選ぶこと、選ばないこと 作:思い出
ダークネス騒動から数日後。ヤミさんの謝罪行脚も落ちつき、学校も以前の日常を取り戻してきていた……んだけど。
「モモ様!?そんなお姿になってしまうなんて……何かお困りのことがあったら是非我らV・M・Cに!」
「あはは……まぁ、考えておきますね」
教室に大きな声が響く。声を発したのは眼鏡をかけた男子生徒。名前は確か……中島くん、だっけか。
その様子を見たナナが嫌そうな顔をしながら毒づいた。
「けっ……あんなヤツのどこがそんなにいいんだか……」
「相変わらず大人気だね~モモちゃん」
「本人は若干迷惑そうだけどね」
メアの膝の上にちょこんと座らされている状態のナナと話を続ける。……というか、なんで抱っこしてるんだろう。
「ナナ」
「な、なんだよ」
じろ、とこちらを見るナナ。どうにもこの間からぎくしゃくとしてしまっている。どうにかしたいのだけど、俺が何か言っても逆効果なのが悲しいところだ。
「……ララはああいってたけど、実際どのくらいで元に戻るものなの?」
「ん……まあそんなにかからないとは思うけど。姉上やモモと一緒だったからそこまで使い切ったわけじゃないだろうし」
「え~、でも今のままでも可愛いよ。ね、リクくん?」
ナナをぎゅっと抱きしめながら、メアがそう聞いてくる。抱かれたナナはと言えば、ぎょっとした表情を浮かべたかと思えばすぐさま俺から目を逸らしてしまった。
「ねーリクくん?」
それを知ってか知らずか──間違いなく知っている──にこにこと笑いながらメアはこちらを見て、返事を促してくる。
……まあ、確かにナナは可愛いけれどもそれを言っていいのかは別問題なわけで。
「……それはそうだけど、そのままだと不便じゃない?やっぱり」
「そ、そうだナ!」
俺の言葉──不便の方に──全力で乗っかることにしたらしいナナ。ここぞとばかりに「高いところの場所が取れない」とか「体の大きさが変わって感覚もちょっと変になってる」とかの不満を矢継ぎ早に繰り出している。
メアはと言えば俺がはっきり言わなかったことが不満なのか、はたまたナナが俺の言葉に乗っかって来たことが不満なのか、なにやら口を尖らせつまらなそうにこちらをじとりと睨んでいた。
が、すぐに表情を笑顔に戻すと抱きしめているナナのことを撫で回しながら髪の先をこちらに繋げて
──リクくんのヘタレ。
──ヘタレて。
それだけ伝えると、メアはすぐに接続を切ってナナとのじゃれあいを続けていく。
ナナも、言葉では嫌がっているが実際は満更でもないようで笑顔でやり返している。
こんな平和がいつまでも続けばいい。柄にもなくそんなことを思った。
◇
「リクさん、少しよろしいですか?」
「モモ?いいけど」
「ここではなんですので、ちょっと……」
昼休み。こっそりとそんなことを言ってきたモモに連れられて屋上へとやってくる。
「で、話って?」
俺がそう聞くと、モモは少し呆れたようにため息をついて「せっかちですね……」と零す。
……わざわざこんな場所まで連れてきておいて引っ張るのも無駄だと思うのだけど。
そんなことを思っていると、モモは小さく「まぁいいです」と呟いて俺の目を見た。
「まずは、おめでとうございます、と言っておきましょうか」
「何の話?」
「当然、ヤミさんとの話ですよ。何をしてダークネスを解除したのかはわかりませんが……少なくともお二人が深く繋がったというのは確かでしょう?」
口調こそ疑問形だが、実際はそうだと確信している口ぶりのモモ。
「どうしてそう思うの?」
「そんなの」
と、モモは一度そこで言葉を切ると俺の顔を見てにっこりと笑い──。
「見てればわかりますよ」
いつかの俺のように、そう答えた。
「そういうもの?」
「そういうものです」
そういうものらしい。
「……まぁ、ありがとう、と言っておこうかな」
「ええ、そうしてください」
終始にこにこと嬉しそうな顔をしながら話を続けるモモ。何がそんなに楽しいのだろうか。
「それで、本題は?」
「分かっているでしょう?当然、ハーレムについてです」
「ハーレム、ねえ」
「リクさんは以前「愛がわからないから無理だ」と仰ってましたね。でも、それはもう解決されたのでは?」
ならもう問題はないですよね、と言葉を続けるモモ。正直に言ってそこ以前に大きな問題があると思うのだけど。主に倫理的な意味で。
「以前にお伝えした通り、宇宙ではむしろ一夫多妻やその逆の方が一般的です。そして、リクさんがその気になれば幸せにできる人はヤミさんだけじゃない」
「しかし、本音は」
「リトさんがハーレムを作るための先駆けにちょうどいいかと♡」
小さくなった背でフェンスに寄りかかりながら楽しそうに話すモモ。しかし、ハーレム……。ハーレムね。
正直、全く心を惹かれない。欲しいかと言えば全然欲しくない。しかし。
「……それを決める権利は、俺にはないな」
「というと?」
「正直言って、俺はハーレムに興味はない。全く、これっぽっちも。でも、うん。
自分でも優柔不断だと思う。振るならキッパリと振るのも優しさだろう。でも──。
──リク。
──リクくん!
──リク!
うん。俺は自分が思っているよりも我儘だったらしい。俺が振って、彼女たちが幸せになるのなら喜んでそうしよう。でも、そうじゃないのなら。
「それに?」
「いや、なんでもない。とにかく、俺としてはハーレムは賛成でも反対でもないかな。全員が納得できるなら、それも選択肢としてはアリなんじゃない?」
「優柔不断ですね」
「自分でもそう思うよ」
本当に。
「まあ、リトさんや以前のリクさんに比べれば雲泥の差と言ったところでしょうか。私は私で好きに動きますが、構いませんね」
「うん。モモのことは信じてるからね。やることは突拍子もないけどみんなのことを思ってやってるって」
「……前と変わりすぎじゃないですか?調子が狂うんですが」
「そう?」
そこまで変わったとは思ってないけど……。
「まぁ、リクさんがそういうスタンスなのは私にとってもありがたいことです。実質的にハーレム容認ということですから」
「一応言っておくと、別にハーレムが作りたいわけではないんだけど」
「結果が同じであれば、それは大した問題ではありません」
中々の暴論だ。大した問題ではあると思うが。
「なんにせよ、大事なのは俺の気持ちよりも皆の気持ちだ。一人でも納得できないなら、その時点でダメ。俺の目的はあくまでもハーレムじゃなくて、みんなが笑顔でいてくれることだから」
「……そこで「俺が笑顔にする」と宣言できない辺りがリクさんらしいといえばらしいですが、女々しいですね」
「めっちゃ刺してくるね」
残念ながら俺はまだ俺自身をそこまで信用していない。人は劇的には変わらない。彼女たちのことが大切なのは間違いないが、俺自身がそんな大層な人間ではないというのは変わらぬ事実だ。
俺がそんなことを考えている間にも、モモは何やら一人でぶつぶつと「これでリトさんも」だとか「問題はあの子だけど」とか呟いている。
どうやら話は終わりらしい。
未だに独り言を続けているモモに一声かけて教室へ戻ろうとした、その時。
「やっぱりリクくんもハーレム作るの?素敵!」
そんな楽しそうな声が屋上に響く。声のした方へ目を向ければ、貯水タンクの上──何故?──にいつもの
「メアさん?なんでここに?」
「モモちゃんがリクくんを連れて出ていくのが見えたから、何のお話するのかな~って気になってついてきちゃった!」
そんなことを言いながらこちらへ向かって飛び降りるメア。軽い音を立てて着地をすると、ぐいと距離を詰めて俺の両手を握りしめる。
「リクくんがハーレム作るなら、私に言うことあるんじゃない?ハジメテはお姉ちゃんに譲ってあげたけど……」
距離の詰め方がえげつない。言わんとすることはわかるし、事実言うべき言葉はあるけれど。
「それはまだ」
「え~!?」
俺がそう答えると、メアはリスのように頬を膨らませて口先を尖らせる。
「まず、話すべき人に話してからじゃないと」
「それって?」
「もちろん──」
「ヤミさん、ですよね?」
俺が答えようとしたのを遮って、モモが口をはさむ。
「お姉ちゃんに?だいじょーぶでしょ。お姉ちゃんリクくんのこと大好きだもん」
「というか、ハーレムのこともそうなんだけど」
「そうなんだけど?」
よくよく考えれば、俺からは──勢いとはいえ──キスまでしてしまったわけだけど、そのことについてヤミさんから何かしらの返事は一切もらっていないわけで。
──
どうにも宙ぶらりんであるのが現状だった。
……
遠回しにメアとモモにそのことを伝えると、メアは驚いたような、モモは呆れたような表情をそれぞれ浮かべて口を開く。
「何をなよなよとしたこと言ってるんですか。そんなのもう分かりきってるんですから耳元で「ヤミさんは俺のこと好きだよね」とでも言っておけばいいんですよ」
「わざわざ言う必要あるの?見てればわかると思うけど」
「たとえそうだと分かっていても思いは言葉にしなければ伝わらないものだよ。……というか、モモはそれモモがリト先輩にしてほしいことじゃないの?」
「そうですけど?」
さも当然のことのように肯定するモモ。そうですけど?じゃないと思うんだけど。
……何はともかく、まずは話すところからだ。じゃないと何も始まらない。でも、その前に──。
「メア」
「なーに?」
「ありがとう」
せめて、これくらいは。
「どーいたしまして!」
笑顔で返してくるメアを見て、ありがたいような、申し訳ないような。
そんな気持ちになった。
◇
「で、いつ言うの?今日?」
「話が唐突過ぎる」
「だらだら先延ばしにしてもいいことないと思いますけど」
「正論が痛い」
ぐいぐいと距離を詰めながらじっと俺のことを見つめてそう告げる二人。
善は急げと言うが急ぎ過ぎではないだろうか。もうちょっとこう、余韻とか……。いやそんなことを言う権利は俺にないのだけれど。
「あんなに悩んでおいてまだ悩む余地があるんですか?考えたところで結論が変わらないならその時間は無駄ですよ」
「モモ、怒ってる?」
「いいえ?私たちがこんなになるまで苦労した上で告白したくせに、なにをうじうじとしてるんですかなんて思っていませんよ」
「怒ってるねえ」
笑顔なのに圧がすごい。最初はもっと祝福してくれてたのに。
「まぁ、近々……数日中には話すよ。幸い、ルナティーク号に行けばいつでも会えるし」
俺の言葉を聞いたモモが、何やらぴくりと反応する。少し驚いた顔をしながらこちらを見て「今なんと?」と聞いてきた。
「え、数日中に話すって」
「その後です」
「ルナティーク号に行けば会える?」
「行けるんですか?」
「うん」
そういえば、話してなかったか。言いふらすようなことでもないけど。そんなことを思っていると、モモは再度──先ほどよりも、更に──呆れた表情をして頭を押さえ「いや……なんかもう、いいですね。はい。さっさと話してきてください」となんだか投げやりな返事を返してきた。
気持ちはわからなくはないけれど、酷くないだろうか。いや、別に酷くはないか。モモに迷惑をかけたのは事実だし……。
……いやでもハーレム云々はモモのせいなのでやっぱり酷くないか?
隣で「やっぱりずーるーいー!」などと言いながら腕を引っ張ってくるメアを横目に、そんなことを考える。
というか、その「ずるい」はどっちにかかっているのだろう。俺か、ヤミさんか、あるいは両方か。
そんなことを考えている間も、メアは俺の腕を引っ張って──というか楽しくなってきたのかなにやら抱き着いている──文句を言っている。
押し付けられる柔らかな感触と、甘いお菓子の匂い。真面目な話をしていたはずなのに、どうしても気が散ってしまう。
けれど甘えてくるメアを邪険に振り払うこともできず。
結局、その日はメアを何とかいなしながら帰ることになったのだった。