リョウマとシオンの決闘から約三ヶ月が経過した。
シオンのほうから仕掛けた喧嘩は、リョウマの勝利に終わったが、事態は意外な方向に落ち着いた。なんと、リョウマ、シオン、ナギの三人――アカデミー卒業後にチームを組むことになるであろうメンバーで、定期的に放課後の修行を行うことになったのである。
この修行を持ちかけたのはシオンであった。彼女は敗北後、数日間は不機嫌であったが、その後リョウマとナギに対し、合同修行の話を持ち掛けてきたのだ。
リョウマとしては願ってもない展開だった。当初の予定通り、ナギに自身の体術を仕込める上、シオンという稀有な血継限界を持つ忍から技術を盗むことができる。爆遁をリョウマが使うことはできないが、彼女から得るものは確実にあるだろう。
また、ナギは修行を好まない性格ではあるが、アカデミーに同い年がいないという寂しさと、シオンの「あなたがいないと教える相手が一人欠ける」という高圧的な誘いから、半ば強引に付き合わされている形であった。
彼らの修行は持ち回りで行われる。リョウマは体術と肉体鍛錬を、シオンは雷遁と土遁(彼女の爆遁がこの二つを用いた血継限界だからである)を、それぞれ日替わりで教えているのだ。
「雷遁の性質変化の修行にはいくつか段階があるわ。まず第一に、簡単な性質変化の習得よ。両手を合わせて、手と手の間にチャクラを集中させて雷エネルギーを発生させる。そして、だんだんと両手を離して、手の間の雷遁のチャクラを維持するの」
家が立ち並ぶ小さな集落の空き地で、赤い髪の少女が二人の男の子に話しつつ、実践を見せる。彼女の両手の間では、小さな雷が空気を焦がすような微かな匂いを放ち、バチバチと甲高い音を立てて青白い火花を発生させていた。
「説明はこんな感じよ。二人ともやってみて頂戴」
生徒側の二人は頷き、シオンが実演した通りに掌を合わせる。リョウマが潜在的に相性の良い性質変化は雷と土だが、その二つに関しては、彼が主戦力とする体術と比較して、まだ実戦で使えるレベルには到達していなかった。
リョウマはシオンに従い両手を合わせて雷の性質変化を試みる。すると、掌に集中するチャクラが皮膚の先で熱を帯びるような感覚を覚えた。体内のエネルギーが手の内側へと凝縮されていく。未だ、形を成す雷を感じることはできないが、手のひらが微かに痺れるような感覚はあった。
出来としては良くもなく悪くもないといった程度だが、リョウマにとっては及第点であった。彼の最大の武器は、一族由来の体術の能力である。忍術はあくまで体術を補強するサブウェポンであり、基礎段階の習熟に時間をかけても問題はない。それに、この修行は「シオンの技術を盗む」という最大の目的のためにある。
そんなリョウマを横目に、黒髪でどこでもいそうな顔立ちの男の子――ナギは、リョウマの掌から伝わるよりも明らかに強い痺れを伴うバチ、バチという音を立てながら、順調に修行を進めていた。
「シオンちゃん!できたよ!」
ナギが年相応の喜びを露わにして呼びかける。彼の両手の間には、シオンの雷よりは細いものの、確かに一本の雷光が持続していた。その性質変化は初期段階の修行としては十分すぎる出来であり、子どもながらに嬉しかったのだろう。
「ナギやるじゃない。私が習った時よりも習得が早いわ!リョウマのほうは……。まぁいいわ、あなたのメインは体術だもの。ナギのこと気にしなくていいわ!」
シオンはリョウマに気を遣っているように見えるが、その目の奥にはまだライバルとしての鋭さが残っていた。彼女の教え方の上手さに感心し、思考を巡らせる。
(最初からシオンが修行に参加してくれて正解だった。一族は体術メインで、忍術の指導に長けた者は少ない。それに、彼女の教え方は思ったよりも上手だ。意外と教師に向いているのかもな。……だが、あのナギの習得速度はすごいな。私以上の才能、いや、チャクラ運用に長けた真の天才かもしれない)
リョウマはそのように考えつつ、自身の修行に集中する。一族の修行では肉体鍛錬とチャクラコントロールがメインであったため、華炎一族式の修行で忍術の基礎を学ぶことは非常にありがたかったのだ。
「そういえばだけど、海山一族ってどんな修行をしているの?あまりイメージがないから気になるわ」
不意にシオンがナギに話しかける。山の民の間ではマイナーな一族であるため、彼女は純粋に気になっているようだ。
「基本的には修行は付けてもらえないかな。僕の一族は人数が少ないし、みんなそれぞれの仕事で忙しいから、あまり見てくれる人がいないんだ。アカデミーに入る前は、年が近い子と遊んでいたよ」
「えっ……。じゃあどうやって飛び級でアカデミーに入れたの?何も教えてもらってない人間が飛び級なんてできるのかしら?」
信じられないと目を見開きながらシオンが反応する。
「お母さんを見てチャクラの使い方とかを覚えたんだ。僕の母さんが昔はくのいちだったらしくてね。任務で体を壊しちゃって右足がほとんど動かなくなったから今はもう忍として働けないんだけど、お風呂を沸かしたりとかご飯を作るときにチャクラで体を強化するから、それを見て独学でやってたんだ。そうしたら、ある日族長の目に留まってね。『この子は高名なご先祖の生まれ変わりじゃ!』って言って、アカデミーに推薦してくれたんだ」
ナギが答える。リョウマは改めてナギの才能が「独学と模倣」によって磨かれた純粋な才能であると分析し、衝撃を受ける。
「ふーんそうなのね。でもこっちには爆遁があるから、私の方が凄いわね!実践では負けないんだから」
シオンが胸を張りながら答える。爆遁は血継限界であるので、いくら才能があったとしても、それに相応しい血筋でなければ術を発動できない。
リョウマは、二人の無邪気な掛け合いを見つめながら、前世の子ども時代を思い出す。前世を合わせて合計三十五年を生きたから見れば、これは微笑ましい光景だ。
そうして彼らの修行の時間は過ぎていった。
「ただいま帰りました」
木の扉を開けながら、家にいる母に向かって帰宅の挨拶をする。父と兄は基本任務で外出していることが多く、二人の姉は医療忍者で病院にいることが多いため、必然的にリョウマの帰宅時には家に母しかいないことが多いのだ。
「おかえり。ご飯ができているから先に手を洗いなさい」
家の奥の方から父の声がする。どうやら、今日は家に帰るのが早い日のようだ。
「はい、父さま」
リョウマは父の言葉通りに洗面所へ行き、手を洗って食卓に着くのであった。
「アカデミーの方はどうだ?授業は順調か?」
父がご飯を食べつつ、リョウマに質問する。リョウマは幼いころより体術面に秀でていたため、父として教えることが少なく、それを少し後ろめたく思っているようで、リョウマのことを心配しているのだ。
「アカデミーの方は順調です。最近は放課後に華炎一族の少女と海山一族の少年と一緒に修行をすることが多いです。僕が体術を教える代わりに、華炎の子が僕に忍術を教えてくれるのでとても楽しいです」
「そうか、それは良かった。アカデミーはリョウマより年上の子が多いから心配していたんだが、楽しそうで何よりだ。華炎の子に関しても噂で聞いたことがある。リョウマと同い年で、大人顔負けの爆遁を操る子がいるとな。海山一族の子に関しては……聞いたことがないが、飛び級で入学できているぐらいだ。さぞ優秀なんだろう」
シオンは山の民の間で結構な有名人なんだなと、ご飯を頬張りつつリョウマは考えた。きっと我が一族には天才児がいるんだ!と他の一族に自慢しているに違いない。シオンのプライドが高いことも、あの一族のプライドの高さを考えれば納得できるだろう。
そのようなリョウマの考えとは裏腹に、父の顔は先ほどと比べて少し曇っていた。
「父様、どうかしましたか?もしかして明日から長期の任務に入るのでしょうか?」
リョウマが無邪気に父に質問する。すると母が横から割って話しかけてきた。
「リョウマ、そうじゃなくてね。その華炎一族の女の子と仲良くしているという話なんだけど、やぐら一族の他の人にはあまり喋らないほうがいいと思うわ。リョウマが仲良くしているということは、悪い子じゃないんだろうけど……」
母が少し言葉を濁すように発言する。どうやら、やぐら一族にとって、華炎一族の子と仲良くするというのはあまり外聞が良くないことであるようだ。
「母様。どうしてなのですか?」
リョウマが母に質問する。すると今度は父が答える。
「俺から教えておこう。リョウマもアカデミーに入って、他の一族の子と関わるわけだしな。リョウマはこの山の民の成り立ちを知っているか?」
「ええ、知っています。大体百年ほど前に千手やうちはが勢力を拡大し、それに対抗するように三十ほどの一族が連合を組んだ。確か、それが今の山の民の成り立ちですよね?」
既に習っていることであるので、スラスラと答える。
「ああ、概ねその通りで間違いない。ただ、山の民が様々な一族の連合という点が少し問題なんだ。今や規模で千手やうちはに匹敵するほどとなっているが、その内情は一枚岩とはいかない。山の民の中でも、各一族がそれぞれの主導権争いをしている。海山ほど小規模であれば関係はないが、華炎一族とやぐら一族はそれぞれ一、二を争う規模であり、もともと仲があまりよろしくないんだ。まして、近年は外部との戦争が激しくなっているから、主に前衛を担うやぐら一族の犠牲が大きいということもあって、後衛を担うことが多い華炎一族に対してあまりいい印象を持っていない者が多いんだ」
リョウマは話を聞きつつ、どの世界でも勢力争いはあるものだと思った。前世のサラリーマン時代にも似たような権力争い的なものはあった。自分の生存を第一に考える彼にとって、この手の政治的な問題は、才能ある仲間を得る喜びと同時に、将来の大きな障害として認識せざるを得ないのだ。
「ただ別にその華炎の女の子と仲良くするなという話ではない。リョウマの人生なのだから、好きに生きればいいさ。ただ、一族内で快く思わないものもいるだろうから、気をつけなさい」
父の感性はどうやら、この世界の忍者というよりもどちらかというと、前世の人間に近いものであるようだ。
そうして、その日の夜は過ぎていった。リョウマの頭の中では、各一族間の軋轢という要素が、今後の戦略を練るための材料として組み上げられていた。
翌日、リョウマはアカデミーではなく、一族の敷地内にある修練場に来ていた。修練場にはもう一人おり、それは昔よりリョウマに修行を施す一族の指導役の男性だ。アカデミーのない日はやぐらの修練場で修行を受けることになっているのである。
「これより、我らやぐら一族に伝わる秘伝の術の修行に入る。リョウマよ。一族の誇りにかけて、この術を習得し、死ぬまで研鑽を続けるのだ。それが一族に生まれたものとしての義務じゃ。よいな。」
初老の男性は厳かにそう言い放つ。ついに来たか、とリョウマは内心、期待と緊張がない交ぜになった感情を抱きつつ、修行に臨むのであった。