伝説のTS美少女ポケモン吟遊詩人はサトシストッパーになるようです   作:GT(EW版)

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味を占めたのでおまけのシゲル視点前編です。


そんな俺のライバルたち
最強の敵、マサラ人


 ──シゲルにとってヒイカという女性は、自分がポケモントレーナーとして初めて負けを認めた相手であった。

 

 今のシゲルがあるのも、彼女との出会いによる影響が大きい。

 彼女の歌に価値観を変えられたことで、シゲルは生まれて初めて自分の弱さとポケモンに秘められた無限の可能性に気づくことができたのだ。

 

 そんな過去があるからこそ、シゲルは世界最強のポケモントレーナーを争う夢の舞台──マスターズトーナメントの決勝戦まで上り詰めた今があった。

 

 一回戦では優勝最有力候補だった世界ランク1位のガラル地方チャンピオン、ダンデを打ち破り。

 準決勝ではカロス地方のチャンピオン、カルネとの手に汗握る激闘を制した。

 

 そして次の決勝戦で今からぶつかり合うのは、今年度のカロスリーグ優勝者にしてアローラ地方の初代チャンピオン。

 故郷は同じマサラタウンから旅立った宿命のライバル……思えばお互い、随分遠い場所までやってきたと思う。

 

 

「さあ、行こうか」

「ガメッ!」

 

 

 相棒たるカメックスに呼びかけ、シゲルはこのトーナメント最後の決戦場へと赴く。

 その階段を1段1段丁寧に踏み締めながら、シゲルは自らの転機となった彼女との出会いを──再会を追想した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カントー地方、最初の冒険。

 ポケモンマスターを目指し、サトシと同じ日にマサラタウンを発ったシゲルの旅路は概ね順風満帆と言って良いものだった。

 

 数多のポケモンをゲットし、育て上げ、実戦を繰り返し、カントー地方では10個ものジムバッジを手に入れてみせた。

 それでいて求道者というわけではなく、遊びも含めて充実した日々を過ごし、行く先々の町で綺麗なお姉さんたちと仲良くなっていく彼の姿はまさに「勝ちまくりモテまくり」の人生を体現していた。

 側から見れば浮ついているように見えるシゲルも、こう見えて根は真面目な性格のためかガールフレンドたちとの関係は健全で羽目を外しすぎることはなかったが……それでも気持ちとしては札束の風呂に浸かって高らかな笑い声を上げたくなるほどに、彼のポケモントレーナー街道は絶好調であった。

 

 そんな彼が初めて敗北を喫したのは、マサラタウンへの凱旋道中に立ち寄ったトキワジムでの試合である。

 

 ポケモンリーグに挑む前の腕試しとしてカントー地方最強のリーダーと噂されるジムに挑戦した彼を待っていたのは、ジムリーダーが繰り出した全く未知のエスパーポケモン。

 無骨な鎧を身に纏った白いポケモンは精鋭たるシゲルのポケモンたちに指一本触れるまでもなく蹴散らしていき、文字通り手も足も出なかったものだ。

 

 シゲルがヒイカと出会ったのは、その日の悔しい敗北から2日後のことである。

 

 その日、久方ぶりに故郷のマサラタウンに帰ってきたシゲルとサトシと時を同じくして、同郷のポケモン吟遊詩人であるヒイカもまた数年ぶりに帰郷していた。

 彼女がマサラタウンの公園でゲリラ公演を開いていたと知ったのは、シゲルが祖父オーキドへの報告とついでにサー↑トシ↓くんを煽る為にポケモン研究所を訪れた時のことだった。

 

「おやおやサートシくん! 思っていたよりも随分遅かったじゃないか! いや、それでも君にしては上出来カナ? まさか僕たちの中で最後に旅立った4番の君が、リタイアせずにここまで戻ってこれたなんてねぇ!」

「…………」

「……ピカピ?」

「サトシ、シゲルが来たぞ」

「? ああ、そう……」

 

 なんか……反応薄くない? 

 いつも餌をぶら下げられたコイキングみたいに食いついてくる君らしくないな。

 

 シゲルがいつもの調子で煽った幼馴染は、いつに無く元気が無かった。その手に抱えたモンスターボールに目を落としながら、シリアスな表情で俯く彼は横からタケシに指摘されるまでシゲルの存在にも気づかなかった有様である。

 

 心配したわけではないが、自分が煽る前から何故か意気消沈している彼を見るのはそれはそれで妙に気に入らなかった。……ハイテンションで呼びかけたこちらがなんだか盛大に外してしまったみたいでムカつくし。

 シゲルの存在を認識してもなおダウナーなサトシに、一体何が起こったのか問い掛けると本人に代わって祖父とカスミが状況を説明してくれた。

 

 

「ヒイカ君とバトルしたみたいでのう」

「リザードンがメッタメタにやられちゃったのよ。それにしたってまったく……切り替えられない男よねぇ」

 

 

 なん……ですと……? 

 

 ポケモン吟遊詩人ヒイカの帰還とゲリラ公演。その事実をこの時になって初めて知ったシゲルは、思わず硬直して祖父に提出しようとしたポケモン図鑑を落っことしてしまった。

 なにやってんだこいつとばかりに「ピカ?」と首を傾げるサトシのピカチュウの鳴き声が、シゲルの鼓膜に虚しく響く。

 

「くっ……僕としたことが……!」

 

「サトシなんてからかってる場合じゃなかった……!」と、そう言いながら崩れ落ちるように膝をついたシゲルは、悔しさに握りしめた両拳を床に叩きつけたものである。

 

「トキワジムで負けた時より悔しそうね……」

「いや、わかるぞその気持ち! 俺ももしアレを見逃していたらと思うと、数日は涙が止まらなかっただろうなぁ……」

「まあ、凄い舞台だったものねーヒイカさん」

 

 タケシから公演を妨害しに来たロケット団を彼女が鮮やかに返り討ちにしてみせたという話を聞かされた時は、その時のサトシにも劣らない勢いで盛大に落ち込んだものである。

 

 

 ──何を隠そう、シゲルはポケモン吟遊詩人ヒイカのファンだった。

 

 

 ポケモン吟遊詩人として世界中を旅回るマサラタウン出身の名優の存在を知ったのは、サトシと同じ5年前のこと。

 姉に連れられて訪れた公演で初めて彼女の姿を見た時、幼いシゲルは鮮烈な衝撃を受けた。

 物静かで神秘的な雰囲気を放っていた当時12歳の彼女は、ひとたび舞台に上がればその印象に反して溌剌としたトークスキルを披露し、会場に集まった人々を大人から子供まで大いに湧き立たせてくれた。

 

 そんなヒイカは容姿だけでも非常に目立つ存在だったが、特にシゲルの記憶に焼きついていたのは彼女自身が10歳の頃に体験したという「旅のエピソード」だ。

 

 

 ──それは、伝説の巨大ポケモンに挑んだ熱き勇者たちの物語。

 

 

 悪しきポケモンハンターの手によって封印から解き放たれた超古代の巨大ポケモン、金色のオコリザル。

 眠りを妨げられたことに怒り狂う彼は、近隣の町々で暴虐の限りを尽くしていた。

 

 そんな中、ポケモンリーグを目指す旅の最中偶然近くに立ち寄った当時のヒイカは、町の有志たちと共にその怪物に立ち向かったのである。

 

 戦いは熾烈を極めた。

 炎上する町々。

 次々とやられていく町の有志たち。

 それでもと諦めずに立ち向かう人々の最後の希望は、彼らからリレーバトンのように送り届けられた1つの「炎の石」としてヒイカの前に転がり込んできた。

 

 託されたその想いと共に、ヒイカのガーディはウインディへと進化する! 

 

 しかし、彼女と相対する伝説の巨大ポケモンは強い。

 進化したウインディの力を以てしてもなお、圧倒的な体躯と戦闘力を誇る金色の巨大オコリザルの前では勝ち目は薄かった。

 

 じわりじわりと追い込まれていく状況の中、ヒイカは現状を打開する唯一の活路として人々と、その周囲に住む野生の炎ポケモンたちに向かって呼び掛けた。

 

「みんなの炎をウインディに分けてくれ」と。

 

 ヒイカのウインディは炎タイプの技を吸収することで、自らのパワーを増す特殊な体質を持っていたのだ。

 その特性によって限界を超えた炎の力を以て、巨大オコリザルの打倒を目論んだのである! 

 

 愛と勇気と誇りをその胸に。 

 圧倒的な黄金猿に向かって果敢に立ち向かっていく彼女らの姿を見て、かくして町の人々は応える。

 

 ポケモンハンターとオコリザルによる姑息な妨害に遭いながらも、彼らが掻き集めてきた野生を含む町中の炎ポケモンたちの炎をウインディは吸収していき──奇跡は起こった。

 

 

 超フルパワーでんせつポケモンの完成である。

 

 

 みんなの力で己の限界を超越したヒイカのウインディは赤色のオーラを纏い、超古代の力を持つ巨大オコリザルと決戦も決戦、超最終決戦を繰り広げる! 

 

 そこから始まった超古代神話の再現とばかりの死闘の果て──ウインディはその身に結集させた通常の10倍の威力を持つかえんほうしゃによって、遂にオコリザルを打ち破ったのだった。

 

 ヒイカのウインディの初陣は、まさにその名に恥じぬ伝説的な一戦となったのである。

 その伝説の幕引きとして、最後はオコリザルを見捨てて1人飛行船に乗って逃走しようとするポケモンハンターに対して追撃のかえんほうしゃを浴びせ、海の彼方まで吹き飛ばしていくラストシーンはまさに痛快であった。

 

 倒したオコリザルも再び穏やかな眠りにつき、穏便な結末となったのも後味が良い。そんなワンエピソードである。

 

 

 彼女の奏でる緊迫とした音楽と歌によって当時の情景がありありと浮かび上がるミュージカルのような弾き語りは、幼きシゲルが「ウインディかっこいい……ぼくもゲットしたい!」と思ったきっかけでもある。

 伝説の巨大ポケモンとの壮絶な戦いを制したでんせつポケモンの伝説的なお話に、5歳のシゲルは完全に魅了されてしまったのだ。

 

 何より公演の間、当のウインディが伝説の証人として彼女の傍らに鎮座していたのが大きい。……その毛並みに触らせてくれたのも。

 ともかくポケモン吟遊詩人のヒイカは色々な意味でシゲルの記憶に焼き付いている存在だった。

 

 

「そうか……あのヒイカさんが来ているのか」

 

 

 まだ物の道理もわからぬ幼童の頃にそのような衝撃的な物語体験をさせられては、5年前の話とてマサラの子供たちが彼女の存在を記憶に刻むのは必然である。

 特にシゲルの場合は姉のナナミが彼女と大親友の関係であったことも大きいだろう。

 彼女がマサラタウンに定住していた10歳までの頃、シゲルの年齢はまだ3歳以下で流石に幼すぎたのもあり当時の彼女のことは覚えていないが……姉が言うには、彼女は何度か家や研究所にも遊びに来たことがあったらしい。

 また、彼女のことは姉だけでなくシゲルの尊敬する祖父にとっても印象深いトレーナーだったようで、「あの子はマサラタウンを出た子供たちの中で、1番優秀なトレーナーじゃったな……」という評価を聞いている。

 祖父がそうやって彼女のことを語る際、どこか寂しそうな目をしていたのが印象的だった。

 

 その「ヒイカ」がこの町にいると聞いたシゲルは、「こうしてはいられない!」と研究所を飛び出し、人伝に町を探し回りながら意気揚々と彼女の元へ足を運んでいった。

 このマサラタウンは小さな田舎町であり、彼女の風体は非常に目立つ。捜索に時間はそう掛からず、無事見つけることができた。

 

 緑が静かに揺れる自然公園の中、切り株のベンチに膝を立てて座りながら楽器を調整している女性の姿に一瞬言葉を失ってしまったのは、ここだけの話である。

 5年前の時点でも彼女は周囲との一線を画す美貌であったが……今のヒイカの蒼銀色の姿はかつての記憶にも増して輝いて見えたのだ。

 

 

「……ポケモン吟遊詩人のヒイカさんですね」

「おや? キミは……」

「僕はシゲル。昔、この町で貴女の歌に聴き惚れた──ただのファンボーイですよ」

 

 

 そんなシゲルがガールフレンドたちに対するよりもさらに丁重な態度で名乗りながら、自己紹介も程々にポケモンバトルを申し込むこととなったのは、自身の腕試しだけでなく、彼女に対する説得のつもりでもあった。

 10個のジムバッジを集めその眼差しはポケモンリーグを見据えているシゲルにとって、その理由は1つである。

 

「貴女ほど強く美しいトレーナーには、この町の公園なんかよりもっと大きなステージがお似合いでしょう! その時は是非、僕にエスコートさせていただきたい!」とかなんとか……そう言って、彼女に大会出場を促したのだ。

 

 振り返ってみると、あの頃の自分にしてもちょっとおかしなテンションだったなとシゲルは思う。

 

 その時の言葉はもちろん、「大きなステージ」というのはポケモンリーグのことで、そこにエスコートするというのは「自分とリーグで戦いましょう」という意味である。

 

 そんなシゲルガールズが聞いたら黄色い悲鳴が吹き荒れること間違いなしといった大仰な口説き文句に対して──彼女は「くすっ……あははっ!」と声を上げて笑ったものだ。

 

 普段はぎこちない微笑みを浮かべることが多い彼女にしてみれば、何とも貴重な満面の笑顔だった。

 

 

「ふふ……気遣ってくれてありがとう。シゲルくんは優しいね。だけど大丈夫。実は私、今回のセキエイ大会に出場するつもりなんだ。だからキミたちともライバルになるのかな?」

「……っ!」

「会場で会うことがあったら、よろしくね」

 

 

 シゲルが誘いをかけなくても、彼女は最初からステージに上がるつもりだったのだ。

 話によるとそのきっかけは彼がニアミスしたサトシとのバトルだったというのが気に食わなかったが……それはそれとしてシゲルにとっては願ってもない展開だった。

 

 彼女自身が5年前に弾き語った物語の語り手であり、主人公の1人でもあったヒイカという少女。

 かつて憧れた吟遊詩人が自分と同じポケモントレーナーとして、ポケモンリーグという最上の舞台に上がる事実に高揚する想いは非常に大きく──シゲルには勝つ自信があった。

 

 祖父が知る中で、このマサラタウンで最も才能に溢れていたという先輩。

 そんな彼女に打ち勝つということは、シゲルからしてみれば憧れへの挑戦であると同時にあの日トキワジムの戦いで揺らいでしまった「自分自身の才能」を再び証明する好機だと感じていたのだ。悪い言い方をすればシゲルは彼女のことを、自分がポケモンマスターになる為の「最高の踏み台」だと思っていたのかもしれない。

 

 

 ──しかしその傲りはリーグ本戦開始を待たずして、その日行ったウインディ同士のスパーリングで粉々に打ち砕かれることとなった。

 

 

 彼女の手で鍛え上げられたポケモンたちの強さの次元は、シゲルの想像の遥か上を行っていたのである。

 あちらはこちらのウインディに対して致命的なダメージを与えないよう思いっきり手加減してくれたのが明らかでありながら、こちらの方はあちらの動きに対して全く追従することができなかった。

 まるで大人と子供。プロとアマチュアだ。

 

 後に、シゲルは語る。「あの時まで僕は、完全に井の中のニョロモだった。僕は自分のことを誰よりも優れた才能を持っていると思っていたけれど……本当に強いトレーナーが戦っているステージは、あの頃の僕が思い描いていたよりもずっと先にあったんだ……」と。

 

 シゲルはそれを知っていた筈だった。5年前に彼女自身が弾き語ってくれた伝説の物語で。

 心のどこかではまだ「嘘くさい」と思っていたのかもしれない。

 しかし、自分もこうして一端のトレーナーになったことで、改めて理解することができた。彼女が5年前に弾き語ってくれた伝説の数々はいずれもエンタメ的に誇張された話ではなく、彼女自身が体験した出来事を客観的に評価した完全なるノンフィクションだったのだと。

 

 

「……あの時みんなから貰った炎の力はあの場限りのパワーアップで、今ではとっくに無くなってるんだけどね。今のこの子はただのウインディだよ。ただの……私の自慢のポケモンだ」

「バウッ!」

 

 

 ポケモンに対する並外れた観察眼を持っているからこそ、シゲルはほんの少し打ち合っただけでも彼女のポケモンが持つ途方も無い潜在能力を理解してしまった。故にシゲルは、こうも鍛え上げてみせた彼女の手腕に驚愕したものである。

 

 自分もこの旅の中で完璧に鍛えたつもりだったのに……と。

 

 その時になってシゲルは、からげんきだけが自慢な幼馴染みが何故ああも落ち込んでいたのか身を以て思い知ったのだ。

 

 ああ、確かにこれはキツいね……

 

 これまでの自分のやり方が全て間違えていたのかと思うほどに、隔絶した力の差。今すぐでも目の前が真っ暗になりそうな心情だった。

 

 ……しかし当のヒイカはそんなこちらの感情に対して強者故の鈍感さもなく、驚くほど的確に察してくれたものだ。

 

 

「そんな顔をしないで……キミのポケモンたちが悲しむ。キミの育て方は、何も間違ってないと思うよ? 今の差はほんの少しのスタートの違いに過ぎない。私にはこの子たちと7年の付き合いがあるからね……キミたちは素晴らしいトレーナーだけど、今の時点で勝たれたら先輩の立つ瀬がない」

 

 

 困ったように微笑みながら、彼女はそう言ってウインディのたてがみをわしゃわしゃと撫で回した。

 その立ち振る舞いに強者故の鈍感さは無かったが、強者故の余裕は全身から滲み出ていた。しかし彼女の言葉はシゲルに対して、自分がレディーに気遣われたという事実に対する情けなささえ感じる隙を与えてくれなかったものだ。

 

 

「月並みの言葉だけど……今はそのまま、自分とポケモンを信じて進んでいくしかないんじゃないかな?」

 

 

 その後、彼女が指摘したシゲルの欠点は1つ。

 ヒイカはズバリと切り込んだ。「キミはポケモンに対して豊富な知識を持っているけど、だからこそ、この子たちの可能性に対して無意識に上限を設定してしまっているのかもしれない」──と。

 そのために予想外な出来事が起こった際、態勢を立て直すまで僅かに対応が遅れてしまうのだと。

 ……これはトキワジムでも痛感した自分の弱点であり、耳の痛い指摘であった。

 

 ピンと人差し指を立てながら、ヒイカは語る。

 

 

「──とは言え、私が語らずともキミならいずれ学ぶことです。だから、私からキミに言えるのは、ささやかなおせっかい。

 キミに必要なのは、今よりももっとたくさん見て、聴いて、覚えること……かな。バトルだけじゃなく、何気ない日常の中でポケモンたちの声に耳を傾けるのも良い。そうだね──キミが対抗心を抱いているあの子からも、見習うべきところは見習うべきなのかもしれないね」

 

 

 その言葉はロジカル思考なシゲルとは対照的に、直情型で常に直感的に行動する幼馴染──サトシのことを指しているのだと察した。

 

「サトシ、か……」

 

 実を言うと、シゲルから見たサトシの評価は決して低くない。

 

 それを本人の前で口にすると調子に乗ってきそうなので話したことはないが、旅の中で時折小耳に挟む彼の噂話の数々にはマサラタウンにいた頃からは考えられない目覚ましい成長を感じていたのだ。

 

 マサラタウンを旅立った頃、4人の中でぶっちぎりでダメダメだったのが彼だ。

 そのダメさたるや最初のパートナーポケモンを受け取る記念すべき日に大遅刻をかましてきたぐらいであり、控えめに言って劣等生の称号を欲しいままにしていたのがマサラタウンのサトシという幼馴染だった。

 

 旅に出て最初の頃は、共に旅立った他の同期たちの活躍を聞く中でサトシの活躍だけは全く聞かなかったし、ポケモンのゲットもジムバッジ集めもシゲルたちに対して大きく遅れを取っていた。

 他の2人からは「アイツはもう脱落したんだろう」と眼中にすら入っていなかったし、言われても仕方ないと思っていた。

 

 そんな中、風向きが変わったのはカントー地方で最難関クラスのジムである「ヤマブキシティのエスパージムを突破した」という噂を聞いてからのことだ。

 

 カントー地方に生息している大概のタイプに強いエスパーポケモンの対策は容易ではなく、ジムリーダー自身も超能力を使うサイキッカーだと言われていた。

 得体の知れない実力者故にシゲルさえも攻略を後回しにしていたそのジムを──彼はマサラタウンの誰よりも早く突破してみせたのである。

 

 その戦闘は話に聞いた限りまともなポケモンバトルとは少し違うようであったが……勝ちは勝ちだ。

 ゴールドバッジの獲得を機にサトシは他の同期たちを次々と追い越していき、今やシゲルのすぐ後ろまで迫ってきたという事実だけがそこに残っていた。

 

 気づけば彼のことが眼中に無かった2人の同期が先にドロップアウトした中で、サトシだけがシゲルに続いてポケモンリーグへの挑戦権を手にしていた。

 彼自身は「オレだけ町の人たちからの扱い悪くない?」とか愚痴っていたが……実際のところ、彼を知る町の誰もが彼の叩き出した成果に驚嘆していたのだ。

 

 根性しか取り柄の無かったあのサトシが、その根性を以ってマサラタウンへ栄光の凱旋を果たした──本人には自分よりもゲットしたポケモンやバッジの数が少ないことを盛大に煽ってやったシゲルだが、彼は同じ日に旅立った同期の中で唯一生き残ったサトシの成長を確かに認識していた。

 その内心をヒイカは、ほんの少しの会話だけで完全に見抜いていたのだ。

 

 

「友達は……特に自分に突っかかってくれるライバルのことは、大切にしなよ」

「それは…………まあ、はい……」

 

 

 しかし、そんなシゲルだからこそ、自分以上にサトシのことを評価するヒイカの言葉には年相応にムキになる感情があった。

 それは「アイツなんかより、僕の方が上だ」と……サトシの成長を認めた上で全てにおいて自分が勝っていると確信しているが故の感情である。

 尤もそう呟くと、どこか微笑ましいものを見るような眼差しで見てくるヒイカの視線が居心地が悪かったものだ。……なんだか昔一緒に暮らしていた姉に似た雰囲気を感じたから。

 自他共に認めるお姉さんキラーのシゲルだが、彼女だけは自分の方が手玉に取られているような感覚が拭えなかった。

 

 ……そんなこんなでサトシのことを見習うというのは受け入れがたかったシゲルだが、それはそれとしてリーグ開催までに自分がすべきことを明確に理解していた。

 大会まで2ヶ月の猶予があるこの期間にヒイカと手合わせし、乗り越えるべき「壁」と直面することになったのは、挫折知らずのシゲルにとって非常に有意義なものであった。

 

 この頃はサトシの方もヒイカとの敗戦を機に言うことを聞かなかった当時のリザードンと本気で向き合い、彼のリザードンが真のエースへと覚醒した重要な転換機でもあり……題するならこの2ヶ月間の出来事はヒイカという同郷の先輩トレーナーを起点にした「熱闘修行編」といったところだろうか? 

 

 その期間でシゲルは自分の限界を超える為、さらなる修行に精を出し、大会で採用するつもりのポケモンたちを時間が許す限り徹底的に鍛え直していった。

 この2ヶ月間、シゲルは何度かヒイカの元へ赴き直接アドバイスを求めたこともあった。大会開催までの間、彼女もしばらくの間ポケモン吟遊詩人としての仕事を休業しマサラの実家に滞在していたのだ。

 そんな彼女からはアドバイスの見返りとして実家の大掃除を手伝わされたりもしたが、彼女はいつもシゲルの訪問を快く受け入れてくれたものだ。その際には彼女の実家内での軽装やチャーミングなエプロン姿に心を揺さぶられたりすることがあったりしたが……閑話休題。

 

 

「キミは覚えが良いし、私に色々なポケモンを見せてくれるからね。だからウチにキミがやってくる時は、いつも楽しみにしているよ?」

 

 

 なんだこの人女神か……と思ったことも一度や二度ではない。

 見た目は氷の妖精のような冷たい雰囲気を感じる彼女だが、シゲルが実際に話した彼女はいっそ危うさを感じるほどに優しかったのだ。

 

 そんな関係であったからか、シゲルの中では先輩というよりもある意味「塾の先生」のような認識があったのかもしれない。

 こちらの学習意欲を削ぐことなく嫌な顔1つせず応対してくれる彼女は、7つの年齢差があるシゲルに対しても親身で誠実だった。

 大会当日には同じ挑戦者として優勝を争わなければならない彼女とそんな関係になってしまったのは、ヒイカという先輩がこの時のシゲルにとって極めて貴重な存在だったからというのもある。

 類稀な才覚を持つマサラタウンきってのエリートトレーナーであるシゲルにとって、ポケモンバトルの修練において頼りになる人間は少ない。

 ことポケモン知識に関してはオーキド博士という界隈の第一人者がいるのだが、当の祖父は「今のシゲルに教えられることはないのう……」と及び腰であった。

 そんな彼も昔は優秀なトレーナーだったと聞いたことがあり、今も本気で戦えば相当な実力があると思っているのだが……ポケモンバトルに対して何か嫌な思い出でもあるのか、祖父はバトルの指導について専門的なことは口を出したがらなかったのだ。彼のそれはシゲルのみならずマサラの子供たち全員に対して共通したスタンスだった。

 

 その点、ヒイカという先輩は技術の指導者としてはまさにシゲルが待ち侘びていた人材と言えた。

 シゲルたちより7年先に旅に出ていた彼女はそれ故にバトルの経験が豊富であり、聞けば快くそのノウハウを教えてくれる。何よりこの時のシゲルより圧倒的に強かった彼女が指南するバトルの心得は、他の場では滅多に学べない「対伝説のポケモン」の戦術理論でもあり非常に高度なレベルを見据えていた。

 

 

「たとえ伝説であろうとも、絶対に無敵なポケモンは存在しない。どんな力も、工夫次第でチャンスはあるものだよ。例えば私がふたご島でフリーザーと戦った時は……」

 

 

 彼女が何気なく自らの体験談を語る度、シゲルは「僕が知りたかったのはこれだ……!」と思った。

 

 なまじシゲル自身がポケモンバトルに対する知識や技量がハイレベルであったがために、彼の教師役はベテラントレーナーであっても並大抵の者では務まらなかった。

 その点、ヒイカという先輩による指南はシゲルの成長にとってこれまでにない感触を与えてくれた。

 

 別段つきっきりでトレーニングを見てくれたわけではなく、直接指導を受けた回数も決して多くはない。

 そもそも本人からしてみれば、ふと気づいたことを詩的に投げかけるような何気ない一言の数々だったかもしれないが……その言葉はシゲルにとってまるで天啓のようにスッと胸に馴染んできたのだ。

 その結果彼は、この2ヶ月の間でトレーナーとして一層飛躍することができた。元々自信家だった彼だが、一層パーフェクトに負ける気がしない仕上がりで大会に臨むことができたのである。

 

 

 そうして訪れた大会当日──ポケモンリーグセキエイ大会。

 

 開会式ではロケット団の妨害というアクシデントがあったもののシゲルの手を煩わせることなく伝説のポケモンファイヤーの降臨によって事件は解決し、大会は無事開催された。

 その際ロケット団に対していの1番に食ってかかった幼馴染のサトシが自ら手の内を晒すようにフシギダネを繰り出していたが……アレならば優勝の脅威にはならないと感じた。

 どうやら2ヶ月間の修行でさらに力の差がついてしまったようだと、シゲルは得意げに鼻を鳴らしていたものだ。

 

 尤もそんなシゲルとは対照的に、「大勢の出場者たちの中でサトシだけがロケット団に応戦した」という事実こそを賞賛したヒイカの姿がシゲルには妙に面白くなかった。

 

 ……彼女自身が直接口にしたわけではないが、シゲルは気づいていた。

 彼女がかけるサトシへの期待は、シゲルに対するそれよりも明らかに高いことに。それは同じポケモンマスターを志す者として、心底気に食わない事実だった。

 

 

「僕の方が、上だ」

 

 

 ガキ臭いジェラシーを感じたわけではない。

 しかし解せない感情を抱えたシゲルは最初の試合をパーフェクト勝利で飾った後、彼女をランチタイムに誘い、直接問い詰めてみることにした。

 

「この大会で、貴女は誰に注目していますか?」と。

 

 舞台の上では話し上手なヒイカだが、普段は見た目通り口数が多い方ではない。お近づき難い「高嶺の花」という表現が誰よりも似合う女性であり、大会期間は食堂の窓際で淡い日光を浴びながら独りキュウコンのブラッシングをしている光景がよく見られた。

 そんな彼女だが、話し相手として非常に聞き上手であり、こちらの自慢話や質問に対して穏やかに応えてくれる姿勢は陽気なガールフレンドたちとはまた違って新鮮な味わいに感じた。

 

 そんな彼女が、シゲルの問い掛けに答える。

 

 

「ヒトカゲを使うあの子だね。ヒロシで名前は合ってるかな? あのトレーナーは素晴らしいよ」

 

 

 迷うことなくヒロシを挙げた。彼が当時使用していたポケモンはピカチュウとヒトカゲで、いずれも最終進化まで行っていない発展途上といったところ。

 

 誰……? てっきり自分かお気に入りのサトシの名前が上がってくるものだと思っていたシゲルは、思わぬ第三者の登場に面食らった。

 

 

「ヒロシは何と言っても推理力が高いんだ。近いうちにカントー地方を代表するトレーナーになる。だからしっかり見ておいた方がいいよ」

 

 

 自信たっぷりに予言した。

 氷のような表情を変えずしてふふんと胸を張る姿からは、意外な一面を見れた気がして少しだけ嬉しい気持ちになったシゲルである。

 

 

 そして──そこから「ヒロシ」はあれよあれよと予選を勝ち上がり、決勝トーナメントでサトシと激突した。

 

 

 そこで繰り広げられた彼のオニドリルとサトシのピジョットの死闘は、本大会でも5本の指に入るであろう名勝負であった。

 大会の中で力をつけてきたヒロシの成長性と負けん気の強さはシゲルから見ても脅威に感じ、この大会ではサトシに軍配が上がったがヒイカの観察力と先見の明には改めて脱帽したものだ。

 シゲルが「恐れ入りました」と伝えると、「言った通りだろ?」とちょっぴり誇らしげに笑っていた。照れくさそうにはにかんだその顔が、歳上ながら何とも可愛らしく感じた。

 

 これもヒイカのファンたちからまことしやかに噂されていたことだ。ポケモン吟遊詩人ヒイカに活躍を謳われたトレーナーは、いずれも世界に名を轟かせる英雄になると。

 

 その逸話通り、水晶玉にも似た彼女のクリスタルの眼差しは他の者たちが読み取れない先の未来まで見通していたのだ。

 

 

 ──だからこそ、シゲルは自分もその目で一瞥されたいと思っていた。

 

 

 自分のことが偉大であると信じて疑わない彼が、最高のポケモン吟遊詩人に謳われる伝説の1つになりたいと思うのは当然だろう。

 

 彼女が太鼓判を押したヒロシに、サトシは勝った。そしてそのサトシよりも自分の方が強い。

 

 ならば本物は自分だ。生き残るのは自分だ。先に準決勝進出を決めた自分よりも早くヒイカに挑むことになったサトシの姿に、シゲルは「まっ、せいぜい僕の前座として頑張りたまえよ」と面倒くさいエールを送っていたものである。

 

 ──だが、サトシは強かった。シゲルの見立てを大きく超えて。

 

 この2ヶ月間でシゲルがこれまでにない手応えを感じていたのと同じように、サトシもまたポケモントレーナーとして大きく飛躍していた。

 言うことを聞かなかったリザードンとは今度こそ心を通わせ、その上でこれまで発揮できなかった彼の潜在能力をバトルの中で完全に引き出してみせたのだ。

 他のポケモンたちもそんなリザードンに触発されたように皆レベルアップしており、ピカチュウに関してはあのウインディから明確に強敵として認識されていたほどである。

 

 そのバトルに──シゲルは見入ってしまった。

 

 今まで自分よりも下だと思っていた幼馴染が今では自分と同等の実力者となったことを、彼は今度こそ思い知らされた。

 

 その上でシゲルは、ヒイカとの試合では思わずサトシの方を応援してしまったのである。

 

 

「君の根性はそんなものか。僕とボールを取り合ったあの頃の君は、もっと粘り強かったぞ」と──。

 

 

 無意識の反応だった。

 サトシのリザードンがヒイカのリザードンにちきゅうなげを仕掛けた時、彼はぼそりと「行け……」と呟いてしまった。

 

 その瞬間、シゲルにはなんとなくわかった気がした。

 彼のバトルはまだまだ荒削りで調子にもムラがあるが……だからこそ、予想できない面白みがある。

 

 何故、ヒイカが自分よりも彼の方を気にかけていたのか? それはまるで未来視のような先見の明に長けた彼女だからこそ、そんなサトシの行動の数々は生の映画を見ているようで楽しいのだろうと、シゲルはそう解釈したのだった。

 

 それは他ならぬ彼自身こそが誰よりも早く理解していた──サトシという人間の真骨頂であった。

 

 

 




 原作ゲームと比べるとアニポケで1番ナーフされていたのはチャンピオンにならなかったシゲル(初代ライバル)かもしれませんな。

 だが奴は弾けた。
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