大公領に向かう。持参する御祝品は毛織の大きなタペストリーだ。王家を示す盾上蛇紋と大公家の魚鱗紋が編み込まれている。
図案を考えてから織り上げるまでにかかる時間を想像する。今日この日が来ることはずっと前から定まっていたのだということを否が応でも思い知らされる。結局のところ、物語は定まっていたのだ。預かり知らぬ神の御裾の内でも、小さな領地の工房の中でも。
晩餐会には大公領の有力貴族や交易で財を築いた商家の者たちが集まっていた。私と同じ、低地諸国の帝国貴族も何人か呼ばれていた。いずれも大公領とは交易の付き合いがある家だ。
会場の一角には様々な御祝品が並べられ、私が届けたタペストリーも他の品に混じって会場の壁に飾られていた。大公領自身を含め、毛織物は王国帝国の区別なく中央大陸のどの街でも生産されている。しかしその巨大な消費地、市場は帝国ではなく王国にある。帝国首都にも需要はあるが、帝国中央は遠い。馬車を急がせれば半日で着く大公領首府の方がずっと近い。高い関税を差し引いてもだ。
しかし考えることは他も同じ。帝国内からだけでなく西海の向こうからも多くの品々が王国に持ち込まれる。大きな需要を越えた巨大な供給がもたらすもの、それは価値の低下。特にここ数年は新大陸に広大な植民領地を得た西海の島国から大量に持ち込まれる綿織物や毛織物は、品質こそ劣るもののその量と、なにより国家ぐるみの廉売で中央大陸の市場を破壊してしまった。帝国も王国も高い関税を課してそれを阻んだが、低地諸国を経由した回避策をとられている。いや、それもまだ行儀のいいほうで、密輸が横行しているのが現状だろう。父も対抗策として街の有力者に掛け合い、元々領内あった王侯貴族向けのタペストリー工房の支援を決定した。高級な装飾品としての名声を高め、生き残りを図った。今のところこの方針は成功している。壁に並んだ他のタペストリーと見比べてもうちのタペストリーは一つ二つ上等な代物に見える。地元贔屓を差し引いても、少なくとも見劣りすることはないだろう。この晩餐会で誰かの目に止まり、注文の一つにでも繋がれば名代としては十分な成果だ。
今日目に止まれば今後の商売でも、あのタペストリーの、と他の毛織物の宣伝にもなる。実際に立ち回るのは同行した者たちだが、まったく、自分は貴族なのか商人なのかわからないな。自嘲気味にふっと息が漏れる。
そして主賓たちが会場に現れた。王は彼女の手を引き、意味ありげな揃いの白い服を纏って・・・
とはならなかった。