斥されたのは我々が長い時間をかけて関係を構築した貴族家ばかりだ」
排斥と言っても直接的ななにかがあるわけではない。夜会や茶会でそれとなく話題が出るだけ。年季の入った者であれば一身上の都合で隠居をする。若者であれば勉学や信仰のためにどこか遠方の大学や修道院に身を置く。それだけのことだ。
「摘発された時機を思い出してみたまえ。君たちの計画は連中に利用されたんだよ。王国の空はさぞかし晴れ渡っていることだろうな」
老人の背後、窓の向こうには霧が空を溶かし灰色に鈍く輝いている。
いつもの空模様だが、その不満も合わせてぶつけている。これについては八つ当たりだ。
しかし老人の言うとおりだった。
もし、もっと早くに発覚した場合、彼らはのらりくらりと言い逃れたことができる。
もし、もっと遅くに発覚した場合、何事もなかったとしても噂を流し、王国と大公領を互いに糾弾させ合うことができる。
しかしどちらもできなかった。
おかげで大公領は独立派を排し融和派一本にまとまった。王国の思惑通りに。
老人が再び肺を煙で満たし、そして煙を吐き出す。
「次はどうするつもりかね?」
「この同盟を喜ばない者たちは大陸にもまだ多くいます」
「王や貴族の間にどれだけの信があろうと、王都市民は大公領を快く思っておりません。我々にできることはまだあります」
首府から西、運河を下った先にある港町カレス。冬の晴れた日にさらに西に目をやれば微かに見える島影がある。西海の島国。
その首都ランデネムでは既に"次の計画"が始まっていた。